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第14話

 夕陽が落ちかけている放課後。

 初月諒花はあの薄汚いハエどものアジトを黒條零と協力して探すものの、肝心のハエのタトゥーをした集団がどういうわけかこの三日間全く見かけない。

 今日は日差しが出ているが、昨日は二日連続で空がどんより下り坂、しかも本降りの雨が降ってきて捜索を早々と切り上げたことも響いてしまったかもしれない。


「あ~、クソっ! 前はこの辺でよく見たんだけどなぁ。全然見かけねえぞぉ! これじゃ何も出来やしない」

「渋谷駅周辺はさすがに警察のパトロールも厳しくなってるか。少し街から外れた所をあたってみよう」


 苛立つ自分とは対照的に、冷静を貫く零の視線の先には巡回している警官がいた。確かにいつもより多い気がする。辺りを見てみても横断歩道の先、こちら側の道の先に一人ずつ。

 数日前は通学路であるこの場所で薄汚いハエどもが人ごみの中を闊歩し、時に通行人とトラブルを起こしては近くの警官に連行されたり、取り調べを受けている場面をよく見かけた。

 たとえタトゥーを隠していても、何となく奴らだと分かる勘が自然に働く。奴らがこの渋谷に現れる前と後では空気が違ってくるのだから。


 名物である忠犬の像のある駅前の広場から横断歩道を渡って、車と人の行き交う坂道を歩いていく。この街を彩る高層ビルが左右に建ち並び、街はいつも通りに活気に満ちていた。


「――ん?」

 視線の左。横断歩道の向こうから、車の通行の少ない赤信号を無視して全速力で走ってくる男の姿が見えた。黒いシャツ姿に隠れた、その筋肉質な右腕にある忌々しいタトゥーの半分を二人は見逃さなかった。


「諒花!! 今の!!」

「あれは間違いねえ、追うぞ!」


 ほぼ同時の反応。右目を黒い眼帯で覆う零にもそれはハッキリと映った。だが、諒花にとってはそれはごく自然の反応だった。たとえ右目が見えなくても、零はこのハンデをもろともしないのだから。


 自分達を横切り、ビルとの間を抜けて、細道を駆け、どこかに走り続ける<部流是礼厨(ベルゼレイズ)>の構成員。その背中を走って追いかける。

 その道中で一方の分かれ道から走ってきたもう一人の同じ格好をした影。合流した二人はともに顔を見合うと足の速度を早めた。


「零! 後ろから取り押さえるか?」

 速度を早めれば充分に捕えられるだけの余裕はあった。

「いや、なんだか様子がおかしい。このまま後を追いかけよう」


 前方に横断歩道が見え、赤信号を無視して先に抜けていく男二人との距離が離れていく。諒花と零が遅れてたどり着くと信号は青になり、全速力で追いかける。だいぶ距離が開いてしまった。

 閑静な住宅街。狭い坂道を駆け上がり、人気の少ない場所に出ると二人の影は右手の建物の中へと消えていった。

 そこにそびえ立つのは六階建てのボロビルだった。辺りにも誰か人がいる気配を感じない。

「もしかして、ここが奴らのアジトか?」

「そうだと思う。この場所は盲点だった。こんな、街から離れた空きビルを拠点にしていたのね」


 普段だったら何も気づかずに通り過ぎていただけでなく特定も難しいだろう。それもそのはず、この場所は諒花、零双方にもあまり馴染みのない正反対の方角の住宅街で、滅多に足を運ばない。同じ渋谷とはいえ、自宅や学校のある生活圏の思いきり外だからだ。

 どれぐらいの距離を走ったのだろう。ただひたすら追いかけて走ったので想像もつかない。


 入口真上には何も書かれていない長方形の真っ白な看板がかけられていて、エレベーターのフロア表も全てが空欄になっている。

 日が落ちて辺りが夕闇に包まれているのもあって、ここが敵の居城と思うと諒花は俄然燃えた。

 中に足を踏み入れ、正面のエレベーターのボタンを押すも、全く動く気配がしない。ダメだ動かない、と残念そうに肩をすくめた。


「仕方ない。階段で行こう」

 零に促され、横にある階段から二階に上がる――


「ギ、ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」

「――!?」


 上の階から壮絶な断末魔が響き渡った。今にも死にそうなほどの。


「な、なんだ!?」

「上に行ってみよう!」

 先行する零。諒花も後を追う。しかし、その先の光景に目も当てられなくなる。


 そこはまさに地獄。二階は血まみれの死体が各所に転がっていたのだ。どれも血を流し、腕には忌々しいハエのタトゥー。間違いない。ここがあのハエどものアジトだ。


「これはひでえ……」

「諒花。あそこ……!」


 零の指さした先の奥に、先ほどの一人の男が拳銃を構えて注意深く警戒している。足元にはついさっき一緒に走っていた男の死体が転がっていた。


「おい、バケモノ……オレたちのアジトをこんなにしやがって! ボスは無事なんだろうな――う、うわああああああああああ!!!」

「――!」


 突如、胴体に発生した切り傷から血が一気に噴き出すと、何度も切り刻まれながら男はその場で息絶えた。

 持っていた拳銃は滑り落ちて床に落下すると、闇に溶けるように一瞬で消えた。見失ったのではない。確かに消えた。

 誰もいない。なのに血を流し、斬られるようにして死んだ。しかもこれだけの死体の山がある。

 最悪自分もこうなるかもしれない。幽霊、いや死神が出て殺戮を行ったのかもしれない。あまりに凄惨な現場ゆえにその可能性が脳裏に過った。


「れ、零……!」

 何か助言を求めようと彼女の顔を見た。

「しっ、見て」

 零は人差し指を口の前で立てた。


 廊下の向こうから何者かの足音が聞こえる。床を踏みしめ、そっと歩く音。それは静かに、間隔をはさんで、ここら一帯に反響を響かせつつ。


「今の足音はなんだ……?」

「恐らく、この現場を作り出した犯人によるもの。私たち以外にも、彼らと敵対していた誰かがここに……」

「一体誰だよ……いくらコイツらを倒しに行くとはいえ、これはさすがにやりすぎだろ……」


 目の前に広がる死屍累々を見て、諒花は眉をひそめた。既に死者の臭いが充満している。自分も人のこと言えないかもしれない。襲ってくる敵は容赦なく殴るし戦う。一応、殺さないようにはしているつもりだがそれでもそうはいかない時もある。襲ってきたら戦う他ない。ここはそういう世界だ。


 目を背けたくなる。明らかに普段自分たちのやっていることとは違う。とても残酷で人を生かす事無く、本気で殺しにかかっている。

 やり方が既に殺すことに何の躊躇(ためら)いのない奴の手口だ。死体を見ると腕や喉、胴体を狙い、やりすぎではないかと思うくらい徹底的に切り刻んでいる。怒り、憎しみといった特別な私怨でもあるんじゃないかというぐらいに。

 この光景が裏社会の残酷性を物語ってると言っても過言ではない。表社会で報道される、人の変死体が見つかるニュースなどはほんの一部にすぎない。実際、こうして人が沢山、死んでるのだから。


「行こう。足音を追えば、この虐殺を行った犯人に会える」

「あ、あぁ……」


 唾を一気に飲み込み、覚悟を決めると、諒花は零の後に続いたのであった。



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