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だから僕は男なんですってば!!  作者: あわき尊継
第四章

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48

 満天の夜空がどこまでも広がっていた。

 星々の一つ一つが力強く輝いていて、手を伸ばせば応じてくれそうな気さえしてくる。空ばかり見ていたら、不意に草のこすれ合う音が横合いから抜けていった。頬に感じる風の感触。こんな夜空なのに草原は青々と輝いていて、腰元にまで伸びる草たちはしかし、僕たちの歩みを阻むことがない。

 夜空の下には朝焼けのような草原。

 そういうものなのかもしれないな、と思う。

 この世界は僕たちにとって都合の良い、とっても優しい場所なんだ。

 強く思えば答えてくれる。出来ないと諦めなければ、絶対に成し遂げられる。そんな気がする。

 彼方を見れば、甲冑とマントを羽織った《影》が、太陽を背負って立っている。


 主神、最高神、あるいは創造神なんて呼ばれる存在だ。

 名前はオーディン。スズカさんの持つ青のドレスが冠する力だったけど、今は彼女の姿も見えず、本物のグングニールを手に《影》はこちらを睥睨していた。

 その力はまさしく神話そのもの。決して外れることのない投擲槍は、敵を貫いた後、必ず手元へ戻っていく。僕たちの世界がもっと戦いに溢れていた時代に、戦士たちが最も欲した力は必中の武器ではなく、手元に戻ってくる決して喪失しない武器だった。必中必殺なだけだと、相手を倒した後に無手となって、ただ嬲り殺される。

 決して弾切れしない戦術級の大陸間弾道ミサイルって考えるとそのヤバさ具合が分かるかもしれない。今はシズクちゃんが、狙われる魔法少女たちへ契約の分け与えを行って防いでるけど、これが各国の戦闘機や母艦へ向けられると、流石に全部を護るのは難しい。

 でも、彼らの援護が無ければ難しいというのも確かだった。


 草原を埋め尽くす膨大な数の《影》たちが、剣を振り上げて殺到してくる。


 オーディンが所有するエインヘリヤルたち、ということだろう。

 最終戦争を勝ち抜くために集められた精鋭たちだ。その実力は僕らがツリー周辺で戦っていたのとは格が違う。ただ、それもあくまで切り結べばという話で。


 上空から飛来するミサイル郡。

 神話に名を馳せた英雄たちが神代の弓矢で次々と打ち抜いていくけど、ミサイルはそのまま空中で分解、大量の爆弾をまき散らして《影》を爆散させた。続けて後方からヘリ郡が接近、下部に装備されたミニガンが火を拭いて、瞬く間に草原を満たしていた《影》の残党を狩っていく。雨のような弾丸に、さしもの矢も槍もほとんどが撃ち落された。残った数体もどこからか狙撃されたらしく、冗談みたいに身体の半分が吹き飛んだかと思うと、虚しく霧散していった。

 と思ってる間にポス、ポスと軽い音が聞こえて、ずっと先の草原に隕石が落下したみたいな衝撃が奔る。迫撃砲、かな? 呆気に取られていると、今度はキャタピラの音が聞こえてきて、爆音と共に放たれた戦車砲が地面ごと敵を抉り飛ばす。


「………………現代兵器、反則くさいな……」


 なんて言っていられたのはそこまでだった。

 上空を走り抜けていった、妙に大きなミサイルを僕は見る。

『皆さん、割と本気で逃げてください』

「聞きたくないけどアレはなに」

 答えは簡潔だった。


『核です』

「ちょ!?」


 直後、大歓声と共に人類最強の兵器が起爆し、世界が真っ赤に染められた。

 膨大な熱量は風の一撫でで人を溶かし、強烈に過ぎる光は人が消失した後にさえ、その影を地面に焼き付けることもあるという。

「い、いきなり何やってるんですか!? 馬鹿なんですか!? いくらテンションの上がる最終決戦ぽいからって新世界に放射能撒き散らすつもりですか!? どこの馬鹿がやったんですか!?」

『お星様が一杯の国です』

 予想通りだった。

 割とテンションで生きてるよね、あの国。


 とりあえずシズクちゃんとミュウのサポートのおかげで僕らは無事だ。一応規模の小さなものが選ばれていて、その上でミュウがあれやこれやして汚染の心配はないらしい。他の皆も無事らしいけど、いくらなんでもやり過ぎだ。

 眼前に聳え立つきのこ雲を仰ぎながら、いっそコレで終わってれば楽でいいかなぁ、なんてことも考えた。


「まあ、そんな簡単にはいかないみたい」


 爆発の中央で世界蛇がとぐろを巻いてオーディンを守っていた。蛇はどろどろに解けた表皮を脱ぎ捨てると、大きく口を開けて咆哮する。甲高い、悲鳴にも似た叫びに背筋が凍った。そのまま凄まじい速度で僕らの脇を抜け、防ぐ暇も無く後方の戦車隊を食い破った。その姿は、まさしく動く山脈だ。

 隊列をバラけさせた戦車隊は時速百キロ以上もの速度で移動しつつ、戦車砲を撃っていく。それは確かにヨルムンガンドの皮膚を貫いて数多くの傷を負わせるけど、巨大さを思えば蚊に刺された程度のものでしかない。

 そういう意味では、核という選択肢は正しかったのかもしれない。けどそれさえもあの世界蛇は耐えてみせた。きっと艦隊の人たちは戦々恐々としてるだろう。

 アレを倒すには、山を消し飛ばすほどの火力が必要なんだ……。


 直後に艦砲射撃が始まった。

 大量のミサイル群がナパームの炎と爆炎を上げ、主砲による正確無比な攻撃は目元を打ち抜き視界を塞ぎ、戦車隊による砲撃は貫通力の高い弾頭に切り替えたのか分厚い肉の奥底へ潜り込んでいき、人類にとっては最新とも言える艦載型のレーザー兵器とレールガンは、冗談みたいな光景に一層作り物じみた絵を生み出していた。隕石を思わせる上空からの砲撃は遠隔操作の無人兵器だ。

 膨大な量の攻撃を受けて、ヨルムンガンドの頭部が爆炎で埋め尽くされる。かつての大戦中に、雨のような砲撃を打ち込んで島の形さえ変えてみせた人類の、そこから半世紀以上もの発展を遂げた兵器が猛威を振るった。


 変化があったのは海洋に身を置く艦隊側だ。

 突如として大きな波が起きたかと思うと、海を割って世界蛇の尾が現れた。巨大過ぎる為に世界中の海の底へ横たわり、自らの尾を咥えることでようやく収まったとされる蛇。その大きさは星という単位で見て初めて確認できるものなのかもしれない。

 尾になぎ倒されていくつかの艦が沈んでいく。こんな僅かな時間にどれだけの人が逃げられただろうか。それを思って、僕は戦慄に足を止めた。


「ツバサ」

「……シズクちゃん」

「相手の中核になってるのはオーディン。だから」

 分かってる。けど、苦しかった。

「大丈夫。私たちの仲間を信じて」


 その時、やや時代遅れなプロペラ機が上空を駆け、海での混乱から砲撃の薄まっていたヨルムンガンドの上空へ至る。そこから何か、ここから見ると小さな人影のような何かが飛び出していった。

 人影は何かを振り上げ、そう思った瞬間、山を覆い尽くすほどに巨大な、雷神の大鎚が出現した。そうとしか見えなかった。そしてそれは、山脈を思わせるほどに巨大な蛇の頭部へ向けて振り下ろされる。

 ぶち抜け、と彼女の叫びを聞いた気がした。


 世界を打つ力の響きに心地良いものを感じながら、僕は黒剣を構えた。


 正面には再び湧き上がってきた《影》の大軍。

 追い付いてきた歩兵が次々射撃を加えていくけど、捌き切れる数じゃない。


 僕は黒剣を掲げ、キン――と鞘から抜き放った。

 黒の鼓動が僕の世界を満たす。そんな異常な光景に皆が目を奪われ、攻撃の手が止まる。


 即座に動いた。


 フェイント一つ入れずに振り抜くと、それだけで五体もの《影》が霧散した。手の中で黒剣を返し、横へステップ。後ろへ差し入れた所へ《影》が自ら飛び込んできて消える。正面から跳び込んできた相手へ滑るような一歩で踏み込むと、手首を掴んで後ろへ引く。同士討ちとなった《影》が霧散し、その向こうから見えた相手へは身を屈めてただ待つ。突進の勢いのまま脇腹を斬り裂かれたソイツは、味方を巻き込んで転倒し、消えた。

 と、ここで少し身を逸らす。ドレスの上三ミリくらいの所を相手の剣が通過していった。返す手で剣を差し込んだ。今度は左足を半歩引く。左右からの攻撃はどちらも僕の身体へ届くことなく通過していって、横薙ぎの攻撃でまた三体ほどが霧散。

 巨大な《影》が見えた。振り上げた巨剣を避けるには大きく動くしか無い。けど僕は僅か二歩を進んで剣を振り上げ、巨剣の根本を弾き、飛ばす。切っ先は肩の高さ、やや右斜め前へ。そのまま後ろへステップを踏み、左足を引いて身を回す。相手が勝手に飛び込んできて倒れていく。


 ふと見れば、《影》は僕を囲むように距離を取ってこっちを伺っていた。

 ならと手の中で剣を回し、口元に笑みを浮かべた。大きく屈み込み、彼らの頭上スレスレを狙って跳ぶ。距離があるから当然受けられる。けど、そこを支点に身体を振り、後方で待機していた数体を蹴り飛ばす。一度着地して身を伏せる。頭上を通過した剣を感じた。次が来る。少し待って跳ぶ。突き入れられた剣が跳躍の風を斬った。宙返りの最中に敵の肩口を斬り裂いて着地と同時に転がる。横から狙われてた。一歩ステップして身を縮め、即座に踏み込んで切り裂く。右足を軸に前進の勢いを殺し、左足で回し蹴り。地面を踏むと同時に黒剣を突き立てた。


 そろそろいけるかな。

 そう思って黒剣を腰だめに構えた。警戒はされたけど、それだけじゃ足りないよ。

 振り抜いた斬撃は眼前を黒い霧で埋め尽くし、向こう三十メートルほどの《影》を全滅させた。

「…………はぁー」

 息を抜いて身体を緩ませる。警戒は肌と耳でいい。


 ずっと前にやったきりだったけど上手くいった。

 初めて僕が戦った時、たしかコレでアズサさんを援護したんだ。なんだかしっくり来なくて、今までは上手く出来なかったんだけど、今回はやれたみたい。


『あの……なんかツバサの動きがおかしいんですけど』

 ん?

『なんですか今の。意味不明な動きが多すぎて私じゃ理解できません。なんで……あんな動きで《影》を倒せるんですか。アレは今までの《影》よりもずっと優れた能力値の筈です』

「うん、まあ…………なんでかな?」

 なんとなく視えるようになってきた、って感じかな?

 弟と戦ってる時、ダーインスレイヴに取り込まれながらちょっと試してたんだけど、なんて言うか、淡雪さんに言われた状況ごとに戦いを区切って考える、の応用版?

 一秒を十の場面に区切り、ペラペラ漫画みたいに時間を感じて、丁寧に動いてみてるんだ。それならわざわざ仕切りなおしたりしなくてもいいし、ダーインスレイヴの呪いに落ちてると、そういう戦うことへの集中力や能力が上がるみたいだからね。普段じゃ流石に一秒を三つくらいが限界だった。でもそうして戦いを見てみると、とても無駄があるんだって分かる。丁寧に無駄なくすればゆっくり動いたって相手に勝てる。むしろ、場合によっては相手が勝手にこっちの剣へ斬られにくる。

 元ネタは淡雪さんと戦った時のやりとりだ。


 とはいえ、説明してもなんか貶される気がするから黙っておいた。

『とりあえず気持ちの悪い戦い方ですね』

 結局貶された!


 そうこうしている内に次の動きが起きた。

 後方で待機していたフェンリルの《影》がこちらへ向かってきたんだ。もっと前線に居るミホさんたちさえ無視して突進してくる。


 黒剣を構え、射程に入るや抜き放つ。

 斬撃は真っ直ぐフェンリルへ飛び、しかし、巨体は小さく身体を揺らすだけで避けてみせた。駆け抜けるまま口を開き、唸り声が迫る。

 喰らい付く動きは僕らを丸呑みするものだ。仮にシズクちゃんの力で防いだとしても、そのままお腹の中へGOGOGOだ。出てくるのは大変困難だし絵的に最悪だ。

 大変だ、どうしよう。そんな風に思っていたら、横合いから機械的な唸りを上げて何かが突進してきた。


 それは、ドリルだった。

 渦を巻いたような金色の髪はまさしくドリル。


「あれ、スズカさん?」


 スズカさんがドリルでドリルしていた。

 スレイプニールの馬力で叩き付けられた回転槍に身体を大きくえぐり取られながら、フェンリルが悲鳴を上げて転がっていく。


「オーッホッホッホ! そこな駄犬、戦う相手を間違えて貰っては困るわね!」

「スズカさんスズカさんっ」

 こちらを向いたスズカさんに僕は結構離れた場所で槍を投げているオーディンを指さす。

「アレじゃなかったんですか?」

「何の話ですの?」


 あれー?

 なんか勝手に取り込まれちゃった人がああなってるのかと思ったけど、どうにも違ったみたい。結構アバウトだなこのマジカル空間。まあ、僕らが認識する通りに世界の情報が解釈されていくなら、途中で結果ごと変わっちゃったりもすることもあるのかな。


 スズカさんはドリルを手に大きく伸びをし、小さなアクビを手で隠す。

「寝起きが悪いんですの。なんだか妙な疲労感もありますし、あー疲れましたわ」

 なんて言いながらドリルを回し、のそりと起き上がったフェンリルを見やる。

「丸呑みされないように気をつけて下さいね……」

「そうなったら一寸法師にでもなりますわ。このグングニールに貫き通せないものなど、この世には存在しませんもの。それより、ここままだと後ろの方々が持ちませんわ。《影》の展開が予想以上に早いせいで、戦場を埋め尽くされかかっていてよ」


 後方では未だにアズサさんとヨルムンガンドの、世界を揺らすほどの戦いが繰り広げられていた。その余波だけで津波が起き、大地は割れ、雷鳴のような戦いの音が鳴り響く。距離を取っていく艦隊からの攻撃は、もうヨルムンガンドへ向けるだけで精一杯だ。

 現代の兵器はほとんどの場合、接近戦を好まない。孔を通ってここへ来るに当たって、もっと距離を取れれば良かったんだけど……。いや、あの世界蛇の大きさを思えば、シズクちゃんやミュウの目が届く範囲に居てもらったほうが、また援護のしようもあるのか。


「必ず止めてきます」

「頼みましたわ。そして……ここは私に任せて先にお行きなさい!」


 グングニールが唸りをあげ、大気が回る。

 螺旋を描く風そのものが巨大なドリルであるかのように、宙を舞った草葉を引きちぎった。対するフェンリルは口元から青白い炎の吐息を零しながら、慎重にスズカさんを凝視していた。


「お願いします!」


 僕が駈け出した後、背後で二つの衝撃が巻き起こった。

 どうなっているかはもう確認しない。今はただ、シズクちゃんを連れて敵を突破していくだけだ。


 地上部隊の援護を受けてしばらく進んで行くと、少し雰囲気の違う《影》集団にぶち当たった。その背後には黒翼を広げる甲冑の女戦士。

 これは……ヴァルキュリア?

 戦乙女が直接指揮するエインヘリヤル、というところかな。

 《影》の形も今までのような平均的な格好じゃなくて、巨剣を持った大男や僕たちよりも幼いだろう杖を持った巻き毛の少女、甲冑どころかほとんど普段着に近い格好の個体も居る。着物の女の子が居たかと思えば、鎧武者や人魚みたいな《影》、細身なのに大男と同じような巨剣を持った青年が居たりして、本当にバラバラだ。


 それ以上観察している時間は無かった。

 巨剣の男が身構えたと思ったら、すぐ目の前に刃が迫っていた。

「っ――!」

 早い! 即座に防ぐことを放棄して全力で転がる。けど、僕が転がった先には赤い何かの陣が敷かれていて、また無理矢理な動きで地面を蹴った。陣からは指向性地雷みたいな爆発と一緒に炎が吹き出していて、思わず冷や汗が流れた。

 攻撃はまだ終わらない。何人かの放った弓矢が視界を埋め尽くしてくる。後ろへ飛び、


「ミュウ! お願い!」


 高速言語で告げた途端、僕は黒のドレスを脱ぎ捨てて大きく振り上げた。殺到した矢をそれで受け、後方へ逸らして潜り抜ける。

 ドレスを切り替え、黄金の剣を手にした僕には、その道筋が見えていた。


 金と銀のドレス、フレイの力を纏った僕は、改めてエインヘリヤルたちの前に立つ。


 すると何故か、ヴァルキュリアまで一緒になって狼狽え始めた。なんだろう、フレイの力がそんなに怖いのかな。

 でも好都合だった。狼狽えた相手は攻撃の手を緩めた。僕は黄金の剣を振りかぶり、全力でその輝きを叩きつける。膨大な光の斬撃は瞬く間に彼らを埋め尽くし、驚くほど呆気なく霧散させた。


「よし!」


 察してくれたらしいミュウが再びドレスをフレイヤのモノに切り替えてくれた。うん、なんでか分からないけど、やっぱりこっちの方が馴染むかな。手にしている剣もダーインスレイヴに戻り、改めて鞘から抜き出す。

 グングニールが飛来したのはその直後だった。

 驚いて身構えたけど、必中の槍はシズクちゃんの力で弾き飛ばされ、持ち主の所へ戻っていく。


 その光景を、僕は見た。


 最前線で戦い続けていたミホさんとアオイさんが崩れ落ちるように膝をつく。まだ遠いけど、その表情は疲労や苦痛に覆われ、今にも倒れ伏してしまいそうだった。

 漆黒に染まるオーディンはグングニールを手に、再びそれを掲げた。

 音速すら容易く突破して衝撃をまき散らすと、僕らの援護へ来てくれていたヘリ隊が瞬く間に貫かれて撃墜された。空中でバラバラになるもの、仲間同士で衝突して錐揉みしながら落下していくもの、なんとか姿勢を立て直しながら味方を降下させていくもの、そこへ更に、地面へ向けて落雷のようにグングニールが突き立てられ、巨大な爆発が発生した。

「っ……っは、ぁ…………だめ……はぁ、は、ぁ……突破、された……」

 とうとうシズクちゃんが崩れ落ちた。咄嗟に抱き止めるけど、顔が真っ青だ。これまでどれだけの数を防いできたのか分からない。けど、主神の攻撃はとうとうバルドルとの契約さえ打ち破って必中を果たしつつあった。

 全てを一度に守り切ることは難しい。分け与えはそもそも解釈であって、それはシズクちゃんの精神を歪めるものだ。だから狙いを絞れている内は良かったけど、こうして無数の標的がある中では、どれが狙われているかを確認するだけでもう限界だ。しかも相手の槍は音速なんて軽々突破する。本来であれば知覚するのも難しい。

 そんな状態が続けば、力そのものも低下して当然だ。


 辛そうに、守りきれなかったことを悔やむ恋人へ、僕はあくまで慰めは口にしない。

「大丈夫。出来るよ。シズクちゃんはきっと守れる」

「……当、然」

 僕からそっと離れ、オーディンの元へ戻っていくグングニールを追う。

 再び掲げ、浮かび上がった神の槍が音速を越えて飛んで行く。狙いは彼方。海洋で指揮を取る巡洋艦だ。他に比べて小ぢんまりして視えるソレへ向けて、一直線に槍が向かい、


「させないっ!」


 衝撃は巨大な波を生んだ。

 支えの乏しい海面に浮かぶ巡洋艦は、その十メートルほど前方で激しく火花を散らす槍に、まるで小舟のように揺れ動いた。けど、それだけだ。

「シズクちゃん!」

 倒れそうになる小さな身体をまた支えようとした。なのにシズクちゃんは手で制して、戻っていくグングニールを追っている。片膝をついた彼女は、普段とは違う余裕の無い表情で僕を視て、前を指さした。

「ほら、行く」

「…………」

 すぐには答えられなかった。

 もうまともに走るのも難しそうなシズクちゃんと、この先も一緒に進むのは難しい。だからこれは、置いていけ、という意味だ。

 そして、迷うよりも早く、前方の一団を光の矢が焼き散らした。


「ミホさん……アオイさん……」


 ふらつきながらも戻ってきた二人はそれぞれの武装を用い、周囲の《影》を次々と撃破していく。

「どうにも……逃げる相手は追わない方針らしい」

 ミホさんに肩を貸していたアオイさんが、炎剣で炎をまき散らしながら言う。

「ミホが限界だ。ここに置いて守らせれば、シズクが一人にはならないだろ」

 アオイさんは一度僕から目を逸らして、けどまたすぐ見返してくる。シズクちゃんのすぐ脇にミホさんを降ろすと、二人はどちからともなく背中合わせに座り込んだ。

「ごめんなさい……」

「いってらっしゃい」


「全く……」

 力なく手を振ってくる二人に、かつて一緒に戦っていたアオイさんがため息をつく。それから大きく息を吸い、顔を両手で覆った。

「私は世界なんてどうでもいいんだ。なんでこんな苦労をしなくちゃいけないんだよ」

「ありがとう、アオイ」

「頑張って」


「全く……ロキに向かって世界を救う手助けを頼む奴があるか。私は騙し、引っ掻き回していくだけの人間だ。なのに…………」

 ため息は、笑い声にも聞こえた。

「いいさ。こういうのも楽しめる」


「いくよ、ツバサくん」

「はいっ、アオイさん!」

 二人、同時に駈け出した。

 僕は戦乱を巻き起こす呪いの魔剣、ダーインスレイヴを手に。

 アオイさんは世界を滅ぼすとも言われた炎の剣、レーヴァテインを手に。


 集団に対し左右に別れて外側を切り裂く。

 踏み込むタイミングも、駆け抜ける距離も全く同じだった。突き入れられた剣を片足を抜くことで回避し、舞うように身を回し、袈裟斬りに斬って捨てる。一度後ろへ下がると、敵が釣られて集団の中央が開いた。

 そこへ向けての宙返りをしながら、一体の肩口を斬って霧散させる。

 着地。右足を滑らせて重心を低くし、切り上げる攻撃で剣を弾き、突き入れる。


 まるで鏡合わせのような動きだった。


 背中合わせに立ってみて、思わず笑みが零れた。

「なに……いきなり」

「アオイさんの、だったんですね。ようやく気付きました」

「あぁ、蓄積データのこと……」


 僕たち魔法少女は、ドレスを通じて過去の戦闘経験を獲得する。戦い方なんて何も知らない人でも、ドレスさえ纏えば過去から現在までに蓄積されたデータが意識に反映され、身体を動かしてくれる。

 それは使い手の閃き次第で、そのままの戦い方になる訳じゃないけど、僕がこれまで取ってきた動きの多くは、魔法少女の前任者、それも剣を使う人が蓄積してくれたものが主だ。

 よくよく考えればアオイさんしか居ないじゃないか。

 剣の特性は違うから、僕なりのアレンジが加えられてきてるけど、基本の動きはそのままだった。


「そっか」

 素っ気ない反応だけど、僕はなんだか嬉しくなった。

「よろしくお願いします、先輩!」

「…………あぁ、そう」

 アオイさんなんか僕にだけ冷たくない!?

 さっきミホさんやシズクちゃんと話してる時は、以前みたいなアオイさんっぽくて、これは仲直りのチャンス! って思ってたのに!


「じゃあ、合わせるから……好きに動いていいよ」

「え……?」

「早く」


「は、はい!」


 黒剣を構え、僕は飼い主にフリスビーを投げられた犬みたいな勢いで走り回った。次々と《影》を霧散させて、強引過ぎるくらいの動きで自分をねじ込んでいく。危ない場面は何度もあったのに、常にアオイさんの援護が助けてくれた。


 嬉しい。

 凄く嬉しくなってもっともっとと加速する。


「あ、あの……」


 アオイさんが一杯一杯な呻き声をあげていたけど、楽しかったからつい聞き流した。


「だから……」


 見えた!

 敵の集団を突破した瞬間、ようやく僕とオーディンの間に障害が無くなった。後ろにはまだまだ沢山の《影》が居るけど、これは好機の筈だ。

 強引に転がり出て、黒剣を構え、そして、

「強引過ぎる! 伏せるんだ!」

 離れた所からアオイさんの声が聞こえた。僕は咄嗟に反応出来なくて、けど不意に、覆いかぶさる影を見た。


 頭上で、黒い何かが爆発した。

 衝撃が僕らを地面へ押し付ける。身体ではなく、頭の中を突くような痛みに視界が少し暗転した。

「――ちゃん、――ちゃん!」

 声がして、顔を上げると、桃色のドレスを着た桜井マリナが、僕の弟が必死な表情でこちらを見ていた。

「あれ……えっと、助けて、くれ、た?」

 聞くと、彼は目を見開いて後ずさり、がばりと顔を背けた。耳が真っ赤だ。

「知らない」

「それにさっき、お兄ちゃんって」

「呼んでない」

 まったまた~!


「はぁ……無事みたいで安心したよ」

 やってきたアオイさんへ目を向けると、疲れた顔して僕から目を逸らした。なんだろう。僕は目を合わせてもらえない呪いにでも掛かってるんだろうか。

「直撃したと思ったけど。今のは……?」

「分からない。たぶん、分からないから大した傷もないんだ」

 あぁ、そっか。ここは人間本位の世界だから。

「けど、今の攻撃は大勢が見た筈だ。放射状に広がる衝撃だっていうなら、多分爆発か何かだと考えただろうな。だから、次は本当に死にかねない」

 アオイさんの言葉に、すぐさま僕は立ち上がった。

「あ、あの!」

「なに……」


「ごめんなさい! 勝手に動きすぎました!」


 仲直りできたんだって思えて、つい調子に乗った。

 本当にごめんなさい。


「…………好きに動いて良いって言ったのはこっちだから、いいよ。予想以上に動きが読めなくて慌てただけ。原型が自分の動きじゃなかったら流石に着いて行けなかったけど。だから、まあ、謝るのはこっちだよ。はぁ……先輩なんて言われたけど、とっくに越されてたみたい」


 えと……褒め、られた?

 アオイさんに?


「っ、頬を染めるな嬉しそうな顔をするな……なんなんだいきなり」


 だって本当に嬉しいから。

 ねー、って弟を見たらやっぱり目を逸らされた。少しショックだ。


「全く……ほら、さっさとオーディンを倒すといい。さっきのは大技だったらしいな、動きが鈍いぞ」


 アオイさんに背中を押され、僕は数歩を進む。

 振り向いた背後には無数の戦いの光景があった。僕が意識していた現代兵器以外にも、一年前に見たあのスルトみたいな巨大ロボットまで出現してる。ここが認識次第でどうとでもなる場所なんだって、大人たちも感じてくれたのかもしれない。

 夜空を駆け抜ける戦闘機が空中で変形し、人型となって銃を放つ。追い回されていた戦車も突如として変形合体して人型のロボットになり、押し寄せるヨルムンガンドの胴体を受け止め、拳を打ち込んでいた。後方の海洋だと空母やら巡洋艦やらがこれまた見上げるほどの巨大ロボットになっていた。うん、人型が中心なんだな。ロマンか。

 草原に上陸して戦っていた歩兵部隊にも変化がある。地味で草原への迷彩色ばかりだった服装が、それぞれ赤や青や黄色なんかのカラフルに染まっていた。理屈も不明なビームが飛び交い、人がスーパーマンみたいに飛び上がる。ゲームで見るような魔法陣の数々。そこから呼び出された召喚獣? みたいなのが次々と《影》へ襲いかかっていた。


 もう、僕ら魔法少女なんて端役みたいな光景だ。


 因みにそういう変化の中心となっているのは日の丸を掲げた連中だった。黒コートとサングラスの人が多いのはやや気になったけど。


「はは……」


 いい大人たちが揃いも揃って。

 まるでこの世界に子どもしか居ないみたいじゃないか。


 フリフリドレスを纏った筋肉質な集団とか、小皺の目立つ熟年女性らのセーラー服はさらりとスルーして、僕は黒剣を手にオーディンを見る。


 息を吸った。

 喉を通り、肺を満たした熱は心臓の鼓動をほんの少しだけ早めた。


 ――出来る。


 その気持ちが世界を変える。

 失敗することなんて考えていたらどんどん置いてかれる。


 やってみたい。

 みてみたい。

 ほしい。

 あげたい。


 そんな、誰だって持っている欲求が世界を作った。

 海を渡りたいと願った人が居るから船が生まれて、空を飛びたいと願った人が居るから航空機が生まれて、今や人は宇宙にだって飛び出してる。


 それは時に、自ら動くことの出来ない人を置き去りにするんだろう。

 自分勝手だと怒る人も居る。諦めて俯いてしまう人も居る。


 けどどうだろう。

 初めて飛行機に乗った時、上空から眺める街並みにワクワクしなかったかな?

 小さな頃、お母様と乗った電車の、窓を流れていく景色を夢中で眺めていた記憶が僕にはある。


 こういう言葉がある。


『最初の1日か2日は、みんなが自分の国を指していた。


 3日目、4日目は、それぞれ自分の大陸を指さした。


 5日目には私たちの念頭には、たった1つの地球しかなかった』


 ある宇宙飛行士の言葉だ。


 人は昔、電車のように早く移動することが出来なかった。

 人は昔、広大な海を渡ることも空を飛ぶことも出来なかった。


 けど、発展する技術が世界を変えた。

 受ける恩恵には偏りがあるけど、昔の人たちよりもずっと簡単に僕らは早く移動し、海を渡り、空を飛べる。


 宇宙から地球を眺めていると、こんな風に想えるんだとすれば、

 もし、誰でも簡単に宇宙から地球を眺めることが出来るようになれば、


 それは時代と共に価値を薄れさせてしまうかもしれないけど――それでも、なにか、強いなにかを生み出せはしないかな?

 例え今、何も出来ずに居る人も、そのまま夢見た人の尻馬に乗っかって宇宙を眺めてみたら、頑張ろうって思える人が出てこないかな?


 憧れや希望は、きっと人を動かす膨大なエネルギーになる。

 一人じゃ無理なら、僕がその手を取ろう。


 さあ手を伸ばして。

 指先にほんの少しでも熱を感じられたのなら、それが僕との繋がりだ。


 争いを無くすのは難しい。

 本当に難しい。

 どうやったらいいのか、いつだって分からなくなる。


 僕は、自分の母親にさえも拒絶された人間だ。

 どんなに言葉を尽くそうとしても、僕という存在そのものがお母様を苦しめる。なら死んでしまえば、なんてことも考えた。必死に手を伸ばしても払いのけられることに、ほんの僅かな怒りが浮かんだのも本当だ。

 どうしてそんなにも僕が憎いんだ、って。


 この感情は生涯振り切れることはないんだろう。

 僕の内側には、自分を認めてくれない人への苛立ちや攻撃性が潜んでる。そしてそれと同じくらい、認めてほしい、繋がりたいんだって気持ちがある。

 不安一杯に手を伸ばして、振り払われたら怒るし、悲しみもする。


 なら根比べだ、って思うようにしてみた。


 我慢勝負なら負けないよ。


 たぶんね?


「オーディン」


 戦乱を巻き起こす神がそこに居る。

 実態がなんなのかはまだ分からないけど、僕らの認識ではそうと解釈されていた。


 《影》は戦神の槍を振りかぶり、

 僕は戦乱の剣を構え、


「ありがとう」


 そして、戦いはたった一度の交差で決着した。





   ※  ※  ※





『ツバサ……お疲れ様です』




 

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