第92話
「くっ……!」
蒼穹から落下し森の中に叩きつけられると、先ほど地面ごと持ち上げたものが何なのか、零の視界に今度はハッキリと映った。
滝沢家は大蛇でも飼っているのか? そんな考えが一番最初に過った。否、眼前にあるのは大蛇ではない。が、それは巨大で得体の知れない化け物に等しい存在。
動脈──巨大な植物の根っこが進行を丸ごと妨げるように横たわっているのだ。それは人ひとりの身長の四倍はあり、地中から現れたそれは森ごと大地を破り、壁となって目の前を塞いでいる。
背後、それから辺りにはこの巨大な触手の出現に巻き込まれた、先ほどまで敵対していたヤクザたちが倒れている。気絶しているのか一人も動かない。たとえ武器を持っていても彼らは生身は普通の人間。このような超常現象の前になすすべはないだろう。
そしてシーザーの姿もない。先ほどの地面から豪快に突き上げられる攻撃により、離れた所に落ちたようだ。
────!
光るその方向を見ると森を構成する木々のうち、一本が黄色い光に包まれていた。暖かな光だ。イルミネーションを彷彿とさせるが輝かせるための人工的な飾り付けはなくただ異質に光を放っている。
するとその光輝く木の中央から緑色の光弾がこちらに放たれた。見いっていた所を突く不意打ちにすかさず二刀の剣を交差させ障壁で防ぐ。
「これはいったい……」
根っこが出現することといい、どうなっているのか。
一つだけ思い浮かぶのが滝沢翡翠が糸を引いていること。異変が起こる前、そろそろと言っていた。
彼女の異人としての能力は知らない。女騎士だけでなくそちらも昨日あの時データべースで調べるべきだったと今更ながらに後悔する。だがもう遅い。
青山の女王という肩書きを持ち、多くのヤクザや異人を従える彼女だ。それ相応の実力がなければ港区の端っことはいえ、ここまでの勢力を維持することは出来ない。彼女は滝沢家の当主。総大将なのだ。
高みの見物をしていた向こうが奥の手を出してきた結果がこれだということ。今分かることはそれだけだった。
「ウェルカム! シルバーガール!」
視界外から、聞き覚えのあるいつぞやの軽快でリズムに乗った陽気な声がする。そう、黄色い頭にゴーグルとヘッドホンのアイツだ。
「シンドローム……!」
「よくここまで来たな、おれ達の屋敷に。だがクイーンの命令に従い、ユーはここでジ・エンドだ」
その声の主の背後には下っ端の数人のヤクザがいた。シンドロームはノリノリな様子でこちらを指差して、
「さあ、あのガールにビリビリのビリッビリをお見舞いしちゃいなYO!」
陽気なラップ調の声とともに下っ端たちが持つ拳銃の銃口が一斉に向けられ、一度に放たれる。それは言葉通り電気を帯びている。
見た目はただの銃弾だが、獲物を電気ショックで感電させ、麻痺させる異能武器の類だ。
放たれた第一波を、零は剣を交差させた障壁で凌ぐ。次の第二波が来るのを見計らい、二刀の剣に意識を込め、黒剣は湧きあがる青白く銀色の光を帯びる。
二刀を大きく振るい、渦を巻き、放つ。
「あなた達……うるさい」
放たれた風は冷気をまとったブリザードとなり、その強風は銃を向けてきた敵の群れを一掃する。
「なっ!! ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
風に飲まれたシンドロームは悲鳴をあげながら部下共々渦に飲まれ、大きく吹っ飛ばされた────
「シザー・ハリケーン!!!!」
根っこに阻まれた向こう側から叫ぶ声が聞こえた。それはシーザーの声。ということは。
「そうか。あなた達は今回は二手に分かれて、私たちを各個撃破する──そういう作戦なのね」
シーザー側にいるのは相方のカマキリ男(マンティス勝)だろう。もしシーザーがやられれば合流してくるだろう。その前に終わらせなければならない。
敵のいる方角を見ると、下っ端は全員が倒れて動く様子はないが、唯一シンドロームだけは這い上がろうとしていた。彼も異人だ。これしきで倒れないことは計算のうち。
「そうだ……マサルは今頃、向こうであのシザーマンと熱いバトルを繰り広げてるだろう」
フラリとその身を起こすシンドローム。
「おれの役割は残ったユーを倒すこと。昨日と同じようにいくと思うなよ!」
両手を開き、右手を前に出して構える。今にも放ってきそうだ。あの震える爆音を。
「立ち塞がるのであれば、私は切り払うのみ……!」
零も二刀の剣を手に、臨戦態勢に入った。




