第116話
「やっぱりお前だったんだな……あたし達を利用してよく笑っていられるね!」
翡翠が話し終えた直後、その怒りのこもった声にその場にいた全員の注目がいく。何かが高速で突っ込んでいき、レーツァンの前に現れた。それは怒りの凶相で奮い立っている紫水だった。
「お前が黒幕だったのか!! やっと見つけたよ!!」
「全部教えて!! あたしの高校の先輩──円藤由里先輩はどうなったの!? まだどこかで生きているんだよね!? ねえ!!」
紫水はレーツァンに詰め寄り、その胸ぐらを何度も引っ張って揺さぶる三軒茶屋の時点で女騎士の背後に潜む黒幕の存在が浮上したが、その前に黒幕──目の前の彼は彼女にとって大切な人間に手を出している。無理もない。
「待って、紫水ちゃん──」
「翡翠姉は黙ってて!! 女騎士が襲ってくるよりも前に行方不明になった先輩をあたしはずっと捜していたんだ!!」
血が上っているのか、制止しようとする姉の言葉を怒号で遮り、紫水は再度、嫌らしく微笑を浮かべているレーツァンの顔を見た。その背丈は女の紫水よりも高い。
「三軒茶屋で諒花達から先輩が死んだって話を聞いたよ! 二人と話しているうちに先輩とあの女騎士の関係性が見えてきて、先輩が女騎士だった可能性を知ったんだ! そしたらちょうどタワーの屋上に死んだはずの先輩と思っていた女騎士が現れてその素顔を見たよ!」
円藤由里が女騎士である可能性を高めたのは彼女が生前、剣道をやっていて片手で剣を扱う利き腕も女騎士と同じ左手であることからだ。そんな剣道に秀でた彼女が姿を消した後、冷徹なる鎧に身を包んだ謎の女騎士はどこからともなく出現した。
「ホウ、あの御披露目の場に居合わせたのはラッキーだったな」
紫水は再試になっていなければ、あの場にはまずいなかっただろう。そして、やはりというか、黒幕のレーツァンも直接居合わせていなくてもあの屋上での出来事を知っているようだ。
「そこに現れた女騎士は見た目は一緒でも中身は先輩じゃなかった! けど、先輩が女騎士になったことを知れた。だから今、白黒ハッキリさせたいんだよ!」
「諒花達の言ってた発見された遺体も、もしかしたら凄くよく似た別人って可能性もあるかもしれないじゃん? ね? どうなの? 答えてよぉ!!!!」
レーツァンの胸ぐらを強く握る紫水の両手の力がぎゅっと強くなる。
「フッ──そうやって可能性を並べ立てて、ごまかすのはやめろ」
レーツァンの鋭く、見下す目が紫水の眼を見つめている。
「本当はもう分かっているんだろう? 事実を受けられないから、怖くてそうやってワンチャンにすがって、見ようとしていないだけなんだろう?」
「え……!」
涼しげな言葉に意表を突かれ、紫水は目を丸くする。
「違うか? 今思った通りさ。あの晩、鎧の中の人として限界を超えた女を殺して、遺体を路地裏のゴミ箱に捨ててったのはおれだよ!」
「……やっぱり……何から何まで全部!! なんで!?」
泣きそうな顔で啖呵を切る紫水にレーツァンは膨れ上がった右目を自慢げに指差し、
「おれ様のこの眼を見たことによって、あの女は敵を斬ることだけが存在理由の通り魔となった!」
「遠くから念で指令を送ってやることで、特定の場所や相手を襲うようにしたのさァ!!」
「うわあっ!!」
胸ぐらを掴む紫水を平手打ちで払い飛ばす。紫水は軽く吹っ飛んで尻餅をつく。
「おれの意のままに動く下僕となったあの女には、滝沢家の組事務所とこの屋敷を襲わせ、更にはウチの末端である鈴川組の事務所二つを潰させ、そして仕上げに遠く離れた渋谷にいる諒花を襲うように命令した!」
一度の襲撃ならばまだしも、正体不明の敵に何度も襲撃されれば、一勢力を動かす問題にはちょうど良い。そして青山から近い赤坂に事務所を構えていた身内の鈴川組を女騎士に壊滅させた後、直接出向いて被害者ヅラをして同盟を提案すれば、ほぼ間違いなく話に応じるだろう。正体不明かつ得体の知れない敵を前に同じ被害者が現れたとなれば、誰でも共闘路線を敷きたくなるというもの。
初めてあの女騎士が現れた時、両手に剣を持つ自分よりも諒花に向けて剣を下ろしてきたのも。裏でレーツァンが仕組んでコントロールしていたからこそだろう。
「だが、あの女の精神力はハンパなかった。ただの人間なのに、おれのかけた催眠を自力で打ち破っちまうほどにな」
最初に諒花と二人で彼と戦った時も、突然その姿が見えなくなった。混乱しているうち、気がつくと突然目の前に現れ、平手打ちをお見舞いされた。
──あれも催眠だったのか。しかし、あの右目は何なのか──?
「このまま演らせては、おれの計画にも支障が出る。──だから処分した。おれに巡り会っちまったのが運の尽きなのさ……!」
自らの所業を堂々と開き直ったレーツァンの態度に、紫水は歯を噛み締め、顔を歪ませ、大粒の涙を流し、怒りと悔しさに満ちた目で帝王を見続けている。普段の明るく活発な彼女からは想像もできないほどに。
白と黒の仮面の向こうに隠れた眼で紫水を冷徹に見下す帝王。その笑った紫のリップで塗られた口はたまらない極上の優越感に満ちていた。
「おれをこの場で殺すか? どうする?」
「クッ……許さない……! これで……!」
先の諒花との戦いで万全な体ではない紫水。涙を流しながらも今ある限りのものを込めた拳から放たれた水弾がレーツァンの顔面に直撃すると、辺りは白い煙幕に包まれた。
「どうだぁ!!!」
やがて煙が晴れるとダメージはおろか、そこには余裕に笑っているレーツァンが立っていた。
「フヒャハハハハ! そんなヘボイ攻撃でおれを倒したと思ったか?」
「先輩に憧れて、同じく剣道をやって帰りを待っている友達がいるんだ! あたしも先輩に憧れてたけどその友達はもっと憧れてた! 友達になんて顔向けしたらいいか分かんないよ! 返してよ!」
ひたすらレーツァンに訴えかける紫水。憧れの先輩と待っている友達のために。二人のために折れずに必死であがこうとする。
「ハッ! 臭いチャリティーじゃあるまいし、お涙頂戴のつもりか? クッ……フヒャハハハ……!! そんなの知るかよォ!!」
そんな紫水をレーツァンは嘲笑し、容赦なく一蹴する。
「この世界ってのはな、そう都合よく出来てるもんじゃねェんだ……──面倒だ、やるか」
紫水を踏みにじる言葉だけにとどまらず、ボヤいた彼は何かを仕出かすつもりだ──




