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第104話

 今、この場所に──戦いの場であるこの部屋──ともに立っている理由を紫水も感じているだろう──だったら。


「紫水、アタシは空手の選手になって金メダルをとりたかった。けどあのメディカルチェックで不合格になっちまって零と一緒に戦い続けてきたんだ。アネキから全部聞いたけど、お前もなんだろ? 陸上の選手になりたかったって」


「翡翠姉、話したんだ」

 紫水は静かに呟く。


「あたしもさ、キミがメディカルチェックに落ちたことと、空手のメダリストになりたかったことをこの戦いの意味と一緒に聞いたよ。だからお互い同じ立場だね」

 そう言って、軽く笑うとすぐに開き直った。その表情に顔を歪めた不快感はなく、むしろ互いに素性を知って安堵した様子だ。


「キミみたいに自分と同じ境遇の子に会うのは初めてなんだ。これまでも友達はいたけど、完全に同じって人はいなかった」

 それは友達がいる一方で、また別の孤独。理解者が家にしかいない。外に出て人と接することは内心どこか寂しいものだったのかもしれない。


「でも昨日、キミと初めて拳を交えた時から、並じゃないとても強いチカラ以外に特別強い信念を感じたよ! で、翡翠姉から話聞いて全部納得がいったよ」

 諒花を見る紫水の顔はとても輝きに満ちていた。それは自分と同じ存在に出会えたことを光栄に思う眼。


「夢を絶たれてもへこたれてないし、諦めないってのが戦う時の表情とかによく表れていたから!」

 最後にニッと笑ってみせる紫水。


「アタシも、秋なのに上着の下は軽装姿のお前を見て、まさかなって思ってたけど、ようやく答えに行き着いたぜ」

 右手を腰に当てて紫水を見る諒花。こうして言葉を交わしてみると、先ほどの説明以上に翡翠の思惑が紫水の言葉とともに伝わってくる。紫水に会わせたかったのは、ただ妹を想う姉の気遣いだけではない。こちらにとっても悪い話ではなかった。


「このジムみてえな部屋は紫水のか?」

「そうだよ。ここはあたしの部屋。メディカルチェックを不合格になったあたしのために、翡翠姉が用意してくれたんだよね」

 存分に筋トレや体を動かすのに使ってくれと言わんばかりの配置をした部屋。ジムに足を運ばなくてもトレーニングが出来る。妹のために金を積んでこの一室を用意出来るのも、既にこの広大な森林と屋敷を所有している滝沢家だからこそか。


「あたしが待っていたのもさ、ここでキミと思いっきりぶつかり合いたいからなんだよね。今度は中断無しの真剣勝負だよ。翡翠姉の計らいでこんなことになったけど、同じ境遇のキミと一回全力で戦ってみたいって思うんだ」


 気合充分に右手を左手で覆って鳴らして見せつける。鍛えられたその手から唸る、関節の響く音がその力強さを証明している。


「はっ、やっぱりか。面白え、日頃から鍛えてるって音だぞそれ。いいぜ、自慢のリングの上でとことんやろうじゃねえか!」

 今の紫水の姿に心から沸き立ち、燃える諒花。


 鍛え抜かれた強く美しい肉体は笑顔の裏に隠れたメディカルチェックで夢を絶たれた悲しみからの反骨心なのは言うまでもない。それは自分も同じであり、己と重なって強いシンパシーとなって興奮とともに伝わってくる。


「ありがとう。キミの友達のこととか、あたしの先輩のこととか、女騎士の件がまだ残ってるけど、今はキミと戦ってみたくてたまらない。戦うことで互いに分かることがあると思う。だから、勝負だ!!!」


 異人(ゼノ)ならば誰でも腕を鳴らせるほど腕力は強いのではないかというのは間違いだ。いくら異人(ゼノ)でも日々鍛えていなければ、たとえ異能者と言われても関節は唸らない。

 着ていた黒いコートを脱ぎ、上を黒シャツ一枚にして身軽になると、人狼少女は真っ直ぐ目の前の戦いの場へと歩を進めた──



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