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だから僕は男なんですってば!!  作者: あわき尊継
第四章

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38

 《影》が現れてからというもの、僕たちは放課後や休日に街を巡回するようになった。

 言い出しっぺは生真面目な淡雪さんで、街の状態を丁寧に知っていくには一番でしょうとミュウが賛成した。《影》の出現には足跡がない、というのが一つの問題で、おかげでいつどこから送られてくるのかが分からない。まだラビアンローズと敵対していた時代にされていたのと近い状態だ。


 巡回での効果は確かにあった。

 ツリーで報告を待って動き出すより、より現場に近いことが多くて、被害を最小限に食い止めることが出来てる。ミュウが行動目的や出現条件を絞っていくのに、僕らを囮とするのは効果的だ。

 まあ、遭遇率は一割程度で、そんなだから僕らは、基本的に巡回としてよりも遊ぶつもりであちこちを回ってる。有名になったことで前は出歩くだけで囲まれてたけど、巡回で頻繁に顔を見せるようになってからは自然なものとして受け入れられた。騒いでいるのはメディアの人と追っかけの人たち、あとは外からの観光者が殆どだ。


 そんな訳で、ある程度の方針を定めた僕たちは、幾つかの班に別れて街を巡回することにした。ツリーを離れ、随分と復興の進んだ旧市街地を歩く。一度更地となって計画的な都市開発が進む一方で、復興活動を取り仕切っていた人たちが集まって大きな市を開いたことによって、どこか田舎的な雰囲気を残す地域となった。


「ツバサ」


 あまりにも自然な呼び掛けだったから、僕はなんの違和感もなく振り向いた。緊張した様子の淡雪さんと向かい合う。


「なに?」

「シズクが戻ってきたな」


「うん」


「これでもう、遠慮する理由は無くなった」


 挑戦的に笑う淡雪さんに、僕はなんとも言えない、むず痒い楽しさを感じていた。

 シズクちゃんが街を離れるにあたって、彼女は一歩引いた所で僕と接するようになった。その意図はすぐに分かったから、当時既にツバサ呼びだった淡雪さんが、また御影と呼び始めていたことに何も言わなかった。


 正々堂々、奪い取る。


 そんな彼女らしさが心地良かった。

 恋人が居るのに、とっても不誠実だ。何より自分の心は揺るがないと思ってるし、淡雪さんもそれは承知している。

 この関係はきっと間違ってる。

 けど、決して不快じゃない。シズクちゃんでさえ愉しむような言動がある。おかしいのかもしれないけど、僕は二人に甘えていた。


「という訳でだ。今まではアズサに教わっていたが、改めてお前に頼む」

「うん」

「料理を教えてくれ」

「うん」


 元々はまるで料理の出来なかった淡雪さんが、アズサさんから習い始めたのは知ってる。アズサさんは得意という程じゃないけど、父親の不安定な仕事を支えるために母親がパートに出ていたりと、昔から簡単な料理をすることはあったらしい。

 基礎的な部分はもう出来てるとのことで、後は繊細な部分での隠し味や煮込み、焼きの加減を覚えればいい。


「差し当たっては明日の土曜日に」

「あ、ごめん。そこは先に約束が」


 がーん、となる淡雪さん。

 いや、だって僕ら一年ぶりに会えたし、最初の休日はやっぱり、ねえ?


「そうか……いや、言うまい。なら空いてる日はあるのか」

「今日ならお祖父様が遅くなるって言ってたし、大丈夫かな?」

「い、いきなり家か!? それはその……大胆だな」

「何を想像したのかは後でアズサさんに問い詰めるけど、お料理を作るだけです」


 一昔前まではまるで性的なことをしらなかった淡雪さんが、アズサさんから様々な知識を与えられたことは聞いてる。アズサさん、その情報を何故僕に流すんですか、という話は何度もやったからもう言わない。

 おかげで最近は僕以上に耳年増で知らない言葉が飛び出すこともある。

 二人とも、僕は一応男なんだから、もう少し慎みを持って下さい。


 …………違う、一応じゃない。正真正銘の男だ。


「そうか」

 ほっとしたような、残念なような淡雪さん。本当に意味が分かっているのかは彼女のみが知る。

「しかし、お前の家に行くのは初めてだな」

「そうだね。来たことがあるのはアズサさんとコースケくらいかな?」

「ほう。アイツもか」

 今年になって淡雪さんは僕と同じクラスになった。当然、僕と同じクラスのコースケとは友達だし、一年前に僕へ告白してくれた近江さんとその友達の橋田さんとはクラスで絡むことが多い。

 淡雪さん、近江さん、橋田さんは、もうすっかり親友らしい。

 たしか冬には三人でスキーへ行ったとか。全身筋肉痛になって帰ってきた淡雪さんがしばらく戦力として使い物にならなかったのを覚えてる。

「なんなら、皆も誘ってわいわいやる?」

「それもいいが……キサマ、私が最初に言った意味を理解してるのか?」


 う、ごめんなさい。

 また皆で騒ぐのもいいかなって思ったんだよぉ。一ヶ月前、改めて近江さんから告白されて、今度はしっかり考えてからお断りしたのは知ってるよね。それから流石にちょっとギクシャクしてるんだよぉ。


「まあ分かった。それはまた別の機会に用意してやる。アイツもお前と疎遠になりたい訳じゃないしな」

 ありがとう。そう言うと、淡雪さんは得意気に鼻を鳴らし、任せろと言った。

 流石はクラス委員長。頼りになるなぁ。


「あぁそうだ。ちゃんとチェス盤を用意しておけよ。このまま連勝記録を伸ばしてやる」

「あー、こないだコースケが持っていったから今日は無いかな」


 嘘だけど。

「ん、そうか。それなら仕方ないな」


 ふっふっふ。

 淡雪さんはあれ以来チェスが気に入ったのか、凄まじい勢いで成長した。正直言って僕じゃ相手にならないくらいだ。今だって八連敗中で、クラスでも彼女に勝てる人はコースケと近江さんくらいなもの。僕が勝とうと思ったら二人をセコンドに付けて意見を貰うしかない。

 という訳で一対一は嫌でーす。逃げまーす。

 バレないように隠さないと物凄く怒られそうだから気をつけよう。


「ん、おーいツバサー」


 市場を歩いていたら、不意に声を掛けられた。

「コースケ」

 僕のセコンドだ。

 彼はどういう訳か、市場の店番をしていた。木を削って作ったアクセサリーがシートの上に並んでる。値段は三千円からと少々高い。たぶん、観光客向けだろう。ツリーの存在から、この街では木製の小物がよく売れる。なんでもパワーアイテムになるらしいが実際の所は不明だ。

「ん、なんだお前か」

「二人でデートか」

「これは巡回だ。治安維持の為に行っている事を俗な言い回しに言い換えるな」

「コースケはなんでまた店番を? 知り合いのお店だっけ?」

 僕は市場じゃ食材しか買わないから、こういう店の人とは顔見知り程度だ。

「あぁ、知り合いの知り合いって所だな」

 言って目線で示された先を見ると、


「………………アオイさん?」


 僕が言うと、一年で髪の伸びた彼女は目を逸らしてそそくさとシートの向こうへ渡った。が、その途中でコースケに腕を掴まれ正座させられる。

「無視しない」

「っ」

「気不味いのは分かるけどよ。俺の親友なんだぞ?」

 そのまま視線をコースケと僕で往復させ、疲れたようなため息をついた。


「……久しぶり」


 以前よりずっと覇気のない、弱気さを見せるアオイさんの声。

「うん、久しぶり。元気にしてる?」

「最近は……そうだね」

「そっか」


 アオイさんは多分、僕の知る中で一番変わった。

 でもあの時聞いた彼女の叫びを思えば、仮面を外した姿にどうこう言う気は起きない。色んな悪意を見てきた彼女は、本当はこんなにも臆病な女の子だったんだ。

 これでも色んな衝突があった。一度はまた暴れそうになって僕らで抑えたこともある。

 けど、今はもうアオイさんの隣にコースケが居る。率先して寄り添うことはしてないけど、コースケが近寄ることにだけは怯えない。


 僕とコースケは視線を合わせ、二人して笑った。


「……な、なに?」

 不安がって言うアオイさんと、呆れたように肩を竦める淡雪さん。


「あ、そうだ。アオイさんにも聞きたかったんだけどさ」

 僕はケータイを取り出し、画面を見せた。覗きこむアオイさんとコースケ。


 実はツリーを出る前にミホさんから皆へメールがあった。

 その内容はやや抽象的で、やってこない理由を説明するものじゃなかったけど。


 多少の補足説明を受けたアオイさんは、また一層暗い顔を見せて考えこむ。


「………………ミホを、信じていいと思う」


「そっか」

「確定だな」

 ケータイを閉じて淡雪さんと笑い合う。

 ちょっと不安だったけど、大丈夫な気がしてきた。


「お前ら、また何かやらかす気か?」


「そーだね」

 きっと、世界にとってはどうでもいい、ありふれた個人の為に。


「しばらく騒がしくなると思うから、気をつけてって広めといて」


 迷惑そうなコースケに、僕らはごめんと謝った。

 宇宙人との邂逅はまだまだ遠そうだった。


   ※  ※  ※


 その日の夜、暗闇に溶けこむような甲冑の《影》がツリーの周囲へ浮かび上がった。

 数は膨大。今までの襲撃とは明らかに違う物量への動揺は少なかった。


 街へ被害を出したくはない。

 だからギリギリまで引き寄せた。これはリスクのある行為だったけど、やるだけの価値はある!


 黄金の剣を構え、真っ先に僕は斬り込んだ。

 こちらに気付いて構える《影》たち。接触まで後十メートル。魔法少女の力からすれば瞬きする間に詰め寄れる距離だ。そこで僕は大きく身を屈め、


 頭上を通過して《影》の集団へ飛び込んでいく鉄球を見送り、飛ぶ。


「シズクちゃん! ミュウ!」


 呼びかけに応じ、ツリーの周囲半径百メートルを囲むように樹の壁が生えてくる。翼で大気を打って姿勢を整えた僕はそこへ足を付け、逆落しに駆け下りる。


『反応を検知。星の心によるドレス、これは……』


 側面からの光条に壁を蹴り、軌道を変える。

 ツリーからはアズサさんが飛び出していた。巨大化させたトールハンマーを光の発射源へ向けて振り下ろす。


 激震が街を揺らした。


 ちょっとだけ心配があったけど、すぐさま無防備になったアズサさんへ光の矢が放たれたことで安心した。流石。そしてその攻撃は水樹さんがあっさり受け止める。


 降り立った二人の前に、《影》を引き連れた黄色の魔法少女が姿を現す。

 弓神ウルのドレスを持つ、僕らの仲間。


「ふっふっふ。いきなりトールハンマーだなんてちょっとだけ死ぬかと思ったわ」


 覆面を付けた謎のミホさんが悪役オーラを出しきれないまま笑っていた。文章がおかしいのは気にしなくてもいい。


「で、言い訳は!」

 アズサさんがちょっとめんどくさそうに言う。

「家庭の事情です」

「よしっ、スズカさんやっちゃって!」


「きゃー!」

 言われるままスレイプニールの嘶きを響かせて突撃したスズカさんをあっさり回避するミホさん。しっかりレーザーが反撃しててこっちの二人は大変そうだった。


 と、いつまでも観戦はしていられない。


『ツバサ。もう一人居ます』

「うんっ」


 実はさっき見つけた。

 やっぱりあの子は目立つ。


 上空から手で示すと、察してくれた淡雪さんが鉄球のなぎ払いで空間を作ってくれた。他が湧いてくる前に僕は降り立ち、その隣に淡雪さんも並び立つ。


「ふふっ、おひさしぶり~」


「桜井マリナ……」

 ミホさんの時とは違って、ちょっとだけ緊張する。

 僕にとっては最も内心が分からない相手。あの日、僕をお父様の所へ送り届けてから行方知れずとなっていた桃色の魔法少女は、周囲に《影》を侍らせて向かい立つ。


「マリナ……心配していたぞ。一年もどうしていたんだ」


 淡雪さんの呼び掛けに桜井マリナが目を向けた。

 その、欠片も興味を見せない目にぞっとする。とても元の仲間に向ける目じゃない。口元の笑みが暗闇の中で浮き上がって見える。


「おい。お前にも事情があるんだろ。大丈夫だ。私たちが片付けてやる」


「べっつにー」


「っ!?」

 彼女が、いや、彼がこちらへ向けた武器を見て、僕らは揃って息を飲んだ。


『危険です! 下がってください!』


 ミュウの言葉を受けるでもなく後退していた。


 アレは拙い!

 アレだけには絶対勝てない!

 だってアレは……、


『桜井マリナはダーインスレイヴを所持。既に鞘から抜き放たれています……!』


 黒剣から溢れだした泥のような影を纏い、桃色の魔法少女が突っ込んでくる。瞳は炎のように赤く輝き、真夜中に見る獣を思わせる。


 追いつかれる。

 そう判断した僕は反転して剣を構えた。


 その剣に僕は勝てないと思う。

 けど、それで他の誰かを傷付けられるのだけは我慢できない!

 それは僕の悪意だ! 誰かに使われていいものじゃない!


 黒剣を振り抜いてくる。

 打ち合わせようと斜めに構えた黄金の剣。その表面を撫でるように通りぬけ、気がつけば桜井マリナの姿が背後へ駆け抜けていった。


 崩れ落ちる。

 脇腹からは大量の出血。頭の中の血がひっくり返ったみたいに痺れてる。傷がどれほどの深さに達しているのか分からない。確かめようという思考さえ、


「ツバサァァアアッ!」


 背後に風を感じた。

 押し出された身体はまた地面を転がり、激痛を伴う。

「っ、ぁ……っく」

 傷口を抑えてなんとか顔を向けると、目の前でまた血が飛んだ。


「…………っふ。倒れないさ、お前の悪意じゃあな」


 肩口を斬られて尚、黒剣を受け止めて庇い立つ淡雪さんが、口元に笑みを浮かべて立っていた。真っ白なドレスに血が滲み、見ているだけで辛い。

 なんとか立ち上がろうとして失敗する。駄目だ……。


「逃げて……僕を庇いながらじゃ、いくら淡雪さんでも……」

「舐めるなよ。私の恋心は見栄っ張りだ。敢えて言おう。余裕だとな」


 黒剣を弾き、開いた距離を詰めて更に押しこむ。足の向き、踏み込む深さ、目線、手首の返し、様々なフェイントを交えながらの打撃はダーインスレイヴを持つ桜井マリナをほんの僅かに抑えこんでいた。


「違う……それは、それの本当の力は……っ」


 戦乱を呼びこむ魔剣が鼓動する。

 黒の汚濁が波紋を描いて広がっていく。


 白の魔法少女が崩れ落ちた。

 膝をつき、呆然と剣を見る表情を見て、最悪の結果に歯噛みする。なんとかしなくちゃいけないのに、立ち上がる力ももうない。

 淡雪さん……!


 僕に向けてモーニングスターを振り被る彼女に表情はない。

 ダーインスレイヴはそもそも、所持する者と戦う者とを狂乱へ堕とす魔剣。鞘から抜き放たれたあの剣と戦うのに最も警戒しなくちゃいけないのは、その魔力に囚われないことなんだ。


「…………どうして、僕の剣が……」


「砕けた剣を回収したの。半分は艦内らしいから、色々と補修してなんとか実用にしたけど、凄いね、この剣」

 事も無げに語る桜井マリナに呆然とする。

 ダーインスレイヴが狂乱に落とすのは所持者も同じだ。なのに、その中にあって理性を保ってる? 一体どうしてっ!?


 振り下ろされたモーニングスターが眼前で激しい火花を散らして止まる。

 緑色の光に焦燥感が増した。


「あはっ」


 悪意しか感じられない笑い声に悪寒が奔る。

 駄目だ、これは彼の誘いだ!


「来ないでっ……シズクちゃん……!」


 黒の魔剣が鼓動した。

「……っ、ぁ……あ……っ!」

「シズクちゃん!」

 悪意に包まれて苦悶の声を上げるシズクちゃんに手を伸ばす。けどその手は彼女の能力によって弾かれた。


「二人目げっとぉ」


 戦乙女のドレスを持つ魔法少女が翼を広げた。

 純白の翼が夜の薄闇を強く照らし出す。神々しい輝きの中にあって、彼の姿は死神じみている。狂気の中で理性を保ち、戦う全ての敵を自分の支配下に置く相手。そんなの、どうやって戦えば。


「それじゃあさよならね、おにいちゃんっ」


 呆然と立つ二人を左右へ並べて黒剣を振り被る。

 動けない。アズサさんも水樹さんもこちらへ来るには時間がかかる。シズクちゃんの自失によってツリー周辺の囲みも消えて、このままだと街中に《影》が溢れだす。


 詰みだ。


「いや、終わりにはまだ早い……」


 飛来した打撃が桜井マリナを叩きとばす。

 這うように地面を進み、落下してくると同時に打撃。空中でようやく静止した桜井マリナは、不快そうに眉を寄せてそれを見る。


 丸太のような両手をフリルたっぷりな袖に包まれ、すね毛の生えそろった脚を清楚なスカートで包み込み、ヘッドドレスを装着した翡翠色の髪は癖が強いのか荒れ放題。精悍な顔つきからは歴戦の勇者みたいな貫禄があって、だけど顎元で結ばれるヘッドドレスのリボンは可愛らしくチョウチョ結び。

 去年、一昨年とレスリング界へ激震を巻き起こした僕のクラスメイトが世界蛇の威容を纏って戦場に聳え立っていた。


 正直に言えば、助けてもらった感動が一気に萎える姿の藤崎ケンが、何も言うなという表情で僕を見る。


「雑魚は任せて。久しぶりだけど、この程度の相手なら死者の軍勢で抑え込める」

「たっすけに来たッスよー、お姉様っ!」


 灰色の魔法少女、灰原さんと、浅葱色の魔法少女、壬生マコトちゃんが遅れてやってきた。

 その姿を見るのはアオイさんとの一件以来だ。


 灰原さんの周囲から湧きだした死者たちが次々と《影》へ襲いかかり、街へ広がっていこうとするのを囲い込み、押し留める。


「めんどくさいなぁ、もう」


 黒剣を掲げる。

 再びの鼓動。


「魔剣の力不足を死者の魂を狩るヴァルキュリアの力で補正しているのか」

 と、地球製のドレスを纏う藤崎くんが冷静な呟きを漏らす。

「悪いが、俺は英霊になれるような人間ではない」

 飛び上がり、打撃した。


『…………ダーインスレイヴの力は星の心に対する干渉です。不完全なドレスだけに、効果も不完全なようです』


 沈んだミュウの声に僕も歯噛みした。


「傷口を縛るんで、痛かったら言って下さいッス……」

 グレイプニールの魔紐が僕の傷口を締め付け、ようやく出血が止まった。流石に血を流しすぎたのか、いつもどおりに思考出来ない。


「……めんどう」


 桜井マリナはそう呟くと、大きく翼を広げた。

 そこからこぼれ落ちる純白の羽は地面に落ちると真っ黒に染まり、霧を伴って《影》を生んだ。いや、今そこに現れただけじゃ、作り出しているのが彼女だとは断定できない。


「今日はここまで。じゃあね」


 そのまま翼で淡雪さんとシズクちゃんを包み込むと、光となって消え失せた。

 離れた所で同じ光が弾け、ミホさんも下がったのが分かる。


 残されたのは、以前に僕を襲った大型の《影》。


 そして、この三人を連れてきてくれたであろう、僕の父。

 父はじっと、消えた桜井マリナを見据えていた。





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