第93話
「ノイズィー・ウェーブ!!」
いつぞやの聞き覚えのある技名の叫びとともに、発する音で空気を震わせ放たれる衝撃波。
彼の攻撃、そして手の内はもう昨日のうちに知り尽くしている。走りながら剣を交差させ障壁を展開してそれを防ぐ。
更に連続して放たれる、一点に集中した空気の衝撃波を横に跳んでバク転で避ける。能力さえなければ護身用の毒蛾のナイフ以外はまるで無防備な相手と距離を詰める。
「ドントゥ、カァムヒヤー!! ノイズィー・シンフォニー!!」
こちらを近づかせまいと早くも放たれたのはシンドローム最強の騒音攻撃。以前は空気を震わせ、身体ではなく耳を直接攻撃するこの狂音を前に動きを封じられ、戦うどころではない状況まで追い込まれた。
だが同じ手は食わない。家を出る時、荷物の中にこっそり忍ばせたある物がある。剣を一度手元から消滅させ、ポケットからそれを出して両耳に当てる。
「アァンビリバボォー!? おれのハーモニーが通じない!?」
成功だ。騒音を遮断するには耳を塞ぐ以外方法はない。それを実現させる誰もが用意可能な物、即ち耳栓だ。耳を塞がなければならず、実質両手の使用を封じ、無防備にさせるこの攻撃を凌ぐ唯一の方法ともいうべきだろう。会話が聞こえなくなるが、一人での戦いならば関係ない。
「これであなたの攻撃はもう効かない。負けを認めたら?」
「ぐぬぬぬぬぬぬ……毒蛾のナイフは昨日新しいのを注文したばっかだ……オウ、ノー!」
悩ましく大げさに頭を強く抱えるシンドローム。
「にっ」
一瞬、歯を見せ笑ったように見えた。今のは何だと勘ぐっていると────
「!?」
零の左手前の地面に光が放たれ、突如爆発を起こした。飛んできた方向には先ほどと同じように木が発光していた。今度は一本だけではない。そこに生えている全ての木が白緑の光を帯びており、それらはまるでこちらに標準を合わせ、狙いを定めているかのよう。
出ていけ、死ね。そんな言葉が聞こえてきそうな。
「これは……!」
──シンドロームの能力……?
いや、彼の音を操る能力で木を操れるわけがない。
発光する木々は零に狙いを定め、次々と光弾の弾幕を張ってくる。右、左と光を避け、近くの草原に着弾した光の爆風を間一髪やりすごし、シンドロームに迫る。
この間にも森に囲まれたのどかな草原が爆撃によって穴だらけの荒れ地へと変貌していく。光は一発着弾して円を描き大地を消し飛ばす。
「ワオ!?」
無防備なシンドロームは零の双剣による一閃を避けた。
「ははははーは!! ここだ!! やれえ!!」
「──!」
こちらの眼を指差され、目の前のシンドロームが白の彼方へ飲み込まれる。
眩しくて目を開けていられない。目を開けた時には体が地面から少し宙に浮いており、メチャクチャに視界が動いて全身土の上に叩きつけられ痛覚が走る。
先ほどの光は木からの光撃だ。それは零に標的を絞って狙っていたが、その攻撃範囲に含まれていたのは零だけではない。
「ク……ソ……!」
「無様ね」
荒地の真ん中で完全なる自滅によって仰向けになっていた彼を見下ろす。
「この木を動かしてるのはあなたではない。どんな細工をしたの?」
すると彼は再びニッと歯を見せ、
「ノーノー! ユーはバカだな!」
笑う彼はボロボロでもこちらを小バカにしてくる。
「これはな、おれ達のクイーンの能力の一旦にすぎない!」
「翡翠の……?」
「そうさ、ユーはまだクイーンの恐ろしさを知らない!」
この敷地に入ってから起こっている現象を振り返るに、一つの答えが導き出される。そう、彼女は植物を操ることが出来ることに。
合図とともに巨大な根っこを触手として出現させ、太陽光を吸収し光合成した木は光弾を放つ砲台としての役割を果たす。だが、青山の女王という名に相応しくまだまだ底知れない恐ろしさがあるのは否めなかった。
そもそも植物は植物だ。炎をぶつけてやれば燃やせてしまう。港区の端である青山を掌握し、このような勢力を築いているのは、ただ植物を操れるほんの少し強い異人というだけでは実現出来ない。同時に最悪の可能性も見え隠れする。
──稀異人と診断された諒花と同等か、それ以上にチカラを極めている可能性。
諒花の持つチカラは本物だ。この診断に偽りはない。だが、彼女は生まれながらに自身に宿るそれを完全に使いこなしているかというとそうではない。
チカラを持っているだけでは強いとは言えない。それを使いこなし、磨くことによって強さは体現出来るからだ。
一方、この森を支配する青山の女王はというと、こちらの前に一切姿を見せず、大地を揺るがし、味方を巻き込むほどの超常現象を当たり前に引き起こす。
強者は自らの持つ手札を晒すことを好まない。大バサミのシーザー、"死神”樫木麻彩のような単体の猛者が多くいる中で、勢力を率いるトップとなればその勢力の強さだけでなく自ら戦う際に隠している札の枚数は彼らの二枚、いや三枚はあるとされている。でなければ他の勢力によって潰されてしまうからだ。
「この森の中に入った時から、ユー達はクイーンの手の上でダンスしてるようなもの! おれが負けても、どのみちユーのラストダンスの演目はバッドエンドさ」
「翡翠はどこ?」
シンドロームは背後の森の奥へと手を伸ばし、人差し指を向けた。
「クイーンはこの先だ。おれの役目は終わった。後はマサルに託す……最も、今頃あのチョッキンシザーマンをボロッボロにボコしてこっちに向かってるだろうがな……!」




