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41.決行日(後)

二話投稿

2/2




 アヴェルさんにアピールしていた女の人を見たときにも思ったんだけど、好きな相手が仲良くしている相手に害を成せるってどういう精神状態なんだろう。

 自分がどんなことをしても相手に嫌われるはずがない、って思ってるんだろうか。聞いたことが無いからわからないし、聞いても分かる気がしないから聞く気もないけど。


「雷人、みやび、遅いぞ! 二分の遅刻だ!」

「透っちごめんってー、先にこいつどうにかしようと思ってたんだけど、何言ってもだんまりでさぁ」

「全く……時間を守れないやつは碌な大人にならんぞ」


 同感です風紀委員長。全くもって同感ですが、それをそっち側・・・・にいる貴方が言うの、単純にものすごく腹が立ちますね。

 くるみとの別れ話(付き合ってないんだからこれはおかしいか)の待ち合わせ云々以前に他人の時間を侵害してるんですけど。

 その上暴力行為まで働いてるんですけど、そこはスルーなんだね。

 風紀委員長の小金井透は、傷だらけのあたしの腕を見ても片眉を上げただけで意に介した様子はなかった。


 逆に、四人がけテーブルをふたつくっつけた対面――ソファ側に座るくるみとアヴェルさんは、一瞬で事態を理解したのか、二人揃って場が凍りつかんほどの笑みを浮かべている。

 あと、少し離れたところに座ってる、帽子を目深に被って伊達眼鏡をかけた親友もね。香菜、その変装ルックはちょっとあからさまに変装すぎよ。


 人気の少ない喫茶店の隅の席。壁側に窓はなく、洒落た磨りガラスで半分ほど区切られた空間には、くるみとアヴェルさん、その対面に座る会長ら三人、そして来栖雷人と久我みやびにひっ捕らえられた宇宙人みたいな感じのあたしがいる。

 ……なんであたし、この場に呼ばれてんだろう。


「それで、話し合いについてだが。くるみの隣にいるそいつは何だよ? 俺のくるみに気安く近寄ってんじゃねえぞ」


 わー会長は総スルーだ。もはやあたしの存在も遅れてきた二人もどうでもいいんだろう。あの人の頭の中には、くるみと自分しかいなさそうだ。

 周りが全く見えていないんだろう。香菜、おもむろにケーキを頼んでフォークの先端を確かめるのやめて。くるみも、ヒールの踵で床を凹ませるのをやめよう。

 アヴェルさんは………………アヴェルさんは、いつも、いつもどおり? かな?


 普段は短めの髪を思うままふわふわと揺らしているアヴェルさんの金髪は、バイト仕様なのか軽く撫で付けられている。

 濃いブルーのシャツに白いパンツが爽やかで、これなら家まで追いかける人が出るのも分かるなーって感じだけど、今は、なんというか、爽やかというか、……凍えるというか。


 笑みだけは普段と何一つ変わらない。日だまりのような笑みが周囲の気温を二、三度下げている。香菜もやってたやつ。何、みんなそれ出来るの!? 流行ってんのかな!?


 腕の痛みをテンションを上げて誤魔化すしかないあたしと、淡々とフォークの殺傷力を確かめる香菜と、今にも人を殺しそうな目をしたくるみが見守る中、アヴェルさんは普段通りの穏やかな口調で問いかけた。


「先に質問してもよろしいですか?」

「は? 俺の質問に答えてねえだろうが、くるみもくるみだ、俺がいるのにそんな野郎と、」

「先に、質問を、しても、よろしいですか?」

「…………なんだよ」


 すごいな会長。よく、この空気の中で一度でも自分の用件をごり押そうと出来たね。

 隣のサッカー部エース黒井雅嗣なんて脂汗がすごいよ。見てみなよ、なんか、もう、可哀想なくらい怯えてるよ。可哀想だよ。


「彼女は怪我をしているように見えるのですが、それは事故ですか? 故意ですか?」


 アヴェルさんの手が、ゆっくりと会長の後ろに立たされているあたしを指し示した。

 振り返った会長は、来栖雷人に腕を掴まれているあたしをようやく認識したらしい。けれども、興味なさそうに鼻を鳴らしただけで、二秒と見ることはなかった。


「知るかよ。雷人、お前が連れてきたんだろ」

「あー、なんか自転車乗っててめんどいから蹴っ飛ばした」


 まだ、まだ下がるの!? この温度はまだ下がるの!?

 いやでも、なんか、アヴェルさんの場合は本当に物理的に下がっている気がする。そう思って香菜に視線をやると、そっと紅茶のカップを指し示された。

 会長たちのテーブルにも、注文したらしき紅茶が並んでいる。


 そのどれもに、薄っすらと氷の膜が貼っていた。……へー、そう。多分、そういう魔法なんだね。順応してきてる自分が怖いぞ。


「なるほど。分かりました、ありがとうございます」

「で? 次は俺の質問に答えろよ、お前がくるみに手を出したんなら、殺すしかねーんだけど?」


 もはやあたしの会長への感心は尊敬の念になりつつあった。

 もしかしてこの状況でも尚、会長にはくるみがいつもと同じ可愛らしいふわふわの女の子に見えているのだろうか。すごい、すごすぎる。もはやかっこいいよ会長。かっこいいからちょっと黙っててほしい。


 高圧的な態度を崩さない会長の言葉に、アヴェルさんは一度そっと目を伏せ、次いでどこか自嘲気味に笑った。


「随分と簡単に殺意を口になさるんですね」

「はあ? たりめーだろ、俺はなぁ、くるみと俺を引き裂くようなやつは全員ぶっ殺すって決めてんだよ」

「そうですか。それはそれは、虫唾が走るほど素敵な愛情ですね」


 にっこりと微笑んだアヴェルさんが、そっとくるみに目配せする。くるみが頷いたのを確認したアヴェルさんは、薄氷の乗った紅茶を飲み干すと、静かに立ち上がった。

 そのまま、足音もなくあたしと、来栖雷人の元へと歩み寄る。

 見えているのに、分かっているのに、絶対に避けられない。そんな印象を受けながら呆然と見守るしかなかったあたしの前で、アヴェルさんはごく自然な動作で来栖雷人の腕を掴んだ。


「私は、二度と人に殺意を向けないと決めました。それだけが許される道だと思ったからです」

「なんっ、あぁ!? なんだよお前、頭おかしいんじゃねーの!」

「ですからこれは別段、殺意というほどのものではないんですが――、」


 アヴェルさんに掴まれて尚、外れる気配が無かった来栖雷人の手が、一瞬の間の後にするりと解けた。

 丁度、アヴェルさんに引き寄せられて、視界に青いシャツしか映らなくなったのと同時に。


 次に照明の明かりが視界に入る頃には、来栖雷人は真っ青な顔で床にへたり込んでいた。


「え、え? 何?」


 何が起こったのか分からない。けれど、少なくとも掴まれていた腕の痛みはなくなって、ほっと息を吐く。

 事態を把握したくて辺りを見回しているあたしの耳に、遠くの方から「ほほーう……」と何やら納得したかのような香菜の声が聞こえてきた。

 だから何、何が起きた! 何か、とんでもないことが起こったことだけは分かるけど、それ以外がさっぱりだよ!


「サツキさん、大丈夫ですか?」

「えっ、う、うん。大丈夫だよ、八助にもちゃんと連絡してあるし、怪我も大した事ないし、あっでも自転車が! あたしの自転車が!!」


 あたしの自転車が、めちゃくちゃにされて放置されている。取りに行かないと撤去されてしまうかもしれない。

 自転車って結構高いんだよ。しかもちゃんとした荷台がつけられて、多少の重みに耐えられる作りのやつじゃないと困るし、せっかく大事に使ってたのに、こんなことで駄目になっちゃうなんて。

 自転車の悲劇を思い出して、知らず涙ぐんでしまったあたしに、アヴェルさんはちょっとだけ呆れた顔をしてから、遠慮がちに擦りむいた方の腕を取った。


「充分、大した怪我ですよ。ソウタほどではありませんが、多少は心得があります。ひとまず痛みは除いておきますね」

「あ、ありがと……。でも、ほら、あたしの怪我よりさ、」 


 あたしの怪我より、この状況の方がよほど『大した事』だと思うんだけど。

 久我みやびも真っ青だし、黒井雅嗣なんて青を通り越して真っ白じゃん。無事なのは小金井透と会長くらい? いや、でも、あれは、あの二人は……。


「くるみからも謝る。ごめんね、ここまで馬鹿だと思ってなかった――ってのは言い訳だね、あとで首でも心臓でも捧げるから、今だけちょっと、こっちを優先させて」 


 いつの間にか、仁王立ちしたくるみが対面の会長と風紀委員長を見下ろしている。その目は淡く、濃紺に発光しているように見えた。

 瞳孔が縦に収縮している。くるみの近くの空気が震えているのは、きっと気のせいじゃないんだろう。


「ねえねえ、純くん。くるみもね、聞きたいことがあったの」

「な、なんだよ、」


 目を細めたくるみは、汚物を前にしたかのような一瞥をTOP5にくれてやると、一転して愛らしい笑みをその顔に浮かべてみせた。

 圧倒的な威圧感だけはそのままに、華が咲いたような笑みが輝く。


「矢車くるみって、覚えてる?」


 いつの間にか、そそくさと移動していた香菜があたしの後ろに居た。ちゃっかり、ケーキは食べ終わったらしい。

 青ざめた顔で震えて動けない来栖雷人の腕にフォークを突き刺そうとしているところを止めて、二人で端に寄って事態を見守る。

 くるみの唐突な問いを受けた会長は、一瞬呆けたような顔をしてから、憎々しげに顔を歪めた。


「あー、覚えてるぜ。くるみと名前がおんなじだから尚更な、くるみとは全然似ても似つかねえキモい女だったけどよ。生意気にも雷人を負かしたっていうから、立場ってもんを分からせてやったんだよ」

「そうだったよねー、徒競走でも鉄棒でも縄跳びでも跳び箱でも何一つ勝てない上にスポーツテストですら一つも勝てる項目なかったくらいコテンパンに負けたもんね? 死ぬほど悔しかったみたいだねー?」


 笑みだけはそのままに、段々と低くなる声に、会長も二の句が告げないのか黙り込む。


「結局、親の金と権力でお山の大将気取って好き放題やっても、一度も実力では勝てなかったんだよね~! 勝てないからそんな手段を取るしか無かったんだろうけど~!」

「なん、何が言いてえんだよ、くるみ」

「名前で呼ばないで。女の子相手に五人で寄ってたかって嫌がらせして、結局実力では一度も勝てずじまいな惨めでどうしようもない馬鹿に呼ばれると、吐き気がするの」

「どうしたんだよ! お前、あの女に関わってからおかしいぞ! あいつに何か吹き込まれたんだろ!?」


 会長があたしを指差す。くるみはそれを鼻で笑うと、片眉を上げ、冷えた視線で会長を見下ろした。


「まだ分からないの? 頭の足らなそうな思い通りに出来て優越感を抱ける可愛いだけの女の子なんていう、好みを具現化したような女が現れたのがただの偶然なわけないじゃない?」

「は、はあ……!?」

「くるみはくるみなの。お前らが男子を巻き込んで寄ってたかって中傷して百足入りの給食を食わせて大喜びして、猫の死骸を押し込んで滅茶苦茶にしてくれたランドセルの持ち主なの。くるみはねー、矢車くるみなの」


 分かった?と微笑むくるみに、会長は呆然としつつも反論を口にする。


「何、言ってんだよ……顔が、ちげぇじゃねえか……くそ、整形か? どうしてそこまで、あんな程度のことで、」


 けれど、否定しつつもくるみの言葉が事実と噛み合っているせいか、受け入れざるを得なくなったようだった。

 信じきれないにしろ、自分のことを好きだと信じ切っていた女の子が内心では自分を馬鹿にしていた、というだけでも、会長には耐えきれなかったんだろう。

 握りこぶしを叩きつけ、立ち上がった会長は怒りに赤く染まった顔でくるみに罵声を浴びせた。


「何年も前のこと引きずってこんな陰湿な真似しやがって! 許さねえ、絶対に、お前も、あの女もだ! 次は連れてくるだけじゃねえ、あいつらに襲わせて―――」


 殺意、というのは形を作るんだなあ、とどこか意識の遠くの方で考えているあたしがいた。

 会長が下衆な計画を吐き捨てようとした瞬間、くるみは迷うことなく拳を振りかぶり、全身から立ち上る濃紺のオーラが龍を模した。

 拳はそのまま、確実に会長の顔面を通り抜け頭蓋骨を割ると確信させるような勢いで放たれる。

 会長の鼻先に当たる、その寸前。くるみの拳は打撃音を立てて止まった。


「もう、この辺にしておきましょう。本気は、本番にとっておくべきです」


 くるみと生徒会長の間に割り込んだアヴェルさんの手が、くるみの拳を受け止めていた。

 それでも何かしらの衝撃があったのか、会長は鼻を打たれて鼻血を垂らし、白目を向いて倒れている。無事なのは、息もできずに固まっている小金井透だけだ。


 荒い呼吸を噛み殺すように歯を食いしばっていたくるみが、数秒の間を空けて、そっと顔を上げる。

 その瞳からは、濃紺の光は消えていた。


「ごめんね、皐月ちゃん」

「……いーよ、本当に大したことじゃないから」


 知らず、息を詰めていたあたしの口から安堵の息が溢れる。何か、とんでもないものに当てられて腰が抜けかけたけど、何とか持ち直して立ち上がった。

 だってほら、こんな状況で、腰抜かしてる場合じゃないし。


「あーあ、これはお店の人に謝って片付けないとねえ」


 隣でのんびりと呟く香菜の言葉に頷きを返しつつ、とりあえずあたしは久我みやびの手から携帯を奪い返したのだった。




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