第97話
柔らかに吹く風。降り注ぐ光が闇を照らす。開眼した初月諒花の目の前には芽吹く木々と真っ青な空が広がっていた。風に吹かれ、辺りがざわめく。
「ここは……」
仰向けに倒れていた体を起こす。どこかの森だ。辺りを見渡すが零達がいない。自分は一体、どうしてここにいるのか。頭の中を整理して気を失う前の記憶を探る。
そうだ。確か、三人で歩いていた所、視界の半分が白で染まり、意識が闇の底へと引きずり込まれた。その時、背後から何かが迫っていたことに気づいたのはその直後だった。
それは鼻と口を後ろから塞ぐ真っ白い手、爪は悪魔のような紫色をしていた。
その手の主は誰だったのか?
どうして青山の住宅街を歩いていたのにここにいるのか?
疑問を抱きながらも立ち上がる。
「フヒャハハハハハ……!」
こちらを嘲笑う声がした真上を見ると木の幹に足を大きく広げてあの男が座っていた。リモートも介さず、こうしてその顔を拝むのは、一週間以上前の初めて大バサミのシーザーを倒した時以来だ。
「お前は変態ピエロ……! ──!」
紫の口紅が塗られたイタズラな口から発せられる笑みよりも、諒花の視線は彼──レーツァンの両手に行った。それは記憶通りに白のメイクで塗り固められ、爪は紫色に染められていた。まさしく不気味な悪魔の手。
「アタシをここへ連れてきたのも……」
顔をしかめ、因縁をつけるとそれを見たレーツァンは微笑し、
「あぁ。おれだよ」
そう静かに言ってのけ、自信満々のやらしいドヤ顔でこちらを見た。
「おれがお前を抱いてここへ連れてきてやったんだ。お前の綺麗な身体の感触、意識を失ったカワイイ寝顔! たまらん、たまらなかったぞ……!」
「何が言いたい……!」
その興奮に満ちた笑みは気色悪く、背筋に寒気が走った。更にそれだけではない一言。
「本当にアイツそっくりだ」
「待て。それまさかアタシの──」
訊こうと近づくと白い手で遮られ、自然と足が止まる。レーツァンはそっと立ち上がる。
「おっとストーップ! おれはこの森の支配者であるクイーンがお前に会いたがってるから、案内のためにこうして起きるまで待ってたんだ。この森を先へ進め! これからティータイムなんだ。フヒーャハハハハハハハ!!」
木から木へと瞬時に飛び移り、レーツァンは笑い声とともに森の奥へと消えていった。先ほどの言葉が引っかかる。自分とよく似たアイツ、それはもう、一人しかいなかった。そう、交通事故で父とともに炎の中に消えた、既にこの世にはいない母──初月花凛。
よく花予、花凛を知る者からは今の自分は二人に似ていると言われるがさっきのあのピエロの口振りはとても意味深に聞こえた。




