第105話
今二人、リングの上にて相まみえる────。
戦いの場によじ登った人狼少女。対するは、両手を腰に当てて強い水色の双眸を輝かせる滝沢紫水。
「いいね、今のキミ、勇ましくて凄くカッコいいよ。そう来ないとね」
「ここに来て、やっと年上らしい発言か」
紫水は苦笑した後、
「お互いに年を間違えてたもんね。さて、勝負はもう、リングに上がった瞬間から始まっているんだよっ!」
「────!」
紫水の姿が一瞬消え、気が付くとそれはすぐ近くにいた。早速、至近距離から顔面に向かって飛んできた一発の拳を左に避けると、その隙が出来た所に思い切り人狼の右腕による正拳突きを叩き込む。
が、それが左肩に炸裂しても、走る痛みを噛み締めて紫水は耐えている。そりゃそうだ、この一発で倒れたら何とも呆気ない。
背後に跳んで距離を空けると、痛みを耐え抜いた紫水による、水を纏った拳の連打が迫り来る。
「水打ち!!」
掛け声とともにやってきた水拳をまず右方向に避けた時──
「くそっ!!」
避けた先で一瞬の油断を突く水の鉄拳が炸裂した。
水の拳が諒花の至近距離で爆発し、諒花の全身は水しぶきとともに背中ごとリングを囲うロープに受け止められた。紫水の拳に集まるそれは、ただ水を凝縮しただけの塊ではない。掌に集中する、チカラの源たる異源素が水とともに強力に仕上げている。
だがこんなものに怯んではいられない。諒花も負けじとすぐに立ち上がる。唸り声とともに両手を人狼の拳に変えると、高速で近づいて紫水に向かって右、左と次々と連続の正拳突きを放つ。
「速い……!」
動きに反応しきれなかった紫水は最初の右手の一撃を受けて微かに怯むと、左からの一撃はギリギリ水の拳で受け止めた。
「危なかった……!」
「まだこんなもんじゃねえぞ! 今度はこっちの番だ紫水!!」
諒花の拳を両手で抑え込む紫水から一旦、手を離し、刹那──手を引っ込める動作で無防備になった弱所を狙い、両手に標準を合わせ──
「初月流・立巻旋風撃!!!」
「うわっ!? いきなり大技!?」
紫水の両手を掴んで強引に引き寄せ、自分の体を軸に紫水の体をグルグルグルグルと無限に回転させ、豪快に大きく投げ飛ばした。自分でも分からない回数でひたすらその身を大回転させ、投げ飛ばせば大抵の敵は衝撃と目が回ってとてもは起き上がれない。
だが、やはりだった。リングのロープを越えた先、場外に飛ばされ、床に叩きつけられる寸前で滑り後を残しながらも紫水は受身で耐えてみせた。それだけではない。
「どうだ? 目が回って立ってるのも大変だろ!」
「全然! 悪いけど相手に振り回されようがひっくり返されようが、目が回らないようにトレーニングしてるんだよね!」
紫水は目を回している様子は一切なく、元気な様子だ。投げ飛ばされたそのもののダメージも大したものではない。
「水玉拳!!」
その拳より、場外から飛んでくるしなやかな水の塊。手のひらサイズだが、放たれたそれはリングのロープに命中し、豪快に破裂した水しぶきが諒花の視界を曇らせた。
「てえええええええええい!!!」
──!
視界に水が当たって目をこすっていると、掛け声とともに諒花の腹部に鋭い何かによる圧がかかり、吹っ飛ばされて体が横たわる。
急いで体を起こすとその眼前には再びリングの上に舞い戻った紫水が立っていた。そうか、さっきのは飛び蹴りだったかと今更になって気づく。
「諒花、あたしの水技、受けられる!?」
紫水が両手を前に出すと紫水が水に覆われる。いや、よく見ると前方を水の障壁で覆っている。水は涼しげにしなやかにうねりを見せ、壁を形成しているのだ。
諒花もその場でおもむろに立ち上がる。
「水のバリアーか。そんな技まで磨いてたんだな! 面白い、どっからでも来い!!」
人狼の拳を前に突き出し、その水の壁を破壊するべく突っ込むと同時に、水の壁が紫水の手を離れ、諒花へと直接放たれた。
「ええっ、こっちに来る!? うっ……!」
迫る水の壁に諒花の全身が飲み込まれ、ためた勢いがクッションのように吸収される。その壁を形作る水は諒花の鼻と口に流入し、たちまち視界を歪ませ、鼻から走る激痛で彼女を止めてしまう。そう、これは息を止めた素潜りでうっかり鼻に水が入ってしまった時の症状そのものだ。プールでたまにやらかす。
諒花は両手を前に出し、全身が後ろに行くように水圧をかけ、水の壁を脱出すると、行く手を阻む水のバリアーもともに破裂してリングが水浸しになる。
「抜け出せたか。どう? あたしの水壁の技。翡翠姉から教えてもらったんだけど、なかなか強力でしょ?」
「お前のアネキ、そんなことまで知ってたのか」
「あたしの水のチカラを殴ったり放つ以外に応用したものだよ! 能力は使い方次第で応用が効くってね」
零からも聞いたことがある。能力は応用と使い方で可能性は広がると。
それにより使える技も増える。それは人狼のチカラと体術と織り交ぜた諒花も同じである。翡翠は森から直接言葉で語りかけたり、大蛇のような巨大触手を出現させたり、生えている木から光線放ったりと、直接顔を会わせる前から遠隔操作で様々な技を見せていた。
無論、それらを制御出来るのも、練度を自力で磨き上げたものだからこそだ。そんな姉が妹の能力を見て、引き出すように指導出来るのも納得がいった。
「これで終わりじゃないよね? 諒花。──まだまだ行くよー!」
再度、両手を前に出して水壁を展開、その魔の壁は再度立ち上がって間もない諒花目掛けて放たれた。




