第1話【奇怪な力士】
ある年の大相撲春場所のことだった。テレビの解説者は言葉をなくし、実況アナウンサーは困惑の声を発していた。
「あ、あの……あの力士はいったい、その……なんなのでありましょうか?」
土俵にはふたりの力士が上がっていた。ひとりは関脇の鳥ノ山、そしてもうひとりが……なぜかトゲだらけの全身タイツを着込んだ力士だったのだ!
名前は刺ノ坂。プロフィールなどは一切不明であり、この春場所から参戦した謎の力士である。
そんな刺ノ坂の風体は前述したようにトゲだらけの全身タイツを着込んでおり、たとえるなら超巨大なハリネズミといったところだった。
そんな刺ノ坂に観客も戸惑いを隠せず、両国国技館中が刺ノ坂に対する不信感で延々とざわつき続けた。
1番当惑していたのは相手の鳥ノ山で、彼は行司に向かって『ち、ちょっと、相手のあの姿はなんですか?このまま本当に取り組みをはじめるんですか?』と最後まで訊き続けていた。
が、行司はその質問には一切答えず、問答無用で取り組みをおこなわせた。
「ハッケヨーイ、ノコッタ!」
が━━超巨大なハリネズミ以外のなにものでもない刺ノ坂相手に取り組みなどおこなったら、大怪我をしてしまうのはバカでもわかる。鳥ノ山は取り組みをおこなおうとせず、迫ってくる刺ノ坂から逃げるように土俵から出ていった。
次の瞬間、行司が刺ノ坂の勝利を宣言した。
「ちょっと待ってくれ!こんなの相撲じゃない!相手の力士になにかいってくれ!」
が、鳥ノ山の抗議は認められることなく、刺ノ坂の勝利でこの取り組みは終了することになった。