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第124話

 後ろから走る激痛。たまらず諒花はその場にうつ伏せで倒れ込んだ。こんな痛み、大した事ないとすぐに体を起こそうとした直後、その痛みが立ち上がる気力を奪う。

 

 それだけではない。目の前の世界の異変に気づいた。視界に映る全ての異変。


 一つのものが二つ。二つのものが一つ。一つのものがまた二つとなってまた一つとなる。歪み始める。それまで確かに当たり前に見えていたもの。見えている世界全てが。


「フヒャハハハハハハ!! 歩美に気をとられてるからこうなるんだよ!」

 痛みをこらえ、視線をその笑い声がした方に向けるまでもなく、この不意打ちは誰の仕業かは分かっていた。

 レーツァン。あの変態ピエロ。歩美を呼び出して、こちらの背中がガラ空きになった所を、背後から不意打ちの混沌の塊をぶっ放したのだ。

 食らった背中に触れようとすると、まるで火傷のように手にもそれが伝わり痛みが走る。手をブンブン振って払う。起き上がろうと踏ん張ると頭がクラクラしてきて上手く立ち上がれない。邪魔だ。視界が妨害してくる。


「さあ、歩美! そろそろ見せてやれ!」

「!?」

 レーツァンがそう自慢げに叫ぶと、零に相対していた歩美は懐から謎の物体を取り出した。それは銀色の六角形。ちょうど手の平に収まるほどのサイズ。それは掲げられると眩い光を放ち、歩美の体を包み込んでいく。

 歩美の姿がみるみると変わる。肩や頭が鋭いものへと変化し、やがてその光を打ち破って現れたのはこの事件の顔とも言える女騎士の姿だった。


 それは三軒茶屋で見た時と同じであり、もっと言えば中身が円藤由里だった時と同じ格好。あの硬く、重く、着替えるのにも苦労しそうな鎧をどのように着たり脱いだりしているのか。それまで神出鬼没な女騎士ゆえに、今まで気にもならなかったが、それはとても予想を斜め上にいくものだと思い知らされる。


「零さん、おとなしく私に斬られて。お姉ちゃんを生き返らせるために──」

 全身を鎧に覆った歩美は光を帯びた一刀の剣を振り下ろすと、描かれた地を這う衝撃波が零目掛けてひた走る。

「くっ!」

 それを零は二刀の剣を交差させて展開した障壁で防ぐも、体制が崩れてよろける。あの零を押し込むその衝撃波の強さは伊達ではない。その隙を突いて、歩美はすかさず襲いかかる。

「零!!」

 助けに行きたい。が、声を出すだけで精一杯だ。


「目を覚まして歩美!! その剣に異源素(ゼレメンタル)を集めてもお姉さんは生き返らない……」

「バカなことを言わないで零さん! そんな事あるわけがない!」

 高速で接近して一撃、また一撃と、見ているだけでも振り下ろす度に響く、刃の音からは強い意志が乗っかっていると言わざるを得ない。その妄信的な言葉も重なり、凄まじい剣幕だ。


「いいぞいいぞ、歩美!! 零を倒してチカラをもらってしまえ! そうすればアネキをおれ様が生き返らせてやるよ!」

 零の説得に対抗してか、煽りまくりの指示と声援を送るレーツァン。同時にその言葉は自らが全ての黒幕であるという事を、改めてこちらに宣言して煽ってるようにも聞こえる。


「フヒャハハハハハハ──グッ!?」

 突如、外野から飛んできた光線が笑う彼に横槍を入れる。それは彼の目の前で着弾して爆発。それによって視界が煙幕に包まれる。

 このままの姿勢では息苦しい。何とか立ち上がると白い煙の先には人影が見えた。


 光る人差し指を向けて立っているのは青山の女王だった。


「高みの見物もここまでですわ。これまでも、そうやって私達を遠くから傍観していたのですね」

「諒花、大丈夫?」

 翡翠の背後から紫水が現れ、まだフラフラ気味のこちらの体を支えてくれる。

「サンキュ。まだ視界が鈍るな……」

「ここは一旦翡翠姉に任せて休んだ方が良いよ。調子悪いんでしょ?」

「いや、アタシが戦わねえと……」


 零も戦っている。自分だけが下がるわけにはいかない。だが──

「紫水、すまねえ……」

 戦う意志に反して意識が朦朧とする。たった一発の、こんな背中からの不意打ちでこれほどまでの疲労感を負うものなのだろうか? 

 初めてかもしれない。ただの銃弾は急所を外して戦いの中で受けたことはあっても異人(ゼノ)だからそのうち回復する。常人にはない異源素(ゼレメンタル)が回復を一気に促進させる。だがこれは違う。良からぬもの、何か特別な毒でも打ち込まれたような感覚だ。


「諒花! 無理はしないで一回紫水さんと後退して! ここは私が時間を稼ぐ」

 歩美の止まらぬ斬撃に一つ一つ応戦しながら、零はこちらに退却を促す。おぼつかない体を紫水が上手く支えてくれることに感謝しかない。


「……翡翠。お前だけは何もしなければ、特別見逃してやっても良かったんだぜ?」

 一方、先程の光線をもってしても、レーツァンは重傷を追った様子もなく立っていた。着ている道化を思わせる派手な服、髪が爆発によって汚れ、乱れているだけだ。


「いいえ、お断りします。さっき言ったじゃないですか──全員ひれ伏すんだからなと」

 マイペースで穏やかな声音から、いきなりゲスな声真似をして見せる翡翠。

「フヒャハハハ、あれは諒花もそうだが、お前も入ってねえんだぜ? 今ならば特別に許そう」

「ふっふふふ……お上手かつ都合の良いことを。人の家を荒らしておいて何を言ってるのやら。私は諒花さんの味方です」

「オウ……それは残念」


「諒花、下がろう。こっちだよ」

 紫水に支えられながらこの場から下がる途中、声を荒げることのない余裕に満ちた翡翠と彼女を口説く、せこい変態ピエロのそんなやりとりが背後から聞こえた。


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