7.思ったより赤裸々でした
アヴェルさんはファブルヘイムのとある一国に領地を持つ貴族の、愛人の息子だったそうだ。
平民だったアヴェルさんのお母さんは、貴族である父親に逆らうことが出来ず、離れに囲われて暮らしていた。本妻や、その息子たちからの些細な嫌がらせはあったけれど、父親はアヴェルさんのお母さんを溺愛していたようで、自由こそ少ないものの大事に扱われていたらしい。
アヴェルさんが生まれてからもそれは変わらず、下手したら本妻の息子たちよりも可愛がられていたそうだ。
けれど、十歳を過ぎた頃、お母さんは流行り病に倒れて亡くなってしまう。
父親は悲しみにくれて無気力になって、奥さんに言われるがままにアヴェルさんを家から追い出した。
十歳の子を放り出すなんてとんでもない話だけれど、アヴェルさんがいた国――ファナントでは珍しくも無いそうだ。
どうも、王様がとある魔神様に気に入られているだとかで好き放題していて、人身売買も罪に問われない、とか、なんとか。腐敗した国、とかお兄ちゃんが言っていたけど、思っていたよりも酷い国だったみたいだ。
幸か不幸か、アヴェルさんはほんの少しのお金を渡されてそのまま放り出されただけで、人に売られたりはしなかったらしい。
けど、幾ら自由の身になったとはいえ、十歳の男の子が身一つで生き残るのはちょっと厳しすぎる。「逆に、父の知り合いにでも買って貰った方が良かったかもしれませんね」と、アヴェルさんはどこか独り言のように呟いた。
アヴェルさんも子供なりに何とかしようとしたのだけれど、浮浪者や物盗り、スリなどに襲われてあっという間に一文無しになってしまったのだという。
絶体絶命、明日食べるものにも困る状況で死を覚悟したアヴェルさんだったけれど、そこでとある男爵家の旦那様に拾われたそうだ。
男爵家の夫妻は旦那様の都合で子供が出来ない家庭で、身寄りのないアヴェルさんを引き取って自分の息子のように育ててくれた。
そうして、育ててくれた二人に恩返しするべく騎士を目指していたアヴェルさんは二十歳を迎えると同時に王都の騎士になることが出来たそうだ。
王都の騎士、と言ってもアヴェルさんが忠誠を誓っていたのはその時の王様ではなくまた別の王族の人だったらしい。この頃にはもう既に政治の腐敗が隠しきれないものになっていたんだとか、どうだとか。
それで、騎士として働くことになったアヴェルさんがどうして遠征先で死にかけていたのかと言うと、どうやら騎士団に異母兄弟、本妻の息子たちが入っていたのが原因なんだそうだ。
同じ騎士団の仲間であるはずの異母兄弟たちは、アヴェルさんにあれやこれやと嫌がらせをし、遠征先での大怪我を理由にアヴェルさんを見殺しにしようとした。
そこを助けたのがお兄ちゃんってわけだ。それで、あとはお兄ちゃんから聞いた流れになる。
目的を遂げたお兄ちゃんが去った後、ファナント国は数年の間なんとか形だけは保っていたものの、腐敗しきった政治は崩壊し、各地で紛争が起こり、王族同士の争いが起こり、やがて大きな内戦へと変わった。
そんな戦いの中、もはや国自体が保たないと主を国外へと逃がすことに成功したアヴェルさんは対立する勢力に殺されかけ、すんでのところを魔術符を使ってこちらに逃げてきた、という話らしい。
「……というのが大体の事情です。突然でご迷惑かとは思いますが、早めに仕事を見つけますのでそれまでよろしくお願いします」
「う、うん、まあ、それはいいんだけど……」
色々と特殊な事情はあれど、結局は『帰る場所を無くした兄の友人をしばらく泊める』ってだけだ。
これが『異世界から来た騎士様』だから変に話がこじれてるだけで、事情自体は普通に起こってもおかしくないような内容だし。
「ほとんど初対面なのに、そんなことまで聞いちゃって良かったの?」
「初対面だからこそ知って頂きたかったんです。私の方は、サツキさんのことやお二人の家庭の事情などもソウタから聞いていましたし……」
「え、何それ。あいつ変なこと言ってなかった?」
「特には……微笑ましい話ばかりでしたよ。仲の良い兄妹で、羨ましいです」
にっこり微笑むアヴェルさんの顔を注意深く観察する。あいつのことだから、絶対余計なこと言ってるに違いない。
確信をもって見つめていると、アヴェルさんは何かを誤魔化すように目を逸らした。
「ただ、野草を食す場合は火を通してからの方がいいかもしれません」
「忘れて。それ小学生の時の話だから、忘れて」
なに、たんぽぽ食べた時の話!? それともよもぎかな……どっちでもいいよ、野草食ってた話とか、種類なんて関係ないよ! ばか!
よし、馬鹿兄は後でしばく。一先ず、今は置いておこう。話をずらそう。
「で、でもさ、仕事見つけるって言っても、アヴェルさんは異世界人だから身分証明とか出来ないよね? 大丈夫?」
「こちらの世界でも身分が証明出来なくても出来る仕事があるとは聞いています」
「確かにあるけど、アヴェルさんみたいな人だと目立つだろうし厄介ごととか――」
「それなら何にも問題ないぞー!」
大変じゃない?と続けようとしたあたしの声は、そこで帰宅した兄によって遮られた。
振り返れば、いつの間に帰って来たのか、何か成し遂げたかのような達成感溢れる笑顔のお兄ちゃんが立っている。
あとで、と言ったが今がしばく時かもしれない。
「お兄ちゃん! 全く、アヴェルさん放置していつまでほっつき歩いてんの!?」
「いやー、ごめんごめん。どーしても欲しいもんがあってさ、あと偵察? 見回り? まあいいや、あっ、今日のごはん何?」
「開花丼! 手ぇ洗って、説明して!」
かっかっかーいかどーん、と謎の歌を歌いながら洗面所に消えた兄を見送り、私は戻ってきたあいつをしばく為に立ち上がって構えた。