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メイド・オブ・シャドウ  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.メランコリック・チェイン
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12.元二等神官アロイス=ヴァイン

「神は……私を愛しているのでしょうか」

 女の言葉は形こそ問いかけだった。しかし相変わらずその青い瞳は虚ろで、正面に立つメリーアン達を透かして遠くを見ているように感じられた。

「知らないけど、神様に愛されてもろくな事にはならないよ」

 クラリッサはあっさりと答え、肩をすくめた。

 しかし女はクラリッサの答えなど聞こえた様子もなく、ゆっくりと空を見上げる。

 月を隠した雲をぼうっと見つめ、女は淡々と言葉を紡ぐ。

「……神は、私を楽園に導いてくださるのでしょうか。この世に黄金色に輝く楽園を築いてくださるのでしょうか」

「……やっぱり金環教の人だね。その腰の輪を見て、もしかしてとは思ったけど」

 黄金色に輝く楽園――金環教の教典でよく使われる言葉に、クラリッサの表情が歪む。

 女は深く呼吸を繰り返しつつ、がりがりと首を掻いた。

 それはなんでもない、ごく些細な動作だった。しかしその動きに、メリーアンはなにかたまらなく不穏なものを感じ取った。

「クラリッサ……なにか、おかしくない?」

 メリーアンが囁くと、クラリッサは女から視線を逸らさないまま小さくうなずいた。

「そうだね……ここは適当にいなして逃げようか」

「かつてわたくしを救い導き下さった方々はこういいました。善行を積みなさい。良い事をなせば楽園に導かれます。人を愛しなさいと――」

 女の手は相変わらず、がりがりと首を掻いている。

 よく見れば彼女の肌には細かな傷が無数に散り、それらが再び新たな血を滲ませていた。

「彼らは私を愛してくださいました。鞭と拳と棍棒とを以て、私に愛を教えてくださったのです。その愛を受け、だから私は決意したのです――」

 首を掻き毟っていた手が止まる。

 強烈な寒気を感じた。メリーアンはとっさにクラリッサの肩を思い切り後ろへと引いた。

「うわわっ――!」

 急に引っ張られたクラリッサが体勢を崩し、背後で地面に倒れ込んだ。

 その瞬間――女の青黒い瞳が、メリーアンの眼前にあった。

「――人を愛し、人を救う」

 間近に迫った女が囁き、メリーアンは一瞬おののいた。

 視界の端で何かが煌めく。考えるよりも早く、メリーアンはオールワーカーを振るった。

 硬い感触とともに、金色に輝く剣が弾き上げられる。

 女は即座に体勢を立て直し、メリーアンの頭めがけ剣を振り下ろした。メリーアンはオールワーカーを二つの刃に分離させて迎え撃つ。

 立て続けに夜闇に青い火花が散った。

「私は信徒達に対しても愛を貫きました。私を教え導いた人々と同じように鞭と拳と棍棒とを持って――例え泣き叫んでも信徒達のため、肉が裂け、骨が砕けるまで」

 女の瞳は相変わらず虚ろで、その言葉はうわごとのように聞こえた。

 だがその剣技は激烈だった。

「強い――!」

 鋭い斬撃が絶えずメリーアンの急所を狙い、念力はおろか幽体化の隙さえ与えない。

 足取りは虎の如く流麗で、巧みに間合いを詰めてくる。

「嗚呼、でもなんという事でしょう。彼らは虐待だと言って、私を追い出しました。何が間違っていたのかしら? 私は私が愛されたように彼らを愛したのに」

 鍔迫り合いの最中、女は哀しげに目を伏せる。

 しかしその顔には苦しげな色はなく、動きに疲労はない。

 このままではいずれ押し負けるだろう。さらに自分の後方にはクラリッサもいる。

 魔女は高いマナを宿し、魔術に優れた種族だ。しかし反面その身体能力は貧弱で、筋繊維の本数も人間より少ない傾向にあるという。

「でも、彼は認めてくださいました。彼女は私を肯定し、奇跡を授けてくださいました。だから私は愛を貫く。愛を捧げる。私は正しい、正しい……」

 このままではクラリッサも危うい。

 メリーアンは女の刃を跳ね上げると、思い切り息を吸い込んだ。

 本来、幽霊には全くもって不要な行為である呼吸。それにより吸い込んだ空気と大気中にわずかに混じるマナを構成霊素エクトプラズム内で圧縮し、そして――。

 疑似断末魔エコークライ

 廃墟に残っていた窓硝子が尽く砕け散り、破片を雨の如くぶちまけた。

 マナの込められた絶叫を至近距離でぶつけられ、女は大きくのけぞる。メリーアンは叫びつつ、がらあきの胴体めがけオールワーカーを突きだした。

 しかし女は後方へと大きく飛んでそれを退避。メリーアンの一撃は空を突く。

 女は緩慢な動きで腕を動かし、黄金の剣をゆらりと構え直した。疑似断末魔で鼓膜を痛めたのか、その両耳からはわずかに血が滴っている。

 背後で耳を押さえていたクラリッサを庇いつつ、メリーアンは女を睨んだ。

「あなた……アロイス・ヴァインですね?」

 すると女は――アロイスは腰に付けていた金の輪を手に取り、目を伏せた。

 雲間から月光がわずかに差し込む。その光に照らされ、祈る彼女の顔はまるで古代の神像のように見えた。美しく、冷たく、人間味がない。

「……そう、私はアロイス。金環教会二等神官。大いなるセル=アウルバオトのしもべにして哀れなる子鼠」

「……例の魔女殺しだね?」

 耳から手を離し、立ち上がったクラリッサがメリーアンに並ぶ。

 その顔には、もはや先ほどまでの不安の色はかけらもない。クラリッサはまっすぐにアロイスを睨み、その両手を大きく広げた。

「だったら放ってはおけない――火の魔女が告ぐ!」

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