そのままでいい
ワンワンッ!
「ジョン、行け! 逃げろっ!」
首輪に繋がれていた鎖を外し叫んだ。
なのに、コリーのジョンと来たら、僕の周りをぐるぐる回るだけで、逃げようとしない。
しょうがない、最後の手段だ。ジョンのお尻を蹴っぽくった。
キャン!
ジョンは走り出した。
「コラッ! ケンタ君! 何やってるの」
やばい、みつかった。・・・僕は全速力で家に舞い戻った。
「…はい。申し訳ございません、うちの子ときたら・・・。熱帯魚をですか。・・・あ! ケンタっ! あ、すみません、今うちの子帰ってきたようで、よく事情を聞いて、また折り返しますので、本当に申し訳ございませんでした」
小枝子は受話器を置く手が震えた。
「ケンタっ! こっちに来なさい!」
あら? 様子がヘンだ。なにニコニコしてるの、この子は?・・・
「お母さん、僕ね、逃がしてあげたんだよぉ」
「はぁ?」
「川上さんちの綺麗な色のサカナさんも、二階のおじぃちゃんちの小鳥さんも、佐藤さんちのジョンも」
プルプルプルルルル。電話が鳴る。
「うぅん、ケンタ。 どこも遊び行っちゃダメよ。ココにいなさい、分かった?」
ケンタはまだニコニコしていた。
「…はぁ。…渡辺さんのおじいちゃん。はぁ…そのようで…。もう、なんてお詫びしてよいか…。あとでお詫びに伺いますので、…申し訳ございませんでした」
ふぅ・・・。
プルプルプルルルル。かくん。きっと佐藤さんだわ。
「はい。今そちらにおかけしようかと…。本当にうちの子が申し訳ございませんでした。あ、そうですか。戻ってきてると。はい、…もう今からしこたま叱りますので…。はい、ありがとうございます。またお詫びに伺いますので。はい、失礼致します」
「ケンタ!お母さんの前に座りなさい」
「ウン!」
「あのね。…一体、どういう理由で、そういう事しちゃったの?」
「うん、だってねぇ、…小さな箱ん中で可哀相だもん」
「川上さんの熱帯魚はどうしたの?」
「ウン! つかまえてねぇ、川に逃がしてあげたの」
小枝子は頭をかかえた。…う~ん、一体誰に似ちゃったのよ、この子は。きっと手段を選ばない、旦那に似たんだわ。…私なのかしら?
「ケンタ、よく聞きなさい。ケンタが逃がしてあげた魚さんはね、きっともう死んじゃってるわ」
「えっ? なんでぇ?」
「熱帯魚はね、川の水じゃ生きていけないのよ」
「・・・・・・ホント?」
「本当よ…」
「僕、サカナさん、殺しちゃったの?」
「でも、ケンタは逃がしてあげたかったんだよね。でもね、川上さんだってとっても大事に愛情を込めて飼っていたのよ。だから、勝手にそんな事しちゃダメ」
ケンタはぽろぽろ大きな涙をおとしていた。
ふぅ…叱るのも辛いけど、ここでちゃんと教えとかないと、この子、また同じ事しちゃうものね。
「渡辺さんのおじいちゃんの所の文鳥も逃がしちゃったの? あなた、どうやって二階登ったの?」
「うん。逃がしちゃった…。二階はねぇ、柵に登って、それから右側の窓の屋根に上がって、簡単だよ」
「もう登っちゃダメよ。頭から落ちたら死んじゃうんだよ、ケンタ。……おじいちゃんが可愛がってた文鳥ね、あまり飛べないように、羽をカットしてあるんだって。それに、餌も自分でとれないのよ」
「飛んだよ」
「遠くまで飛べないの! 自分で餌とれなきゃ、死んじゃうのよ、ケンタ」
「うん。…ごめんなさい…」
また泣き出してしまった。分かってるのかなぁ?…分かってると信じたい。
「ジョンはね、もう戻ってるようよ」
「なんで戻っちゃったんだろう?…僕、鎖はずしてあげたのに…」
ふぅ…。まだ分かってないみたいだなぁ。…
「ジョンはね、佐藤さんの家族みんなが好きなのよ」
「だって、犬だよ。犬の世界に戻らせてあげようと思ったんだもん」
「ジョンは佐藤さん家の家族と一緒にいるのが幸せなの」
「なんで?」
「一番、自分を愛してくれるからよ」
「…ジョン、幸せ?」
「うん。いっぱい幸せなの」
「うん…お母さん、ごめんなさい…」
「あ!こらっ!どこ行くの?」
「川行ってみる。まだいるかもしれないもん。小鳥さんもきっと近くにいる」
もう~、旦那と同じで単純なんだから…。 川にでも落っこちちゃったら、大変だわ。小枝子は慌てて後を追った。
ケンタは河口まで行く勢いだったが、今日のところはなんとか諦めさせた。
それから一軒、一軒ケンタを連れて謝罪に行った。
おじいちゃんのとこの文鳥は見つかり、捕える事ができていた。それだけが救いだったが、どの家も、ケンタを叱らないでくれた。
小枝子の方が、代わりに泣けてきた。ケンタも ”ごめんなさい” と深々と謝っていた。家で見るケンタよりも、外で見るケンタはしっかりしていた。
旦那が帰ってきて、今日一日の騒動を一気に説明し、最後にこう言った。
「あなたに似たのよ。困っちゃう…」
「いいじゃないか、小枝子。…確かに川上さんとこの熱帯魚の件は、謝罪だけでなく、具体的に何かを考えなきゃいけないと思うが、…ケンタの心意気、そのままでいいじゃないか。…なっ」
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