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メイド・オブ・シャドウ  作者: 伏見 七尾
Ⅰ.旦那様は夕闇に笑う
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6.余計な言葉がお前の首を落す

 封筒に記された仰々しい名前にメリーアンは目を見開く。

「旧子爵! 昔は貴族だった人ですね」

「ああ。その人、元はロピア大陸のもう少し北の方の人だったんだけどね。おかしな儀式を行ってるのが教会にバレてさ、逃げてきたんだよ」

 魔女街ではよく聞く話だ。

「それでその人、動物好きでね。色々得体の知れない生物を大量に飼ってるんだよ。そのうちの一頭がどうもタチの悪い呪いにやられたようで」

「そ、それで殺処分ってちょっと可哀想なんじゃ……」

「いやー……あれは生かしたままにしておく方がむしろ可哀想だと思う」

「生かしたままにしておく方が可哀想……?」

 メリーアンは首をかしげると、アルカは意味ありげな表情でグラスを取り出した。

「ちょっとね、厄介な奴みたいでさ。このまま放置しておくと死人が出るから、その前になんとかしてくれって」

「し、死人が出る……?」

 ただならぬ話にメリーアンはごくりと唾を飲む。

 ルシアンは鼻を鳴らし、読み終えた書簡をバーカウンターに置いた。

「パス」

「ブロック」

 両手でバツを作ってみせるアルカに、ルシアンは唇を思い切り歪めた。

「……他に誰かいるだろう。何故我輩がそんな面倒を」

「全員にお願いしたんだけどさー、全員パスなんだよ。もちろんきみの大嫌いなディー君にも断られた。みんな薄情だよねぇ」

「無理やり押しつければ良かっただろう。あの犬っころ適当に褒めれば動くぞ」

「ディー君さ、最近なんか忙しいみたいでね、駄目だって」

「ヨハン!」

「僕はいないものとして扱えと言っただろう」

 ばっとボックス席を示すルシアンに対し、ヨハネスは顔も上げずに答えた。

「それにさ、きみは組合の仕事をサボりすぎなんだよ。これは義務だぜ?」

 拗ねた女のように唇を尖らせ、アルカは咎めるようにルシアンを指さす。当のルシアンは「人を指さすな」と蚊を追い払うように手を振った。

「こういう些細な行動が自分の価値を上げていくんだよ。『仕事の出来る男』ってモテるんだぜ? 考えてみろ、君から顔を取ったら何が残る?」

「失礼な。普通に色々残――」

 ルシアンは心外そうに眉を上げ、なにか言葉を続けようとする。

 しかしメリーアンにはそれが聞こえなかった。アルカの問いを聞いた瞬間、彼女の口は無意識のうちに淡々とした言葉を放っていた。

「強さとお金くらいしか旦那様に残るものの想像がつきませんね」

「ただの厄介なクズじゃないか」

 ボックス席でヨハネスが小さく笑った。

「……あ、いえ、もちろん旦那様にはわかりづらいけれど他にも良いところがきっと――」

 我に返った時にはもう遅く、ルシアンの手がむんずとメリーアンの頭を掴んだ。

 数分後。前後反対にされた首をなんとか元の向きに戻そうともがくメリーアンをよそに、ルシアンは仏頂面で煙草をふかしていた。

「……ともかく我輩はやらない。面倒はどんな手を尽くしてでも人に回すと決めている」

「そんなー。おれ見たいなー、冥王のかっこいいとこ見てみたい」

「――っ」

 冥王。アルカの口にしたその名に、なんとか首を元通りにしたメリーアンはたじろいだ。

 しかし呼ばれた本人であるルシアンはさして気にする様子もなく肩をすくめた。

「見せるものはないな」

「えぇー、ひどい。いーじゃん、イケメンなんだからさぁ」

「イケメンだが我輩はそこまで安くない」

 なかなか決着のつきそうにないアルカとルシアンの問答の様子を見守りつつ、佇まいを直したメリーアンは銀盆の背を指先でなぞりながら考える。

 頭をよぎるのは先ほど襲撃者相手に仕損じた自分の姿。そして今までの失敗の数々。

 メリーアンは銀盆の縁をぎゅっと握りしめ、口を開いた。

「あの――」

「あん?」

「ん、どうしたの? メリーアンちゃん」

 ルシアンの圧力に一瞬屈しそうになったが、アルカの声でメリーアンは気を取り直す。

「そのお仕事、私がやらせていただくことはできませんか?」

「……色々言いたいことはある。とりあえず何故そう言いだしたのか聞かせてもらおうか」

「私、その……最近色々失敗が多いので……えと、なんというかこう……」

 言葉に悩み、メリーアンはせわしなく手を動かしながら考える。

 そんな彼女の考えをルシアンが短くまとめた。

「挽回したいと」

「はい! そうです! そのとおりです旦那様!」

 メリーアンはぱっと笑みを浮かべ、何度もうなずいた。

 ちらっとルシアンはアルカに視線を向ける。

「……ここにやりたいと言っている奇特な奴がいるが」

「んー……まぁ、おれとしちゃ構わないよ。ただ大丈夫? わりとハードかも」

「が、がんばりますから……!」

 ぐっと拳を握り、メリーアンはアルカに必死で訴える。

 すると、ボックス席から助け船が出された。

「大丈夫じゃないか。毎日ルシアンの世話をしているんだ、さぞや精神も強靱だろう」

「いない奴がしゃべるな」

 ルシアンの文句を気に留める様子もなく、ヨハネスはペンを軽く振った。

「幽霊の強さは精神の強さ……そのメイドの幽霊がどこまで強いかは僕は詳しくは知らない。しかし妹から聞いた話を加えて考え、問題ないと判断した」

「おお、准教授からお墨付きももらえたぞ。これは良いね、実に良い」

 アルカは笑いながらグラスに氷を入れ、ライムジュースとジンジャエールとを注いだ。

 それを軽くステアし、グラスの縁に櫛切りのライムを飾り付けた。そうして出来上がった甘く爽やかなカクテルを、アルカはうやうやしくルシアンの前に置く。

「それで? 肝心のご主人様はどうかな?」

 しばらくの間、ルシアンは渋い表情で目の前のカクテルを見下ろしていた。

 メリーアンは銀盆をきつく胸に抱き締め、ハラハラしながら主人の答えを待った。

 やがてルシアンは深くため息をつき、グラスに手を伸ばした。

「……こいつは最近ようやく家事がまともに出来るようになってきたからな。そろそろ外で動かしてみるのも良いかもしれん」

「それじゃ……!」

 ぱっとメリーアンは表情を明るくする。

 ルシアンはちびちびとグラスに口を付けながら、「ただし」と付け加えた。

「我輩は手を貸さない。退屈そうだからな。――お前だけでなんとかしろ、メリーアン」

「はい、はい! 合点承知です、旦那様!」

 そっけない言葉にもメリーアンは大喜びで何度もうなずいた。

 カランと、グラスの中の氷が音を立てた。

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