家出
〜 フィーリア 〜
右手にナイフを持ち、胸の前に掲げて目の前の敵…パパをしっかり見据える。
わたしが持っているナイフは片刃のナイフで向こうの世界ではサバイバルナイフのような形状をしている。ただし20cmぐらいの刃の部分は潰されて切れないようになっていてあくまでも練習用。
わざわざ刃を潰すなら木か何かで作ったらダメなの?って聞いたら実際のナイフの重さを知らないと実戦で役に立たないと教えてもらった。
パパからの条件の1時間息を切らずに走り込むために半年はかかったかしら。ナイフの握り方と取り扱いに更に半年間。それからはこの約1年間は午前中は走り込み、午後からはずっと実戦形式で練習。
もう数え切れないぐらいパパと対峙しているけど。未だにパパに勝てたことはなかったわ。いえ、パパに勝つなんて欲をかきすぎかも知れない。1年間で1度もパパに当てれたこともないのだから。
せめて一撃だけでも当てたい。
そんなわたしにパパは相手をよく見て、考えろとだけ教えてもらった。
自分で得た経験だけが実戦で役に立つらしいけど、パパ以外に対峙したことのないわたしにはパパに一撃当てるだけが今の目標。
わたしは今1度パパをしっかり見据え、いつでも反応出来るように膝を曲げて腰を少し落としておく。
パパとわたしの距離は5mぐらい。少し離れているけどこれぐらいの距離ならパパは一瞬で詰めることが出来るから気が抜けないわ。
そんなパパはわたしとは逆に棒立ちで手を下に下ろしコブシすら握ってなく力が入っているようには思えない。パパはわたしとは違ってナイフすら持ってなく、それが一層わたしが未熟なことを自覚させられる。
恐らく時間にしたら数十秒しか経ってないと思うのだけど、わたしには数分は経ったように感じられる。そんなわたしの思考を妨げるかのようにパパからの殺気をわたしは一身に浴びる。パパと実戦した最初はこの殺気だけで動けなくなってたのだけど、今なら耐えれる。いえ、もしかしたら今も耐えれてないのかもしれないわ。パパの殺気を受けて、わたしはパパに駆け出したのだから。
駆け出して数m、パパはまだこちらを出方を待ってる。そんなパパに向かって、わたしは腕の振りを使って右手のナイフを投げた。狙いはパパの左上半身。それと同時にパパとの距離を詰めながら、左手を切り札のある腰の後ろに回す。あくまでも走る動作に隠しながら。
わたしの切り札はパパから渡されたもう一本の刃の潰されたナイフ。こっちは投げたナイフとは違って刃渡り15cmぐらいのコンバットナイフのような形。投げたナイフは主に敵を切るために、こっちのナイフは突き刺すようにわたしは使っている。
本来なら、こっちのナイフを投げるほうが良いかも知れないのだけど、パパの虚を付くために逆にしてみた。狙いはパパの右脇腹らへんね。
ナイフを抜き、左足を最後に踏み込み最短距離でパパに向かってナイフを突き出す。
わたしの目標は今日も達成出来なかった。パパに投げたナイフを右によけられ、わたしの左手は外側に払われた。その後はいつものようにパパに抱き上げ頭を撫でられる。
「今日はここまでだ。」
「…今日もパパに負けちゃったわ。」
「まだフィアに負けるわけにはいかないからな。ナイフの投げ方はママに教えて貰ったのか?」
「ううん。パパが依頼に行ってる間にこっそり練習してたの。」
「そうか。投げるなら逆のナイフのほうがいい。」
「パパの隙を狙うためだからわざとよ。結局避けられちゃったけど…」
「…そうか」
パパはわたしと話しているうちに考え込むように難しい顔になっちゃった。もしかして、ナイフを投げるのはダメなことなのかしら?考えると魔獣に対して、数少ない武器を手放すのは自殺行為かもしれないわ。
パパに確認しようと思ったけど、もう村の見回りの依頼に行っちゃった。パパはわたしとの訓練のために見回りの時間を村長に頼んでずらしてくれてるから。帰ってくるのは夜遅いし聞けるのは明日の朝かしら…
ねぇ、ケイ。やっぱりナイフを投げるのはダメだったかしら?
(そんなことはないと思うけど?実際助言もしてくれたし。)
でもね。あの後パパはずっと考え込んでたのよ…もしかして、わたしがあまりにも成長が遅くてもう鍛えれくれないのかも?
(いや、それはないでしょ?)
だって…もう1年近くもパパと対峙してるのに、未だに一撃も当てれてないのよ。それに…
「我、太陽と風の神に願う。闇を払いし淡き光を我が手に。リヒト」
未だに魔法も成功しないのよ。
(魔法はまだマーヤさんから早いって教わってないからだよ。それよりは明日こそディアスさんに一撃当てる作戦立ててみたら?)
そうだといいのだけど。明日朝パパに聞けば分かるよね。聞くのが怖いけど。
パパへの一撃はもう正直どうすればいいのかしら?ケイいい考えない?
(う〜ん。そろそろ左手でナイフの扱いもなれてきたし、二刀流も出来るんじゃないかな?)
そうね。明日は二刀流をお披露目ね。最悪、片方投げてもいいしね。
作戦も決まったし明日に備えなきゃね。
次の日昼前
わたしは今絶望の中ハウンドドッグと対峙している。
これはわたしへの罰なのかしら?
「フィア。今日の昼からの訓練はなしだ。」
「…パパ?何か依頼でもきたの?」
「いや。今日は依頼はない」
「じゃ?どうして?」
「少し、マーヤと話したいことがあってな」
「…そう。せめて走ってくる。」
やっぱり、わたしはパパに呆れられちゃったのかな?それとも投げナイフがダメだったかしら?
本当は理由を聞きたい…でも、わたしの口からは逃げるための言葉しか出てこなかった。
そして、わたしは逃げるように走り込みに行っちゃった。
頭の中はパパの台詞がグルグル回って気が付いたら村を出ていた。
そして、一歩村の外に出たら歯止めが効かなくなっちゃった。
もう少しだけもう少しだけと思っていたらもう目の前に森が広がっていて、その森からハウンドドッグが出て来た。
目の前の魔獣は、2年前に見た個体より小さく見えた。この魔獣が小さい個体なのか?それともわたしの体が成長したからなのかしら?
さっきから魔獣の唸り声をあげてるけど、パパの殺気のほうが怖かったわ。そのため、ゆっくりと右手にサバイバルナイフを持って魔獣を観察する。
幼い体格のわたしなら簡単な獲物だと思ったのかしら。魔獣が前足に力を入れて飛びかかってきた。パパに比べたら凄く遅いし、わたしは余裕を持って躱せた。そのあとも何度か飛びかかってきたけど、自分でも落ち着いて魔獣を見て躱し続けれた。
どうやら、ほとんど体当たりと右前足の爪を活かしての飛び掛かりしかこの魔獣はして来ないみたい。
何度目かの飛び掛かりかしら。わたしはそれを躱しながらナイフで魔獣を斬りつける。けど、わたしの刃の潰れナイフでは魔獣に傷つけることが出来なかった。今度はコンバットナイフで突き刺したけどこちらも非力なわたしには魔獣の皮膚を突き破ることは出来なかったわ。
わたしは1度も攻撃を受けたらダメなのに、わたしからは何度攻撃しても無駄なんて…
気が付いたら、わたしは森を背にしていて、魔獣もわたしを村に帰さないように身構えている。
神様はそんなわたしに更に絶望を与えたいのかしら。
ポツポツと雨が降ってきてるわ。
ねぇ、ケイ。あなたならどうする?
(このままだと村には逃げれないし、一か八か森に入ってアイツを巻くしかないかも?)
そうね…いけるかしら?
(雨をプラスに考えて匂いが消せると考えたら、このままここに居ても力尽きるだけだと思う。)
…それしかないわね。行くわよ。
少しでも牽制になるように、わたしはコンバットナイフを魔獣に投げて森に入り込んだ。いきなりのナイフに魔獣は驚いたのか後ろに飛び退いて、逃げる時間がほんの少しでも稼げたわ。
ケイが居てくれて本当に良かった。わたし1人だと2年前みたいに動けなくなってただけだったと思うわ。
(メグミ、時折でいいから木に傷を付けて。)
ケイ。なんで?
(アイツを巻いた後、森を抜けるための目印にね)
そうね。分かったわ。
まだ、魔獣の唸り声が聞こえるからもっと森の奥に行かなきゃ。
右に曲がって走って…まだ唸り声が…走りながら後ろを向いてもアイツの姿は見えないけど、まだ唸り声が聞こえるわ。
木を傷つけて、更に走って…後ろを見たら…空が見えた。
ケイ。わたしどうしたの?
(メグミ。怪我してない?後ろに注意が行き過ぎて3mぐらいの崖から滑り落ちたんだよ。)
足を捻ったみたいだけど怪我はないわ。でも、もう走れないわね。
(メグミ。もう少し頑張って、右手の崖に洞窟みたいなのがあるからそこへ)
そこが魔獣の巣だったらおしまいね。
(…もし、そうだったら。ボクが全部の痛みを引き受けるさ)
それはダメよ。わたしとケイの痛みは半分ずつよ。
きっと、ケイが今も痛みを引き受けてくれている。そうじゃなかったらこの足で洞窟まで歩けなかったと思うわ。
洞窟の中は魔獣の匂いもなく巣には見えなかった。
更に奥に行くと、もうほとんど壊れた小さな小さな祭壇ような台座だけがあった。そこにもたれるように、わたしは体を預ける。
もう歩けないわ。
目を瞑って…さぁ、これからどうしようかしらね。
ここに何が祀られて居たかわからないけど神様が居たら助けてくれないかしら?
「………まだ、わしに祈りを捧げる者がいたのか」
…ケイ。こんな時に冗談はいらないわよ
拙い文章ですが、読んで頂けたら幸いですm(_ _)m
戦闘の描写が凄い難しい…上手く雰囲気とか伝わればいいのですが。
誤字、脱字、感想などありましたら、教えて下さい。