35.箱にでも詰めて釘を打ち付けておくべし。
「さあさあ皐月ちゃん! 洗いざらい話してもらおうか!」
「……た、楽しそうね、香菜」
「うん! こんなに楽しいことはない! さあ、出すもの出して?」
「なんにもないってば……」
「嘘だぁ、あるでしょ? 星命石をもらうことになったきっかけとかが!」
カツアゲだ。あたしは今、恋バナのカツアゲにあっている。
星命石を片手に、冷や汗をかきながら立ち尽くすしかないあたしを、香菜は新種の都市伝説を聞いた時と同じ輝きを放つ目で見上げた。
なんだ、あたしの恋バナは都市伝説扱いなのか。
そもそも香菜がそう思っているだけで恋バナでも何でもない、ということはどうやったら伝わるんだろうか。
此処で何を語ったところで脳内補完で事実は捻じ曲げられる予感しかしない。香菜の瞳は何故か確信めいた輝きを持ってあたしを見ているし。ああいう顔をしているときの香菜は、あんまりあたしの話を聞かない。
このまま行くと十中八九あたしとアヴェルさんの間にありもしない恋愛模様が描かれることになる。
それは困る。非常に困る。
どのへんがどう困るのかと聞かれると上手く言えないけれど、とにかく、恋愛方面でからかわれて意識した日には悲惨だ。
絶対、その、最初に会った日のこととか思い出すしそんな状況で平気な顔していられるほどメンタル強くないしもうすでに思い出しかけているし、はい終わり! この話終わり!
「おやぁ、随分と顔が赤くなってるねぇ皐月ちゃん?」
「いや本当、本当に何にもないんだって、これはその、担保として預かってるだけなの!」
「ふぅん? それにしては反応が怪しいんだけどなぁ……」
どこぞの探偵よろしく、白状するまでしつこく追い回すと言わんばかりの視線を向けてくる香菜から逃げるように顔を逸らす。
何? そんなに追求したいところあった!?
隠すから聞きたくなったのかもしれないけど、こっちにはそもそも暴かれるような秘密がない――こともない、けど、無いんだってば!
何とも楽しそうな顔で見上げてくる香菜と、その隣で少し不思議そうな顔をしつつも興味深げにあたしとアヴェルさんを見やるくるみ。
このままではありもしない恋バナで惚気けさせられる羽目になってしまう。ダメだ、あたしこういうの弱いんだよ、無理。どうすればいいの。
むしろ最初はお兄ちゃんに渡そうとしたんだし、もうここは多少犠牲になってもらって香菜の好奇心をそっちにシフトさせる作戦に出るしか……?
「サツキさん、いま妙なことを考えませんでしたか?」
「え? ぜ、全然? これっぽっちも、全く?」
あれっ、心を読まれている!?
まさか此処にきて、気配だけじゃなく心まで察知出来るとか言わないよね!?
「顔に書いてあります」
「そんっ、そんなに分かりやすかった!?」
アヴェルさんは貼り付けたような笑みのまま頷いた。「出来ることならそれは勘弁してください」と小声で返ってくる。
ご、ごめん。許可なく生贄にしようとしてごめん。出来心で使っていい方法じゃなかった。
慌てて謝るあたしにアヴェルさんが首を横に振り、面白い話はひとつも聞き漏らすまいと身を乗り出す香菜へと向き直った。
「クルミさんが仰ったように、星命石は婚姻や忠誠の証として使われることがあります。ですが、今回私がサツキさんに星命石を渡したことにそういう意図は含まれていません」
「ええー……本当かなぁ」
「本当です、ソウタにも聞いていただければ真偽の程は確認して頂けるかと。これは居候中の担保のようなものです。住まいから食事までお世話になってますから……何かひとつでも金銭に変えられれば、と思ってお渡ししたものを、ご厚意で取っておいて頂いているだけなんですよ」
淀みなく、滑らかに語るアヴェルさんの横で、あたしも同意を込めて勢い良く頷いておいた。
そんなあたしたちを見て目を細めた香菜が顎に手を当て、思考を巡らせるように視線を動かす。
「ふーむ……なるほど、大方は察しました」
「なになに香菜ちゃん、どういうこと?」
「今は突っつくべき段階にもなってないなあ、ってことー」
「えー? よく分かんないよ」
小声で何やら囁きあっている香菜とくるみの声は距離のせいで筒抜けだ。
でも、聞こえたところで理解が追いつかない。唇を尖らせて小首を傾げるくるみと同じく、よく分かんない。
香菜は何やらしたり顔であたしを見ているけど、やっぱりよく分からない。まあ、あの妙な熱意が籠もった好奇心が薄れたなら何よりだ。
「それに、私には星命石に愛を籠める資格などありません」
ひとまず波は去った。ほっと息を吐いていたあたしの耳に、聞かせる気があるのかないのか分からない呟きが入り込んできた。
呟きを零したアヴェルさんを見上げる。目が合ったアヴェルさんは困ったように眉を下げ、口元だけは笑みの形を残したまま、そっと目を伏せた。
一瞬の間のあと、気を取り直すかのように顔を上げて、あたしの手から星命石を受け取る。
「さして面白いものでもありませんが、どうぞ」
「これが星命石かー、アヴェルさんの目と同じ色なんですねぇ」
「ええ。大抵は瞳と同色の石であることがほとんどです。まれに全く異なった色を持って産まれてくる者もいるようですが……そういう方は、その色と同じ瞳を持ち、自分の瞳と同じ色の石を持って産まれた運命の相手、というのがいるようですよ」
星命石を香菜の手に乗せ、ゆっくりと語るアヴェルさんの横顔を眺める。その顔は、ここ数日で見慣れた表情と同じように見えたけれど、どこか強張っているようにも思えた。
さっき、思わずといった様子で溢れた呟きが耳に残っている。
資格がない、ってどういう意味だろう。『避けてきた』という言葉と何か関係があるんだろうか。気にならないといえば嘘になるけど、蒸し返せるような話の流れではなくなってしまった。
「写真取ってもいいですか?」
「構いませんよ」
「これって、石自体に特別な力とかあるんですかね?」
「特には……魔導師の方などは媒介として使用する人もいると聞きますが、大きさが足りないそうであまり使い物にはならないとか」
「ほほー、じゃあ本当にお守り的なものなんですねえ。こっちでいう臍の緒的な感じかなぁ……うーんそれだと浪漫が台無しになりかねないか……」
香菜の興味はすっかり星命石に移ったようだ。これで一安心、かな?
星命石を挟んで話し合う二人を横目に見やりつつ、時間を確認する。晩御飯とお風呂の準備をし始めてもいい頃合いだ。
この分なら席を立ってもいいかな、と思って立ち上がりかけたあたしの横に、音もなくくるみが座った。気づいたら居た、くらいの勢いで、視界から消えて横に現れていた。何、こわい。忍者か何かか!?
「あのね皐月ちゃん、念のために言っておくんだけど……」
「なんっ、えっ、何?」
急に現れられると困る。いや困りはしないんだけどビビるから、できればやめてほしい。
思わずのけぞったあたしに、くるみは軽く手を引いて香菜たちから少し距離を取った。
狭い部屋だから対して離れては居ないけれど、話に夢中な二人(正確には一人)にはこのくらいの距離でも足りるだろう。頬を寄せて、内緒話の体勢を取ったくるみがそっと囁いてくる。
「協力はしてもらうけど、くるみがアヴェルさんを選んだのはさっき言った通りの理由だから、心配しないでね」
「え、うん? えっと、心配?」
「それにくるみ、長時間イケメンを見続けると蕁麻疹と吐き気が出る持病を抱えてるからアヴェルさんは対象外だし」
「待って待って、何の話をしてるの?」
「ついでにいうと、くるみにはあの手の色々抱えた分厚い壁作るタイプは荷が重いからね! 同族嫌悪っていうんだっけ、こういうの。んー? なんか違うね?」
「いやほんと、何の話!?」
くるみがアヴェルさんに協力してもらうのは本人の了承があるから心配してないし、その持病はきっとトラウマだろうからそっちの方が心配だし、そもそも色々抱えた壁作るタイプって何!? 誰!? アヴェルさんのこと!?
同族嫌悪って……くるみも色々抱えた壁作るタイプってことかな……? 心配しないでって言われても、総合した結果、違う意味で心配になってきたんだけど?
「くるみなら馬に蹴られても返り討ちに出来るけど、出来るなら蹴られたくはないしねー」
「……待った」
「待つよ!」
「返事がよくてよろしい」
よろしいところが返事のよさしかないところにはこの際目を瞑ろう。
くるみは基本的に話が通じない、って前提があるせいか突拍子もないことを言われてもある程度勝手に頭が働く。
「くるみ、なんか勘違いしてるけど、あたしとアヴェルさんはそういうのじゃないから。さっき説明してたでしょ? 星命石は担保代わりなの」
「えーでも、こっちではそもそも星命石なんてなくても良いんだし、関係ないと思うよ?」
「……勘違いのポイントはそこじゃないってことね。分かった」
くるみのことだから、星命石の持つ意味を知っている上で、あたしの手に渡った経緯は無視して『あたしが星命石を持ってる』ってところだけで判断してるのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。
そもそもあたしとアヴェルさんが恋愛関係にある、という謎の確信を持ってるようだ。
あーもう、男女が一つ屋根の下で暮らしてたらみんな恋愛関係になると思わないでよね!?
こっちはあの度が過ぎたイケメンとこの先も平和に過ごして、なんとかこっちでも生活出来るように居心地の良い場所を提供しなきゃと思っているのに……!
なんたってあのお兄ちゃんが頭を下げてまで頼んできたのだ。あたしにはそれを成し遂げる義務がある。
かつての戦友を頼って命からがら逃げ出してきたら、そこにたまたま居ただけの妹に勝手に意識されてぎこちない対応取られる、とか、アヴェルさんからしたらいい迷惑だよ。
「くるみ、あたしは別にアヴェルさんにそういう感情は抱いてないし、アヴェルさんだって一緒だよ。だから別に、首突っ込んでも馬に蹴られたりもしないから、安心して」
「……そうかなあ?」
「そうです。アヴェルさんにも迷惑になるから、あんまりそっち方面に持ってこうとしないで」
「…………うーん、そうは見えなかったけどなあ」
「でもまあ、あの分だとかなりややこしい人みたいだし……でもなー、初見でも間違えない自信あったんだけどなー」などと、何やらぶつぶつと呟いていたくるみは、ふと顔を上げるとはっとしたように立ち上がった。
「ごめん! くるみ、そろそろ帰らなくちゃ!」
「私もー、お母さんからメール入っちゃった。残念だけど今日はここまでだねぇ」
「あー……暗くなってきたもんね。途中まで送ろうか?」
門限があるんだろうか、慌てた様子で鞄を手にしたくるみと香菜が揃って玄関へと向かう。
香菜もくるみも心底残念そうにしているし、あたしも話題があたしの恋バナじゃなければ色々話したいからちょっと残念だったけど、今は素直に助かった気分だ。
玄関までで大丈夫、と揃って答える二人を追って玄関先まで出る。
「じゃあ、作戦決行の時にはまた連絡します!」
「はい、お待ちしてます」
「また色々と聞かせてくださいねー。皐月ちゃんはさっさと諦めた方がいいよー」
「何をよ」
満面の笑みで謎な捨て台詞を残した香菜と、軽い足取りで仲良く去っていくくるみをアヴェルさんと共に見送って、あたしは晩御飯の準備をするべく踵を返した。




