7月15日(その3)
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夕暮れ
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移動住居に帰ってくると、外に出して乾かしていたはずの道具類が全部、片付けられていた。
ドアの前に立つと、移動住居の中枢コンピューターが僕の体をスキャン・生体認証して、自動的に扉を開けてくれる。
「ただいま~」
勝手に出掛けてしまったやましさから、自分でも笑っちゃうくらい気弱な声しか出なかった。
「あら。
おかえりなさい」
テータがキッチンから、ひょいと顔だけ覗かせて言った。
意外にも、機嫌は悪くないようだ。
直にキッチンへ行って、テータの様子をうかがう。
テータは、ボールの中に入れた挽き肉と刻みタマネギを捏ねている所だった。
Tシャツにショートパンツにエプロン。いかにも夏の部屋着といった格好だ。
「おっ!
今日は、ハンバーグか!」
「うん」
「あの……きょ、今日は、ごめんな。
いきなり、黙って『海の家』行ったりして」
「まあ……いいわ。
リュージの『思い立ったら直、実行』癖には、慣れちゃったし。
メッセージ残しただけでも、上出来って思う事にするわ」
「ご、ごめん。
それと、出しっぱなしの道具類。
片付けてくれたんだろ?」
「まあ、ね。
実際には、ほとんどグラボー2にまかせちゃったけど。
それで?
収穫あったの?」
「ああ。バッチリな。
あとで、晩飯食いながらでも話すよ。
何か手伝おうか?」
「まずはシャワーを浴びてきて。
なんかリュージの体、潮くさいわ」
「わかった。
テータは良い香りがするよ。いつもの事だけど」
言いながら、僕はテータに顔を近づけた。
「んもう!
馬鹿言ってないで早くシャワー浴びてきて」
言いながら、僕のみぞおち辺りに肘を当てて、近づこうとする僕を軽く押し返す。
僕は「わかった、わかったよ」って感じでシャワールームに向かった。
シャワーを浴びて、海水のべたつきを洗い流すと、さすがにサッパリする。
腰にバスタオルを巻いて、狭い脱衣所を出た。
そのまま二階へ上がる。
二階の寝室で、僕もTシャツと短パンを着た。
この部屋にある衣類は、ほとんどが僕のものだ。
つまり、テータの衣類はほとんど無い。
テータの体を構成する不定形生物は、地球人の肉体だけでなく、着ている服まで再現する。
つまり、昼間テータが着ていたビキニの水着も、今、彼女が着ているTシャツとショートパンツも、実は、ある意味では「テータの肉体の一部」ということだ。
不思議な事に、肉体の一部であるにもかかわらず、それらの衣服は全て脱がすことが出来た。
ブラジャーもちゃんと外せるし、パンティーも、ちゃんと脱がすことが出来た。
しかも、その質感や手触りまで、完璧に再現されている。
脱いだ後も、つまり、テータの肉体を離れたあとも、それらの衣類は、絹なら絹、木綿なら木綿、化学繊維なら化学繊維の質感を持って、たしかにそこに存在した。
あまりの不思議さに、ある夜、僕はテータのパンツをしげしげと顔に近づけて見つめてしまったことがある。思わずにおいまで、かいでしまった。
まさに、それは脱ぎたてのパンツ以外の何モノでもなかった。
まあ、その直後テータに思いっきり横っ面を叩かれて、その夜はそれ以上何もさせてもらえなかったが……
じゃあ「服を着るとき」は、どうするかって?
それは僕にも本当のところは分からない。
朝起きると、テータは脱いだ服を全部持ってシャワー室に向かう。
シャワー室あるいは脱衣所の中で一体なにが行われているのかは分からないが、とにかく出てきた時には、ちゃんと元通り服を着て出てくる。
いや、元の服とは全然違う服を着て出てくる事の方が多い。
元の服が一体どうなったか、僕には分からない。
素直に考えれば、テータの体に再吸収されたという事だろうが、じゃあテータはどうやって一度脱いだ服を自分の体に再吸収させたのかと言うと……まあ、人間、知らない方が良いこともあると思う。
「鶴の恩返し」も、主人公夫婦が破局したのは、男が女のことを知りすぎてしまったからだし。
服を着て一階に下りると、フライパンで肉を焼いている香りがした。
テータはハンバーグを焼きつつ、隣のコンロで味噌汁を作っていた。
「何か、することある?」
「うーん……
じゃあ、お漬物を冷蔵庫から出して切ってくれる?」
「ああ、それくらいなら出来る」
「それが終わったら、食器の用意をしてもらおうかな……」
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夕食
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盛り付けたご飯、味噌汁、箸、お新香の小皿などを盆にのせて、居間のテーブルに持っていく。
その間にテータはメインディッシュのハンバーグを皿に盛り付て、フライパンに残った肉汁にケチャップとトンカツソースを半々で混ぜ、ひと煮立ちさせていた。
あのソースが旨いんだよな。
「おっと……ビール、ビール……
夏はやっぱりビールでしょ」
などと独りごとを言いながら、冷蔵庫からビールを出した。
「テータも飲む?」
「う~ん。
今日は、飲んじゃおうかな?
昼間、泳いで喉も渇き気味だし」
テータは、それほどアルコールは強くない。
すぐに眠くなってしまうタイプだ。
グラスに一、二杯程度がちょどいい感じだ。
すべての準備が整ったところで、二人着席してお互いにビールを注ぎ合う。
「ほんじゃ、乾杯しますか。
美人で、スタイルが良くて、料理が最高のテータに」
「言い出したら聞かない彼に何時も振り回されてる、私自身に」
「ええ?
何だよ、それ、後だしジャンケンかよ?
じゃ、じゃあ、僕も言い直す!
え、えーと……
何か分かんないけど、突然怒り出す彼女に何時も振り回されてる、僕自身に」
「なぬっ!」
「あー、うそ、うそ、うそ、冗談、冗談……」
(ふひょー、あぶねぇなあ、もう)
などと心の中で思いつつ、僕はテータのコップに自分のコップをカチンッ、と当てた。
それから、ハンバーグを箸で切って、ーかけら、口に放り込む。
ジュワッと出る肉汁。ケチャップとトンカツソースをブレンドして作ったハンバーグソースの酸味が、肉の旨みと奏でる絶妙なハーモニー。
「うはっ、いつもながら、テータの作る飯は旨いなぁ。
箸が止まんないよ!
白米の炊き方も絶妙!
味噌汁、最高!
この漬物がまた……」
あっという間にご飯一杯平らげた。
それを見て、おかわりを盛り付けて来ようとして腰を上げたテータを僕が制止する。
「ああ、良いって、良いって、僕が自分で盛って来るからさ」
「ええ?」
「今日は、一日中泳いで疲れているだろ?
テータは座っていれば良いって」
すかさず、茶碗を持って立ちあがり、キッチンへ向かう。
キッチンから帰ってきた僕が手にした茶碗を見て、テータが叫んだ。
「……うわぁ、なに、その山盛り」
「ゴホン……」
僕は、わざとらしく咳払いを一つして、テータに言った。
「解説しよう……
今、僕は、ご飯を茶碗に一杯平らげた」
「うん……」
「僕の前にあるハンバーグを見るんだ」
「?」
「食べかけのハンバーグが三分の二。そうだな?」
「は……はい」
「そして、お新香の残りも正確に三分の二……
つまり……」
「はっ! もしや!」
「ははは……
ついに気が付いたようだね、テータくん。
僕は、無計画にガツガツと食べるように見せかけて、正確に三分の一のおかず消費量でご飯一杯を平らげていたのだよ。
すなわち……
残りのおかずで食べられる白ご飯は、あと二杯!
それが分かっていれば、何もこのテーブルとキッチンを二往復する必要もあるまい。
一つの茶碗に二杯分のご飯を盛り付ければ良いだけの事……」
「……って、そこの労力をケチるのって、どうなの?」
素に戻ったテータが冷静に突っ込みを入れる。
「良いんだよ!
こういう山盛りのご飯を、こうやって……」
そこで、山盛りの茶碗の縁に口を付け、箸でご飯を口の中にガガガガガッと掻き込む。
「一度、こういう食べ方してみたかったんだ」
米、ハンバーグ、米、漬物、米、味噌汁、米、ハンバーグ、米、ハンバーグ、ビール、米、ハンバーグ、ビール、米、漬物、米、味噌汁……
僕は、あっという間に、目の前のありとあらゆる食物を腹の中に収めてしまった。
「げふぅ……さすがに食ったわ」
「お見事な食べっぷりでした」
「ああ、いつもながらテータの食事が旨かったからさ。
おもわず食べまくっちまった。
ありがとな」
「そんなに美味しそうに食べて貰えると、私としても作り甲斐があるわ」
それから、二人とも晩飯を食べ終わった後で、食器を自動織機洗浄機に放り込んで、コーヒーを飲みながら、海の家での一部始終をグラボーに再生させた。
グラボーのログ機能は、一定期間グラボーが見聞きしたものを全て記録している。
僕と『海の家』の女主人の会話も、最初から最後まで、録音・録画されていた。
「はあ……なるほど、ね」
テータが、再生映像を見終わった後、ため息混じりに言った。
「先史文明の『活動遺跡』が、そのままホテルになっている……ねぇ」
「何故だかは、分からないけど、そうなんだ。
……それを聞いて思ったんだけど……
これは、あくまで僕の仮説……っていうか、仮説ですらなくて妄想みたいなものなんだけど……」
「?」
「ひょっとして、この惑星って、地球から遠く離れた惑星なんかじゃなくて……実は、地球かもしれない、て」
「ええ!」
「それも、僕が知っている時代から見て、遥か未来の『地球』なんじゃないか。
地球を襲った大災厄を乗り越えて、わずかに地球に残った人類は、どうにか文明を復興させてたとしたら?
そして長い月日をかけて、現代……つまり僕にとっての『現代』っていう意味だけど……よりも遥かに科学技術を進歩させ……
何らかの理由で、今度こそ本当に滅んだ……」
「その二千五百年後に、私たちは時間と空間を越えてやってきた、と」
「地球に居たころに見ていた映画とかで、わりとありがちな設定なんだけどね……
僕らが『先史文明』って呼んでいる、滅びてしまったこの惑星の先住民というのは、実は……妙な言い方だけど……未来の地球人なんじゃないか、って」
「つまり『神さま』は、リュージたちを他の惑星に移住させたんじゃなくて、未来の地球に送り込んだって事?」
「うん」
「ふ~む」
「まあ、さっきも言った通り、何の証拠も無い『妄想』でしかないんだけどさ。
今のところは。
ただ、そうだとすれば、先史文明人の作った遺跡が、僕ら地球人が良く知っている『ホテル』という施設に酷似している説明も、一応は付く。
それと、ハード・ロイドの件も」
「というと?」
「テータたちサポート・ロイドは『神さま』が僕ら地球の難民を助けるために創造して与えてくれたものだから、姿形や考え方が地球人に近いのは、分かる」
「なるほど……
先史文明人の遺物であるはずのハード・ロイドの姿が……全身金属製の機械仕掛けであるにせよ……なぜ、地球人に似ているのか」
「そもそも先史文明人=地球人だったからではないか……と」
「まあ……一応、筋は通るわねぇ」
「……それはともかく……どうする?
僕は、ものすごく興味があるんだけど……
正直、試しに泊まってみたいんだ」
「ふ~む……」
「どう?」
「本当のこと、言って良い?」
「どうぞ」
「先史文明人が何者であるのかは、さておいて……」
「うむ」
「二千五百年前の遺物であることに変わりはないでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
「泊まった部屋がカビ臭かったりしたら、嫌だなぁ、って
……つまり……」
「つまり?」
「一度、下見は、しておきたいかな」