第1話
「異能の蔓延る裏を知れば、生きる答えを必ず見つけられる。他人に教えてもらうのではなく自分自身で納得いく答えを見つけること。でなければあなたの答えではない」
──黒條零
陽が射す真っ青な空。高くそびえ立つビル群の影が合わさり、この地上を藍色の影で覆っている。
街外れの通りからビル同士の間の狭く暗い路地に足を踏み入れると、そこは灰色コンクリートの壁が続き、意味の分からないパンクな英語文字や骸骨マークの描かれたパンクな空間が広がっていた。やってきた初月諒花をそんな空間が出迎える。
落書きに囲まれた空間の奥にある、某国民的猫型ロボットの漫画に出てくる空き地にも置いてあるヒューム管に座っているのは男どもだった。
金髪にサングラス、派手な紫色のコートを着ており、腕には汚い羽根を広げたハエのタトゥー。そいつらは目の前にデタラメに積んである桃色や赤の小さい鞄の中身を漁ってケラケラと楽しんでいた。
鞄には熊やカエル、きらめくハートなど可愛らしい装飾があり、汚くてガラの悪そうな彼らが身につけるにはとても不相応だ。
「チッ、これもパスワードかかってやがる。……売りだ」
中身を見ようと鞄から取り出したスマホの画面に待ったをかけられると、それは男の手によって宙高く投げ飛ばされ、近くに置いてある白い布地の袋の中に収まった。
街中の適当な女子から鞄ごとスマホをひったくり、それを売り飛ばして糧を得る。パスワードが無ければ自分の物にする。
本当は弱いくせに群がり、自分達より弱い奴には強気になって威張る。典型的な薄汚れたハイエナの集まりである。
──そんな奴らに力づくで教えてやる。アタシの大切な友達に手を出したアイツらに、このまま好き勝手させるつもりはない……!
忌々しい嘲笑が響く路地に、つま先から威圧感を帯びて響く最初の足音。さすがの馬鹿どもも気配を察し、嘲笑が一斉に止み、視線が諒花へと向けられた。
「よぉ、楽しそうじゃねえか。アタシも混ぜてくれよ?」
凛としたドヤ顔で腰に手をあて、長い黒髪がコンクリートの間を吹き荒ぶ風によって揺らぐ。
「……アァ!? なんだおめえは。ここは俺たち<部流是礼厨>の縄張りだ! お前のようなカワイ子ちゃんが来るとこじゃねえ! とっとと帰んな!」
「ん? よく聞こえなかったな……ベルゼなんとか。──いいから、みんなから奪った荷物を置いて、こっから消えろ」
紫水晶の如き双眸からの鋭い眼光、その美しくも威厳に満ちた表情に敵はいずれも焦りの色を見せた。たった一人、微動だにしない一際身体の大きいのを除いて。
首元には赤いチョーカー、黒い長髪をなびかせたセーラー服の美少女。少年誌を読んだことのある全国の誰もが思いつくお約束展開でもある、筋肉質で長身のイイ男が腕っ節一つで乗り込んでくるものとはまた違う不気味さがあった。何を繰り出してくるかという怖さではなく。
この初月諒花という少女が放つ殺気、オーラには常人にはとても異質な要素が含まれていた。まるで、その内に今にも顔を出しそうな怪物を宿しているような。
「怯むな!! 相手がバケモノみてえなチカラを持ってようと、俺たちには武器はある!! やってしまえ!!」
一際体の大きい奴──恐らくボス──の号令の下、その手下達は何やら不思議なチカラで凍りついた金棒とビリビリ痺れる黄金の拳銃を取り出して構えた。
一般人ならば恐れおののくしかないが、無数の凶器を前にしても諒花は一切たじろがない。
白く艶やかな両手を、真逆の青白い光の帯びた毛深い人狼の腕へと変化させる。放たれた稲妻を帯びた二発の銃弾をそのツメで弾き飛ばし、続けて氷づけの金棒を持って殴りかかってきた者を的確に、次々と、鉄拳と蹴撃一発で仕留めていく。先ほどまで威張り倒していたくせにどれもワンパンで弱い。
すると再び飛んできた、後先考えずに放たれた稲妻銃弾の嵐。金棒殴りかかり野郎の一人のでかい図体を掴んで盾にして防ぐと、それお返しに思いきり前方に投げつけた。
稲妻銃弾を受けて麻痺ってる野郎が飛んできて残りの連中は下敷きとなり、黄金の拳銃が宙を舞う。
大の男の胸ぐらを掴んで投げ飛ばすことぐらい、諒花には朝飯前であった。
「さて」
終わった、と、見せつけるように手を叩く動作をした諒花は、奥でふんぞり返っている男に向き直った。
「さっさと立って、アタシと勝負しろよ──山猿!」
先ほどまでの体こそでかいがヒョロヒョロしたのとはうって変わり、体躯が一回り大きく、頭は丸坊主のボスの男。山猿ならぬボス猿だ。そしてやり方はせこいハイエナそのもの。
異能者ではない。しかし、立ち上がったそいつの態勢はどこか違った。前足を向け、左手を敵の顎先の位置、右手を敵の中段を突ける位置にする構え。
「その構えは……!」
ギャングとは裏腹に真面目な挙動を見て、諒花は目を見開かされた。この男の素性が少し読み取れた。その真剣な表情、素人にしては体つきと構えがしっかりしている。
「それ、空手の基本の構えだろ?」
ピンと来て、人差し指をボス猿の手に向けた。
「よく知ってるな」
「当たり前だろ。アタシだって、空手やってたんだからな。……試合をすることさえ許されなかったけど」
ふと昔が脳裏を過り。顔を歪めるも、いざ迎え撃とうと同じ構えをして見せた。
「面白い。女だからといって、手加減はしないぞぉ!!!」