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第107話

 動きが鈍くなった紫水にトドメを刺すべく、腹の底から勇ましい雄叫びをあげて突っ込む諒花。彼女の脳裏に走馬灯の如く蘇ったのは、かつて好きだった彼との過ぎ去った思い出。


 それはまだ彼女が8歳から9歳の時のこと。歩美以外で諒花にはもう一人、小学校で友達と呼べる者がいた。()()()()()()()()は趣味で空手をやっていた。一緒によく組み手ごっことかをして遊んだ。彼との出会いは初月諒花にとって、人生最初に女として心揺さぶられる瞬間だった。


 当時は幼かったのもありやっていたことは専門的なことではないし、体も成長していないので性を気にせずじゃれあうことができた。

 そして極めつけは自己流である。そう、自分の名前をつけて自分だけの自己流の技を繰り出すのだ。あたかも自分の流派があるような技を勝手に空想して作って。


 黒髪で目が鋭い子猫のようで、女である自分に対しても分け隔てなく話しかけてきて、遊び半分でバカっぽくて、明るく元気なカッコつけたがり屋、勉強もあまり出来なくて、よく遅刻しては先生に怒られていた。

 それでも運動が好きで組み手ごっこをしている時は歯ごたえがないとこちらを煽り、真剣だった。


 空手を志すならば、なぜ空手教室には行かないのか? 


 答えは簡単だ。彼もまた異人(ゼノ)であったからだ。当時はメディカルチェックのメの字も知らず、行かない理由は家族が単にお金を出してくれないものとばかり思っていた。

 彼に影響されて、空手教室に行きたいと一回だけ花予にねだった事もある。だがお金の都合で花予にやんわりと却下された。ゆえに彼もまた、自分と同じ境遇と思っていたのだ。


 彼が行かなかった理由も花予があの時行かせなかった理由も、全てはその道の先にメディカルチェックという一見あっさりしていて実は堅牢な関所があることを知っていたからに他ならない。結局、その関所の存在を知ったのは、中学一年になって初めてそれにブチ当たってからで知らないのは自分だけだったのだ。


 彼が生前、この関所の存在を知っていたのかは実際定かではない。だが彼ならば、自分の見えない所でその足でその真実を知ってしまったのではないかと時々思ってしまう。

 

 それを裏付けるかもしれない出来事があった。四年前の2020年に東京で開かれた五輪。一緒にテレビで観たり会場に行って楽しむことを前の年から誓いあっていた。彼も凄く楽しそうにしていた。だが叶わなかった。ある事件で。


 その事件はまず予兆からやってきた。あの日、五年前の2019年、雪はちっとも降らないのに冷たかった12月。

 それまで元気に学校は休むことなく、遅刻することはあっても、その理由を詮索されてその都度、雨ならば底なし沼にはまっただの、晴れならば遠くからサッカーボールが飛んできて気絶していただの、くだらないことを吐いては担任からツッコミという名の説教をくらうそのシーンでクラスに笑いを提供していた彼が突然めっきり来なくなったのだ。


 最後に会った金曜日もいつもと変わらず元気そうにしていた。インフルエンザかノロウィルスを疑って様子を見た。周囲は遅刻グセのある彼を、ついにめんどくさくなってズル休みし始めたんじゃないかとか、一足早い冬休みだと揶揄していたが、彼がいない学校での日常は内心はどこか物足りなくて、例えるならばカレーの中に噛み心地の良い肉が全くないような違和感。


 そんな物足りない一週間が過ぎて、クリスマスイヴ。そして冬休みに入り、大掃除のシーズンになった頃。その知らせは突然来たのだ。彼の住むアパートの部屋から炎が上がっていると。

 急いで彼とその家族が住むアパートに行った時、もう遅かった。二階から隣の部屋にも炎が燃え広がり、煙はたちまち冬の青空へと上がっていた。消防隊が消火を行い、救出に向かうも、時すでに遅し。原因は冬場によくあるストーブによる引火だという。


 彼は炎の中へと消えた。家族とともに。


 あの彼がこんなあっさり死んだことがとても信じられなかった。写真の向こうで幸せそうな笑みを浮かべる彼。既にいない両親も炎に飲まれこうなったということをこの時、ダイレクトに実感した。死とは何なのかということを。

 諒花の部屋には両親だけでなく、今も生前の彼と撮った写真が飾ってある。炎は人狼少女の大切なものを二度奪ったのだ。


 あれから月日が流れ、一つ疑問に思ったことがある。


 ──彼とその家族は本当にストーブが原因で死んだのだろうか?


 真実は彼とともに焼け死んだ親しか知らない。全てが灰となった。運動会の時、彼の両親が来ていたことは覚えている。息子を愛する優しそうな親だった。


 しかしその両親も花予と同じで異人(ゼノ)として生まれた子供を見る立場。彼が亡くなったことはひょっとしたら家庭内で何かあったのではないか。例えば親が花予同様にメディカルチェックの存在を前々から知っていたのだとしたら……


 家族で何かマズイ事をしてしまったのではないだろうか。現に一週間学校を休んでいる間は燃えていないのだから、彼を含めてこの一週間何をしていたのかという空白が残る。その一週間が過ぎた後、事件は起こった。


 最も、これが真実かどうかは定かではない。ここまで様々な異人(ゼノ)や悪人が蔓延る裏社会を見てきて、経験してきたことを元に思っただけ。大人は子供以上に様々な交友関係がある。彼に直接何もなくても、あの親絡みで何かあったのではないだろうか。だが、今はもう、解明しようにも手段はない──ストーブの不始末で死んだことになっていて事件性はないのだから。

 気のせいだ。思ったことを加速させる必要はない。そう言い聞かせていたが時々内心でこの疑問が再発することがある。全く、腑に落ちない事件だ──


「うぉらぁぁぁぁぁぁ!!!」 

 意識を引き戻すように迫る紫水の水弾を打ち砕き、両者の真っ直ぐな拳が交差し、互いの頬を凹ませる。だが両者とも倒れることはなく、ぶつかり合う。やられたらやり返す。激しく殴り合う。


「どっちか先に倒れるまで、とことん全力勝負だな」

「うん!! 上等だよ。倒れても恨みっこなしだからね!! キミの全力見せてよ、あたしもそうするからさ!!」



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