第10話
「そ、そうだ!」
レーツァンを追っている場合じゃない。倒れている零の所に駆け寄り、抱き起こした。
「り、諒花……」
「零、大丈夫か!?」
「平気……これぐらい全然……」
零はそっと体を起こす。口ではそう言っていても、目の前で殴られた衝撃を思い返すとやはり痛々しい……ひとまず近くの壁に零は背中を預けた。
「諒花、聞いて。あのレーツァンという男はシーザーの比じゃない……」
「あぁ、それはさっき身を持って分かったよ」
自分の拳と、奴の広げた左手とで生じたチカラの衝突。向こうの方が格段に強かった。
稀異人と認定され、夢を奪い、特別視される要因であるこの人狼のチカラ。それをあそこまで抑え込んだだけでなく逆に弾き飛ばしたのだから。
それだけではない。衝突を起こしている時、集中すべきチカラを弱めてしまった。無意識に手を離したくなったからだ。触れれば何もかも侵食されそうな寒気と不気味さが指先から伝わった。
レーツァンはこう言っていた。混沌のチカラだと。奴の異人としての能力が、全てを狂わせる破滅のエネルギーを操るものだからこその得体の知れない不気味さか。
「なぁ、零はあの変態ピエロのことを知ってるのか?」
「今の関東の裏社会の頂点に君臨する帝王、それがレーツァン。自らの手を汚さず、むごく、おぞましい事件の裏には必ず彼の存在ありと言われている。でもまさか、本人が来るとは思わなかった」
零の物知りさと的確な情報収集能力にはいつも助けられてきた。だが、その情報をどこから持ってくるのかは諒花もよく知らない。しかしそれはいつも大きな助けになる。
「厄介な相手に目をつけられたわ。これから先、あの男はあなたを狙って色々仕掛けてくるはず。私がいない時でも十分に注意して」
「あぁ、気をつけるよ。アタシが初めて会った時、子どもとその母親を助けたのをアイツは褒めてくれたんだ。けど、その時からなんか怪しい奴とは思ってた」
奴はこちらが稀異人であることを知っていた。今思えば、時折英語が飛び出す陽気な外国人にしては、今の渋谷の事情に詳しかったり上から目線だったのも頷ける。
向こうは最初からこちらの事をある程度知った上で近づいてきたに違いない。
「今日は不甲斐ない所を見せたけど、諒花のことは必ず私が守る」
「いや、アタシももっと強くなるよ。零ばかり前に出る必要ないだろ。強さだけじゃない、あんな不気味な相手は初めてだ。力を合わせようぜ」
諒花の前向きな眼差しを前に、零は少し目をそらした後、
「……そうね。でも諒花が本当に危ない時は私に任せて。私が危ない時は助けてくれると嬉しい」
「なに言ってんだよ、当たり前だろ! アタシのパワーと零の頭脳があればあの変態ピエロも怖くねーよ」
ニッと歯を見せて強気な笑顔を浮かべる諒花。零もつられて微かに笑みを見せた。
「奴の挑戦状だか何だか知らないけど、これだけされて黙ってられるかってんだ!」
拳を握り、零を鼓舞し、自身を奮い立たせる。この街に<部流是礼厨>が現れた時点で既にレーツァンとの戦いは始まっていたのだ。現にあの接触も向こうの先制攻撃だった。
戦いの現場であった路地裏奥を後にし、街中を二人で歩く。人々が右往左往し騒がしい中、出血はないものの傷ついて足元がおぼつかない零に肩を貸して支えてあげる。
「ありがとう、諒花。途中まででいいから……」
「気にすんなって。同じ渋谷なんだから。お前の住んでるマンションまで連れてってやるよ」
零の綺麗な銀髪がすぐ近くで煌く。夕陽に当たって輝いていた。
いい匂いがする。常によく手入れしているのを感じた。が、あまりジロジロ見てると訝しがられるので前を向く。
前方を見て、通行人を避けながら小声で話し始める。
「まずはレーツァンが手駒にしていた彼らのアジトから。現状、彼の手掛かりがありそうな場所がそこ以外ない」
「そうだな。まずはベルゼなんとかを追いかけよう」
「<部流是礼厨>ね。汚い当て字だから別にいいけど」
チカラを持っていることが原因で夢を絶たれて一年。生きる道をずっと探して戦い続けてきた。今はまだその道も明確に分からない。
だが、人を裏から動かし、こちらを狙うと宣言してきた裏社会の帝王という大物たるレーツァンをもし倒すことが出来れば、また違った景色が見えてくるのかもしれない。




