第88話
車体から流れゆく見える景色。それは大小様々な形をしたビルの建ち並ぶ歓楽街から、次第にセレブや金持ちが住みそうなオシャレ溢れる西洋を意識した街並みへと変貌していく。
洋風で目立つデザインをしたビルと街路樹の道が続き、それらは綺麗に整備されている。タイヤが落ち葉を撒き散らし、芝生で覆われた遠くには木々が見える敷地が目に映る。
「紅葉が見頃だな。渋谷よりも秋って感じがする」
赤と黄色。それらが調和し太陽光で煌めく。渋谷にある街路樹よりもここはそれ以上の芽吹きを感じる。
「そうね。改めて見ると、とてもここが滝沢家のお膝元とは思えない」
「昨日見たあのヤクザのたまり場的な場所もなさそうだしな」
零も反対側の窓から景色を見ているが、それは敵を警戒した目。
「あー、これは知り合いから聞いた話なんだが」
運転する蔭山が何かを思い出したのか話し始める。
「滝沢翡翠がこの青山に居を構えてから、ここの緑地化が更に進んだらしい」
「なんだそれ。意外な話だな」
もっと手下のヤクザが幅をきかせているようなイメージとはとても真逆だった。
「元々はビジネス街。アパレル店や高級住宅も並ぶ上品な街だったのが、今やいくつかのオフィスビルの屋上に庭園が出来てるぐれえだ。環境にはありがたい話だが青山の裏社会を掌握する滝沢家が一枚噛んでるとか。何か裏があるんだろうな」
青山の西側には明治神宮、南には霊園、北には迎賓館がある関係で、緑のある敷地が元から多いが、車も行き交う街中の緑要素は街路樹やガーデニングがされている花壇に限っていた。
そこにビルの屋上という空いたスペースを庭園にすることで、自然が溢れる街にもなった。それは、都市と自然の一体化に他ならない。
渋谷に現れた滝沢家はとてもそんな社会貢献をしている連中には見えなかった。全てはあのならず者を束ねている女王、滝沢翡翠によるものか。蔭山は更に続ける。
「しかもだ。滝沢家が本拠地にしてる屋敷、あそこは昔、ゴルフが出来るほどの広さがあるヤクザの屋敷だったんだ。だが抗争の末に奴らは壊滅。今は敷地内にある屋敷と時計塔も含め全て滝沢が所有するようになって、次第に森林へと姿を変えていった。そこからだ、青山の緑地化が進んだのは」
「へえー、じゃあ中にある建物は全部、その時の貰い物というわけか」
「その通りだ。所有者が変わっても建物はその時のまま残っている」
零が話してくれた、志刃舘の三軒茶屋キャンパスと似たような歴史だ。あそこは丸々学校にするべく作り直されたようだが、元は蜂の巣だった場所がやがて時間とともに形を変えて今日に至り、まるで傷口を新しい皮膚で覆うかのように再生した流れは同じだ。
「ん?」
「どうした零」
「諒花、スマホ見て」
隣に座る零が手に持っているスマホを直視していたので、倣って自分のスマホを見ると新規の吹き出しを知らせるメッセージがあった。その主は。
『おい、お前らどこにいる? 大変なことが起きた。すぐに例のカフェに来てくれ!』
「シーザー、一体なにが……」
「ねえ、蔭山さん! ごめん、これからアタシが言う所に車を止められない?」
早速諒花は運転席でハンドルを握る蔭山に頼み込む。青山に近づいたらどこで降りるか言うつもりだったがいつの間にか失念していたことに気づく。
「なんだ? ははーん、さては仲間か。だが、降りるとなるとここはマズいな。ほら」
蔭山の指差す右方向を見る。そこは人々の行き交う街の歩道。反対側の車が通り過ぎた先の歩道には行き交う人混みの中にサングラス姿でノーネクタイ、黒ジャケットの下に派手なシャツ。
それは一人ではない。五人が固まってグループで歩いている。それはまさに獲物を求めるハイエナの群れ。侵入者を阻む番犬の群れとも言うべきか。
「諒花、反対側にもいる」
零に言われて見た方向には青く光るジャケットに黒い虎柄のシャツ姿、立った髪の男が歩いていた。先ほどのが下っ端ならこちらはそれを束ねるボスという所か。向こうが直視する間もなく車は通り過ぎていく。
「で、その場所はどこなんだ? まさかこことか言うなよ?」
「ここじゃないんだ蔭山さん」
そんなことをすれば交戦は避けられない。三軒茶屋を出る前、四人で話し合いをした。紫水オススメのカフェで待ち合わせをすると。零はスマホでその位置情報を調べ、蔭山に教えた。
「そこは俺も見覚えがあるな。駅前にあるカフェだよな? 他の利用客もいるし連中もここなら陣取れないだろう。よし」
真っ直ぐ進み、見えてきた交差点を左折し、その先の交差点を更に右折。効率の良い近道を通っていく。
「そうだ、これ持ってけ」
途中、赤信号に差し掛かると蔭山は一つのビニール袋をこちらに渡す。そこに手を伸ばすとプラスチックの感触がした。中を見ると黒く丸いレンズが積んであった。
「変装用サングラス……私は眼帯で右目が塞がってるけど、大きいこれなら……」
零は一つそれを手に取った。ちょうど零の右目を覆う眼帯も隠れるサイズだ。
「そうだ。連中に顔が割れてるなら、それで顔の半分を隠せ。袋ごと持ってっていいぞ」
「ありがとう、蔭山さん」
零の見つめるスマホの地図を見やると現在地を示す赤い点がすいすい動き、左上から近づいてくるのは青山一丁目の文字。
窓を見ると、地下にある駅に続く階段の横を通り過ぎ、その先のカフェの前の広い歩道。赤いバンダナを頭に巻いた彼の後ろ姿が立っているのが見えてきた。




