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9.真面目に不真面目、とは彼のこと


 ガイザール様、というのはファナント国の守護魔神と呼ばれる存在なんだそうだ。

 気紛れな魔神様で守護というより面白半分に見守っているようなものらしいけれどその力は絶大で、周りを大国に囲まれた小さな国であるファナントが好き放題出来ていたのも、時折気紛れに貸し出される『ガイザールの偽文書』の力によってとんでもない契約やら取引やらが『在ったこと』にされてしまっていたから、らしい。


 だから、ファナント国の王様が生きていた頃は王族の許可が無ければルーシアの塔に入ることは出来ないようにしていたのだという。

 万が一入れたとしても最上階に辿り着く前にとんでもないレベルの魔物?モンスター?に殺されてしまうのが常だった、とかなんだとか。


 お兄ちゃんは王様が死んで開かれた塔に入り込み、見事最上階に辿りついて魔神様と話をして偽文書(お試し版)をもらってきた、らしいんだけど……。いや、だから、お兄ちゃんはなんなの? 冒険者って普通にそういうことできるの?

 困惑するあたしとアヴェルさんの前で、お兄ちゃんは満足そうに味噌汁を啜っている。

 どこからどう見ても、その辺にいそうな平凡な男にしか見えないのになあ……。


「相変わらず無茶苦茶すぎて礼を言う気が削がれるな、お前は……。だが、ありがとう。助かった」

「気にすんな、お前には恩もある。困った時はお互い様だしな」


 口元にご飯粒をつけながら笑う兄に、アヴェルさんはしばし呆れたような顔をしてから苦笑を零した。

 敵わないな、と呟くアヴェルさんの顔には、あたしに見せているような人当たりのよさそうな笑顔ではなく、気心の知れた友人に向ける笑みが滲んでいる。


「あ、言い忘れてた」

「何?」


 笑顔は見せてくれていたけど、きっと真面目なアヴェルさんはあたしに気を遣っていたんだろう。ちゃらんぽらんなお兄ちゃんが一緒にいるくらいがちょうどいいのかもしれない。

 そんな風に考えて、少しだけ兄の言動に感謝していたあたしに、お兄ちゃんはわざとらしく深刻めいた顔を作って言った。


「良いニュースと悪いニュースがある、どっちから聞きたい?」

「は?」

「いや~、これ言おうと思って帰り道考えてたんだよ。人生で一度は言ってみたい台詞っていうか」

「どっちでも良いから早く聞かせて」


 もっとカッコよく登場しながら言えばよかったかな~なんてふざけたことを言い始める兄を小突いて話を促す。

 兄はふざけはじめると長い。話がとめどなく脱線していくので、早々に軌道修正するのが吉だ。


「皐月は冷たいなあ。おいアヴェル、お前外国人っぽいしウィットに富んだ返しする役な、俺が今からもう一度言うから」

「俺も早く聞きたい。話してくれ」

「うーんお二人さん気が合うようで何より! お兄ちゃん寂しい!」


 お兄ちゃんは口元の米粒を拭いながらこれみよがしに嘆く。

 暇な時なら構ってあげるんだけど、あいにくと今はそういう気分じゃない。黙って胡乱気な視線を向けていると、お兄ちゃんは短く咳払いした。


「じゃあとりあえず悪いニュースから行こう。俺は好きなものは後に食べる派だからな」


 兄の前には煮浸しが残っている。


「悪いって言ってもアヴェルにとって、って感じだけど」


 それを聞いた途端、アヴェルさんの顔色が変わった。形の良い眉がきつく寄せられ、緊迫した面持ちになる。

 知らず、あたしの背筋も伸びた。


「まさか、あの方に何かあったのか?」

「いやいや、それは大丈夫。心配すんな。俺が言ってたのはファナントの方だ。どうも人が住める環境じゃなくなってる。今日ルーシアの塔を上るついでに見てきたんだが、残念ながら周辺諸国はきっちり魔術結界で国境線を封鎖済みだった。転移したところで他国に入ることは出来そうにない。俺の転移陣はファナントにしか貼れてないから、……まあ、そういうことだ」


 歯切れ悪く言葉を切ったお兄ちゃんに、アヴェルさんはほんの少し顔を強張らせ、そして口元だけで静かに微笑んだ。


「オリビア様との再会は叶わないか。それも覚悟の上だ。そもそも、こちらに来なければ俺は死んでいただろうからな」

「姫さんの亡命先――エスペランサだったか?で転移術の開発が進んでりゃ望みがないこともないんだけど、今んところ、ファブルヘイムに戻るってのは厳しいと思う」


 お兄ちゃんの言葉に、アヴェルさんが頷く。

 『オリビア様』というのがさっき言っていた、アヴェルさんが忠誠を誓っていた王様以外の主様、なんだろう。

 話に入れる雰囲気でもないので、終わったら聞こうと思いつつ、何となく察しをつけて耳を傾ける。


「あ、ついでにルカントマン家も見てきた。きっちり荷物も持ち出して逃げてたよ、姫さんがなんか手回ししたんじゃないかな」

「そうか、良かった。エスペランサは治安も良いし落ち着いた気風で住みやすいと聞く、奥様には合ってるだろうな」


 ほっとしたように息を吐いたアヴェルさんに、お兄ちゃんは煮びたしを食べながら「素直に母さんとでも呼んでやりゃいいのに」と柔らかい声でぼやいた。

 ルカントマン家は、さっきアヴェルさんが話してくれた男爵家のことだ。どうやら国が無くなるような大変な事態でも、無事に逃げ出せたらしい。

 育ての親である二人が無事で安心したのか、アヴェルさんの肩から力が抜けた。


「はいそれで! こっからが良いニュース!」


 食べ終わった食器を重ね、ごちそうさまを待つあたしの横で、お兄ちゃんが声の調子をワントーン上げた。


「聞いて驚け! なんとお兄ちゃん、錬金術が使用可能になりました!」

「は?」

「え?」


 うん? 魔法使いどころか、錬金術師にもなるんですか、お兄ちゃん?




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