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だから僕は男なんですってば!!  作者: あわき尊継
第四章

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40

 シズクちゃんたちが街を離れていた一年ほどの間、街で活動可能な魔法少女は実質三人しか居なかった。

 僕とアズサさんと淡雪さん。

 ミュウもドレスは持ってるけど、彼女自身の身体が戦いには向かず、ほとんどは技術面でのサポートが主体だった。一年前まではあの巨大な艦があったけど、今や単体では街をサーチすることさえままならない。


 水樹さんにミホさんという、魔法少女として熟練の使い手が不在で、そんな中で《影》の出現だ。力の格が違う、とでも言うんだろうか、それほど苦労もせず対処出来たことで僕は安心したんだけど、淡雪さんだけは別だった。


 敵が現れた。

 当時《影》は、その正体も不明で、先の読めない状況だった。

 即座に淡雪さんは僕らに特訓を提案し、それが始まった。


「判断が遅い! 思考する暇があれば身体で感じろ!」


 身体能力はドレスの効果で上昇するから、僕らがやっていたのは彼女との正面対決が主だ。一対一の時もあれば、アズサさんと二人で挑んだこともある。

 結果は、たった一度として勝てなかった。

 前に勝てたのは偶然だと思ってはいたけど、ここまで開きがあるなんて思わなかった。アズサさんと頭を捻って生み出した連携も、一度見せればもう通用しない。完全な意表を付けたと思えた攻防でさえ、彼女は難なくくぐり抜けているように見えた。


 格が違うと言われた意味を思い知った。


 ヘイムダルのドレスは、それこそ神話中で最強とされる雷神トールや、戦神としての名もあるフレイヤに比べればずっと劣る。なのに強い。二人がかりでさえ勝てなかった。


「一瞬一瞬の判断が勝敗を分かつ戦いで、思考に言語を混ぜる暇などあると思うな。戦いに関する判断と読みの全てを感覚へ落とし込め。人の思考は本来それが可能だ」


 あっさりと吹っ飛ばされて地面に倒れた僕らを、サポートに回るミュウが看てくれる。

「反復して覚えたことを思考せずとも出来てしまうのと同じですね。私の作った高速言語もそれと同じ原理ですけど、カナの判断力は人体の限界値に達してるんじゃないですか?」

「カナぽん強すぎ……一人だけお星様状態なんだけど」

「私から言わせればお前たち二人の方が強すぎる。トールハンマーなんて戦術核レベルの兵器じゃないか。勝利の剣なんて、使いこなされれば厄介どころの話じゃない。反則だろ」


 うぅ、使いこなせていない僕の耳には痛い……!


 やっぱりテンションの問題なのかな。世界大好き皆と一緒に戦うよー、なんていう最終決戦的なノリがないと、僕じゃ剣が望む正しさを持てないみたい。その為の精神修行もやれと言われてるけど、ぶっちゃけどうしたらいいのか僕も淡雪さんも分からない。

 なんだ、悟りでも啓けばいいのか。とは思ったけどそれが正しさの基準でもないし、そもそも正しさなんて相対的なものをどうすればいいのやら。


「お前たちの問題は経験もそうだが、自分の持つ武装に対する不理解だ。解釈を用いる以前に、本来持てる性能さえ見落としている。特にアズサ、お前のトールハンマーはその程度の性能には収まらないものの筈だ。本物のトールハンマーは、一度打てば終わりだったか?」


 僕は? 僕はー?


「御影は自分の弱点ばかりに目が行き過ぎる。欠点や無理な事に対する判断が辛い。ミュウは私の判断を褒めたが、お前の方がよほど広範囲を認識し、同じくらいに思考が回っている。それだけに局地的には私が上回るが、戦いのポテンシャルの平均値はお前が上回っている。こういう思考の癖は意識すれば変わるものだ。時間は掛かるがな」

「具体的にどうすれば……」

「状況で戦うというのはどうだ?」

 状況?

「以前から思っていたが、お前の思考は最前線に立つ者のモノじゃない。それらを取り纏めた大局を俯瞰で見定めることに優れているように思う。なら、一対一での戦いでも剣の振り一つ一つを読み合うことはない。攻撃そのものはシンプルにしてしまえ」


 結局具体的な方法は教えてもらえなかった。

 自分で考えて構築した方が身体にも思考にも馴染むし、一つの枠に収まってしまう怖れもなくなるかららしい。


 訓練は定期的に行われ、その度に僕とアズサさんはボコボコにされた。

 でも、ゆっくりと、確かに自分の成長も感じられたんだ。二人で淡雪さんから一本を取れるようにと、一晩中話していたこともある。


 淡雪さんは僕らの親友で、頼りになる先輩魔法少女だけど、そういう意味ではいずれ超えるべき師匠とも言えるかもしれない。


 そんな彼女が敵に回った。

 そして戦いの時は唐突に訪れた。


   ※  ※  ※


 叩き付けられた鉄球に僕とアズサさんが硬直する。

 目の前で大型の《影》が霧散していって、ようやく一休みできるかと思っていた所だった。

 

 ここは街の中心地から大きく外れた水族館。ちょっとした湖に面していて、湖上に突き出した水上庭園が人気のスポットだ。ツリーが出来てからというものかなり寂れた感もあり、平日の昼過ぎとあって人はほとんど居ない。

 ツリー周辺の人たちはすっかり慣れてるけど、これくらい離れている場所だと、流石に観戦するより避難を選ぶらしい。水上庭園を遠巻きに眺める人は居ても、ツリー周辺のような歓声はない。


『警戒を。現在街の各所で敵性魔法少女との戦闘が始まっています。援護は不能。自力での勝利か退却をお願いします』


 二人で戦うしかない。

 その事実に緊張と、怖れと、高揚を覚えた。


 コンクリートの破片をこぼしながらモーニングスターを肩へ乗せる。

 白の魔法少女は虚ろな目で僕らを見、口元に小さな笑みを浮かべている。


 ダーインスレイヴで狂乱に落とされた人間がどうなるのか、僕にも正直分からない。本人の理性が残っていて抗えないのか、それとも自我そのものが塗りつぶされているのか。思考力が低下していれば一番いい。万全の彼女に勝てる自信はあまりない。

 だけど、戦乱を呼ぶ神の剣は、そう甘くはなかった。


「ツバサッ、下がって!」


 アズサさんの声にハッとする。位置関係で言えば僕が淡雪さんに最も近く、その僕の後ろにアズサさんが居る。戦い以外に頭を使っている場合じゃなかった!


 真正面から鉄球が飛んでくる。

 咄嗟に足が動かなかった。そういう呼吸の間を狙われたんだと頭のどこかで感じる。激しい噴射で、かろうじて受け止めた剣の上から押し込んでくる。凄まじい力だけど、今の僕なら逸らすくらいは出来た。

「っ――っだぁ!」

 開けた視界の向こう、柄を構えた淡雪さんが向かってくる。

 迎え撃つような真似はしない。今、僕の右側へ逸れた鉄球と、淡雪さんの持つ柄は鎖で繋がってる。左へ抜けられるとそれだけで行動を大きく制限されだろう。排出されっぱなしの鎖は受け止めることさえ困難だ。


 僕はアズサさんがくれた最初の言葉に従って全力で後退した。

 地面にパイルバンカーから突き出した鉄杭の先端部を食い込ませたアズサさんの脇を抜け――それが巨大化して壁が出来る――彼女の真後ろ、十メートルほど離れた場所で壁の外枠を警戒する。


 間を置かず収縮させた。

 下がってくるアズサさんと入れ替わりで、見えなくなった場所から一歩も動いていなかった淡雪さんに向かい合う。距離を維持したまま制動、そこを狙ってくるという前提で身構え、判断を保留にしたまま静止する。

 真後ろにはアズサさんが居て、斜め下に構えたパイルバンカーは再び壁とするにも、向かってきた攻撃を迎え撃つにも対応出来る。


 淡雪さんの口元が笑みを濃くした。

 後ろからアズサさんの吐息が聞こえる。笑ったみたい。僕もそう。


 連携とは、二人で連続攻撃を繰り出すことじゃない。

 より強力な攻撃を、なんて考えもあまり上手くない。


 相手の行動を制限することだ。


 行動範囲でも、攻撃や防御の手段でも構わない。一瞬一瞬の判断が勝敗を分ける戦いで、行動を制限されるというのは大きなマイナスとなる。それは、行動や思考を指定することに繋がるからだ。

 他人の思考を読むのは難しい。自由な状態であれば尚更だ。

 だけど、指定してしまえばかなり絞り込める。


 例えば、じゃんけんをする、なんていう状況であれば行動は三択だ。その上で更に制限を加えれば、最終的に出すのが何かさえ読めてくる。

 ただ立っている人間が次に何をするか読むよりずっといい。


 当たれば一撃必殺足りうるアズサさんの攻撃は、あるというだけで十分な脅威だ。僕のすぐ後ろで構えていれば隙を晒すような大胆な攻撃は難しい。考えられるのは僕を盾とした攻撃か、突破しての無力化か。幾つか考えられるけど、それに対する対処を見せれば削っていける。

 いや、削ったという確信も持ってはいけない。特に淡雪さんが狙ってくるのは、こちらが予想もしていなかった方面からの攻撃じゃなく、当たり前に浮かんでくる選択肢で、こちらが無いと判断してしまった隙だ。不利な状況だからコレはしてこない、という緩みを狙われるというのは意外性以上に意表を突かれる。


 当たり前のことを当たり前にこなすのがきっと一番難しい。

 奇想天外な手管はそのインパクトに隠れて雑さが目立たないし、初見殺しとしての効果もあるから効果的な場合が多い。けどそれは淡雪さんのような本物にはなかなか通用しない。ドレスの能力で経験と知識を上乗せされているだけに、僕らは特殊な動きに思考が偏りがちだ。


 丁寧に状況を動かす。

 同じことの繰り返しでも構わない。

 たった一つのミスもせず、チェスのように戦う。


 ゆっくりと淡雪さんが歩いてきた。手にしたモーニングスターを緩やかに振り、意図を悟った僕が反対側へズレて構えを取る。焦って早く動けばついて行けなくなる。アズサさんの構えに振るう動きから円を描くように僕へ向けた。いや、僅かに手前で止まる。右足はアズサさんへ、左足は僕へ、そして腰を落としつつある淡雪さんはやや前傾に。

 この時点で、僕はアズサさんと分断されたことを察した。行動の制限はまだ意味を持っているけど、二段構えの構図を崩された。それを戻そうとする動きは決まってる。僕が戻るか、アズサさんが引いて僕の後ろへ回るか、それとも同時に重なるか。


 迂闊だった。

 唐突に始まったこの緩やかな攻防に思考がついていかなかった。

 グーか、チョキか、パーか。それとも二段構えを崩すか。なにより、こうして思考を指定されていること事態が問題だ。次の行動が読まれてしまう。


 ゆっくり? 違う、攻防の展開が早すぎる。

 切っ先が数センチ動くだけでも別の展開に変わってしまう。そういう駆け引きだ。


「アズサさん」

「駄目っ、ツバサ!」

 一度壁を作って状況をリセットしようとした。

 けど、その思考は完全に読まれてた。逃げの思考で咄嗟に切り込むことは出来ない。受けに回った僕へ突き入れるような打撃が放たれる。手元の準備が出来ていなかった。武器を弾かれないように固く握ると、受け止める動きに柔軟さが無くなった。指先に連動して手首、肘、肩と強張っていく。その中に隙間を見つけた。返す手で切り払おうとしたのを咄嗟に止める。攻撃を受け止めたまま息を吸い、慎重に吐いていく。安易な反撃へしがみつけば容易く打ち払われる。こうして待つことへの狙いさえ踏まえて緩い緊張へ戻していった。

 強くなった抑えこむ力にも、これで対応出来る。


 甘かった。

 最初は触れ合うような動きで武器が打ち合わされ、そう思った瞬間には攻撃が加速した。

 小刻みな打撃が絶え間なく叩き込まれる。殆どは打ち抜く打撃じゃないから防ぐこと事態は難しくないけど、ゆっくりとした動きに思考が慣れてしまっていた。攻撃に対する思考が希薄なまま、押されるまま下がっていく。

 鉄球で、柄で、手や脚もある。柄と繋がったままの鉄球から細かい噴射が漏れ、予想も付かなかった軌道を描いてくる。

 この攻防そのものは致命的なものじゃないけど、気持ちが押されていてはいけない。こういう流れは気がつけば負けている、なんてこともあるんだから。


 不意に淡雪さんの打撃が緩む。

 視線を追えば、大きく踏み込んでくるアズサさんが見えた。


「っだぁ!」

 派手な一撃が鉄球を打ち、快音が響いた。

 音は連続し、連打が連打を防ぎ、打ち付ける。間断ないアズサさんの猛攻に淡雪さんは下がるばかり。それを押していると考えてはいけないけど、勢いを取り戻すことは出来たと思う。


 パイルバンカーの先端が向けられた。アズサさんの判断は早い。少しだけ距離の開いた淡雪さんへ向けて、巨大化させる暇も惜しんで叩き込む。

 淡雪さんの背後に回った鉄球が、彼女を巻き込んでの強力な噴射を見せる。それはほんの少しだけ踏み込む動きを遅らせたけど、止めるには至らない。


「っ――ぶち抜けェェエエエ!」


 放たれた。

 雷撃に匹敵する速度と破壊力で鉄杭が淡雪さんを打撃した。


「っ――!」


 驚愕するアズサさん。

 僕は剣を握りこみ、動き出す。


 淡雪さんは柄尻でトールハンマーを受けた。勿論それだけで受けきれるほどの威力じゃない。彼女は攻撃をまっすぐに受け、鉄球の噴射でもって衝撃を殺した。いや、そもそもあの強烈な噴射によって淡雪さんの身はほぼ浮いていたんだ。それを本人がギリギリの所で耐えていた。

 アズサさんの一撃はロケットスタートをしようとしていた車をスタートと同時に押しただけ。

 あの早さと威力を全身で受け入れた淡雪さんの技量あってこそだけど、これで後十二分、アズサさんの必殺は封じられる。


 パイルバンカー後部に傘状展開された八本の鉄杭からは白い湯気が立っている。排莢された空の薬莢が地面を叩き、少し離れた塀を潜って湖へ落ちた。ジュ、という音がここまで聞こえてきた。


 驚きを置き去りに、僕は硬直する淡雪さんへ猛攻を加える。

 より早く、より強く、一打加えては回り込み、姿勢を崩すように打つ。それだけだと動きを読まれてしまうけど、今以上の機会はもうない。だから僕は徹底して打ち崩す攻撃を繰り返した。


 攻撃はシンプルに。

 小技を加えず素直な軌道で振り抜く。


 シンプルな攻撃は返す行動さえもシンプルにする。

 小手先の攻防が駄目なら、極限までやるべきことを単純化する。その上でヒット・アンド・アウェイ。一手ごとを切り離してしまえば、それは一つの状況だ。それに対する分析力、認識力は僕の得意とする所。

 以前淡雪さんに言われたことの、僕なりな答えだ。

 予想外の反撃を受けたとしても攻防を連続させなければ対応出来る。コマ送りの戦い方。本質的には考え方の違いだけど、僕の思考には馴染んだ。


 打ち抜いた一撃に淡雪さんの姿勢が崩れる。切り替えるのは一瞬だけ、倒れていく彼女の重心を射抜くように剣を突き入れる。


 淡雪さんは最後の抵抗で地面を蹴った。鉄球の噴射を使って姿勢を制御する。そしてそれは僕に対する反撃にもなっていて。


 アズサさんが迫っていた。浮いた足を狙って振り被る動きに、淡雪さんは対応している。だから、


「っ――」


「んっ」

「もらっ――」


 だから、


「――たぁああああ!」


 トールハンマーを振り被ることで前へ出るのは、敵を掴みとる手甲。

 それが、伸びた。


 掴んだ。アズサさんの左手から伸びた手甲は淡雪さんの小さな身体をがっしりと掴み、天高く掲げていく。それを途中で宙返りさせ、落下させる勢いそのままに、


「そー……っれ!」


 湖面へ叩き込んだ。


 う、うわぁ……凄い音した……。


 ちょっと慌てて水上庭園の柵へ飛び付いて、アズサさんの手甲が沈んでいった湖面を見る。既に手甲の伸びは止まっていた。


 トールハンマーという武器は、本来勝手に敵を叩き潰して手元に戻ってくる、必中の攻撃を前提としている。でもアズサさんの攻撃はとても必中とは言えなかった。淡雪さんの言っていた武装への不理解を厳密に考えていった結果、こういう使い方を思いついた。

 敵を自動追尾し捉える手甲、ヤールングレイプ。本来は猛烈な勢いで戻ってくるトールハンマーを掴みとる為の道具だけど、手元から伸びて目標を掴みとるというのは、必中という概念の抜け落ちてしまったトールハンマーを補正する。


「どーよー?」

「いえ……どうよといいますか…………」


 溺れてる。これは間違いなく溺れてる。わあっ大丈夫かな淡雪さん!? ぶくぶく浮かんできてた泡が……あ、止まった。


「え、ええと、もう引き上げてみない?」

「もうちょっとだけいけるいける。私五分くらい息止めてられるもん」

 それは人間としてどうなの!?

「いえ、それはあくまで準備していた状態であって、今みたいにばしーんとされた時点で吸ってた息のほとんどは吐き出してるものと……」


「…………………………お?」


 淡雪さぁあああああん!


 と思ってたら水面からいきなり鉄球が飛び出してきて本気でびっくりした。流石に狙いは付けられなかったんだろう、あさっての方向に飛んだ後、力なく墜落した。最後の最後まで諦めないとは、流石は淡雪さん。


「よし、引き上げるか」

「何事もなかったように言わないで下さい」

 

 引き上げた淡雪さんは呼吸が止まっていた。


「っ!? ――! ――――!?」

「しっかりしてツバサ! パニックになりすぎて人の言葉じゃなくなってるよ!?」


『こういう時はアレです。人工呼吸です』


 ぴたり。


 もじもじ。チラッ。

「よしツバサ、後は任せた」

 がしっ。

「ここで私がやったら絶対駄目でしょ!?」

 ぶんぶんぶんぶん!

「大丈夫。これはノーカン。黙っといてあげるから。違うか、義理立てしてるんだね、カナぽんに」


 …………。


『いいですか。意識が無いこと、心停止に陥っていることは既に確認されていますから、次にするべきは口内に異物が溜まっていないか、舌が気道を塞いでいないかを確認して下さい』


 気を失った女の子の唇に触れるというのは、やましい気持ちがなくてもちょっとドキドキした。異物、なし。舌も…………て、手触りが……。


『では次に心臓マッサージです。胸骨の一番下を探し、辿って中央のやや落ち窪んだ部分を探して下さい。ありましたね。そこから指を二本分上に掌を起き、両手を重ねます。腕が胸を垂直に押すよう身体を被せ、自重を落とすように、一、二、三、四、五……そう、そのタイミングで。一分に百回のペースでおよそ三十回』


 少し離れた所でアズサさんが職員さんと話してる。AEDがどうとか言ってるけど、何のことかは分からない。けど、彼女が他で動いてくれているなら、僕は僕のすることをすればいいんだと割り切れた。


『次に気道確保を。顎の先端部に右手の中指と人差し指を、額には左手の中指と人差し指を当てて首を逸らせます。両手を離し、鼻を摘み、口を塞ぐように口を重ね、息を吹き込んで下さい。視線は胸元へ。ちゃんと気道が確保出来て鼻が塞がっていれば胸骨が押し上げられるのが分かる筈です』


 僕は、意識の無い淡雪さんに唇と重ねた。


   ※  ※  ※


 激しい咳ごみと一緒に淡雪さんは意識を取り戻した。

 AED。簡易の電気ショック機まで使って。音声で使い方を教えてくれたから操作に戸惑うことは無かった。


 救急車が到着するにはまだ時間が掛かるらしい。

 意識が戻ったからか、人だかりは徐々に減っていく。因みに電気ショックを使うに当たって彼女の服を脱がせ、下着姿を晒しているから撮影は全力で阻止した。万が一ネットに上がればミュウの全能を用いて削除し、投稿者を全て湖へ沈める構えだ。そう伝えてあるから皆青い顔してケータイを仕舞って距離を取ってくれた。黒ネエサマとか言ってたけど意味は不明だ。映像カーテンも張り巡らせてあるから望遠鏡を使っても見れません。鉄壁です。


「…………はぁ」


 落ち着いた淡雪さんが真っ先に取った行動はため息だった。

「大丈夫?」

 目に理性が戻っていたから、ダーインスレイヴの呪いからは解放されている筈だ。僕は冷静さを取り戻す前に服を着せ、証拠を抹消した。まだ意識がはっきりしていないらしく、淡雪さんは気付かなかった。一年前よりちょっとだけ膨らんでた。その黒のスポーツブラは胸元の小さなリボンが可愛らしいね。


 正座する僕に、淡雪さんは頭を抑えたまま視線を送ってきた。

 それから近くに立つアズサさんを見、そのアズサさんが手を振りながら離れていき、周囲に何かを言って観客を散らした。遠くからサイレンが聞こえてくる。


「ツバサ」


 淡雪さんは濡れた髪を後ろへ撫で付け、白い肌を朱に染めながら言った。


「好きだ」


 心臓が熱くなった。

 僕は言葉を噛みしめるように目を瞑り、開ける。


「ごめん」


「そうか」


 ふっと笑う表情に驚く。

「幸せになれ、御影。私の初恋相手」


「…………うん」

「止めろ。お前が沈んだ顔をするな。私が何のために一年も費やしたと思ってるんだ」

 え?

「一年前からこの結果ははっきりしていた。私はな、お前を笑顔で祝福したかったんだ。一年前に振られていたら、こんな風に話せたかどうかも分からない。だから笑え。私はお前が得意げに笑っている表情がそこそこ好きだ」


 …………嘘つき。


「うん」

 僕は笑った。

 淡雪さんも満足そうに笑って、上体を起こす。片膝を立ててそこに顎を乗せると、遠くを見るような目をする。


「実はな、将来防衛大を目指そうと思ってるんだ」

「ぼう、えいだい?」

 それってたしか、自衛隊なんかの偉い人を出してる学校だよね。

「前々から関わることが多かったからな。少し感化された。繋がりもあるし、将来的にもこの街を守れるなら、それがいいなと思ってな。私の脳はどうも、荒事に向いている」


 将来、という言葉が強く浮かんだ。

 僕らの年代じゃ、特に普通の学生で考えてる人なんてほぼ居ない。少なくともそんな話を聞くのさえ初めてだ。

 将来……僕の将来は……全然浮かんでこない。


「凄い、ね」

「ふふん」

 素直に感想を伝えると、淡雪さんは得意気に笑った。


 二人して湖面を眺める。遮るものがないからか少し風が強い。太陽の光が暖かくて、湖面をキラキラと輝かせていた。なんとなく、僕も膝を抱いて隣に座る。


 そして唐突に淡雪さんのドレスが散って、制服姿になった。女子制服だからスカートだ。

 僕は最初、彼女が変身を解いたのだと思った。


「ん?」

 だけど淡雪さんの反応がおかしい。

「ミュウ」


『……淡雪カナ。アナタは現時点を以って、魔法少女システムの適正から外れました。以降、どのような手段を用いても魔法少女への変身は不可能です』


「え……」

「どういう事だ?」


『イムアラムールの魔法少女システム、適正条件は明確です。


 一つ、女であること。

 一つ、未熟な子どもであること。

 一つ、えーこほん……純潔であること。


 ですね』


「おっ、おまっ、おまえ! 意識のない私に何を!?」


 胸を抱いてスカートを抑える淡雪さん。

 いくらなんでもその反応はショックだよ!?


「違うよ! なんでそこに反応するの!? 心臓マッサージと人工呼吸しただけだよ!」


 ミュウが変な所で溜めるから誤解されちゃったよ!


「ああっ!」

「しん……、じん、こ……こきゅうか…………そうか……」


 わあ淡雪さんが唇に手を当てて赤くなってる!

 内緒にしてたのに!


「その……消去法で考えても、考えられるのは一つですよ」


 未熟な子どもであること。


 ミュウの言葉に焦りはないし、重大な問題じゃない。星の心を源とする力が、彼女の成長を認めたんだ。

 うん。これは、もっとすごいことだよ。


『まー、ツバサみたいな例外であれば話は別ですけどね』

「はいはい、どうせ僕は男ですよ」


「…………ん?」

「ん?」


 その時、僕がやや慌てて整えたからか、きちんとボタンが止まっていなかった淡雪さんの上着がはらりと滑り落ち、黒のスポーツブラが丸見えとなった。


「おと……ん?」

「ん?」


 一つの反応から、様々な予想が打ち立てられる。

 淡雪さんは僕の性別を知っていた筈だ。一年も前に同じ学校へ通っていた僕を魔法少女だったんだと気付いたんだから。けど……そう、ついさっきミュウが条件を並べたから改めて思いついたんだけど、魔法少女の条件というのには女であるというものがある。


 あれ?


 つまり、僕が魔法少女であると気付いた淡雪さんたちが、僕が女でありながら学校では男装をしていたんだと思われていた?


 やがて淡雪さんの中でも色んなモノが繋がったらしい。

 瞬く間に視線が泳ぎ始め、僕を見ては逸らしてを繰り返す。おずおずと胸元を隠し、顔を赤くして、身体を丸めた。


「えっと……男の人、だったんですか」

 け、けいごだ……!

「はい……そうです」


 あれ? ということは今まで女だと思われていた訳で、


「淡雪さん、僕が女だと思っていたのに好き――」

「言うな馬鹿! 言うな馬鹿! なんでお前おとっ、っつ!」

 距離があるとはいえ人が居ることを察して叫ぶのは思いとどまってくれた。


 湖側から冷たい空気が流れてきた。濡れ鼠になった淡雪さんの身体が小さく震えたのを見て、僕は咄嗟に彼女の服へ手を伸ばし、肩へ戻した。目を見開いてそれを見る淡雪さんは、手を離す時、ほんの少しだけ触れた僕の手に、


「キ――――キャァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ばちーん、と今日一番の打撃が僕の頬を打った。





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