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5.土下座≒ごめん寝



 本日、スーパーはポイント10倍デー。ついでに言えば生鮮食品、特売のたまごがお買い得。


 放課後になってすぐさま、タイムセールに間に合わない!と自転車に飛び乗った私は、にこやかな笑みを浮かべる香菜に見送られ、近所のスーパーに駆け込んだ。

 店内放送によって告知されるタイムセールの開始とともに素早く売り場に向かい、無事にたまごをゲットする。なんと1パック10円。なんとお買い得! 破格すぎる!


 一人分増やした計算の一週間の食材と消耗品を幾つか買い足し、充足感に満ちた顔でレジに並ぶ。

 特売商品をゲットした日に並ぶレジは格別だ。達成感が違う。もはやタイムセールを狙うのは趣味と言ってもいい。


「ただいまー! 聞いてよお兄ちゃん! たまご10円だったよ10円!」


 倹約を長続きさせるコツは、何事も楽しみまくることである。楽しい、は全てに勝る。これはお兄ちゃんの教えでもある。

 買い物袋を手に上機嫌で帰宅したあたしは、いつも通り戦利品を兄へと見せつけようと袋を掲げ、リビングで正座したままあたしを出迎えたアヴェルさんにぴたりと動きを止めた。


 不格好な状態で固まったあたしと、背を正したアヴェルさんの間に奇妙な沈黙が落ちる。


 なんだかとても恥ずかしくなって、顔が赤くなるあたしの前で、アヴェルさんは困惑しつつも笑みを浮かべてくれた。


「おかえりなさい、サツキさん。すみません、ソウタはまだ戻っていないようです」

「あ、へ、そ、そうなんだ」

「ええ」


 いつまでほっつき歩いてんだあいつは。

 たまごで大はしゃぎする女だと思われたのが居た堪れなくなって、心中で兄に八つ当たりをかます。いや、こんな状況のアヴェルさんをほったらかしにしてるんだから、これって正当な怒りなんじゃ?


 悶々としていたあたしは、そこで真っ直ぐに此方を見上げるアヴェルさんの視線に気づいて、とりあえず買い物袋と学生鞄を下ろした。


「えーと、」

「サツキさん」

「はい?」


 とりあえず自分の家だと思ってくつろいでよ、などと言おうとした瞬間、妙に真剣な眼差しが、あたしを射抜いた。

 えっ、なに。なになになに。

 騎士として生きている人だからだろうか、そういう真面目な顔をされると非常に心臓に悪いオーラが出る。はっきり言えば威圧感がすごい。

 あと、金髪の西洋人めいた美形が正座してるのも、もうそれだけでなんか気圧される。


 思わず後ずさったあたしを見上げていたアヴェルさんは、真剣な表情のまま、ぺたりと頭を床につけた。


「昨晩は大変な無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした」

「へ?」


 丸めた両手が顔の下に並んでいる。恐らく、きっと、いや確実に、これは土下座だ。

 土下座。土下座であるはずだ。どちらかというと『ごめん寝』に近いが、きっとあたしは今、土下座をされている。


 金髪の美丈夫な騎士様に、土下座をされている。


 それが何への謝罪なのかは、彼の言った『昨晩』で察した。その言葉に、先程かき消したつもりだった筈の記憶が、すぐさまよみがえってきた。


 事故とはいえ、男の人に素っ裸を見られた、という居た堪れない記憶が。

 ぶわりと頬に熱が上る。心臓がやかましく音を立て始めた。心臓が痛い。心臓っていうか、心っていうか。とにかく、痛いし辛い。


「いっ、いーよ別に謝んなくて! あんなの事故みたいなもんだったんだし、もう気にしてないから!」

「しかし、未婚の女性にあのような恥をかかせるなど、事故であっても許されません」

「許されるから! 大丈夫だから!」

「このような不始末の際にはこの国ではセップクなるものをすると聞きました、つきましては私も」

「いーから! いらない! もう血は見たくない!」


 誰だこんなことを教えたのは! 一人しかいないな! あの馬鹿兄貴め! あと間違った土下座の方法も教えたでしょ! 馬鹿兄貴め!

 脳内で兄へ罵詈雑言を向けつつ、ごめん寝――土下座を続けるアヴェルさんに駆け寄る。

 肩を叩き、顔を上げてもらうと、真剣な眼差しと視線がかち合った。


 だ、だめだ。イケメンは近距離で見るもんじゃない!

 お兄ちゃんみたく平々凡々な見た目でいてくれればいいものを!


 後ずさりそうになるが、この場面で引けばアヴェルさんはきっと気にするだろう。

 意を決して真っ直ぐに見つめ返し、どうにかして納得してもらえそうな言葉を探していたあたしはしかし、そこで響いた控えめなお腹の音に目を瞬かせることとなった。


 ぐぅきゅうるる。


 見つめ合ったまま、再び二人して無言になる。


 音の出所は言うまでもない。

 流石に騎士様でも恥ずかしかったのか、アヴェルさんの綺麗な顔がほんのりと赤く染まった。


「アヴェルさん、ご飯食べた?」

「一応、あの中のものをいただきました」

「ごめん、あれじゃ足りなかったよね」


 示された冷蔵庫を振り返る。買い込みの直前だったこともあって、冷蔵庫には昨日のご飯の残りくらいしかなかった。

 あたしには十分でも、騎士様には足りなかっただろう。

 カップラーメンの食べ方を説明する時間があればよかったんだけど。寝坊してしまったのが痛かったな。


「とりあえずご飯にしよう! その頃にはあの馬鹿も帰ってくるだろうし」

「しかし、サツキさん——」

「あーもう! あのね、蒸し返される方が恥ずかしいの! 次言ったら怒るからね!」


 尚も続けようとするアヴェルさんに背を向け、台所に向かう。

 置いていた買い物袋を手に、使わないものは冷蔵庫にしまっていく。背中に何か言いたげな視線を感じるけれど無視し続けていると、切腹は諦めてくれたのか、アヴェルさんがあたしの横までやってきた。


「何か手伝えることはありますか?」

「じゃあ、玉ねぎよろしく」


 こういうのは気にしないで流すに限る。

 ぎこちなさは残るものの、あたし達は気持ちを切り替えて晩御飯作りに取り掛かった。




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