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包みを抱えてツリーの根本へ駆け込んでいく。
見上げるほどの大樹は今日も相変わらずで、大きな根っこの周りでは小さな子どもたちが遊んでいた。公園側には仮設住宅なんかもあってちょっとごみごみしてるけど、こちら側は日照時間という問題から人気がほとんどない。
僕は一度包みを抱え直し、片手で木の表面をノックする。
程なくして現れた通路へ入って行くと、背後の穴が閉じる。
ツリーの中には乳白色の照明があり、それが壁から伸びる枝に、木の実のようにぶら下がっている。やわらかな明かりで、直接見ても眩しさを感じないのに、とても明るく感じる。壁面もただくり抜いただけのものではなく、太い枝が幾つも連なっていて、なんだかとっても童話な気分。
これは、シズクちゃん不在の間に宿り木さんと仲良くなったらしいミュウの好みだ。
少し歩くと一気に視界が開けた。
ツリーの中央部、その大空洞だ。
陽の位置によって移動する、枝が短冊がけになった採光窓からの光で、大空洞内はとても明るい。曇っていたりするとさっきの照明が生えてくるし、夜はミュウに頼んで窓を大きく開けてもらうととてもいい景色が見える。
一年前に街の半分以上が瓦礫の山となって、その傷跡は今も残っているけど、光が減ったことでとても良く星が見える。
街灯を減らせば犯罪率が上昇するという話もあるけど、なにか工夫できないかという意見はあちこちから聞こえる。いずれやってくる宇宙人を見逃さないように。
シズクちゃんたちがここを離れるまではここまでの大改造がされてなかったし、余裕があれば二人で見に来たいなって思う。
大空洞の中央に立って周囲を見回すと、一番会いたかった人を見つけた。
「おかえり」
「うんっ。他の皆は?」
「ミホがさっきまで居たけど、今日は実家にも顔出さなくちゃいけないらしくって、また少し出てる。スズカさんはトイレ中。カナぽんはまた基地で捕まってるみたい」
「で、ミュウは……そこか」
「はい~、ここですよー」
シズクちゃんの膝上に座るミュウはこの上なく嬉しそうに甘えてた。背中向けだったからすぐには気付けなかったんだ。
「揺れない」
「はぁい」
ここで奥から水樹さんが登場。
そのドリルを見るのも一年ぶりだ。因みにシズクちゃんとは声だけでなら何度も話してた。大好きな恋人と一年以上音信不通なんて無理だもん。こればっかりはミュウに駄々をこねてやってもらった。
「オーッホッホッホ! 久しぶりね御影ツバサ! いろいろ言いたいことはあるけどとりあえず元気でなによりよ!」
それをきっと僕がやってくると当時に言いたかったんだろうに、用を足しててタイミングを外してしまうのは流石ドリルさん。言うと凹みそうだから黙ってるけど。
「お久しぶりです、水樹さん。相変わらずみたいでなによりです」
「えぇ。それにしてもその大荷物、なにかしら?」
「これですか」
僕はシズクちゃんの近くにある机に包みを置くと、結びを解いて広げた。
「あ、お昼ごはんだぁ」
とアズサさんが真っ先に食い付き、水樹さんは感嘆を漏らす。
ちょっと不安になってシズクちゃんを伺うと、僕の広げたお弁当より僕を見ていてドキリとする。
「その……折角皆で集まるから、おべんと、作ってきたの」
ついつい言い訳みたいに言うと、シズクちゃんは淡い笑みを浮かべてくれた。
よかった……。張り切りすぎたかと思ったんだけど、大丈夫みたい。
「それにしても重箱なんて、流石に張り切りすぎむきゃうふぁふふぁぁー!」
余計なことを言うミュウの右頬をシズクちゃんが無言で引っ張り、左頬を僕が引っ張っていた。ひどい扱いだけど当のミュウは嬉しそうだ。
両頬が赤くなったミュウを膝から下ろし、三人で早くも食べる気満々なアズサさんと水樹さんの所へ向かう。足元から生えてきた椅子に腰掛ける。当然僕はシズクちゃんの隣だ。べたべたしたがるミュウもそうするかと思ったけど、彼女は対面の二人に挟まれてフォークをぐーで握った。
「居ない人は仕方ありません。この世は弱肉強食なのです」
「というかこの空腹時にツバサの作ったお弁当を前にして我慢なんて出来ないっ」
腹ペコ二人が暴走を始める前に、まずは両手を合わせ、
「「「「「いただきます」」」」」
がつがつ食べるアズサさんとミュウ。けどアズサさんは手付きのあやしいミュウをちゃんとフォローしていたりして、こうして見てるとお姉さんみたいだ。お金持ちらしい水樹さんの口に合うかどうかわからなかったけど、おいしいおいしいと言って食べてくれる。よかった。
味見でそれなりに食べていた僕は皆の給仕に回る。一緒に持ってきた大きな水筒からお茶を注ぎ、配っていく。
一生懸命作った料理を目の前でガツガツ食べてもらえるのは嬉しいよね。
大樹が出来たからかは分からないけど、この土地はよく作物が育つようになった。住宅の建築はまだ幾つかの問題があるけど、街外れには小規模な畑が幾つも出来ていて、それが朝の市場に並ぶ。沢山育つし輸送費用も掛からないから安売りされていてとても助かる。それだけ買う側の競争率も高いんだけど。
因みに今回使ってる野菜の半分は自家栽培だ。
最近は漬け物なんかにも手を出してて、お祖父様にも好評だった。一度、お父様にも送って、秘書の方から好評だったと聞かされた。忙しくて一年前繁華街で別れたきりだけど、元気でやっているらしい。
その内、ちゃんと会って話せればと思う。
息子じゃない僕と会ってお父様が嬉しいかは分からないけど、前に話したときより、ずっと踏み込んでいける気がする。
ちくりとする想いに知れず笑顔が浮かぶ。
一年前のあの日からきっと、僕の中で何かが変わった。相変わらず昏い所はあるし、疑心だって浮かんでくる。とても聖人のようにはなれないけど、なんだか、そういった自分に対しての感じ方が変わった気がするんだ。
隣を見れば、遠い日に僕へ黄金を教えてくれた彼女が居る。
幸福だ。
シズクちゃんは僕の作ったお弁当を淡々と食べている。風にそよぐ草木のような静けさは彼女のベースだけど、反応が薄いともやもやする。
その里芋の煮っ転がしは上手く出来たと思うんだけど、おいしいかな?
鯖の味噌煮は作ってしまえば簡単だけど、生姜の効かせ方で後味が変わるんだ。ご飯には竹炭を入れて炊いてあるから、お米が立ってつやつやしてるでしょ。ほうれん草のお浸しには良いお醤油を使ってます。無農薬の自家栽培なんですよ。
うーん。
あまりに反応がないから不安になってきた。
もしかして美味しくないから我慢して食べてるとか?
肉、魚、野菜とどんな好みでも対応出来るように色々作ってきたんだけど、やっぱり出来たてと比べたら味は落ちるしなぁ……。
よし、これなら!
僕はレンコンの照り焼きをお箸で掴んだ。
これの主役は鶏肉だけど、さっきから野菜に箸が伸びてるからレンコンにした。これは市場で顔見知りになった斎藤さんが選んでくれた朝採りで、火を通した後もシャキシャキしてておいしかった!
「シズクちゃん……」
消え入るような声で呼び掛けると、お茶で喉を潤したシズクちゃんがこちらを見た。
「あ、あーん……」
恥ずかしくて赤くなる。これで拒否されたらしばらく落ち込みそうだ。差し出した箸先が揺れてるのがまた動揺してるみたいでますます恥ずかしい。
こちらを見て、差し出したレンコンを見るシズクちゃん。
じっと考えるような間が辛かった。
駄目だっ、やっぱりやるんじゃなかった……!
そう思って下げようとした箸へ顔を寄せ、かぷり、と差し出したレンコンを食べてくれた。
「ぁ……」
胸の奥がじわりと熱くなる。食べてくれたっ、嬉しい……! どう、かな? おいしい……?
「うん」
じっと見てたら伝わったのか、シズクちゃんが淡い笑みを浮かべて頷いた。
「おいしい」
「良かったぁ」
じゃあ次は――!
「あーーん、だってさ、スズカさん」
「えぇ、あーーん、でしてよ、アズサ」
「乙女ですねーツバサ」
「はいスズカさん、あーん」
「あーん。あーおいしいですわアズサ」
「あ、私にもあーんして下さい」
しまった。また周りが見えなくなってた……!
駄目だ駄目だ。一年ぶりに会ったからか、やっぱりどこか興奮してるんだ。自制しないと。それに皆の前であんまりこういうことをするのも冷静になってみれば恥ずかしい……。
あーんを僕が止めた後も、目の前で三人が延々とあーんを続けていた。
ごめんなさい、許してくださいっ。
「うおっ、な、なんだ。なにをやってるんだお前たち」
しばらくして現れた淡雪さんが軽く引いていた。
そっか、こういうのって引かれるんだな。
二人っきりの時だけにしよう。僕は心底誓った。
※ ※ ※
ミホさんが来ない。
ケータイで連絡を取ってみたけど電波が届かないらしくてメールで呼び掛けだけはしておいた。まあ、久しぶりに実家へ帰ったんだし、ゆっくりしてもらっていいよね。
お店で買えば数十万はするだろう見事なウッドテーブルを囲んで、僕たちは食後のお茶を愉しみつつ情報の取りまとめをすることにした。因みに、ミュウがいろいろやって電気が通ってるから雰囲気を壊さないはじっこに電化製品があったりする。なんと葉っぱで太陽光発電しているらしい。マジカルすごい。光合成!
「まず言っておくべきか」
淡雪さんが腕を組み、難しそうな顔をする。ある程度の情報は僕がシズクちゃん経由で伝えてあるけど、それも毎日出来るものじゃなかったし、ほとんど概要ばかりだった。
「桜井マリナの行方は未だに分かっていない」
「そう……死んだ訳ではないのよね?」
一年前の戦いでは多くの死者も出た。歯型なんかで個人が特定できたりもするけど、確認が難しい場合もあって、少なくともリストには名前が無かった。
「マコトちゃん……一年前に敵対した魔法少女の子だけど、その子に聞いた限りだと仕留めてはいないそうです。ミュウと一緒に慰霊碑へも行って彼女が保有していた星の心が無いのも確認しました。だから、調べた限りではまだ生きている筈です」
「そう……」
沈み込んだ水樹さん。でも、この話は最初にするべきだと思った。
「いいわ。この件はこれからも続けさせて貰えたら。先へ進みましょう」
「はい」
それから僕が街の現状について説明していった。
先だって特別行政特区となったこの街では、国として制定した宇宙人法とは別にいろんな特例が適応されたこと。僕たちの立場は当初、教育委員会の青少年対策委員会下部、学生たちの自治組織という扱いになっていたんだけど、これが途中で変わった。元々は未成年の少年少女を自衛隊や警察へ組み込むのはいろいろと問題があるし、僕たちを国が所有する力としてしまうには国際的な問題にもなるからだったんだけど、どうにもそこへ強い追求があったらしい。まあ僕らの活動を莫大な資金を食いつぶす宇宙開発と同列に考えた人が居たとかで、生憎税金なんて一円も使ってないのに物凄く叩かれた時期がある。
紆余曲折あって現在はNGO、非政府組織として活動している。NGOの原則として三カ国以上の個人か団体が参加したり資金提供していなくちゃいけなくって、そこがまた複雑な力関係を生んでもいるんだけど、小難しい部分はお父様たちへ丸投げしてるから気にしない方針だ。
現状、僕らの自由意志は尊重されている。
また、復興支援の名目で出来た自衛隊の駐留地には外からの批難があっても、内からは好意的に受け止められてる。なんたって瓦礫の撤去から救助活動まで、彼らの力がとてつもなく大きかったからだ。
とまあ、こういう堅い説明に無関心なシズクちゃんはすぐミュウと遊び始め、経験として知っているアズサさん淡雪さんは雑談を始めちゃって、聞いてくれたのは水樹さんだけなんだけどね!
「それじゃあ《影》について! みんな再集合! 新しい情報もあるからちゃんと聞くっ!」
手をパンパンと叩いて呼び戻す。
ふぅ……。
「えっと、最初から纏めると、《影》が現れたのは半年ほど前、九月くらいだったかな? いつも複数で現れて、形状はほぼ固定。全身が真っ黒で甲冑を着てて、武装は剣と盾。だけど僕ら魔法少女の力ほどじゃないから倒すのは難しくないです。
最初はなんとか無力化して捕まえようとしてたんだけど、捕獲して十分もすれば消えちゃってた。それからミュウの解析で、アレは生物ではなく機械みたいなものだって判明してます。当然心もない、無機物のようなもの」
「正しくは有機物でも無機物でもないですねー。星の心のようであって星の心でもなく、物質ではないもの」
ミュウの説明に皆揃って首を撚る。
よく分からない。というのが《影》に対する唯一の理解と言っていいのかもしれない。目的は僕らのようで街にも向いていて、行動の目的だってはっきりしない。
警察でも対策本部が立てられ、国連経由ではICPOが、後は何故かCIAさんなんかが僕らへの聞き取りも含めて調査してる。
「対外的にはテロ組織によるテロだって言われてます」
実はこれが本当はもっと掛かるはずだった特別行政特区制定を早めた理由らしい。なにせテロが頻発する国となっては為替も株も大荒れするし、色んな所から口出しされる。そんな訳で、確かにウチの一部だけど、あそこは別だから別ー、という印象を強める為に頑張ったらしい。
まあいいですけどね。
「一年前の戦いも、そのテロ組織が単独で行ったものとされてますし、僕たちは全員でそれを食い止めていたと解釈されました。そういう訳で、事実上アオイさんたちの罪状も消えてます」
元は政府側の組織だったのが、勝手に暴走してあんなことをしたとは流石に公表出来なかったんだろう。まあ一年前にちょっかい掛けた各国とも口裏合わせて、誰も知らなかったような国際的テロ組織のトップ(特殊メイクした俳優さん)の犯行声明が公開された時には、流石に僕らも唖然とした。
テロ組織の名前はテレビに流れる名前が二転三転して、もう追い掛けるのも馬鹿らしくなって覚えてない。
でも世間的には今この街で暴れる《影》も、そのテロ組織が放った兵器とされている。
余談だけど、そんな《影》と戦う僕らの姿は、ミュウの能力低下と共に例のマジカル迷彩が使えなくなったのもあって、ネットのみならず地上波でも大公開されている。NGOの活動を機密だからーと情報をもみ消すことも出来ず、朝番組の『今日の魔法少女』は大人気コーナーとなっているらしい。
どうでも……よくないけど、僕を撮影する人たちがやたらと地面に伏せてるのは勘弁してほしい。男のパンツがそんなに見たいんですか。
「ともあれです。実際に戦ってみれば分かりますけど、そんな強くないんですよね、《影》」
あくまで僕らにとっては、だけど。
「で、油断してたら新手に捕まっちゃったんですねー」
「うっ……」
ミュウの一言が刺さる!
「……ごめんなさい」
「ともあれです。今回出てきた新手が何を意味するのか、よく考える必要があるかもしれません。アレを送り込んでくる組織内で、製造技術が向上したか、散発的だった襲撃行為そのものが変質しようとしているのか。これまでのようにパパっと撃退出来るとは考えないほうがいいでしょう。ツバサのように下着を晒したくなければ」
「え゛っ」
最近手に入れたケータイを掲げるミュウ。
その画面には例のサイトが移っており、僕が例の大きい《影》へ掴まれているシーンが公開されていた。相手は当然綺麗に僕を掴んだりせず、突然現れて荒々しく掴んできた。だからドレスの大きなスカートが大きくめくれあがっていて……。
「黒」
「あら、白じゃないのね」
「あぁほんとだ黒だ」
「お、お前たち止めろっ。仲間の傷口に塩を塗るようなことは」
「言ってるカナぽんが一番興味津々だよね」
「そそそんなことないぞっ」
僕は努めて冷静にサイトを表示し、画像を確認した。
遠距離から撮ったものを拡大している上、後ろからではっきり確認できるものじゃない。よし、これなら男だとバレたりはしないな。守るべき最後の一線は超えてない。このサイトそろそろ潰してやろうか。
よし、隅っこに行って落ち込もう。
大空洞の端まで移動して膝を抱えた僕の近くに皆が寄ってくる。困った顔で僕を見る皆へ、ぽつりと漏らした。
「………………だって、皆が白白言うから……」
嫌だもん。白ぱんつ姫だなんて呼ばれた時、実際に白を履いていたりすると本気で落ち込む。だからって男物を穿いてて今回みたいなことがあると大変だし、かといって女物の下着をこだわるのも嫌だったからドレスに合わせて黒にした。それだけだもん。
「よしよし」
アズサさんが頭を撫でてくれる。いつもならそれで回復しただろうけど、今回はシズクちゃんに見られたのがショックだ。僕は男なんです。好きな人にはカッコイイ所を見せたいんです。
「じゃあ今度は見られても平気な見せパン買いにいこっか」
「なにか違う気がします……」
「私が選んであげる」
「シズクちゃん……!」
あの、二人は僕の性別知ってるよね!?
最近忘れてるんじゃないかと物凄く不安になる。
「うーん、そこまで落ち込むとは。ごめんなさい。せめて、下着だけでもモザイク入れられないか再調整してみましょうか?」
それはそれでアウトです、と皆でミュウを止めた。




