第122話
四人の乗る昇降機は地上に到達するとガタンと一瞬小さく揺れて止まった。
森の中央に広がるこの広大な屋敷だ、レーツァンがどこに潜んでこちらを待ち受けているか分からない。
「どこから捜すか?」
「諒花さん達二人は外へ。私と紫水ちゃんは中を捜します」
諒花と翡翠が言葉を交わしながら、四人が昇降機を出たその直後。
ドカーーーーーーーーーーーーーン!!
奥のエントランスの方角から巨大な唸る轟音が響き、それとともに建物全体が微かに揺れた。
「なんだ……?」
「向こうで何かが爆発した……!」
零の向けた視線の先にある扉。その先へのエントランスまでは廊下を挟んで距離がだいぶある。それは引き金を引いて放たれる銃声ではなく、手榴弾や大砲の弾といった、当たれば広範囲を吹っ飛ばして焼き尽くす類によるものなのは容易に想像がついた。
「まさかこの先で交戦してるんじゃねえだろうな?」
「行ってみましょう」
我先にと飛び出したのは意外にも翡翠だった。その後を追いかける諒花、続いて零と紫水。廊下の先の扉が翡翠の両手で開かれた。
その先の外に続くエントランスにはどこも異常はない。辺りを見渡すが誰もいない。
ドガガガガガガガガガーーーーーーン!!!
再び唸る轟音がした。今度はハッキリとした爆発音。それは屋敷の出口の扉を貫通して聞こえていた。またしても我先にと出たのは翡翠だった。その扉が素早く開かれ、外から茜色の光が差し込んだ。
「くらえっ!!!」
サングラスをかけた黒スーツの男が両手でバズーカ砲を抱え、引き金を引くと赤いミサイルが砲口より高速で放たれ、その先にいたのはあの男。
「ふっ……!」
飛んできたミサイルに対し、そっと左手を広げると、その手前でミサイルは爆発、その巻き起こる爆風が彼の輝かない金髪をボサボサと強く撫でる。するとその姿が丸ごと一瞬消えた。
「やったか!?」
その時、撃破に成功した淡い希望を見た男。だが奴は瞬時にその目の前に現れると巨体で男に覆い被さり、
「バーイ……」
男の顔を白い左手で覆う。
「ぐっ……あああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
その異様な緑と黒からなる不気味なエネルギー、混沌が男の顔を覆う。この世の終わりを見た悲痛な断末魔に、諒花も目を丸くし言葉が出ない。
やがて男の全身が白い煙を出し、そこには男が着ていたボロボロのスーツしか残らなかった。
「よお、遅かったじゃねえか!」
こちらに気づいたレーツァンはまるで掃除でも終えたような軽い口でそう言った。
「私の部下達がお世話になったようですわね」
「あぁ。屋敷の外に出たら、このおれが誰かも知らねえで、一斉に挑んできやがったから、こうしてやったよ!」
これ見よと手を広げたレーツァンの足元には無数のスーツが散乱していた。更に彼らが使っていたと思しき銃やナイフ、バズーカ砲などの装備も一緒に転がっている。それが何を意味するのか。もう言うまでもない。
「滝沢家の構成員たちの残りを、まとめて始末したのね」
「零、知っているのか?」
青山にやってきて、一足先にレーツァンによってここへ連れてこられたがために、その間に起こっていた零達の戦いのことなど露知らない。零は頷いて、
「私は乗り込んだ時に彼らと戦った。切り抜けたけど、まだまだ残りがいたようね」
「その残りが今やられてしまったと」
零は再びそっと頷いた。数え切れないほどのスーツだ。百着はあるだろう。地下からここに上がってくるまでの時間はそれほどかかってないはずなのに。そのわずかな時間で翡翠の兵隊を全滅させていることに戦慄が走る。
「フッフッフッ」
ゾクゾクとした興奮する笑いを浮かべるレーツァン。
「見たかァ? おれ様の手にかかれば、人の体も跡形もなく消滅させることなど容易い……! この混沌を、大量に浴びれば、体を構成するパーツ一つ一つが正しい形状を保てなくなる」
その左手の掌からは微量のエネルギーが火の玉で湧き上がり、白い煙が天に登る。
さっき翡翠が話してくれたことを思い出す。コイツはもはや混沌という恐るべき凶悪危険物そのものなのかもしれない。彼が暴れればひとたまりもない。明らかに他の異人達とは違う。
すると彼は足元に落ちていたスーツを拾い上げると中に手を突っ込み、何かを取り出す。手に握られていたのはドロドロとした黒い物体だった。ゼリーではない。その黒みは触ることも躊躇う気色悪さが凝縮されており、それをこちらに持って突きつけてくる。
「ほーら見ろよ! スーツの中には謎のドロドロが! これがなんだか分かるか?」
もう言わなくても分かる。もはや人間の形を成していない。さっきまでは生きていた男の身体。今やただの汚物と化していた。
「……っ!! それをこっちに向けんなよ、バカ!!」
その気色悪さに目を背ける。
「フヒャハハハハハ! ハナもこうなるんだぜ? 諒花」
「────!」
突如、脳裏に過る光景。眼鏡が床に落ち、ウェーブのかかった黒髪の花予が奴に鷲掴みにされ、白い煙へと消える。そして黒いドロドロが残る。
自分をここまで育ててくれた花予。時々重要な隠し事はするけれども、勝ち気でとても優しい花予。その花予がこの男によってこの得体の知れないドロドロになる──
考えたくもない。想像したくもない。こんな変態なんかに。振り払うように首をブンブン振った。ハナという呼び名を気安く使ってくることも含めてイヤらしい奴だ。
「一つ確認したいことがある」
「なんだ?」
落ち着いた物腰で尋ねたのは零だった。何を確認したいのか。
「円藤由里さんをそのチカラで消滅させないで遺体で現場に放置したのはなぜ?」
「あっ……」
言われてみればそうだ。この能力で円藤由里を殺して消滅させれば、警察に嗅ぎつけられることもないはず。それをこの変態ピエロはわざわざ放置して、あのような事件現場をもはや意図的に作り出している。
「余計な詮索してくれるじゃねェか」
レーツァンは零を忌々しく見つめた。
「だが、いい。フヒャハハハハハハ!」
すぐに小馬鹿に笑う態度に戻った。
「どうせここにいる全員、おれ様のチカラの前にひれ伏すんだからな──話してやるよ」
それはここまで協力関係にあった滝沢家に対しても非情な、事実上の宣戦布告の一言。
「あの女はXIEDを目指していた。おれ達の障害である奴らに一泡吹かせてやりたくてな。見せしめだよ。未来のホープを奪われた奴らの悔しい顔が目に浮かぶ……フヒャーハハハハハハ!」
犯罪組織であるダークメアにとっては当然、事件を取り締まる側のXIEDは敵になる。こんな嫌がらせ感覚で人の命をぞんざいに扱うことが狂っている。
「悪趣味だよ……先輩をそれで殺したの……? あんまりだよ!!」
次に前に出たのは怒りと悲しみを混ぜた複雑な顔をする紫水だった。
「悪趣味ィ?? 勘違いするな、これはおれのせめてもの優しさだ!」
「優しさってなんだよ! だったら殺さないで返してよ!」
「ハッ、殺さないとおれのした事がバレるだろ。大好きな先輩がこのようなキモいヘドロになるのと、綺麗な体のまま骨になって、火葬場を経て土に還るのどっちが良い?」
「殺した前提で話さないでよ! そうやって自分のした事を正しいように言うの、やめて。お前が手を出さなければ先輩は生きていられたんだ!!」
啖呵を切る紫水の怒りに満ちた強い眼差しが彼に向けられる。再び突っ込んでいく一歩手前だ。
──どうする……?




