04
「「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」」
「………………」
か…………買ってしまった。
僕はオシャレな紙袋に収められた服を見てため息をつく。絶望と後悔の大波に煽られて、今は真っ直ぐ歩ける気がしない。
二日前、ドレスを着た状態でコースケと再会した僕は、流れと勢いで彼と約束をしてしまった。いや、僕としてはしたつもりはなかったんだけど、コースケから見るとそうではなかったらしい。
いっそすっぽかしちゃおうかとも考えた。
だけどコースケの幸せそうな表情と、やっぱり不安もあるのか、時折見せる影に、僕の心は揺れ動いた。しかも今日の放課後、僕の親友は今の自分の心境を何隠すこと無く晒してくれた。
それほどの信頼を受けて、見て見ぬふりが出来ようか。
いや、僕の性的指向は至ってノーマルだし、いくらコースケを親友として慕っていても、恋愛感情なんかに発展することは絶対に、確実に、天地がひっくり返ってもありえない。だからコースケの恋は実らないんだ。
後はどうやって彼を諦めさせるか。
今の幸せそうなコースケを見て、何より親友として彼を傷付けたくはない。だからすっぽかすという選択肢は消えた。なら、コースケ自身に幻滅させる以外の道はない!
第一の作戦は、ダサい姿でデートに行き、ドン引きさせること。
かといって男っぽい服装では流石にバレるし、僕は断腸の思いで女物のお店に出向くことにした。地味目の、それでいていっそババ臭い感じの出るものでもいい。そんなことを考えて選んでいた僕だけど、どういう訳か目を輝かせた女性店員さんに断固反対されてしまい、あれやこれやと最新ファッションの着せ替え劇が始まった。
因みに僕は男だとバレるのが嫌だったので、普段掛けている眼鏡を外し、髪を下ろしていた。だから女と間違われたんだと思う。きっとそうだ。
いつの間にか別店舗の店員さんまで集まり、何故か僕に着せる服の列が出来、通りすがったテレビでも見たことのあるカリスマスタイリストが渾身のコーディネートを作り上げた。僕に拒否権は無かった。いつ正体がバレるかと緊張しまくっていたから、思考もほぼ停止していた。
お代はいいですと言われたけど、払わず出たら自分でも認めてしまうみたいで断固拒否した。
第一作戦は失敗した。何故かサンプルの化粧品まで渡され準備万端である。
落ち込んだ僕はとりあえずデパートのトイレに入り、髪を結って眼鏡を掛ける。太縁の眼鏡は顔の印象を大きく変えてくれるから、まじまじ見ないと判別は出来ない。
ため息をついて顔を上げると、まあなんとか男に見える顔がそこにあった。服を買いに行くため極力女物っぽいものを選んだけど、下はパンツだ。総合的に見て、男らしい格好と言えるだろう。
僕は顎と喉に手を這わせ、眉を寄せる。
年齢的にもそろそろ髭が生えてきたっておかしくないし、喉仏が出てきて声変わりもする時期だ。そうなったらもう、女っぽいだなんて言わせない! 僕の夢は、お髭の似合うナイスミドルになることなんだ!
トイレから出ると、その先にあるベンチに知った顔が座っていた。
「やあ、また会ったね」
水族館での戦いの後、コースケの居場所を教えてくれた人だ。確か、アズサさんの友人でもある人。
艶のある表情で笑うこの人は、男のようでも女のようでもある。
「お久しぶりです。その節はどうも」
「あの後友達とは合流出来たのかな」
「はい。お互いに怪我もなく」
「それは良かった」
今となってはいろいろな事を話したアズサさん。
彼女の友人であるのなら、僕としても警戒するつもりはない。ただ、僕が黙っていると、アズサさんの友人さん(長いですね)は意外そうに首を傾げた。
「君の性格なら、こっちの友人も心から心配してくれると思ったんだ」
敢えておちょくるような口調で僕の疑問を指摘する。
あぁそうか、僕は最初からアズサさんの安否を知っていたから。嘘を言うのもなんだし、上手く事実だけを並べることにした。
「あの後、見せてもらった名前と同じ方に会いまして、実はそれで知っていたんです」
「へぇそうなんだ」
少し意外そうに言われる。偶然としては稀有かもしれないけど、それに反応したのとは違う感じだ。
どうしようかと迷っていたら、背後から聞き覚えのある声がした。
「ごめんお待たせ」
アズサさんだ!
背中越しだったけど間違いない。僕は全身を強張らせ、かつて無い混乱に陥っていた。今僕は男の格好をしている。印象は違うけどそれでもバレればどう言い訳すればいいのか。
そんな僕の脇を通り抜けて、アズサさんは友人さんを庇うように向き合い、僕に視線を送ってくる。
「何か御用ですか?」
ひんやりとした声に喉が詰まる。
敵意とまでは言わないけど、明らかに僕を警戒した雰囲気だ。僕の知っているアズサさんは、明るくて元気で、人との壁なんて感じさせないような、ちょっとだらしない所もあるけど頼れる女の子、といった印象だった。
「行こう、アオイ」
「あぁ待て待て誤解だ」
友人さんの名前はアオイというらしい。僕から引き離すように腕を掴んでいこうとしたアズサさんをアオイさんが止める。
「彼とはあの水族館で会ったんだ。ちょうどアズサを探してる時に、彼も友人を探してさ。まあ色々とあった時の知り合いなんだし、再会したからには思い出話でもとさ」
「ぁ、そうなんだ。その、すみませんでした」
二つの意味が読み取れた。
彼女からしてみれば、僕も巻き込んだ人の一人なんだろう。一生懸命戦っていた彼女が罪悪感なんて持つ必要はないのに。
素直に頭を下げるアズサさんを見て、やっぱり僕の知っている人なんだと思えた。
僕がアオイさんをナンパしていると思って警戒していただけか。改めて僕の顔を見たアズサさんが「あれ?」という顔をする。あ、マズい。
「私もどこかで会ってますか?」
今まで彼女は僕を警戒してちゃんと顔を見ていなかった。
だからバレなかったんだろうけど、あまり直視されると気付かれる。僕はそれとなく顔を逸らして言う。意識して、声を低めに。
「水族館でアオイさんと別れた後、少しだけ」
アオイさんにした説明とも辻褄が合うし、あの状況だから僕が一方的に知っていてもおかしくはない。そもそも日常の細かいことへ疑問を向ける人なんてそうそう居ないだろう。彼女なら尚更だ。
「そっか」
と、予想通り気にした様子の無い彼女は、少しだけ柔らかくなった表情で納得した。
「じゃあ私、上の階見に行ってるから、二人で話してなよ」
「あ、僕もこれで失礼しますので」
「そう? アオイは?」
「三人でお茶でもしてみたいけどね」
隠したようだったけど、「うっ」という素振りが僕にも見えた。
苦笑いするアオイさんが僕を見て肩を竦める。
「悪いね。アズサは男嫌い、というより苦手意識があるみたいなんだ。君みたいに可愛い男の人なら大丈夫かなと思ったんだけど」
「いえ。こちらこそお邪魔してしまってごめんなさい。あの、もう行きますね」
「あ、あの別に私は――」
「また見掛けたら声くらい掛けてくれ」
「はい。それでは」
何か言いたそうなアズサさんを放置して、僕らは別れた。
上の階に行くと言っていたから下へと降りていく。
そうか、アズサさんって男嫌いだったんだ。あんなに明るく笑う人に警戒されるのは、ショックというより驚きだった。
だとするとアオイさんは女なのかな? 僕にナンパされていると思ったみたいだし。
一階まで降りてきた所で、ふと僕は自分が身軽なのに気付いた。
ああ! さっきの場所に荷物置いてきちゃった!
慌てて戻ろうとした所に、階段から降りてきたアズサさんが現れる。手には僕の荷物。良かった、拾って届けてくれたんだ。
「ごめんなさい、置き忘れちゃいました」
「やっぱり……アナタのなんだ」
あれ、様子がおかしい。
多少軟化したと思っていたアズサさんは、最初の時よりも更に強い警戒を露わにし、睨みつけるかのように僕を見る。差し出されたオシャレな紙袋。
「この袋、あそこの、大通りに面したお店のだよね」
「……はい」
「アナタが着るの」
「えぇ、はい」
「あのお店…………女性専門店なんだけど」
し、しまったああああああああああ!
そうだ。今男の格好をしている僕がそんなものを持っているのはおかしい。流石に中身までは確認されていないと思うけど、袋の隙間からサンプルの化粧品がはみ出しているのを見て僕は絶句した。しかも自分で着ますなんて言質を取られた!
これは……言い訳出来ない。
どどどどうしよう!? 怖れていた事態が予想外の所で発生して、僕はかなりパニックになっていた。彼女の知る御影ツバサと同一人物であるとは思われていないようだけど、僕自身が女装趣味の変態男だと思われてる!
「アオイは自分が渡しに行くって言ったんだけど、私が強引に持ってきたの」
「…………はい」
「やっぱり男って変態ばっかり」
なんの否定も出来ません。
「アオイはああいうボーイッシュな子だから、こういうジャンルのは詳しくないの。だから気付いてないと思う。この辺も普段はあまり来ないし、来た時は店が目に入らないように気をつける。だから、お願いだから、もうアオイに近づかないで」
「はい、ごめんなさい」
ついこの前憧れさえ持った女性から痛烈な拒絶を受けて、僕は本気で落ち込んだ。
しかも言い訳の余地もない。事実僕は女装の変態男で、あまつさえ皆を騙している。彼女の怒りは当然のものだ。
「……ちょっと、そんなに落ち込まないでよ」
「いえ、僕が悪いんです」
あぁ、このまま死んでしまいたい。
生まれ変わったら貝になるんだ。深海の底でじっと殻を閉じて、何年も何年も孤独に生きるんだ。いつか漁師の網に掛かって火炙りにされるか熱湯に放り込まれるか、あるいは大きな魚に貝ごと噛み砕かれて死ぬんだろう。変態女装男の来世には似合いの生涯だ。
「あぁもうっ、これじゃあ私が悪いみたいじゃない。いや、悪い、のかな……う~ん、そりゃあ個人の趣味だし、別に犯罪とかやってる訳じゃないんだよね?」
「はい……」
今の所罪状は水族館のステージをぶっ壊した器物破損と、銃刀法違反くらいです。前者は立件不能だとしても、後者はアウトだなぁ。
「もうっ、ちょっと顔見せて顔っ」
「ああっ!?」
落ち込んでいた僕の眼鏡を取り、正面から見据えるアズサさん。この状態はかなりマズい!
強引に顔を逸し、背を向ける僕。今、顔が真っ赤になってるのが分かった。
見られたのは一瞬だ。多少の疑問が生まれても確信するほどの時間は無かった。大丈夫、の筈だ。
「なに……んん、分かった、ごめんなさい。私が強引だった。本当に、ごめん」
「いえ。こちらこそごめんなさい」
「でも、まあ、なんだろ……可愛い顔、だったと思うよ。確かにそんな顔つきだったらやってみようとか思っちゃうかもね。意外に似合いそうだし。ははは、私なんかよりずっと可愛い女の子になりそう」
「ごめんなさい、帰りますね。言ったことはちゃんと守りますからっ」
顔を伏せたままアズサさんの手から紙袋を取り、僕は逃げるように走り去った。
あれ以上一緒に居るのは危険だ。後ろから呼ぶ声が聞こえたけど、僕は無視して改札を通りぬけ、ホームへ駆け下りる。そのまま発射寸前の電車に駆け込むと、閉じた扉に背を預けてようやく一息。
あぁ自己嫌悪。
保身に走るあまりアズサさんの気遣いまでも無視して逃げてしまった。あんなに嫌悪感を示していた相手に優しい言葉をかけようとするなんて、やっぱり彼女はいい子だ。そんな人を裏切っている自分に、どうしようもなく嫌気がさした。
「あ、眼鏡……忘れてきた」
裸眼で特に問題はない。
そのままだと余計に女扱いされるから、かなり前からするようになった伊達眼鏡だ。家に代わりもあるからそれでいい。
けど、またアズサさんに気苦労を負わせちゃった。
かといって今更戻って顔を合わせる度胸もない。アズサさん、もしかしたら落ち込んでるかな? ツバサとして会えば励ませるかな? いや、僕もツバサでアレもツバサなんだけど。
数日は待とう。今日の僕の顔が記憶から薄れた頃に、魔法少女仲間のツバサとして励ませばきっと大丈夫。
今はコースケとのデートに備えて気を取り直さないと!
考えたら更に落ち込んできた。
※ ※ ※
それでも地球は回っているもので、とうとうデートの日がやってきた。
僕はあの日買った服を着て、ネットで調べて練習したお化粧をして家を出た。幸いというか、お祖父様は前日から将棋仲間と温泉旅行だ。
人通りの多い場所で待ち合わせとあって、行き交う人が僕を見る度に顔から火が出るほど赤くなる。
デートが近くなるにつれて、一つの問題が浮上した。
なんとコースケと僕は日取りと場所だけ決めて、会う時間について全く触れていなかったのだ。コースケもそのことには気付いたらしく、いつ来てもいいように早朝から待つつもりだと言っていた。
そう言われてはもう放置なんて出来ない。
僕は僕だと気付かれないよう徹底的に化粧で印象を変え、髪を丁寧に整え、スカートを履いて親友の待つ繁華街の入り口に向かった。
これもう、完全にアウトですよね。
信号の向こうに彼を見つけた時、サイレント状態にした僕のケータイがメールを受信した。コースケからだ。前もって実況というか、堪え切れないあれやこれやを送るかもと言われている。
『キタァァァァァァアアアアアアア! あれ絶対あの子だよ! 無茶苦茶可愛い! やばい心臓破裂しそう!』
進みたくないなあ!
とりあえず『がんばって』と返事をして、僕は青になった横断歩道を渡っていく。
「きょ、今日は着てくれてありがとう!」
真っ赤になって礼を言う親友に僕はちょっと苦笑い。
よし、とりあえず気付かれてはいないみたいだ。僕も結構緊張していたけど、相手が気心の知れた親友というのと、彼の緊張を見たおかげで余裕が出来た。
あの時の、やや高い音を使って僕は喋る。
「少し寄ってみただけですか」
予め考えておいた言葉を伝えると、コースケは動揺を隠すように息を吐いた。
「そう、か。じゃあ今の内に言っておきたいことがあるんだ」
「はい」
「この前は本当にごめん。俺、テンパっちゃって、かなり強引だったと思う。怖かった、よな。あれから物凄く反省した。もう強引なことはしない。それと、助けてくれてありがとう。君からしたらあのまま警察に突き出してもよかったのに、庇ってくれて……本当は今日、会えないって思ってた。だって誤魔化す為に言ってただけだもんな。ダチとかには強気に約束したなんて言ったけど……いや、余計な事喋ってるな俺」
思わぬ独白に僕は硬直していた。
あれ、ということは僕、今日来なくても良かったんじゃない……?
こうして親友に罪悪感を抱くことも騙すこともなく、あの日アズサさんに会って女装趣味の変態男と思われることもなかったんじゃ。
しかも僕にだけは何もかもを吐露してくれていると思っていたのに。
ちょっと、それは。
「そうですか。では私はこれで失礼します」
「ああ待って! 頼む、もうちょっとだけ!」
「強引なことはしないと」
「そう……なんだけど、出来れば少しくらい話がしたいなって」
つーん!
勝手な思い込みだったんだろうけど、親友に裏切られた今、僕の不機嫌度は過去最高だ。なんだよ折角おめかししてきたのに、別に来るとは思って無かったんだ!
いや、今のはおかしいか。
「俺の親友が教えてくれた店なんだけどさっ、レトロな雰囲気の素朴な喫茶店があるんだ! 俺みたいなのとは違って、ソイツはすっげえイイ奴でさ、頭も良いし気遣いも出来るし、最高の親友だよ! ソイツが教えてくれた店なんだ。だからきっと気に入るよ。ダメかな?」
「少しだけなら」
「――良かった! こっちっ、こっちの道から行けるんだ」
なんだよもうコースケそんなに僕を褒めても何も出ないぞー。仕方ないなぁ、ちょっとだけだぞー?
るんるん気分でついて行く僕と、それを見て安心した様子のコースケ。
これで僕が女装してなければ親友との休日だったんだけど、まあいいか。
途中コースケからメールが来た。
『とりあえず喫茶店に誘えた! もうお前のおかげだよありがとう!』
ふふん。親友ですからそのくらい当然です。
見事なまでのマッチポンプだけど今は気にしない。僕は上機嫌だ。
やってきた喫茶店は、コースケの言った通りの場所だ。
僕も二三度来たくらいだけど、ビルの三階にあるその店は、非常にレトロな雰囲気で気持ちが落ち着く。古ぼけた木の本棚に、古い洋書なんかが飾ってある。入り口に置いてある大きなクマの人形へ僕は近寄り、膝を折って握手した。このクマ、コースケには言わなかったんだけど、こうして握手をすると良い事が起きるらしいんだ。普段だとちょっと恥ずかしくて出来なかったけど、今なら女の子の格好だから大丈夫だよね。おっきいし可愛いクマだ。
「あのクマ、気に入ったの?」
「え?」
定番のケーキセットを二人分注文した後、コースケが僕に聞いてきた。
しまった。つい夢中になってやってたけど、親友の前であれは恥ずかしい。
「あれは……いえ、その」
噂について話す訳にも行かず、結局僕は頷いた。
あぁ視線が痛い。なんでそんな楽しそうに笑うんだ。
出てきたポットから紅茶を注ぎ、顔を隠すようにカップを傾ける。口を離した時、縁に水滴が残ってるのを見て僕は下品にも舐めとった。
ふふふ、これぞ第二の作戦、下品女! せっかく雰囲気の良い場所へ来てるのに、こんなことをする女はきっと幻滅だろう。結構恥ずかしかったけど、ちょっと舌を長く出してぺろり。
コースケに視線を向けると、彼は顔を赤くして席を立った。
おお効果は抜群だ! これで一気にデート終了なるか!
「ごめんちょっとトイレに」
「はい」
一分しない内にメールが来た。
作戦成功に気を良くした僕は更なる下品ぶりを発揮するべく頬杖をついてそれを開く。
『やばい! 今カップの縁舐めてた! なんかめっちゃエロい! 唇つやつやしてるんだけど! すっげえキスしたい! 我慢するけどさ!』
そのままズリ落ちておでこをぶつけた。
間もなく戻ってきたコースケから、僕は徹底して口元を隠した。僕だってオトコノコだ。そういう気持ちが分からない訳じゃないけど、同性から向けられるおぞましさには耐えられない。予想以上に気持ち悪かった!
話す時も極力口元に手を当て、あるいはカップを高めに持ち続けたり、あの手この手で隠す僕。コースケとの会話は相変わらず楽しいけど、それだけに集中できないのが正直な所だ。
喫茶店では終始そんな感じだった。
それからなんだかんだと二人でゲームセンターに行き、僕がクマのぬいぐるみ好きだと勘違いしたコースケが、UFOキャッチャーで白熱した。何度も止めようとしたけど、男の誇りを掛けて戦う親友に水を差すことも出来ず、通算二十五回目で見事獲得するまでじっと見守っていた。このクマは大切にしよう。ちょっと変わった状況だけど、言ってしまえば親友がくれたプレゼントだ。僕の宝物だ。
ありがとう、と笑った僕を見て、コースケも嬉しそうに笑った。
コースケは以降、無理に引き止めることもせず僕と別れた。
アドレス交換はせず、彼の連絡先だけを渡された。コースケなりの気遣いだ。僕は結局曖昧な返答だけで逃れ、そそくさと立ち去った。
はあああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~っ、疲れた!
いや、今はそれどころじゃない。
僕は駅の障害者用トイレに駆け込み、女装を解く。コインロッカーから回収しておいた普段着に着替え、念入りに化粧を落として眼鏡を掛ける。髪を結って上げて、なんとなくリップクリームを塗る。
この後コースケと合流してデートの感想を聞く約束だ。
時間は未定だったけど、僕はどこかで時間を潰していると伝えてある。
そんな訳で口元はがっちりガード。
メールで集合場所を伝えた僕は、駅のコインロッカーに荷物を入れて再び街中へ。
大通りを抜けて行けばすぐ繁華街だ。ついさっきまで女装してビクビク歩いていたけど、今は開放された気持ちで一杯だ。すっかり油断していた僕は、前の曲がり角から彼女が現れたことに気付かなかった。
「待って!」
すれ違いの瞬間、僕に気付いたらしい彼女が手をとった。
「あのっ、この前の!」
「アズサさん!?」
あまりにも驚いて、僕は素のままの声で彼女の名前を呼んだ。男嫌いらしいアズサさんの眉が寄る。
「名前……言ったっけ」
「あ、アオイさんから」
「そうなんだ。でも……やっぱり下の名前で呼ばないで」
「はい。えっと」
「火野。アオイは藤崎。二人共苗字にして」
「はい……」
会話終了。けどアズサさんは僕の手を離してくれない。
心なしか顔の赤い彼女は何度も言葉を絞り出そうとして躊躇い、悔しそうに歯噛みする。「なんで私が」ぼそっと言った言葉の意味は分からない。
「これっ」
差し出されたモノを見て、僕はあっと思い出した。そうだ。彼女に眼鏡を取られたままだったんだ。
「こないだはごめん。私、強引に取ったままにしちゃって」
「僕の方こそ、急に」
「それで、さ」
「はい」
またもじもじし始めるアズサさん。
ますます赤くなる姿に、ちょっと僕もドキドキする。さっきまでコースケのそんな姿を見ていたからか、つい安直に可能性を考えてしまう。
女として接している時の明るい彼女知っているから、ギャップが物凄く可愛い。
「アオイがちゃんとお詫びをしろって煩くって、だから」
差し出された二枚のチケット。地元の遊園地、一日優待券だ。
「か、勘違いしないでっ。二人じゃなくて、私とアオイと、アンタと、誰か適当に……」
「一緒にですか?」
「私はチケット二枚渡せばそれでいいって言ったんだけど、アオイがお詫びなのに案内しなくてどうするんだって煩いから。けどっ、変なヤツ連れて来ないでね」
ならコースケかな。彼なら片思い中だし、僕が知る中で最も信用出来る親友だ。片思いの相手が僕だということ以外に問題はない。
「ふぅん、それならアオイに変なこととかしない、よね。片思い中なんだったら、いろいろ話聞くのも楽しそうねぇ。相手、どんな子なの?」
僕です。
とは言えず、適当に濁して話を切った。恋の話に食いつく辺り、アズサさんもやっぱり女の子だなぁ。
「そういえばアンタは? 彼女とか……は居るわけないか」
きっと僕の女装癖を思っての発言なんだろうけど、かなり傷付くなぁ。
まあ居ませんけど。
「あはは、ごめんごめん。もういいじゃん別に。バレてんだしさ」
それからアズサさんは、まるで女として接していた時みたいにいたずらっぽく笑い、
「なんならいっそ、当日は女装してくればいいんじゃない? それなら私もそんなに構えなくていいかもしれないし。アオイには私から言っとくよ」
「いえ、普通の格好で行かせてください」
「そう? あーあ、折角当日までにアオイの気が変わるかと思ったのになー」
アズサさんがすっかりいじめっ子の目だ。
きっと彼女の場合、面白可笑しくいじめた後、自分の仲間にしちゃうんだろうなぁ。ずっと映画版のジャイ◯んだ。
「じゃあ、いいってことだよね。明日、空いてる?」
「明日。日曜日ですか?」
かなり急な話だ。僕は大丈夫だけどコースケはどうだろう?
「聞いてみないとはっきりしませんが」
「そか。なら後で電話して。ダメだったら来週かなぁ」
言ってアズサさんはケータイを取り出した。登録画面を呼び出して僕に手渡す。
電話で、という話だったし、アドレスはいいや。それがアズサさんなりの距離の取り方なんだろうし、僕もそんなに近しくなるのは困るから、居留守も出来る電話がいい。
番号を入力し、名前の欄で一度止まり、仕方なく入力する。
受け取ったアズサさんが画面を確認した。
「御門ツカサっていうんだ」
「はい。今夜には電話しますね」
「わかった。じゃあ、また」
「はい」
足早に去っていくアズサさんを見送って、僕は大きくため息をついた。
とりあえず、バレなくて助かった。偽名については後でコースケに相談しないとだ。彼には家の事情と言えば納得してくれるだろう。
なんか、どんどんドツボにハマっていってる気がするなぁ。
あ、コースケからメールだ。しまった結構待たせてる。タイトルは『緊急事態!』どうしたんだろ!?
『今日デートした子にそっくりな人の出てるエロ本見つけた! いやぁつい購入ですよ!』
それどうする気!? ねえどうする気なのコースケェェェエエエエエエ!
フレイヤには数々の異名があり、別の神様も実は彼女なのではないかと言われているものが沢山あります。




