6月1日
『ロストワールドクロニクル』
魔物が現れて崩壊した2220年の世界を舞台にしたVRMMO。
世界初の五感全てを感じることのできるそのゲームは、世界中で流行し、二年たった今でも沢山のユーザーを抱えている。
宗助もその一人だが、元々彼はこのゲームを購入するつもりはなかった。
学生の頃はゲームで徹夜することも日常茶飯事な程のゲーム好きの彼なのだが、就職してからはなれない仕事に悪戦苦闘していたため、ゲームを断っていたからだ。
そんな彼がこのゲームを買ったのは、仕事に慣れてきて余裕が出てきたというのもあるが、一番の理由は新しくできた同居人達のためだった。
引きこもり気味の二人とは上手くコミュニケーションが取れなかったため、仕方なく二人がプレイしているゲームを通じてコミュニケーションを取れないかと考えた。
結果的に二人とはとても仲良くなれたものの、休日に家から一歩も出なくなるほど熱中していた。
今日もゲームで一日潰してしまう事になりそうだけど良いのだろうかと思いながらも、彼はゲームを起動した。
「ボーッとしてる暇が有るなら手を動かしてください」
全長百メートルを越える大きな百足のようなモンスターの突進をいなしながらリンが剣を振り下ろすもその攻撃は外骨格に傷をつけることすら出来なかった。
「悪い。ちょっと考え事してた」
「戦闘中に考え事するとは随分余裕ですね」
辺り一面どこを見回しても砂しか見えないその場所でイビルワームと二人は戦っていた。
世界でも有数の硬さを誇る外骨格や、数分で死に至る猛毒など、厄介なモンスターとして有名だが、何よりもその巨大さがこのモンスターの一番の特徴だろう。
その巨体から繰り出される攻撃をまともに食らって生きていられるプレイヤーは恐らく存在しない。
そんなモンスターの攻撃をリンは全て紙一重で交わし、時には反撃を加えていた。
生きるか死ぬかのギリギリの戦いに彼女は心を躍らせていた。
「どう倒せばいいんだこれ?」
零人は少し離れた地点からリンの戦闘を見守っていた。
日本でトップクラスの実力を持つ剣士のリンとは違い、零人はあまり直接的な戦闘能力は有してはいない。
「リンの攻撃が通らないとは噂以上の硬さだな」
「動きを止めてくれれば斬れない事も無いと思いますよ」
「流石にあのモンスターを長時間拘束するのは無理だ。多分トラップは効かないと考えた方がいいな」
アイテムを確認しつつ、どうにかする方法が無いかを考える。
「うーん…そういえばあいつ水が弱点だよな」
「確か一番有名な倒し方が水属性の魔法を大人数で当てて弱らせた所を倒すという方法でしたよ」
「なるほど。やっぱり魔法はこういう敵には強いな」
「【エンチャント:ウォーター】これで斬れますかね」
スキルを使い剣に水属性を付与して斬りかかるもあっさりと弾かれる。しかし、先程までとは違いイビルワームに傷がつく。
「確かに効きました。でもこの程度のダメージしか通らないようでは何日かけても倒すのは無理ですね」
「そうなんだよな。とはいえ攻撃系の水属性魔法なんて俺もリンも持ってないしな」
「何かこう水を大量にぶつける方法無いんですか?」
「そんな方法あるわけ…あったわ」
零人が一つのスクロールを取り出す。
「何をする気ですか?」
「リン。怒らないでくれよ」
スクロールを開くと、書かれている文字が光だす。
【天変地異:悲しみの豪雨】
雲一つ無い青空に亀裂が走る。
その亀裂が一面に広がり、割れる。
空から大量の雨が降り注ぐ。
突然の雨にイビルワームの動きが止まる。
なんとか逃げ出そうと大量の水で弱っている体を動かす。
「ギルドのアイテムを勝手に使うとは思いませんでしたよ。後で説教ですね」
一寸先も見えない雨の中で、眩い光が辺りの広がった。
「だから悪かったって」
雨が明けるとそこには二つに裂かれた巨大な死体が転がっていた。
その傍らで、零人はリンに正座をさせられていた。
「あんな大規模な事をするなら普通まず説明しますよね」
「リンなら言わなくても解るかなーと」
零人の狙いに気付いたリンは、雨が降る直前にレインコートを装備し、スキルの発動を始めていた。
「それに、ギルドのアイテムを勝手に使いましたね」
「それは後で補充しとくから大丈夫だって」
「私はそれでいいですけど、王子が知ったらどうなりますかね」
「ごめんなさい!だから王子には言わないで下さい」
「そこまでしなくても言いませんよ。そんなことより気づいていますか?」
「西の方にいるプレイヤーの集団だろ?十人いや十二人か」
二人から西に五百メートルほど離れた地点に二人を観察するプレイヤー達がいた。
「挨拶に来たって雰囲気じゃなさそうですね」
「まあこのタイミングで来るってことはきまってるよな」
二人にプレイヤー達が近づいてくる。
敵意を隠す気が全くないのか、武器を抜き、近づいてくる。
「じゃあ荒事は任せて俺は解体を」
「何を言ってるんですか。食べるわけでもないんですからそんなの後です」
「仕方ない。頑張るとしますか」
「なんだこれは…」
雨が晴れた砂漠に一人の男が通りかかった。
そこには大量の血と十二の死体が広がっていた。
「結局一日中やってしまった…」
ゲームを消し、時計を見ると既に時刻は午後八時を回っていた。
少し後悔をしつつも、彼は三人分の食事の用意を始めた。