1.お兄ちゃん、お風呂場に不審者が!
好き放題適当に書く予定です。ご了承ください。
「ちょっとお兄ちゃーん!? またあたしのバスタオル持ってったでしょ!?」
浴室から出て最初に気づいた異変に、あたしは怒りのあまり下着もつけないまま脱衣所の扉まで大股で向かう。
半開きにした扉からリビングへと怒鳴ると、ソファに座った兄――創太はひらりと手を振ってやる気のない謝罪を寄越した。
「ごめんごめん、持ってくの忘れてさ」
「もー! 自分のことは自分でやってって言ってるじゃん!」
「やっぱバスタオル置く場所作ろうぜー、お兄ちゃん忘れちゃうもん」
「狭いんだから置く場所無いよっ! ばか!」
兄とあたしの二人暮らし、間取りが滅茶苦茶で借り手がつかないと驚きの安さで借りれたこのアパートは、すこぶる狭い。脱衣所なんて洗濯機を置いたら洗面台との間なんて人ひとり入れるかどうかってレベルだ。
当然、収納できる場所も限られるのでタオルも服も何もかも個別で持ち込みである。そうでなきゃ、こんな迷惑な事態は起こらない。
早く持ってきて!と怒鳴るあたしに生返事を返しながら、兄はあたしの部屋に向かった。
「あ、部屋入ってもいい?」
「いいから! はやく!」
二人きりの兄妹だ、部屋に入られることくらいどうってことない。それよりも問題は体も拭けずに素っ裸のままでいなきゃいけないことだ。
春先とは言えまだ寒い。安アパートには暖房なんてものはないし、あっても使わないだろう。
度々行方が分からなくなるレベルでふらふらしている兄が定職についてくれれば、もっとまともな物件に住むことも出来るんだろうけど。
高校生のあたしのバイト代なんて生活の足しにもならない。
不幸だ、とは思わないし、別にこういう事態にでもならなきゃ優しい兄で不満も無いが、今この時だけは心底腹が立っていた。
「あーもう最悪! 一回お風呂場戻ろうかな」
このままここに突っ立っているよりはマシだろう。そう判断したその瞬間、背後でけたたましい金属音のようなものが響く。
え? は? 何!? なんか倒れた!?
金盥でも落ちたかのような衝撃音。背後から聞こえたが、背後にあるのは浴室への扉だけだ。
反射的に振り返ったあたしは、次の瞬間呼吸も忘れるレベルで固まる羽目になった。
「――――きゃああぁぁあ!?!!?」
息を呑み、状況を理解し、吸った息を悲鳴として吐き出す。
恐怖と混乱から涙が出る。
――――そこには、甲冑を身に纏った得体の知れない美丈夫がいた。
開け放たれた浴室の扉の向こう側。風呂場には血に塗れた盾が転がり、片手には同じく血濡れの剣。
本来は白い制服なのだろう衣装も真っ赤に染まり、男は荒く息を吐いている。
短く刈り込んだ金髪も酷い有様で、どこからどう見ても気の狂った殺人鬼か何かにしか見えなかった。
なんっ、なんでうちの浴室にこんな人がいるの!? なんなの!?
「皐月ッ!? どうした!」
最初の悲鳴を上げてからまともに声も発せず、浴室に現れた不審者を前にへたり込むしか出来なかったあたしの耳に、焦ったお兄ちゃんの声が響く。
バスタオルを持って脱衣所の扉を勢いよく開けたお兄ちゃんは、過呼吸になりかけるあたしに寄り添うと手早くバスタオルを巻き付けた。
「おに、おっ、おに、おにいちゃ、っなんか、へんなっ、ひッ、人がぁ!」
「落ち着け! 俺がいるから、大丈夫だ!」
ぼろぼろと泣きじゃくるあたしをお兄ちゃんが宥める。真剣な顔で私の肩を抱くお兄ちゃんは普段のちゃらんぽらんさが嘘のようで、何の根拠もなく「ああ、お兄ちゃんがいるなら大丈夫だ」と安堵した。
お兄ちゃんはいつの間にか、壁際に押し込んである箒を手に取っている。
武器になるかも怪しいプラスチック製箒を片手に、お兄ちゃんは突如浴室に現れた謎の不審者を睨みつけ――そこでぽかん、と口を開いた。
「アヴェル?」
聴き慣れない言葉――名前だろうか――に、あたしはお兄ちゃんの視線の先へと目を向ける。
あたしとお兄ちゃんが見つめる先、食いしばった歯の隙間から獣のような息を零す男の人は、お兄ちゃんと目が合うと、張り詰めていた表情を泣きそうにゆがめた。
「すまん、ソウタ、結局頼って……しまった……」
「アヴェル!」
倒れ込む男の人に、お兄ちゃんが駆け寄る。
必死に男の人に呼び掛けるお兄ちゃんの様子から、どうやらその人がお兄ちゃんの知り合いであることを察する。
涙はいつの間にか引っ込んで、あたしは呆然と目の前の光景を見つめるしか出来なかった。
「え、何……どういうこと……?」
混乱するあたしの頭には、見知らぬ男に自分の裸を見られたことなどもはや一ミリも残っていなかった。