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42.兄の兄たる所以です。

二話投稿

1/2



「はぁ~~~……疲れた、ただいまー」


 お店の人に謝り倒して店内の片付けをしたあたし達は、五人をまとめて引きずっていったくるみと別れ、一先ず帰路に着いた。

 何度も大丈夫だとは言ったんだけど、三人とも片付けの間は殆どあたしに何もさせてくれなかったし、香菜に至ってはうちに寄ってから帰ると言ってついてきている。


 そこまで心配しなくても良いんだけどな、と思ったけれど、「皐月ちゃんはねー、そういうところがねー、駄目なんだよー」と気圧されるような笑みと共に言われては断りきれなかった。


「晩御飯、お兄ちゃんとアヴェルさんの分しか無いんだけど、香菜、お兄ちゃんの分食べてく?」


 遠回りして凹んだ自転車もきっちり回収した。

 前輪がすっかり駄目になってしまったことに酷く落ち込みつつも、鍵は無事だしなんとかなるだろう、と気を取り直していたあたしに、香菜は深く、それは深ーく溜息を吐いた。


「皐月ちゃん」

「うん?」


 振り返れば、腰に手を当てた香菜が、眉間に皺を寄せてあたしを睨みつけている。

 あ、こ、これはまずい。そう思うのと同時に、すう、と息を吸った香菜が、勢い良く怒声を吐き出した。


「まずは傷の手当が先に決まってるでしょ! なーにを晩御飯の話なんかしてるのこの馬鹿娘!!」

「ぅはいっ!! すみません!!」

「さっさとこっち来る!! 腕と足出す!!」


 香菜に手を引かれるまま着衣でお風呂場に入り、ざっと傷の付いた部分を洗い流す。

 作りが変なせいで二人で入るとかなり狭いのだけど、香菜はあたしから離れるつもりはなさそうだった。


「あーもう酷い、普通だったら暫く跡残るよコレ――くそッ、覚えてろよ来栖雷人、お前には地獄を見せてやる……」

「いや、もう、既に地獄は見たんじゃないの……」


 くるみの殺意が向けられた会長はもちろん、その後ろに居た久我みやびも来栖雷人もそれに当てられて泡を吹きながら気絶していた。

 香菜はその様をスマホのカメラで余すところなく撮影した挙句、何やら来栖雷人を女子トイレに引きずり込んでしばらく籠もっていた。時折断末魔みたいなのが聞こえたから、もうあの中で散々いたぶったものだと思っていたんだけど。


 情けない叫び声と、怯えた顔の老店主を思い出し遠い目になってしまうあたしの前で、香菜は唇の端を釣り上げて笑った。あ、あー、こわい! 殺る気だ!


「スマホにはあの馬鹿男の恥ずかしーい写真だけじゃなく、会長の暴言まできっちり撮ってあるの。ああいう場では証拠はきちんと残しておくものだしねえ~」

「……つまり、それをバラ撒く……とか?」


 そこまでやっちゃうと、下手するとこっちにも非があるとか言われないかな?

 あの場の五人は滅茶苦茶怯えていたし、くるみが引きずって帰ったのを見るにまだ何かやるつもりなんだろうけど、香菜が逆に責められるようなことにならない方法がいい。

 不安に思って聞いたあたしに、香菜は傷の様子を確かめた後、くつくつと喉を鳴らした。


「初めから本命をバラ撒いたりはしないよ? 多少は噂になるだろうけど、最初のインパクトが強いと、段々薄れてくものだからねえー。まずはみんなに自主的に噂話をさせるの。明らかな異常事態なのに誰も事態の真実を知らない、気になってしょうがない、ってところに証拠を広めて、凄惨さが伝わったところで過去の罪を流して報復されても仕方ないな……という空気に持っていく、ふふふ~~こっちの写真は逃走防止に使うとして~~、ファンクラブの阿鼻叫喚に耐えられるかなぁ~~」

「…………いつになく楽しそうね」

「楽しまないと、腸煮えくり返りそうなのー。私もまだ殺人鬼になりたくはないし」


 どこまで本気で言っているのか分からない声音で呟いた香菜が立ち上がる。

 見上げた先で、ついでにお風呂に入っちゃおうか、タオルと着替え持ってきてあげるから、と笑った香菜にうなずき返してから、ふと気になったことを聞いてみた。


「でもさ、みんなに噂話をさせる、ってどうやってやるの?」


 こっちからバラ撒く訳じゃないんだよね? 出処が分からないようにする、とか?

 脱衣所の扉に手をかけた香菜が振り返り、楽しげに笑う。


「二週間で伸びる髪の毛なんてたかが知れてるし、嫌でも噂になると思うよ?」


 つるーん、という効果音を口ずさみつつ、香菜は自分の頭を撫でるモーションをして軽やかに脱衣所を後にした。

 ……な、なるほどー、だからくるみが連れて帰ったのかー。ふ、ふーん、へー、ほー……。


 香菜だけは敵に回したくないな、と改めて思った。






「ごめんねアヴェルさん、ご飯の用意ありがとう」

「いえ。ただ出して並べただけですから。それよりも、怪我は大丈夫ですか? まだ痛みますか?」


 ところどころ沁みる体に涙目になりつつお風呂から出たあたしを、夕飯の支度を終えたアヴェルさんと右手のスマホを凄まじい指の動きで操作している香菜が出迎えた。

 お風呂から上がったあと、軽く薬を塗って、酷いところにはガーゼを貼っておいたあたしの腕を、アヴェルさんが控えめな動作でそっと手に取る。


「ううん、大丈夫。すごい痛いって訳じゃないし……多分これ、お兄ちゃんならすぐ治せちゃうんでしょ?」

「それは……そうでしょうね。……ですがサツキさん、治せるから怪我を負わされても許すというのは違うと思いますよ」

「えっと、そういう訳じゃないんだけどね、」


 いつになく真剣な眼差しで言われてしまって、思わず居住まいを正す。別に、そういう訳ではないけれど、頭の片隅では確かにそう思っていた部分もあった。

 そもそも、お兄ちゃんに言わなくたって傷はいつかは治るものだし。あっ、でもそれなら、もしかして自転車も直せる!?


「サツキさん、今自転車のこと考えているでしょう」

「くっ、口に出てた!?」

「顔に出ていました。……あのですね、サツキさん。今回は軽傷で済みましたが、ああいう乗り物に乗っている際に横から危害を加えられれば、もっと大きな怪我をしていてもおかしくなかったんですよ」

「それは、そうだけど……」

「分かっていてどうして加害者に無関心でいられるんですか」


 アヴェルさんの声は、少しだけ怒っているようにも聞こえた。今までそんな声は聞いたことがなかったから、不安になって思わず俯いてしまう。

 なんと言ったらいいのか分からず、言葉が出てこなくて俯いていると、数秒の間の後に、小さな溜息が降ってきた。

 思わず肩が揺れる。何か、怒らせるようなことを言っただろうか。

 だって、別に、あたしが怪我しただけなんだからいいじゃん。アヴェルさんが何か、痛い思いした訳じゃないし。


「すみません。サツキさんが、自分自身よりも自転車が大事なのかと思うと……妙に、腹立たしくて」

「えっと、ご、ごめん」

「いえ、違うんです。……言葉が悪かったですね」


 再度謝罪を口にするアヴェルさんに促されて、食卓につく。

 隣に座ったアヴェルさんは、言葉を探して視線を彷徨わせたのち、少し辛そうに微笑んだ。


「自転車は換えが利きますが、サツキさんはそうではないでしょう?」

「……うん」


 確かに、そうだ。そうなんだけど。……うん、そう。そうなんだよね。それはわかってるんだけど。

 でも、どうしてか、どうしてもそれを認められずにいるのを見抜かれてしまったのか、アヴェルさんはまた、小さく溜息に似た吐息を零した。 


「自転車だったら、俺がいくらでも買います。だからもっと、自分の心配をしてください」

「分かっ、た」

「まあ、まずは食費を払えという話なんですが」


 もうすぐ給料日ですから、それまではご容赦願います、とアヴェルさんは困ったように眉を下げたまま微笑んだ。

 流石に、此処まで言われてそれでも自分を蔑ろにするつもりはない。優先すべきは自分自身。

 そう思い直そうとして、つん、と鼻の奥が痛くなって、やっぱり自転車も大事だ、と脳内のどこかで呟く。

 なんだろう、何か泣きそうだ、と思って、慌てて唇を噛んだあたしは、そこで思考に割り入った声に文字通り飛び上がった。


「おふたりさーん、私のことを忘れてませんかねえー」

「んんっ?!? い、いいいやいや、わ、わわ忘れてないよ!?」

「本当かなー?」

「……というかこの場合、わざと気配を薄くしてましたよね?」

「ええー、私には気配をどうこう出来る能力はないからな~……っと、創兄はほんと返信が遅いな」


 どこか白々しく言う香菜の声を聞きつつ、言われた通り本気で香菜の存在を忘れかけていた自分に焦って、恥ずかしくなって、顔を覆う。

 なんか、なんか、何!? もうホント、この数時間で色々あってさ、ありすぎてさ、ちょっと自分でも凹んでたっていうか!

 何に向かって言い訳をしているんだろう。謎の思考回路にますます顔が赤くなっていたあたしは、しばらく身悶えしてからようやく、香菜が誰を相手に凄まじい指さばきで連絡を取っていたのかに気づいた。


「あのさ、香菜。お兄ちゃんバイト中だし、朝まで帰ってこないと思うけど」

「帰ってこさせるんだよ~。そもそも皐月ちゃんが怪我をしたって聞いて帰ってこない生き物は創兄じゃない」

「そ、そこまでいうか……その割に、いつもフラフラしてるけどね?」

「アレはねー……確認と慣らしと賭けだから、しょうがないの。あ、連絡つい――」


 確認? 慣らし? 賭け? どれもピンとこない言葉を脳内で回すより早く、天井から頭が降ってきた。


「さっさサッ、皐月ィイイィイ―――ッッ!!! 無事か皐月ィ――――っ!!」

「ぎゃああぁあぁ夕ご飯がァッ!!」


 お皿を並べたローテーブルの真上、照明のすぐ脇から顔を出し、そのまま落下してきたお兄ちゃんの体を、アヴェルさんが無言で捕らえ、そしてそのまま一言も発することなくソファの方へと放り投げた。

 制服に身を包んだお兄ちゃんが、綺麗な空中一回転を決めてソファに着地する。犬神家みたいになってるけど、あれはどこに上半身が入っているんだろうか。


 びっくりしすぎて心拍数が急上昇した。胸元を押さえつつ、一旦引いた血が急に回ったせいで妙に熱く感じる傷を擦る。


「神出鬼没になったせいで、不審者度が増したね? 創兄」

「ふぉれはふぉれはかなひゃあ、ほっひへんひゅるわしゅう」

「顔出して喋って」

「ぷはっ!! ご機嫌麗しゅう香菜様、命だけはお許し下さい!!」


 ソファから飛び降りたお兄ちゃんは、そのまま華麗な動作で土下座を決め込んだ。さりげなくアヴェルさんがテーブルを脇にずらした。ナイスアシスト。……ナイスアシスト?

 米神を引きつらせている香菜は、美しい土下座姿勢を維持し続けるお兄ちゃんを前に、ソファに足を組んで腰掛けた。


「創兄がいながらぁ~~どうして皐月ちゃんが怪我をしてるのかなぁ~~?」

「……実はですね、ええ、申し訳ございません、ここ暫くファナント全土に探査魔法をかけておりましたら、私めの魔力が枯渇してしまいまして、感知がまるで役に立たないという大失態を」

「長い。三文字で」

「俺is無能」

「三単語じゃん」


 呆れた顔で眉を寄せた香菜は、それでも一応気が済んだのか、それ以上お兄ちゃんを謗ることはなく溜息を落とすに留めた。

 ちら、と香菜を見上げたお兄ちゃんが、その様子を見てぐるりとあたしに方向転換を図る。

 だばだばと滝のように涙を流したお兄ちゃんは、あたしの腕と足に残る傷を見ると一瞬動きを止め、感情が行き過ぎたのか無表情になり、そっとあたしの傷に手を寄せた。


「ごめんな皐月、痛かったろ」

「いや、いいよ別に。だってさ、ほら、お兄ちゃんが治してくれるし」


 事実、淡い光を放つ手のひらが傷を撫でるだけで、アスファルトの地面に削られていたあたしの皮膚は何事もなかったかのように治っていく。

 治癒魔法ってすごいなーなんて思ってお兄ちゃんの手を見ていると、不意に、魔法を使っていない方の手でぽん、と頭を撫でられた。


「ごめんな」

「だから、いいって。大丈夫だから、」

「大丈夫じゃない」


 ぐしゃぐしゃと、まだ少し濡れている髪をお兄ちゃんの手がかき混ぜる。

 上から降ってくる声はたまらなく優しくて、でも、しっかりとあたしの言葉を突っぱねる響きを持っていた。


「自転車乗ってる時に蹴り飛ばされるなんて、兄ちゃんでも怖い。皐月も怖かっただろ?」

「……うん」

「そんですごく痛かっただろ」

「……うん」

「痛くて、怖かったんなら、大丈夫じゃないんだよ。皐月は今、大丈夫じゃない。大丈夫じゃないやつは、泣いてもいいんだ」


 お兄ちゃんの手は、あっという間にあたしの傷を治していって、怪我なんてしてなくて、何も無かったみたいになった。

 多分、誰もあたしが蹴っ飛ばされて倒れたなんて思わないだろう。あたしが見ても、そんな風には見えないくらいだし。

 だから大丈夫なんだけど、大丈夫だけど、怖くて、痛かったら、大丈夫じゃないから、……きっとあたしは大丈夫じゃないんだ。


 一度そう思ったら、あっという間に視界が滲んで、ぼたぼた涙が落ちていって、鼻水が出てきた。

 お兄ちゃんの手は治療が終わったのに離れる気配がない。あたしの手に重なっている。それを強く握りしめると、すごく安心するのに、なんだか急に、とても怖い気分にもなった。

 しゃくりあげる喉が上手く働かないけれど、この思いをどうにかしてお兄ちゃんに聞いてほしくて、なんとか言葉を紡ぐ。


「お、お兄ちゃん、」

「うん、どうした」

「……じ、自転車がね、壊れ、ちゃって、助けて、ほしくて、でも、ま、まわり、だれもいないし、怖いと、動けないからね、あたし、っ、」

「うん。頑張ったな」


 なんだかもう、駄目な気分だった。

 自転車が壊れて悔しくて、悲しくて、それ以上にどうしようもなく恐ろしかったけど、あの場で何もできなくなったら、本当に何されるか分からなかった。

 どこか別のところに自分を置いておかないと、どうにかなりそうだった。すごい怖かった。怖かったんだ。


「大丈夫、もう怖いもんは何もないからな。兄ちゃんが全部何とかしてやるから」


 堪えきれなくなったあたしが泣きながらお兄ちゃんに抱きつくと、お兄ちゃんは優しい声でそういって、昔寝る時にやってくれたみたいにぽんぽん背中を叩いてくれた。

 そうされていると、抑えていた恐怖が溢れてどこかに行ってくれる気がして、段々と安心してくる。


 一定のリズムで背中を叩かれている内に、あたしの意識は段々とまどろみに沈んでいった。






次話:兄視点。読んでも読まなくても大丈夫です。



isなのは語呂です(小声)

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