第131話
振り返った瞬間、眼前で煌いた緑炎の光。抵抗する間もなく、顔面から上半身にかけてを焼き、汚染する汚い花火によって初月諒花の体は浮いて地面に雑に叩きつけられた。
「フヒャハハハ……! さっきの連続攻撃で集中力がグロッキーなようだな。おれはずっとお前の眼を見ていたぞ?」
「……!」
先ほど、奴が何度も何度も連続して投げつけてきたブーメランとも言うべきククリ刀。それを避けてはまた投げてくる。いつの間にかループに陥っていた。それで消耗していた所を一気に突かれた。
コイツはあの膨れ上がっている充血した右目を見た相手に、自分の姿を正しく視認出来なくする催眠をかけることが出来る。それまで目の前に、確かに奴はいたはずなのに、催眠にかかればこの目が映す視界には奴はいないように映ってしまう。
これも混沌を操る能力の応用なのかは分からない。
歩美の洗脳といい、このピエロは得体の知れない代物である混沌を操るだけでなく、どれほどの技を持っているのか全く読めない。気味が悪い。まさに諸悪の根源である。
「どうした? おい、立てよ諒花」
遠くからこちらを呼ぶ声。手をついて体を起こすとその声の主である影が近づいてきていた。無駄に襟が広がった派手な服で荒々しいシルエットが出来るその風貌は巨大な悪魔そのもの。
「うっ……!」
意識が混濁する。上下左右、全てが揺れる。混ざり合う。狂って狂って狂いまくる。たまらず、両目を覆う。
「フヒャハハハハハ!! ほらよっ!!」
笑い声とともに飛んできた奴の靴のつま先。道化らしく三日月型の靴の先端がちょうど顎にぶっ刺さる。覆っていた手が視界から離れ、再び地に叩きつけられる。
すっかり夕陽が沈み、無数の星の海が広がる夜空。こんな事件も何もなければ街灯もないこの場所は天体観測にうってつけなのに。今はその景色も左右に揺れ、無数の星が分裂してはまた戻ってを繰り返している。気味が悪い。体そのものが、苦しいから一旦気持ちよく寝ろと囁いてくるのを感じる──だが。
「ここでアタシが負けたら……ハナが……」
花予が殺される。亡き両親に代わって自分を育ててくれた花予が。薄れつつある意識をもう一度頬を叩いて、崩れかけた己の意志に発破をかけてもう一度立て直す。眼前に立つその男の姿もぼやけて見えるほど安定しない。
「ホゥ……立ったか」
「つったってんじゃねえぞ変態ピエロ!!」
視界の淀みを振り払い、高い雄叫びをあげて人狼の拳で殴りかかる。
「よっと」
その力強い一撃をサラっと避ける変態ピエロ。避けた先を目で追い、その方向に再度一撃を叩き込む。
「そんな状態で戦えるつもりかァ!!」
その拳を真正面から握られ、吹っ飛ばされるも受け身をとってしっかり着地した。が、意識の混濁は止まらない。一手一手の動作を行うごとに目眩が加速していく。体に浴びた大量の混沌が主たるレーツァンへの攻撃をさせまいと邪魔をしているかのよう。
「……消し飛べ!」
レーツァンが左手を縦に振り下ろすと、ちょうどその先にいた諒花の立つ地面に緑色の光で縦長い線が描かれた。その直後──諒花が一歩踏み出す間もなく、地から一斉に大地が破裂する連鎖爆発が巻き起こる。
────!
ドガァーーーーーーーーーーーーーン!!!!!
混沌の大爆風に吹っ飛ばされ、諒花の全身が地面に放り出される。立ち上がる気力が根こそぎ奪われる激しい痛覚が全身を走った。




