3.騎士様はお留守番です
翌朝、あたしは盛大に寝坊した。
起きたら既に家を出ないといけない時間で、頭の中から一瞬で眠気が消え失せた。
「うっそぉ!?」
ベッドから跳ね起き、急いで制服を着こむ。髪なんか梳かしてられないので手櫛で整えながら洗面所に向かって顔を洗い、雑に拭いて済ませる。
冷蔵庫には昨日のご飯の残りがあった。が、無視して安売りのコッペパンを掴む。
「お兄ちゃん! なんで起こしてくれないの!?」
兄が家を出る時間はまちまちだけれど、基本はあたしと同じくらいだ。起こす時間くらいあったはずなのに。
玄関に向かうついでにリビングに文句を放る。そこであたしは所在なさげに座るアヴェルさんと目が合った。
「おはようございます、サツキさん」
「おっ、おおっ、おはよう!? あれ、お兄ちゃんは!?」
「欲しいものがあるとルーシアの塔に向かいました」
「どこそこ!? 異世界?」
「はい」
そんな、ちょっとコンビニ行ってくる、のノリで異世界に行かないでよ!
しかも初めてこっちに来たアヴェルさんだって放ったらかしだし! お兄ちゃん、こういうところは本当にテキトーなんだよなあ!
色々と言いたいことはあるが、今何よりも優先するべきは登校だ。あたしの無遅刻無欠席がかかっている。
「ごめん! 冷蔵庫にあるもの適当に食べていいから、とりあえず行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
玄関に駆け出す私の背に、戸惑いつつも優しい声がかかった。
「ま、間に合った……!」
飛び乗った自転車を全力で漕ぎ、近道を駆使して何とか駆け込んだ教室には、先生の姿はまだ無かった。
ホームルームに間に合えばセーフだ、正門を見張っている先生がたまたま居なかったのもラッキーだった。汗で張り付くシャツを引っ張って風を送りつつ席に向かう。
「皐月ちゃんが遅刻なんて珍しいねぇ」
「ま、まだ遅刻じゃないし、セーフよセーフ!」
あたしの無遅刻無欠席は揺らいでないわ!
力強く宣言するあたしの前の席で穏やかに笑う香菜は、鞄から取り出したペットボトルを差し出してくれた。
「真面目なのはいいことだけどー、事故とか怖いからね? 焦っちゃだめだよ」
小学校からの親友だ、気兼ねも無い。好意に甘えてペットボトルに口をつける。
香菜の好きなストレートティーが喉を潤してくれるうち、息と気持ちが整った。
「はあ、ありがと」
「どういたしまして。先生遅くて良かったね」
頷くあたしからペットボトルを受け取って、香菜はにっこりと笑う。
その顔は見慣れた邪気のないものだったけれど、見慣れているからこそあたしには分かる。香菜は、既に何かをかぎつけている。
困った親友だ。何も話していないのに、あたしの所作から大抵のことを見抜いてくる。
「皐月ちゃんが睡眠時間削るほど衝撃的だったこと、あとで教えてね」
とんとん、と自身の目元を指先で叩く香菜は、おっとりとした声で「隈残ってるよ」と囁き、先生が来ると同時に前を向いた。
楽しげに揺れる背中を見ながら、少し困って溜息を吐く。
面白いことと怪奇現象には目がない親友に、どこまで話していいものか。
とりあえずお兄ちゃんに聞いてみよう。結論付けて、一先ず先生の話に耳を傾けることにした。