第120話
「ふざけやがって……!」
上がってこい。高い所からこちらを嘲笑する悪魔の手招きとも言える誘いの声が緑色の炎とともに消えていく。セクハラされて怒りに燃える人狼少女を置いて。
「逃げられたか……諒花。奴を追いかけよう。地上へ」
邪魔な緑色の炎が消えたことで後ろから、零が隣に駆け寄ってきた。地上へ上がればそこは屋敷を囲い、敷地内を覆う森林が続く。そこが戦いの舞台となるのは容易に予想できた。
「待ちなさい。お二人、あの男に本当に勝つつもりですの?」
二人して昇降機のある方へ向かおうとした時、死角から声がした。そこに立っていたのは翡翠だった。
「翡翠、アタシ達はあの変態ピエロとのゲームに絶対勝たないといけねえんだ。止めるのか?」
「いいえ。そのつもりはありません。諒花さん、あなたはあの男、レーツァンについてどこまで存じているのか気になりまして」
「どこまでって……ええと、卑怯で派手な格好して、変な狂ったエネルギーを使うおっさんとしか」
言葉に迷い、目は違う方向を向き、歯切れを悪くして答えを出した諒花の顔を見て、やれやれと翡翠は肩をすくめる。一瞬、零の方を見た後、
「昇降機に乗りましょう。そこでお話します」
翡翠に促されながら、来た方向である昇降機へと向かった。
「あたしが昇降機動かすよ! 支度して!」
妹の紫水も姉翡翠の傍らにいて、着ていた水色の上着に袖を通して先に行ったのを見て、諒花も紫水戦で脱ぎ捨てていた上着である黒ジャンバーを素早く袖に通し、後を追う。
三人が乗ったのを確認すると、紫水はレバーで昇降機を動かし、床が地上に向けてグッと上に少しずつ上がっていく。
さてと、翡翠はこちらを見た。
「早速ですが、諒花さんはダークメアという組織をご存知ですか?」
「ダークメア? んー……聞いたことがあるようなないような……」
思わずキョトンとした。顎に手を当てて考え込む。どこかで聞いたのかもしれないが、今は緊迫しているせいか、考えても頭から出てこない。だが、ダークとついたその名前は物騒な印象だ。
──ダメだ──思い出せない──と、その時。
「……レーツァンがトップに座る犯罪組織ね」
助け舟を出すように、横にいた零が代わりに答えた。さすが零だ。だが、あのピエロが一つの組織のボスだというのは直接本人の口から聞いたこともなく初耳だ。
「あなたに訊いてるのではないのですが……まぁ良いでしょう」
翡翠は零を一瞬冷めた目で睨み、あっさり諦めた様子で続ける。
「彼は今の関東の裏社会で最も影響力の大きい犯罪組織、ダークメアの総帥ですわ」
それがあの異名たる所以だろうか。
「池袋でベルブブ教と抗争を起こした円川組も、今回の女騎士事件で犠牲になった円川組末端鈴川組も、その系列の組織なのです」
系列。どちらもダークメアの下部組織。ピラミッドにして考えてみるなら頂点にはダークメアが、その二段三段にはそれらの組があるというべきか。
組織の序列は時に複雑で分かりづらい。だが、頭の中でピラミッドにしてみると分かりやすかった。
「他にも彼の組織の系列は大小様々に各地に存在します。それらを影から束ねるのが総帥である彼。今やストレートに裏社会の帝王と呼ばれるほどの存在となりました。簡単にはいかない相手です。戦う覚悟はありますか?」
そう言われても、答えは一つと決まっていた。当然だ。
「そりゃ逃げずに戦うしかねえだろ! アイツに勝たなきゃハナが殺されちまうんだから!」
「かなり厳しいと思うけど、あの男に勝つ以外、現状を打破する方法はなくなった」
零も同調してくれた。今はあの変態ピエロに勝つ以外方法はない。翡翠はこちらの顔をじっとそれぞれ見ると、
「分かりました。あの男がゲームを仕掛けて何を企んでいるのか、全貌は分かりませんが、勝てるように私の知りうる限りの情報をお教えしましょう」




