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メイド・オブ・シャドウ  作者: 伏見 七尾
Ⅱ.さまよう牙に告ぐ
32/80

19.貌

「ヒッ、すげぇだろ? コイツの力でオレはここまでのし上がってきたわけ。――それで、もうここにはメイドちゃんしかいねぇんだけどさ」

 にやにやと笑いながら、ジャードが距離を詰めてきた。

 メリーアンは身を引きつつ、素早く周囲を確認する。

 ディートリヒは息絶え、ルシアンは崩れた壁の向こう。周囲はにやけたギャングに囲まれ、出入り口は門番と思わしき大柄な男に塞がれていた。

『ギャング程度はお前の相手ではない』――かつて主人はメリーアンにそう言った。

 しかし、『おかしな相手には用心しろ』とも言っていた。それは魔術師や、あるいはマナを宿した武器を操る者の事を示すらしい。

「おい、邪魔すんなよ。オレが先だ。手ぇ出したらあいつみたいにブッ飛ばすぞ」

 ジャードは引きつった笑みを浮かべながら周囲を制す。

 その顔面にぼうっと光る青白い筋。メリーアンはそれを見つめ、眉をひそめた。

「……やっぱり、強いマナを感じる」

 異様な怪力と速度――そして先ほどまではなかったはずの、ジャードに宿るマナ。

 どう見ても『おかしな相手』だ。

 メリーアンは構えつつ、次の対応を考える。念力でポルターガイストを引き起こし周囲を一掃するか。しかしジャードに果たして通用するのか――。

 知恵を絞ろうとするメリーアンに、ジャードは青白い筋の浮いた手を伸ばしてきた。

「もうどうしようもねぇよ、メイドちゃん。だから怖い顔やめてさぁ――ッガ」

 その時、ジャードの顔面に石塊がぶち当たった。

 鈍い衝突音の直後に、ぐちゃッと何かが潰れる音が響く。ジャードはその勢いのまま吹き飛ばされ、舞台へと叩き込まれた。

「ッアァ――! クソッタレ! クソが! なんだ! なにが起きやがった!」

 落下してきたビロードのカーテンを吹き飛ばし、ジャードが起き上がろうともがいた。しかし先の一撃で脳を揺らされたのか、何度も地面に倒れ込んでいる。

「――予想外だったな」

「ッ、旦那様……!」

 あれくらいでルシアンが死ぬとは最初から思っていない。

 それでも自分のすぐ後ろから響いた主人の声に、メリーアンはぱっと顔を明るくする。

 振り返ったその先に、ルシアンは立っていた。

 深くうつむいているせいで、長い黒髪がその顔を完全に覆い隠していた。

「……いや、正直のところ少し驚いた。ただの薬物中毒の極道者が、あんな動きをするとはまるで思っていなかった。油断禁物だな、まったく」

 顔を左手で覆い、ルシアンは深くため息を吐いた。

 なにか様子がおかしい。顔の見えない主人に、メリーアンは一瞬奇妙な不安を感じた。

「だ、旦那様……あの……?」

「死に損ないが! クソッ、クソッ! やりやがったな!」

 ようやく立ち上がったジャードが吠える。

 その鼻は完全に潰れ、顔面全体が大きく歪んでいた。青白い筋がミチミチと音を立てて広がり、蜘蛛の巣のように顔を覆っていく。

 その手が腰のホルスターに伸び、リボルバーを引き抜いた。

「ッ、させません!」

 念力は間に合わない。

 それでもメリーアンはとっさに実体化し、せめて盾になろうとする。

「死ねぇ――!」

 引き金が引かれ、メリーアンは一瞬の痛みと衝撃を覚悟した。

 しかしその瞬間、どす黒い影がメリーアンの視界を覆った。木々のざわつきにも似た奇妙な音が響き、強烈な硫黄のにおいが鼻先を突く。

「えっ……!」

 予想外の出来事にメリーアンは目を白黒させる。

 その時、眼前でパキンと小さな音が響く。小さな金属片が割れるような音だった。

「銃弾が……」

 何が起きているのかはわからない。

 ただ、銃弾が喰われた(・・・・・・・)――それだけはメリーアンにも理解できた。

「余計な事をするな、メリーアン」

 ルシアンの言葉が聞こえた。

 瞬間、影が動く。まるで幾本もの黒い帯の如く、視界を覆っていた影が一点に収束する。

 その先を、メリーアンは振り返った。

 顔の左半分を軽く手で押さえつつ、ルシアンが不満そうに唇の端を下げた。

「体が壊れたらどうする気だ? 直すのは我輩なのだぞ」

 その言葉はろくに頭に入らなかった。

 メリーアンの眼は、主人の顔に釘付けになっていた。

「旦那様……その、影は一体――?」

 ルシアンの顔の左半分は、ぐらぐらと揺らぐ奇妙な影に覆われていた。

 その向こうで赤い瞳がまるで地獄の火のように光り、異様に鋭い歯が露わになっている。

 いまさらルシアンに対して恐怖などは感じない。

 ただ今まで見たことのない主人の姿にメリーアンは困惑していた。その問いかけに、主人はまともな答えを返さなかった。

「これか? 安心しろ。そのうち元の美形に戻るから」

 そう言ってルシアンは肩をすくめると、ジャードを見た。

 異形の顔を向けられたジャードが息を飲み、ふらふらと後ずさった。

「こ……こ、こいつ、人間じゃ――!」

「なんだ? 今さら気づいたのか? それはそれとして、だ」

 ルシアンが心底不快そうに唇を歪めた。

 影に覆われた左側の口角は耳の下まで裂け、鮫の牙にも似た歯がぎらぎら光る。

「いつまで寝ている? ――ディートリヒ」

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