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第89話

「よお、遅かったじゃねェか……!」


 蔭山にお礼を言い、車を降りた先の歩道にはやや猫背気味の大バサミのシーザーが立っていた。傷こそないが、くたびれているように見えた。その証拠、疲れた息を吐いている。

「女騎士の黒幕はやっぱお前らの身内だったんだろ?」

「いや、黒幕は少なくともアタシ達の身内じゃない」

 今分かることは黒幕は歩美の背後にいるということだけ。誰かが歩美に何かした。そして花予と話した内容をもとにその正体を推測しても、歩美にあんなことをさせるそれらしい人物の顔は浮かんでこない。今は考えてるヒマはない。


「じゃあ、どこの誰が──」

「それより紫水はどこだ? カフェで待っているんだろ?」

 話を変えさせ、諒花は目の前を見るがそこにはシーザーただ一人のみ。青山の元気娘、滝沢紫水の姿はどこにもなかった。いないとしたらカフェにいるのかと思いきや予想だにしない答えが返ってくる。


「もうアイツはここにはいねえよ……」

 シーザーは悔しそうに歯を強く噛み締め、その内にたまったものが今にも弾けようとしている。

「何があったの? 詳しく聞かせて」

 横から前に出た零の強い眼差しがシーザーの鋭い目に向けられる。


「着いた時、奴らは……待ち伏せてやがったんだ──!」


 それはシーザーと紫水が一足先に青山に到着し電車を降り、ホームから階段を上がって青山の街に出た時のこと。目の前に一人の黒服の男が立っていた。きっちりスーツを整えた面構え。その男が手を軽く挙げて合図をすると一瞬で前後左右がその道の筋者たちに包囲された。構える間もなく。皆、スーツ姿でガラの悪い連中。とても一般人ではない。

『待って』 

 紫水の制止も聞かず、筋者どもの男臭い肉体がなだれ込み、やがて嵐が過ぎ去るようにその軍団は去っていった。

 すると辺りを見渡した時に気づく。隣にいたはずの紫水の姿はどこにもなかったことに。

 あぁーやられたぁーやっちまったと、抵抗も何も出来ず一人取り残された情けなさが重く背中にのしかかる。もはや、二人の到着を待つ以外なかった……



「滝沢家……まさか駅周辺を固めていたなんて」

 零でさえも予想外だったようで冷静ながらも驚きを隠せない様子だ。とにもかくにも最初の合流計画は、早くもあっさりと崩れた。


「マジかよ!! 誤解を解くための一番の主役が連れて行かれるってなんなんだよ!」

 こっちが聞きたいわ! と返ってくるツッコミ。敵は紫水がこちらと組んだのを恐らく知らない。だが、それが何かしらの理由で知られてしまったのだろう。

 なので待ち伏せ、最初の一手は紫水を回収するつもりだったのかもしれない。彼女を通して事情を説明し、滝沢家の誤解を解く一番肝心な計画はいともたやすく崩壊した。


「あの黒服、オレ達の顔を見て、来たぞと言わんばかりに号令の手を挙げた。もうたぶんこっちの情報は向こうに知られてるぜ。普通に歩けば痛い目を見るぞ」

「諒花。蔭山さんからもらったアレを」

「仕方ない。アレだな」

 零が言うアレが諒花にはすぐ分かった。

「なんだよアレって?」

 こちらの顔をキョロキョロと見るシーザー。ついさっき渡されたアレ。ビニール袋の中で昼下がりの太陽光を反射して、艶やかに煌めいていた。俺達の出番だなと出しゃばるかの如く。


 目の前の快晴な街並みが一転して黒色に染まる。両目の前を覆うそれは顔を半分隠すと同時に観測出来る世界を闇に染める。蒼穹から降り注ぐ日差しを抑え、太陽は輝いているのに眩しさを感じさせない。


 零はスマホで地図を開き、目的地を探す。蔭山の言葉をふと思い出す。青山は以前より緑の多い場所。その一つに居を構えたのが滝沢家であること。地図を横から覗き込むと駅前の現在地から見て、北の迎賓館から続く形で広がる庭園など、各所に大小様々な大きさの園が広がっているのが分かる。これに加えビルの屋上に庭園があるのだから緑に緑を重ねた緑尽くしだ。


「こっち。ついてきて」

 地形を把握した零はスマホを閉じ先行する。後に続いて、駅から南東の方角へ歩を進める。

「奴らはこの方向に引き上げていったぜ。本拠地はこの先だろうな」

 零、シーザーに続いて歩道を行く。街路樹が並び、暫く歩くと鉄柵から屋根、窓の形まで色使いや形に高級感ある戸建が建ち並ぶ。今分かるのはこの高級住宅地の先に本拠地を構えていること。ただそれだけ。


 歩いていると黒服にサングラス姿のいかにもな三人組の男が横を通り過ぎていく。その姿に思わず押し黙る。が、前方を行く零とシーザーも含めて、こちらの姿が向こうの目に映っても、男たちは何事もなく素通り(スルー)していく。


 その男達と距離が離れたのを確認すると諒花はそっと口を開く。

「全く気づかれなかったな。こっちの顔、向こう本当に把握してんのか?」

 その後ろ姿を見て不思議に思う。目元から顔半分を隠すだけ、それもサングラス一つかけただけでこんなにも気づかれないことに。写真とかと照らし合わせることもしない。よほどのバカなのか。このサングラスが高性能なのか。


「ただのマヌケだろう。無いよりはマシと思っといた方がいいぞ」

 そう言いながらも、サングラスで黒いレンズで鋭い目を覆ったシーザーの顔はいつになくワルさ度が増している。

「これだけ大きいサングラスだから、たとえ顔を知られていたとしても上手く隠せてると思う」

 そう言う、右目に眼帯をしていても上からサングラスをしている零は美しい銀髪も相まって、外国人のようにも見える。向こうも地元で人違いに声かけるというのは避けたいのかもしれない。


 辺りを警戒しながら、前を歩く零とシーザーの背中の後について歩く。高級感ある戸建が建ち並ぶ閑静な住宅街、通り過ぎる人の数はそう多くない。

 角を曲がると奥には生い茂る森林が見えてくる。近づけば近づくほどそれはただの小さな公園ではなく、この住宅街一帯に広がっている森の聖域そのものであることを実感する。


 ────! 誰──だ──!


 視界の上から下の半分が突如白い何かで強く塞がれる。よく見ると爪先が紫色になっている真っ白な手。背後にいるのは誰なのかを確かめようにも身動きがとれない。

 離れていく二人の背中。手を伸ばそうと、助けを求める声をあげようと、必死に足掻く────墨汁で塗りつぶされていくようにして目の前はたちまち黒に染まっていった。



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