雨の日です、でも会いに行きます
今日はあいにくの雨。人に会う約束をしていたのに、出かける気分じゃなくなった。雨の日は嫌い、お気に入りの靴が汚れるから。髪がぼさぼさになってまとまらないから。頭が重たくて考えがはっきりとしないから。朝からの雨は寝ているのか起きているのかはっきりとしない。深い海の底でだらんと、砂に埋もれているような、力が入らない、ぐにゃぐにゃ。たこ、の様な気分。墨でもはいてやろうか?そうすればもう一度夜が来る?中途半端に明るいのも嫌。いっそ真っ暗なまま、お日様もお休みすればいい。そうすれば、私も引きこもれる、あの勤勉で、あかるい性格の太陽さんすらお仕事をしないのだから……。
ああ、今日、お仕事はお休みなんだ。長いこと働きづめだったから、体と心を休めようと……。いや久方ぶりにあうあの人の為に休みにしたんだっけか?休むということが、非日常すぎて、なんだかそれだけでファンタジー。思考がいろいろな所へ飛んで行く……けど、ぼとぼと落ちる。きっと紙飛行機なんだな、雨に濡れて飛ばずに落ちる。いいね、雨だから途中で落ちてしまって会いにいけなくなりました……なにしろ私は紙飛行機だから。しゃれているのかな?
魚だったら、気にせず雨の中を泳いでいけるかしら?ああ、私は、たこ、だったっけ今は。からだがぐにゃぐにゃ、でも雨の中を泳ぐには、重力が問題だね。体が重すぎるんだ、太ったかな?……やつれていたのはもしや顔だけか……残念というほどではないけど、お肌の調子はちょっと悪いね、裸見せたくないな。あーでもプロポーションは崩れてないね、サイズは昔のまんまですし。頑張ってるな私。
雷だ。うん、あれにうたれたら目が覚めるかも?そのままビリビリと、帯電したまま歩く、ああ、スマフォがこわれちゃう?でも殆ど着信も無い端末の最後としてはいいのか?なぜつながらない→ちょっと雷が落ちまして……うわ、笑えるような気がする。そのまま、あいての雷が落ちるなこれ。雷さんだ、雷=サンダー……くすくす、なにこれ楽しい。ばちばちと音をたてる端末って綺麗?私奇麗ってきいてくるのがちょっと怖い、なにその自意識過剰な問い?せめて、ファッションチェックを頼むような感じで行くべきでは?
……なぜ口裂け女の話になった?
着ていく服がないなー。いっそレインコートで行く?で下は裸?そうねー私、たこ、だもの。白いぷよぷよした、だらんだらんな手足を、ビニールで出来た海藻だけで、隠していくの……なにその格好?せくしーって、究極のずぼらからでてくるのかも?あーなるほど、これ妖しい女つながりだな、さすが、インパクト強いな口裂け女、いや、彼女は四天王のうちでは一番の小物……なんの四天王だよ、妖怪?
塔のうえへ登るには、各階の守護者を倒さなければならない、まず一番目は、砂のような寝床からの脱出か……で、次は、熱いシャワー、と歯磨き。朝食は……野菜ジュースだけでいいか?いやしかし、四天王のひとり、人前でおなかがいきなりぐーてなる奴、に勝つためには何か胃に入れておかねばならないか?フレークでいーか?お昼どうしよう?
……あいつに会えば、お昼奢ってもらえるな。一食浮く、よし出かける気になってきた。こういう思考、貧乏くさいかな……。お金はあるんだよね、働いているだけで消費しないから……。あー、ハイヤー呼ぼう、そうしよう。いつもの接待とおんなじ、キープしてあるホテルつかって会えばいいじゃない。ラウンジで再会、そのままホテル内で食事?喫茶じゃものたりないかな?あそこのシェフ今日空いていたっけ……と、メールだ。
おっと、あいつだ。件名は、”雨ですね”……そのまんま。おかしい。笑っちゃうね。本文は、『雨ですね』……って、それだけかい!あー続き、きましたね。……思うことは一緒だね、あいつのテリトリーのホテルで会いましょうとのことですかぁ、あそこのレストラン、ブランド牛で、お肉おいしいんだよね。すてーきはすてき。あーダジャレ脳だね、雨のせいにしよう。ごめんなさい雨、いい迷惑か、でもお互いさまだよね?……車も手配してくれるっと、そつがなくなったね、あいつ。”どあつーどあ”だね。瞬時には移動できないけど、お金があれば大抵の不快感は軽減できると。資本主義社会万歳、くたばれレーニン。まあ、過激。
……起きよう。
今日のコンセプトは、あまあま?待ち焦がれる熱い恋人の再会を演出……フリルはないなー。着物かな。和服……長い黒髪を流して、赤を基調……うーんこれじゃ”姐さん”じゃんか。でもドレスというのもね。ジーンズで行きますか?まさかね、たぶんあいつはスーツだよねー。微妙に似合わないブランドものなんだよね。あいつこそオーバーオールに麦わら帽子が似合うのにね。お互い、仕事のし過ぎで無駄にえらくなっちゃって、気楽な服装というのができないのかな?まあ、人の目もありますし……ええいめんどうだ、本気で素肌にレインコート一枚でいってやろうか!
……着飾るのをめんどうくさがっちゃ、男女の付き合いもおしまいかなぁ。うん無難なせんで行こう、今季一押しのひと揃えで、自分でデザインしてるから、これが一番似合うはず。……部下ちゃんの、お世辞に踊らされてなければいーなぁ。……似合うよね、うん大丈夫。鏡の前には美少女?が一人。だまれ、私は永遠の美少女なの!あいつも永遠の少年だから、スーツが似合わないんだよねー……。メイクも完璧、うん寝不足のくまも見えなくなった。
うわぁ、豪雨だ。川の水量が心配だなぁ。ちゃんと橋がかかるかしら?と、車きたね。さてさて、行くとしましょうか、ただ飯を食べに。くすり、と笑ってみましょう、うん、まるで夢見る乙女のようじゃないか。考えているのが、お肉のことだけど。われながら詐欺だなぁ。あーでも食事の後で、おいしくいただかれるわけかー。雨だから、移動せずにそのまま部屋にいるだろうしねー……健全さのアピールで、プールくらいには誘ってみるか?新しい水着も披露したいし。
なんだ、雨もまあ、それほど悪くないじゃないか。
***
とある、どこかの、ご家庭で
「おかあさん、あめだけど、おりひめさん、ひこぼしさんとあえる?」と尋ねる子供。
「会えますよきっと。彼女らは、もう、千年以上、付き合っているのよ?惰性って、結構な強制力があるんだから。雨くらいじゃ、障害になりませんよ」したり顔で答える母親。
父親は黙って、清酒のグラスを傾けています。
一年一度の逢瀬の日、
雨降る夜の星々に、
杯をさし上げ、
ちょいと一杯。
しあわせの、おすそわけ
いただきます