交渉術
「わたしに剣を教えて!」
「…だめだ。」
「なんで?」
「まだフィアには早い。マーヤ今日も見張りがあるから行ってくる。」
「いってらっしゃい。あなた。」
あれ?昨日あんなことがあったから、克服したいって言ったら教えてくれると思ったのに…
結局、パパは見張りの依頼で帰りが遅くなるみたい。
(メグミ…昨日言ってた考えって…)
うるさいわね。ケイ。パパならきっと教えてくれると思ったのよ。
(ディアスさんが断るのは当然だとボクは思うけど…)
なんでよ?そっか…きっと、パパ見張りの依頼があったからとりあえず断ったのよ。
(そ、そうかな?)
きっとそうよ。例え違っても、外に行くためには強さが必要なんだから…絶対諦めない!
次の日
「パパ、おはよう」
「あぁ、フィア。おはよう」
「パパ、今日はずっと家にいるの?」
「…ん?あぁ、今日は依頼は来てないな」
「じゃ〜フィアに剣を教えて!」
「ダメだ」
更に次の日
「パパ、おはよう」
「フィア、おはよう」
「パ〜パ、だいすき〜。剣教えてくれたらフィアもっと嬉しいなぁ」
「…け、剣は…ダ、ダメだ」
…ギリギリで断られちゃった。甘えてもダメね。
そのまた次の日
「フィア、おはよう。」
「パパ、おはよう。ねぇねぇ、パパの尻尾すごくかっこいいね」
「フィーリア!パパの尻尾はママのだからダメよ!フィアも尻尾が欲しいならママみたいに良い人探しなさい!」
「じゃ、パパの尻尾はママにあげるから剣を教えて!」
「…フィア、やっぱり尻尾がいいのか?」
「う〜ん。パパの尻尾も良いけど、今は剣を覚えたい!」
「それはダメだ」
ママの邪魔が入ったけど尻尾を褒めてもダメそうね…
(メグミ。段々と説得するやり方間違ってきてない?)
そんなことないわ。ケイ、あと少しよ
(メグミのその自信はどっからきてるのさ?)
わたしはあえて、パパには剣ばかりを教えてって言っていたのよ。
仕込みもそろそろバッチリだし明日で決めるわ
(メグミのは天然にしか見えなかったけどあれって計算だったの?)
見ててケイ。明日はわたし、いえ私たちが勝つわ。
(いつの間に勝負に?)
ふふふっ、おやすみ
決戦の朝
「おはよう、パパ」
「おはよう。フィア、剣はまだ早いからな」
もう先に言われちゃったわ。パパは必ず断るって顔に書いてあるけど、ここからが勝負よ。
「どうしてダメなの?」
「フィアはまだ体が出来てないからだ。もう少ししてからな」
「じゃ、パパ。代わりに魔法を教えて!」
「…ダメだ。それもまだ早すぎる。」
「え〜。それならパパ、わたしを鍛えてよ。少しでもパパと一緒に居たいの」
「…むぅ。それなら」
「パパ!だいすき!一緒にナイフの使い方も教えてね!」
「あぁ、ん?ナイ「パパ!約束ね!」フも?」
「マ〜マ。フィアお手伝いする〜パパがわたしにナイフ教えてくれるって!」
勝った!
パパが呼び止めた気もするけど、わたしはママを手伝う振りして満面の笑みを浮かべて台所へ逃げ込んだ。
今回、わたしがパパを説得するために交渉術のドア・イン・ザ・フェイス・テクニックを使った。
このテクニックは本命の要求を通すために、まず過大な要求を提示し、相手に断られたら小さな(本命の)要求を出す手法。
わたしは今の自分の体がパパみたいな剣を使えるとは思ってなかった。
今回の本命は体を鍛えること。ナイフは甘えたらパパが揺れ動いたのを見て、ダメ元で頼んだだけだしね。
ご飯後、パパはしぶしぶだったけど依頼がない日に鍛えてくれることを改めて約束してくれた。
その夜、ケイから悪女になったねと褒め言葉?を頂いた。
〜 ディアス 〜
…どうしてこうなった?
俺は今、フィアと一緒に村の周りを走り続けている。
フィアの足に合わせてゆっくり走っているが、すでに30分は走っている。
本格的に走ったことのないフィアはすでに肩で息をして今にも倒れこみそうなぐらい青白い顔色なのに決して走るのをやめようとしない。
俺はなし崩し的にフィアを鍛えることになったが、我が娘の決意を見るために1つ条件を出した。
1時間どんなに遅くなってもいいから走り続けること。止まったり歩いたりしたらその場ですぐ鍛えるのを辞めると。
人族と比べて、狼人族の血を引くものは成長速度が早い。しかし、いくら成長が早くてもフィアの年で1時間の走り込みは続かないと考えていた。きっと剣への憧れだけで辛くなるとすぐ根を上げると…しかし、フィアの目に諦めの光は見当たらない。
俺は我が娘の成長を舐めていたようだな…約束だ。しっかり鍛えてやろう。
「フィア、まずは息を整えろ」
「ゼーゼー。ゼーゼー」
最後は気力だけで走り切ったのかフィアは倒れこむように膝をつき、息を整えている。
「そんな体力だとナイフの使い方はまだまだ先だ」
フィアはまだ喋れない代わりに、彼女のグレーの瞳がどうすればよいの?って語っている気がした。
「せめて、今日の2倍ぐらいの走り込みを息も切らずにやるぐらいは必要だ」
フィアがナイフで満足するのか、本当は剣を使いたいのかは分からないが基礎体力はあって困るものじゃない。
「…フィア。辛いならいつでも辞めていい。フィアの年で体を鍛えてる子はそうそう居ない」
「パパ!2時間でいいのね!絶対走り抜くから、もう1時間走るの付き合って!」
…決意が揺らがないとは思っていたが、この負けん気は狼人族の血か?マーヤの血なのか?
俺は我が娘にほんの僅かだか戦慄を感じた。
「我が子ながら、怖いわね。ディー」
「その割りにはマーヤはあまり驚かないな」
立ち上がれなくなるまで走ったフィーリアを寝かせて、俺は酒をあおっていた。
「そりゃね。私達の子だもん!尻尾のためなら何でもやるわ!」
「それはお前だけだろ…」
確かにマーヤなら尻尾が生えると言われたら何時間でも走り出しそうだが…
「それは冗談にしてもね。あの子ね。寝る前に魔法の練習してるみたいなのよ」
「なっ⁉︎」
「まぁ、見様見真似だから一度も成功はしてないと思うわ」
「当たり前だ。まだフィアには信仰する神を選ばせてないし、10歳になるまでは話さない」
「もちろんよ。でもね。ディー、あの子の成長を見ると10歳まで話さないべきなのか分からなくなるわ」
「…むぅ」
マーヤの気持ちも分からなくはない。フィアならすぐにでも神話を理解して信仰神を選びそうだ。
もし、そうなったらフィアはどの神を選ぶだろうか?
狼人族の女神
太陽と風の神
森と慈愛の神
「…情報開示」
俺は左腕に付けた腕輪の青い宝石から映し出された…青いボードに刻まれた文字(狼人族の女神への信仰)を見ながら、我が娘がどの神を信仰しても神の加護があることを願った。