ファミレスに呼び出される
「貴方は忙しい忙しいというけれど、」
僕の目の前で、「元」カノが厳しい目をして僕を見る。
「でも貴方、こうしてお茶を飲むくらいの時間はあるじゃない。……なんなの?」
ここはファミレスで、時刻は日曜の夜。
僕達が座っているこの席はもはや修羅場一歩手前という空気を醸し出していて近寄りがたい雰囲気ではあるが、しかしこっそりと「元」カノにバレないように周囲に耳だけ傾けてみれば、まあそれなりに長閑な日曜の夕食時で、家族の団欒とでも言うような和やかな親子の会話なんかが流れていたりはする。
家族連れで日曜にファミレスっていうのは、そういう時代なのかな、と思わなくもない。
なにせ僕が子供の頃は、もう何十年と続いているであろうとある一家の日常を描くアニメを見ながら夕食を家族と囲んでいて、
「……ねぇちょっと、聞いてるの?」
「ああごめん、聞いてるよ、聞いてる。……ッと、ごめん。聞いてるよ」
おざなりに返事をすれば、鋭い「元」カノのことだ、すぐに気付いて更なる追求の手を伸ばしてくる。だから僕は言い直したのだが、
「聞いてなかったでしょ? どうせ私のこと面倒だとか思ってるんでしょ? あーあ嫌だ嫌だ。どうして私、貴方みたいな人と付き合ってたのかしら?」
いやそれは僕が聞きたい、と思いはすれど声には出せない。出したら最後、トンでもないお返しが来るに違いないのだから。
「若さ故の過ち……?」
「あー、まあそうかもね? 若いって怖いわね、ほんと」
「無謀っていうか冒険っていうか、そういうのを恐れてなかったよね、あの頃は」
「……私と付き合うのが無謀とか冒険とかってどういうことかしら……?」
スッと細められた目に、絶対零度の冷気を感じて僕は身震いを一つ。
昔なら、ここで「その目が堪らない!」とか茶化すことも出来たしそう思い込んでいたのだが、今はそういう言動は命取りになりかねない。
であれば、ここは速やかに「元」カノの言い分というか、僕をここに呼び出した理由を聞いて対処して、可能な限り早急にお引取り願おうではないか。
「まあまあ、言葉の綾ってやつだよ。それよりさ、今日は何の用なの? まさか僕に嫌味を言う為呼び出した、なんてことはないでしょ?」
「……ッ! そうね、そうよ。……大切な話があって、それで……」
妙に歯切れの悪い「元」カノに僕は、
「どしたの? 言い淀んでるなんて珍しいね。僕の知ってる君は、もっとこうハキハキとモノを喋るカッコイイ人だった筈だけど」
「う、うるさいなあもう! そういうつまらない口を挟んでくる人はモテないわよ! ……なによ、笑うんじゃないわよ、もう!」
ああ、これは変わらないのか。「元」カノは、可愛い褒めると怒るが、しかしカッコイイと言われると照れるのだ。
たしかに実際、可愛いというよりはカッコイイ見た目で、女子高に通っていた頃は特に後輩にキャーキャー言われていてらしい。
ラブレターを貰ったとかバレンタインのチョコが大量だったとか、そんな話を友人伝手に聞いたが、それも納得のモデル体型でクールな美貌の持ち主である。
そんな「元」カノに対して僕の見た目はと言えば、
「相変わらず気持ち悪い笑い方ね。それに体型もほとんど変わってないように見えるわ。……相変わらずダイエットはしないのね?」
肥満、というほどではない筈だが、ややぽっちゃり気味の体型で、いまいちパッとしない見た目でしかない。
少なくとも「元」カノと並んで歩いても、彼氏彼女の関係だというのは何かの間違いで、あるいは百歩譲って恋人同士なのだとしても、それって罰ゲームか何かですか? という判断しかされない程度の容姿でしかない。
一歩間違えればコンプレックスの塊にしかなりかねない僕ではあるが、しかし、
「……付き合ってた頃、ダイエットしようとしたら怒ったのは誰だったっけ?」
「それは! まあその、私、だけれど……」
「自分から話を振ってきて、それで言い淀むんなら初めから言わなければいいと思うんだよね」
「うぅ、もう、だって、……」
初めの頃の勢いはどこへやら、「元」カノの言葉からトゲが抜けていく。
思い起こしてみれば、やはり僕が「元」カノと付き合っていたという事実は疑問しか出てこない。
少なくとも見た目で判断すれば、どう考えても僕とは釣り合わない。
だからこそ僕は、釣り合う彼氏であろうとしてダイエットを敢行し、けれどもそれを全力で止められていたのだ。
だから、今こそその疑問を解消すべき時だと判断して、質問を投げかける。
「……あのさ、今更だけど、何で君は僕に告白してきたの?」
「だって貴方、……だもの」
うん、何て言った? もしかして、
「え、僕ってケダモノだった!? 肉食系っていうつもりはなかったんだけど……」
「なんでケダモノなのよ!? 私そんなこと言ってないし思ってないわよ!?」
「あー、じゃあ果物?」
「そうね、貴方は葡萄か梨か林檎か……秋の味覚みたいに美味しそうね……ッて、それも違うわよッ!」
「僕は美味しい果実で食べられちゃうんだと思ってたけど違うのかー、それじゃあれだ、シンダモノ」
「何、シンダモノって?」
「……知らないの? 死んだ、者って書いてシンダモノ」
スマホで手早く漢字変換して、「元」カノに見せる。
「貴方いつからゾンビになったのよ、怖いわよ!?」
「いやあ、ゾンビとは限らなくって、もしかして幽霊かも?」
「なおタチが悪いわッ!? って、そうじゃなくて、」
声に、真面目な色が混じる。お遊びというか、昔のノリでからかうのはここまでにしておいた方が良さそうだと判断して、僕は真摯な眼差しで「元」カノを見つめる。
「貴方は気付いてなかったかもしれないけれどね? 私が貴方と付き合ってたのは、貴方が私の好みだったからなのよ?」
「……うん、それは知ってた。だって僕に告白してくれた時に言ってたし。……それで?」
「えぇ!? 私そんなこと言ってたの!? 不覚、不覚だわ……」
「えー、何でそこで驚くの……?」
実に理解に苦しむ話ではあるが、どうやら隠していたかったことで、隠しているつもりだったようだ。
愕然として何やらブツブツと呟いている「元」カノに対して、僕は僕で色々と複雑な思いがなくはないが、とりあえず掛ける言葉としては、
「ねえ、そろそろ帰っていいかな? 明日は月曜で仕事あるし、」
「……あ、そうよね、お互いもう学生じゃないんだものね、」
どこか寂しそうな顔をする「元」カノには悪いのだが、
「なんとか今日の内に、先週買ったエロゲの攻略進めておきたくてさ、」
パキリ、という妙な音が響いた。
「……そうよね、今日は日曜で、まだ月曜の朝までたっぷりと時間があるわよね?」
酷く凄みのある低い声は、まるで地獄の底から響いてくるようで。だからこそ僕は、言葉の選択肢を間違えたことを悟った。
「あ、あはは。そうだね、あるよね、だから僕は、」
撤退を宣言しようとして、けれども、
「朝まで付き合ってくれるわよね? ねぇ?」
ヒビの入ったプラスチック製のコップをテーブルに叩きつけるようにして置く「元」カノ。
見た目にわかりやすい暴力の象徴を前にして僕は萎縮して、
「はいわかりました」
あっけなく宣言を取り消すのだった。