26.日本語しか喋れません
本日2話更新 2/2
あの後、香菜は魔導書の話と西園寺さんの話を6:4でして、日が沈まない内に帰っていった。お礼に晩御飯でも、と言ったのだけれど、どうやら今日は家族でご飯を食べに行くらしい。
水入らずを邪魔する趣味はないので素直に見送って、アヴェルさんと共に晩御飯を済ませたのが十分前だ。
「そういえば、結果どうだった?」
「無事に採用ということで、明日から働かせて頂けることになりました」
あたしは洗ったお皿を水切り籠に置きながら、気になっていたことをアヴェルさんに問いかけた。
あまり外出しないアヴェルさんが本日家を留守にしていた理由。バイトの面接だ。
こっちの生活に慣れるまでに時間が要るだろうし、もう少し後でも構わないとは伝えてあるのだけれど、何も出来ないまま居候するのは性に合わないみたいで、週明けから色々とバイト先を探していたそうだ。
お兄ちゃんから色々聞いたり、自分でも調べたりしているようで、アヴェルさんは凄まじい速度で日本の情報を吸収していっている。元々、頭が良い人なんだろう。
もしもあたしが急に異世界に行ったりしたら、絶対こんな風にちゃんと生活出来ない。
「そっか、良かったね。どこにしたの?」
バイト先を探す時の条件は、こっちの平均的な生活ぶりが感じられて、適度に人に関われて、常識を学びやすい職種だった。
候補に挙がっていたのが、スーパーマーケットとカフェテラスと、バーテンダーと、ホスト。最後は誰が言い出したのか、もはや言うまでもない。
バーテンダーはお兄ちゃんのバイト先でもあるから良いとして、ホストって。条件聞いてた?
いや、分かるよ。お兄ちゃんが何を言いたいのか、分からなくはないよ。多分アヴェルさんならナンバーワンも夢じゃないだろうし。
でもさ、そういう系統ならもっと他にあるでしょ。モデルとか、そういうさ。
ホスト以外ならどれも近場でバイト募集していたから、そのどれかにするんだろうなとは思っていたけど、結局どれにしたのかは聞いてなかった。
「カフェテラスにしました。駅前の白いビル?の一階にある……」
「あー、あそこか……『アステル』だっけ」
駅前の白いビルの一階。記憶を辿ったあたしの脳内に、ガラス張りのお洒落なカフェが浮かぶ。
モノトーンでまとめられた落ち着いた内装と、天井にライトで作られた星空が神秘的で素敵、と若い女性に人気のカフェテラスだ。ちなみに、夜はバーになる。
確か、制服は白シャツに黒いベストとズボン、サロンエプロン、だっけ。
きっとアヴェルさんなら格好良く着こなすことだろう。ちょっと見てみたいな、と思った。お客さんとしてお邪魔してみてもいいかも、香菜を誘って行ってみようかな。
「大変だと思うけど、頑張ってね。慣れた頃に香菜と遊びに行くから」
「はい、頑張ります」
慣れないところを見られる恥ずかしさは、分かるつもりだ。
最初、失敗ばかりだった自分を思い出しながら言ったあたしに何かを察したのか、アヴェルさんは小さく苦笑しながら頷いた。
「そういえばお店の人には国籍とか、なんて説明したの?」
「日本生まれ日本育ち、で外国語は一切できません、とだけ。流石にこの世界の外国語まで学んでいる余裕はないので……」
「そ、そっか」
日本語しか喋れません。うん、なるほど。
厳密に言うとアヴェルさんにとっても母国語だから、ファナント語?ってことになるんだろうけど。
「あとは『偽文書』の効果で作った経歴を伝えてありますね。ソウタと同じ高校を卒業後、三年ほど職を転々としていた、と」
「なるほど。……って、あれ? じゃあアヴェルさん、何歳ってことになってるの?」
「……二十一です」
目線を逸らして答えたアヴェルさんが、少しだけ居心地悪そうにしているのは、あたしが考えていることと同じことを考えているからだろう。
アヴェルさんとお兄ちゃんが会ったのは三年前、その時には既にアヴェルさんは騎士になっていて、騎士になったのは二十歳の時だから……少なくとも二十三以上じゃないとおかしいことになる。
「なんでサバ読んだの? 偽文書の効果?」
「サバ」
「えーっと……実際の数より多く言ったり、少なく言ったりすること?」
「ああ、シレナの川渡し……ええとですね、ファナントでは二十四なんですが、日本換算だと二十一になるので此方に合わせたんです。一年の日数が違いますので」
「なるほど? 色々違うと大変だねえ」
シレナの川渡し、って何だろう。ファナントの方の言葉かな?
「はい……自分の自覚する年齢より若返るというのは……なんとも言えない気持ちです」
「それは確かに……」
実際の肉体に変化はないとは言っても、急に年齢が下がったら微妙な気持ちになるよね。上がっても微妙だけど。
今より三歳若い扱いをされる気分を想像して微妙な気持ちを味わっていたあたしの前で、アヴェルさんは小さく咳払いをした。
「週五日勤務で日中働きますので、土日以外は昼食は向こうで摂ろうと思います。それでですね……もし大丈夫でしたら、その、食費は出しますので、朝食と夕食はこれまで通り作っていただけると有難いのですが……」
「ん、了解。じゃあ、朝ご飯は作り置きしておくね」
「……いいんですか? ありがとうございます」
「うん、大した手間じゃないしね」
起きる時間を計算しつつ、とりあえず明日の分だけは簡単なものを用意しておく。
置いた場所を伝えてから冷蔵庫を閉める。時計を見ると、十九時を回っていた。そろそろ、お風呂に入って寝ないとまずいかな。
「もし困ったことがあったら聞いてね。一応、あたしも飲食店でバイトしてるし、何か参考になるかも」
「はい、よろしくお願いします」
どこかほっとした顔で微笑むアヴェルさんに、ちょっと早いけどおやすみを告げて、あたしはお風呂セットを用意するべく自室へと向かった。




