14.騎士様でした
「アヴェルさん!? な、なんで!? もしかして例の忠誠がどうとか……」
「ああ、いえ。その件は関係なく……ソウタに、歩き慣れるついでにサツキさんを迎えに行ってくれと頼まれました」
確かに八助は家から近いから歩き慣れるのには丁度良いだろうけど、いやでも、わざわざ迎えに来てもらうなんて悪いし、あたし自転車だし、ええ?
混乱するあたしを見て、アヴェルさんが困ったように微笑む。
「迷惑でしたか?」
「そうじゃないけどっ、でも、なんか悪いよ、わざわざ」
「迷惑で無いのなら良かったです。帰りましょうか」
「う、うん……」
ほっとしたように言うアヴェルさんに、これ以上言うことも見つからなくて素直に頷く。
いいや、ついでに色々と説明しながら帰ろう。いずれは案内しなきゃいけないんだし。気持ちを切り替えて鍵を取り出し、留めてある自転車に向かう。
そうだ、杏ちゃんにもおやすみを言わないと。そう思って振り返った私は、直立不動で固まった杏ちゃんが零した言葉に首を傾げることになった。
「ジェームズ様……!」
「うん?」
恍惚とした声が夜風に溶ける。
杏ちゃんは裏口から漏れ出る明かりでもはっきりと分かるほどに顔を赤くして、アヴェルさんに飛びついた。
「すごい! ジェームズ様だ! 本物だ!」
「ええと、それは……どなたでしょう?」
突然飛びつかれたアヴェルさんは流石というか少しも体勢を崩すことなく、けれども飛びついてきた杏ちゃんに負担にならぬように綺麗に受け止めて、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
美しい所作で膝をついたアヴェルさんに、杏ちゃんはますます目を輝かせる。
ジェームズ様、と繰り返してはしゃぐ杏ちゃんに、どっかで聞いた名前だな、と記憶を探る。
数秒とかからず出てきたのは、『魔法少女ホワイティ☆ベル』のダークヒーロー、ジェームズ・ロードナイト大佐だった。
魔法少女であるホワイティが戦う敵組織レインメイカーの幹部で、その美貌と艶めいた声、敵でありながら要所要所でホワイティを助ける姿で子供たちのみならずお姉さんの心も掴む人気キャラだ。
……どうしてあたしがここまで詳しいかは、言わなくても分かるだろう。暇な時間に杏ちゃんに見せられているのだ。いや、女児向けと侮ることなかれ。なかなか面白いんだよ、これが。
さて、重要なのはそこではない。今、大事なのは、杏ちゃんが大はしゃぎで飛びついているアヴェルさんが、そのジェームズ・ロードナイト大佐に似ている、ということだ。
厳密に言うとアニメのキャラに似てるって判断が難しいんだけど……髪の色と髪型が似てるからかな? まあ、杏ちゃんがはしゃぐのも分かる感じだ。
「ジェームズ様、いつ向こうの世界から来たんだ? 杏の願いが届いたのか?」
向こうの世界、と言う言葉にアヴェルさんが困ったように目を瞬かせる。
次いで、あたしに向けて事情を話したのか問う視線が飛んできたので、首を横に振りつつ二人に近寄り、杏ちゃんの肩に手を置いた。
「杏ちゃん、その人はアヴェルさんって言って、お兄ちゃんの友達だよ」
「創太の? おともだち?」
「うん。で、アヴェルさん、ジェームズ様っていうのは、アニメの、えーと、物語の中の人物のこと。アヴェルさんに似てるから、杏ちゃんは好きな物語の人が現実になったと思ったみたい」
「ああ、なるほど」
あたしの説明に、アヴェルさんは納得したかのように頷き、膝をついたまま杏ちゃんに微笑みかけた。
杏ちゃんの可愛らしい顔が真っ赤に染まる。大好きなジェームズ大佐にそっくりな人に微笑まれたのだ、気絶してもおかしくないくらいだった。
「初めまして。私はアヴェル・ルカントマンと申します。お名前を教えて頂けますか?」
「とっ、とっ、遠山杏ですっ!」
「アンズさん、とお呼びしても?」
「も、む、もちろんっ」
「私はしばらくサツキさんとソウタの家でお世話になることになりました、よろしくお願いしますね」
「は、はい……っ」
杏ちゃんはこくこくと何度も頷き、そのまま何かをこらえるように漢字ドリルを抱きしめた。
やっぱりジェームズ様だ……と呟く声が聞こえる。常日頃、同級生の男の子に言い寄られても華麗にあしらっている杏ちゃんの、恋する乙女のような仕草に、なんだか笑みが溢れてしまった。
微笑ましい気持ちで喜びに震える杏ちゃんを見守っていると、ふと、か細い声があたしに呼びかけてきた。
「なあ、皐月」
「うん? なあに、杏ちゃん」
「明日、ジェー……アヴェル様も一緒に行ったらダメか?」
「一緒に……、って、え、えっ!?」
明日というのは当然、明日杏ちゃんと一緒に行く約束をしたショッピングモールのことだろう。
杏ちゃんとしてはジェームズ様そっくりなアヴェルさんとぜひとも仲良くなりたい、と言う感じだろうか。私としてもアヴェルさんがこっちの人たちと仲良くなるのは良いことだと思うけど、行先が問題というか……多分、予想が正しければとんでもないことになりそう、というか。
だって、杏ちゃん判定では、アヴェルさんってジェームズ大佐にそっくりなんだよね? 他の子から見たらどうだろうか……う、うーん……。
冷や汗を垂らすあたしに、杏ちゃんが眉を下げて瞳を潤ませる。
う、うわー! あたしは杏ちゃんのこの顔に弱い! 多分杏ちゃんも知っててやってる! も、もう!
「だめか……?」
「あ、あっ、アヴェルさんの都合がよければ……」
たとえ演技が入っていたとしても、杏ちゃんの懇願を跳ね除けたりはできない。
完全敗北であとは全てアヴェルさんに託して逃げたあたしの視線の先で、アヴェルさんは少し考えてからにっこり笑った。
「私は構いませんよ、この街についても知りたいですしね」
できれば断ってー!というあたしの目線は夜闇のせいか全く届かなかったようだった。




