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メイド・オブ・シャドウ  作者: 伏見 七尾
Epilogue.幽霊メイドはついていく
80/80

2.人狼と魔女兄妹

 魔女街第三区――咒屋ファイアボール。

 そこに珍しい客人が現われた。

「……におい消しってあるか?」

 仏頂面でディートリヒはたずねる。

 その向かい側で、クラリッサはちびりとココアを飲んだ。

 様々な菓子類やらに囲まれ、居心地良さそうにレジカウンターに納まっている。カウンターの上には、もう一つココアを満たしたカップが湯気を立てていた。

「消臭剤なら色々あるけど。どんなのが欲しいの?」

「吸血鬼のにおいを消せるやつが欲しい。あの半吸血鬼のにおいが残ってて苛々する」

「そういうピンポイントで種族のにおいを消せるやつはないなぁ」

「なら普通のやつでいい。――あー、できれば余計な香りがついてるのはやめてくれ。鼻がむずむずして苛々してくるんだよ」

「いっつも苛々してない?」

「うるせぇな。とりあえず探してくれ」

「そんなのあったかなぁ」とぼやきつつもクラリッサは立ち上がり、様々なハーブや香並べられた棚を探った。

 一方のディートリヒはカウンターに座ると、皿の上のビスケットを一枚とった。

「こないだの混合血液のアンプルは全部壊れたんだとよ。あの半吸血鬼が作ったレシピも行方不明。これでこの街もちったぁマシになるな」

「この街がマシだったことなんかあるの?」

「あー、俺が知る限りじゃねぇな。この街はいつもクソッタレだ。クズばっかりだ」

 ディートリヒは唸りながらビスケットを食べ、さらに奥にあるタルトへと手を伸ばす。

 しかしその手首は、下から伸びてきた手に鷲掴みにされた。

 ディートリヒは何度かまばたきして、カウンターの下へと視線を降ろす。

「――お前は僕の妹までクズだと抜かすのか」

 クラリッサが座っていた椅子の隣――カウンターを背にして床に座り込んでいたヨハネスが、じろっとディートリヒを睨みあげた。

「なんっ―――!?」

 ディートリヒは手を振り払い、カウンターから離れた。

 ヨハネスはのそりと立ち上がり、当然のような顔で椅子に腰掛ける。クラリッサのカップの隣に置いてあった自分のカップを取り、口を付けた。

「……そこまで驚くことはないだろう」

「驚くわ! いつからそこにいた!」

「最初からここにいた。こういう狭い場所は落ち着くんだ」

「根暗にもほどがあんだろ!」

「それは偏見だ。僕はただ、狭くて暗くて静かで人がいない場所が好きなだけだ」

 ヨハネスは不機嫌そうな顔でタルトにかじりついた。

「……魔女街は、悪徳と自由の街。捨てられ、罵られる者どもが最後にたどり着く場所。混合血液の一件を片付けたところで、何も変わらない」

 その言葉には、呆れと諦め――そしてかすかな満足感が混じっていた。

「ハッ、変わらずクソッタレってことだ」

 ディートリヒが鼻を鳴らす。

「クソッタレでも他に行く場所がないんだから仕方がないじゃない。魔女なんか外に出たら本当にひどい目に遭うんだもの」

「クラリッサ、そういう言葉を使うのはやめろ。ディートリヒになるぞ」

 新しいタルトを食べようとする手を止め、ヨハネスは軽くクラリッサを睨んだ。一方のディートリヒもヨハネスを睨んだ。

 しかしクラリッサはどこ吹く風といった様子で、棚からいくつかの消臭剤を選ぶ。

「でもあたしは魔女街、そんなに嫌いじゃないよ」

「……まぁ、俺だってそうだ」

 ディートリヒは仏頂面で、上着のポケットからひしゃげたジャーキーの袋を取り出した。

 鋭い牙と顎で硬い肉を噛みちぎり、彼は苦い顔で語る。

「クソッタレな街だ、この世の掃きだめだ……吐き気がする街だが、そんでも出ていくわけにもいかねぇ。だから、少しでもマシな街になるようにしてる」

「ディーちゃんはえらいね。――あんちゃんはどうなの? この街は好き?」

「僕はお前がいるなら十分だ」

 ヨハネスはけだるげに答え、ココアを飲んだ。

 クラリッサはちょいと肩をすくめ、棚の中からいくつかの商品を選んだ。

「じゃあ、この場にいる人はそこそこ魔女街を気に入っているということだね。――メリーアン達はどうなんだろう? やっぱり好きなのかな、魔女街」

「好きも何も、連中も外界じゃやっていけないからこの街にいるようなものだろう」

「そうだ。マレオパールが外界で生きていけるわけがねぇ」

 男二人からの反論が相次ぐ中、クラリッサはポプリや消臭剤をカウンターへと運んだ。

 ディートリヒが「ラベンダーは嫌いだ」とぼやいたので、いくつかの商品を除外する。そして彼が商品が吟味するのを見守りつつ、クラリッサはふとある陳列棚を見た。

 そこにあったのは、ウィスキーの大瓶。

 クラリッサはふっとエメラルドグリーンの瞳を細め、その棚に近づいた。

「……どうかな。きっと、二人ならどこでも楽しくやっていけるんじゃない?」

「……なにをもって、そう思う?」

 妹の言葉に、兄は興味を引かれたようにたずねた。

「よいしょ」と、クラリッサは大瓶を持ち上げた。

 ずしりとした重みが両腕に伝わってくる。

 そういえば、会ったばかりの頃のメリーアンはこれを持ち上げることもほとんどできなかった。けれども先日、彼女はこれと同じ酒瓶を自慢げに軽々と持ち上げて見せた。

「さぁね。でもあの二人なら、きっとどうにでもして楽しくすると思うよ。退屈な場所でも、ひどい場所でも、多分好き勝手に過ごすんだ」

 ウィスキーの大瓶を抱え、クラリッサはにっと笑う。

 ヨハネスは怪訝そうな顔でココアに口を付けた。一方のディートリヒは消臭剤のにおいを嗅ぎ、くしゃみが止まらなくなってしまっている。

「ああ、畜生! ……たしかにマレオパールは好き勝手に過ごすだろうな! どこにいたって奴は変わらねぇ。存在が迷惑だ、そうしてメリーアンにもにもどうせまた――ァアアッ! クソが! 止まらねぇ――ッション! ええいクソッタレ!」

「ディーちゃん、だいじょうぶ?」

 悪態とくしゃみを吐き出す装置と化したディートリヒ近づき、クラリッサはそんな彼の背中をさすってやる。

 そんな二人を落ち着かなげに見つつ、ヨハネスはまたココアを飲んだ。

「…………彼らがどこで何をしようが僕の知ったこっちゃない。ただ、出来る限り静かに過ごして欲しいと願うばかりだな」

 ため息とともに吐き出された言葉を、ディートリヒのくしゃみが掻き消した。

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