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29.貸し出しは要相談


 そのまま、十数分は無言のままだっただろうか。

 何が何やら、と言った様子で立ち止まるしかなかったあたしの横で、西園寺さんが意を決したように口を開いた。


「ねえ、皐月ちゃん。もしも洗濯機買ってあげたら、くるみにあの金髪のお兄さん貸し出してくれる?」

「はっ、うん!? 貸しっ……?!」

「お願い! ちゃんと返すから!」


 や、やっぱりアヴェルさんが目的……!?

 いやでも待って『貸し出す』って何!? 『返すから』って何!?


 そ、そもそもアヴェルさんはあたしのものじゃない!! そこが何よりも重要だ!!


 受け止める心の準備が全く出来てなかったあたしの背に、冷や汗が滲む。

 アヴェルさんに会わせて、とか、邪魔だからいなくなって、とか、そういうことを言われるだろうと予測したりしてたんだけど、『貸し出して』は予想外だ。


「お願いー! くるみの悲願を達成させてほしいの! ちゃんと最新のドラム式洗濯機買ってあげるから!!」

「えっ、いや、ちょ、ど、ドラム式はなんだかんだデメリットがあるから、」

「皐月ちゃん? 大事なのは洗濯機の種類じゃないと思うけどなぁ?」


 混乱が極まって妙なことを口走るあたしに、香菜が呆れ交じりに呟く。

 次いで、スマホを取り出して時計を表示した香菜は、にっこり微笑んであたしの手を引いた。


「話の途中でごめんね西園寺さん、もうチャイムなっちゃうから急がないと遅刻になっちゃうよ?」


 目をやれば、確かに、このままここで立ち止まっていると遅刻になってしまいそうな時間だった。

 訳が分からずこんがらがっていた頭が、表示された数字と、香菜の言葉に一瞬で覚醒する。


 あ、ああ! あたしの無遅刻無欠席が!!


 西園寺さんを無下に扱うのは非常に恐ろしい。なんたって彼女は前に、TOP5に近づいた女の子を徹底的に排除して遠ざける為にクラス単位の人間を動かしたこともある。

 機嫌を損ねるのは非常に怖い、是非とも遠慮したい。だがしかし、これだけは、無遅刻無欠席だけは譲れない。特に秀でたところのないあたしの唯一誇れるところである。


「ああああ、ほんとだッ! ごめんくるみ、あたしの無遅刻無欠席のために、その話は後にして!?」

「う、うん? いいよ~?」

「じゃあそういうことで! あのっ、あれ、なんかあったらメールして!」


 放り出して走り出すことになるから、おざなりながらもフォローを入れておく。

 思っていたよりもすんなり手を離してくれた西園寺さんに別れを告げ、香菜と共に走り出す。本当なら西園寺さんも急がないと不味いはずなのに、彼女は呆けたように立ち止まったままだった。


「……皐月ちゃんって、面白いね」


 走り去る間際、嬉しそうにも、どこか寂しそうにも響いた声は、すぐにチャイムに搔き消されてしまった。





 西園寺さんと別れて階段を駆け上がったあたし達は、ぎりぎりで滑り込むことが出来た。

 先生の苦笑交じりの叱責を受けながら席に着き、無事にホームルームを終えて、周りからの視線を受け流しつつ深呼吸して息を整える。


 多分、西園寺さんが校門で朝からずっと『誰か』を待っていたと知っている人たちは何があったのか聞きたいんだろう。

 西園寺さんに『お友達宣言』されてから三日、こういう視線を受ける機会も増えた。嫌でも慣れて来たけれど、好奇の視線に晒されるのって、結構しんどい。

 ていうか、何があったのか、なんてあたしの方が聞きたい気分なんだけど? 一体どういう状況なの、これ。


 一限目までの空き時間、机に突っ伏して溜息を吐くあたしの前で、振り返った香菜が小声で囁いてくる。


「……なーんか、話せば話すほどよく分かんなくなる人だね」

「うん、ほんと……貸し出すって何?」

「それも気になるけど、悲願ってなんだろうね。……更なるイケメンを侍らせること、とか?」

「でもちゃんと返すって言ってるし、いや返すも何もアヴェルさんは物じゃないんだけど……」


 全く訳が分からない。出来ればなるべく関わりたくなかったけれど、こうも奇怪な発言ばかりだと迂闊に避けることも出来ない気がしてきた。


 それに、あの目も気になる。

 自分から声をかけて仲良くなった男の子に対する目じゃないよね、あれは。

 一瞬だけ、普段の明るさが嘘のように冷えた視線を思い出して、あまりの冷たさに知らず息が詰まる。

 あれには負の感情の中でもとびきりのものが込められていたように思う。

 ほんの一瞬だったから、殆ど分からなかったけど、あまりにも普段の西園寺さんとかけ離れてるものだからかなりの違和感があった。


 なんで生徒会長はあれに気づかないんだろう……いや、まあそうか、普段からずっとあの調子で甘ったるい空気にいるんだもんね、分からないか。

 西園寺さんが言うように、西園寺さんのことを守ってあげなきゃいけないか弱い女の子として可愛がってるから、一瞬の違和感なんて気のせいだと流してしまうのかもしれない。


 教科書を用意しつつ、さっきの出来事を反芻していると、香菜が半ば独り言のように呟いた。


「うーん、これはもう聞くしかないかな」

「聞くって、西園寺さんに?」


 後にしてと言った以上、遅かれ早かれ話はすることになるだろう。そう予測して聞いたあたしに、香菜は小さく首を横に振った。


「たぶっちに」

「……田淵くん?」


 否定と共に返ってきた名前に、首を傾げる。どうしてここで田淵くんが、と思うが、すぐに先日貰った無記名の手紙の件を思い出した。

 思い当たったのが表情で分かったのか、香菜があたしの顔を見て頷く。


「絶対何か知ってると思うんだよねぇ。何を知ってるのかは、分からないんだけど」


 昼休みにでも聞きに行こう、という香菜にあたしも頷き返したその時、本庄先生が教室へと入ってきた。

 準備を整え、授業開始を背を正して待つ。

 悶々と悩んでいたあたしは、ぼんやりしていたせいかその後二回も当てられてしまった。




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