表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/175

第94話

「どこにいやがる……! ちょこまかと!」


 右、左、左、右。森の中で風とともに流れゆく虫の羽音。その音を聞き逃さず辺りに注意を向ける。その羽音は速度と同調し音を尖らせこちらを仕留めるべく襲いかかってくる。今度は迎え撃てるはずだ。


 ────クソッ……!


 胸にクワガタムシのロゴの描かれたTシャツがもう台無しだ。結構気に入っていたのに。すでに十字に引き裂かれた傷口がジワリとくる。現れた所を逆に切り刻もうと身構えたつもりが、あまりの速度で迎撃に失敗、胸のクワガタムシに怨恨のエックスは刻まれた。

 早く奴を倒さなければならない。こんな場所でくたばるわけにはいかない──


「遅い!!」

「ぐあっ!!」

 羽音を響かせ、高速で飛んできたその巨体を受け止められず、固い頭から突っ込まれて仰向けに背中から地面へと叩きつけられた。


「はははははっ、実に愉快だ! 楽しいぜ! 俺はな、この時をずっと楽しみにしていたんだ! お前とこうしてまたやりあえるこの時を!!」


 森の奥から羽音とともに飛び回る響く奴のゴキゲンな声。久しぶりに会うアイツ。実に調子に乗ってやがる態度だ。

 鉄をも両断する大ハサミと、素早く獲物を切り裂くカマキリの能力。どっちが強いか。名を上げる前はライバルとして幾度もやり合い、争った。あの女(滝沢翡翠)の軍門に下って、尻尾を降るだけのイヌになったと思いきや。


「やってくれるじゃねェか……あの女王サマに仕込まれたか? サイザー!!」


 コイツの昔の名前は今のマンティス勝ではない。シーザーは知っていた。似た者同士の名前。期待の新人としてどっちが強いか。よく注目されたものだ。


 この女騎士の事件(ヤマ)のついでにここへ来る以上、久しぶりにそのツラを拝めるとゾクゾクしていたが、参った。見事にやられた。

 奴は女王に尻尾振っているだけのイヌではない。昔から飛行能力に定評はあったが、こんなに速くはなかった。それが今は森の中を縦横無尽に飛び回っている。獲物を狩るカマキリよりも強い鷹に匹敵する飛びっぷりだ。


「その名はもう捨てた!! 今の俺は翡翠様の刃、マンティス勝だァ!!」


 目の前に羽を広げて奴は現れた。両手の鎌が振り下ろされ、吹き荒ぶ風に乗って、放たれた斬撃が地をえぐり、シーザーに襲いかかる。両手の大バサミでそれを殴って打ち破り、よしいざ反撃だと踏み出した。


「──ウッ……! ぐああっ……!」

 たまらず、距離をとるべくその場から右の方角に走る。胸に描かれたエックスの傷が疼く。おまけにこの最悪のタイミングでもう一つの痛みが追い打ちをかける。あの屋上であの女騎士(歩美)に刺された背中の傷だ。完全に癒えていない。異人(ゼノ)の治癒力ならば食べて休んですぐの傷がだ。よりによってこんな時に。

 あの女──零の言われたように、無関係な奴を戦いに巻き込んだバチが当たったのかもしれない。


 今戦えば間違いなくやばい。やばいやばいやばい。傷を抑えながら、走っても走っても森林が続く。どこまで続くんだこの森はァ!! その間も追跡の羽音は止まらない。


 既に向こうが連れてきた兵隊(ヤクザ)どもは最初に片付けた。電撃の弾を放つ拳銃を持っていたが、あのカマキリ野郎が高みの見物を決め込んでいたお陰で手早く片付けた。あとはカマキリ野郎を残すのみ。

 草むらや森に生息するカマキリの能力(チカラ)ゆえにこの森林(フィールド)の恩恵を大いに受けているのだろう。今の高速で森の中を自在に飛び回るあの野郎は地の利を明らかに活かしている。


「もらったぁ!」

 真上から降りてきたのは奴だった。しまった、痛みで目の前に意識を集中しすぎて羽音に気づけなかったか。肩から一気に体重をかけられ、うつ伏せに倒される。


 首をどうにか左にひねり、見上げた先には赤いゴーグルのレンズがギラーンと輝いている奴の姿があった。馬乗りして、首を腕で鷲掴みにして押さえつけてくる。その自慢のカマキリの鎌でこちらの息の根を止めるつもりだ。

 コイツもカマキリの鎌と元の人間の切り替えが出来る。まさに人間とカマキリの二刀流だ。最も、こちらも人間と大バサミの二刀流だが。


「クソッ、ウソだ、やめろぉ……! このオレが……お前ごときにこんなとこで……!」

「はーはははははははははは!! 良い顔だ。泣き叫べ!! 俺がお前に一番煮え湯を飲まされたあの日を覚えてるか……? おい!!」


 首を掴む腕の握力が怒りとともに強くなる。「……オレが調子こいて仲間連れて、お前をそいつらの前でボロボロにして笑ったことだろ……?」

「そうだ」

 ニッと笑ったそいつの顔であの時のことが蘇ってくる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ