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だから僕は男なんですってば!!  作者: あわき尊継
第三章

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断章 -02

   断章 かつて青年だった男の場合


 繁華街から少し離れた旧市街には、かつてこの街の中心として栄えていた名残を残す大通りがある。古い町並みが壊れるのを嫌って駅を繁華街の向こうに置いたことで、結果的に寂れてしまった場所だ。

 だが、そういう場所は特定の、特に年寄りなんかには高い価値を持つ。

 旧市街にぽつりと佇む大きな料亭は、開業六百年を超える老舗店で、そういう背景もあってか都心から離れた場所にありながらよく政治的な密談の場として使われる。


「おぉ、終わったみたいだね」


 好々爺然とした着物の老人が、襖を開けて空を眺めた。

 対し、こちらは未だに高揚を引きずったまま、傷の痛みを抑えこむように酒を煽る。


「君の息子さんだったか。心の黄金……はは、いい子だ。放り出しておくくらいなら、こっちで貰ってしまいたいなぁ」

「親子の縁を切った覚えはありません」

「名を返上して、対外的に無関係となったんだろう?」

「書類上でどれほど整えようと、血の繋がりは切れるものでないと」

「頑固だね君も」


 表向きにはまず名前も上がらないこの老人は、政治や経済の深部に入った者なら誰もが怖れるほどの影響力を持つ。御門の現当主であろうと無視出来るものではないし、当初は会うことさえ難しかった。数年ぶりに父と会い、頭を下げてようやく許された話の席は、つい先程一通りの内容を終えた。

 後は老人がなんと答えるかだ。


 途中、息子の声がこちらにも聞こえた。女中らにも謎の声に対する反応があり、おそらくかなり広範囲に渡って伝えられているものだと思われる。


 酒を煽る。

 不思議と、あの声を聞いてから酒が進むようになった。

 よくわからない。だが、悪くない。


 理屈を並べ、姑息な取引きで話を成立させようとしていた自分が馬鹿らしくなって、まるで父へねだるように言ってしまった。繰り返した構想への説明はより熱が入っていたように思う。


 飲み干したこちらに、老人がとっくりを持って注いだ。

 彼の器にこちらも返す。


「いいんじゃないか、特別行政特区。宇宙人との交流を目指して準備する街か。はは、中々にロマンチックで面白い」

「ありがとうございます」

「うん。これからもっと感謝して貰うよ。国連の幾つかの部署に働き掛けて、各国とも協力関係を持って行こう。なに、連中はどこも金がない。宙ぶらりんになっている国債をまとめて買ってやれば、竹馬の友のように肩を抱いてくるさ」


 最も苦慮していたのはそこだ。

 どれだけ国内でこの法案を成立させようと、地球規模での事業となるこの動きから弾き出すのは現実的じゃない。いずれ手を取り合って、『彼ら』を迎えなければならないのだから。


「しかし、宇宙人か。オレたちの時代にもちょっとしたブームがあったけど、本当に会える日が来るなんてねぇ。困ったなぁ、もう特にやることもないと思ってたのに、頑張って長生きしなくちゃならないじゃないか」

「よろしくお願いします」

「お願いされちゃったね。まあいいさ。君はもっと大変だ。今からでも、息子さんに会ってくればいいじゃないか。動き出したらそんな暇も無くなるよ」

「いえ」


 君も頑固だねぇ、と老人は笑った。


 器を打ち合わせ、酒を煽る。

 今まで、これほど美味いと思えた酒はなかった。今日は本当に不思議な日だ。


「にしても、宇宙人に対してはタカ派だった君が、一体いつ方向転換したんだい?」

「方針は変わっていません。ただ、闘争を前提にする必要が無かったことに気付いただけです」


 『彼ら』とは根本的に価値観が違う。

 それを分かっているのは向こうも同じで、こちらが起こしたアクションに対して真似をする形で応じてくる。ならば、闘争などという方法を取らずとも、他に手段は幾らでもある。


「神話だと、この戦いの終わりは、古い時代の終わりを示しているんだったね。神様たちが死に絶え、炎が世界を浄化した後、人の時代が始まる。うん。ちょうど、そろそろこの国の今を築いた人間たちが死んでいく頃だ。綺麗さっぱり浄化はされなかったが、引き継いでいくべき時が来たのかねぇ」


 器を起き、立ち上がった。


「もう行くかね」

「はい。人を待たせてありますので」

「そうか。じゃあ後ほど君の、あの強面の秘書二人にでも詳細を送っておこう。あの子たち、ちょっと怖いよね。絶対秘書よりボディガードが向いてるよ」

「二人は過去の負傷で銃を撃てません。それに、秘書としても有能ですよ」


 信頼する部下への評価を置いて、その場を後にした。


 炎が消し止められたことによって、あちこちから瓦礫を掘り返す音が聞こえる。街の半分以上が瓦礫の山となり、死者や負傷者も相当数、避難民は万を下らない。これから厳しい時代がやってくる。


 重厚な門構えを抜けると、石畳の歩道に出る。

 広い歩道を超えた先に、あの老人が回してくれた車と、もう一つ、軍用らしい車が停まっていた。そのボンネットに腰掛けた、全身黒尽くめの男を見る。


「よう」


 容赦なく左腕を撃ち抜いた。


「っ……のやろォォ、いきなり撃つかよ!」

「俺の息子に傷を付けたな」

「俺じゃねえって! 自分でやったんだよ! 悪魔みてえに笑ってやがったぞ!」

「そうか、最後の言葉はそれで構わないな」

「おいっ! 悪かった! だから銃は退けてくれ!」


 距離を空けると、ようやく落ち着いたように男が緊張を解く。

 隣で老人側の用意した運転手らしい男が、慇懃に礼をして背を向けた。こういうことには慣れているらしい。


「で、今更何用だ、藤崎ソウタ」

「くそ……やっぱ気付いてたな。潜り込むのに苦労したんだぜ」

「まだ研究を続けているのか」

「当然だ。アレは俺が最初に見出したんだ。他の連中に任せて劣化品を量産してるなんて見逃せねえ」


 声を聞いたのは同じだろうに、結局彼は変わらずか。

 いや、変わるくらいならここまでになっていない。いっそ消しておけば後々の障害も少なくていいが。


「それとだ」


 急に放られたモノに、最初は手榴弾かと警戒した。

 が、それはただの携帯電話だった。


 受け取った携帯の画面を見る。


「宇宙人からのメッセージだ。まだネットでガキたちが騒いでるだけだが、じきにテレビや新聞にも載るだろうな。なんせ、あの馬鹿でかい樹が消えずに残ってるんだ」


 言われるまま、画面に書かれた文字を読み進めていった。


   ※  ※  ※


 『ハローヒューマン』


『はじめまして、地球人。

 私は、異なる星系からやってきた宇宙人です。

 本来は存在する次元が異なる為に、出会う筈の無かった私たちは今、この地球上に存在しています。どういった者であるかは、既に幾つかの組織が掴んでいるようですので、その方たちに説明を任せます。


 私は以前から、人の持つ人らしさというものを探求してきました。

 同じ生命を持ちながら、悲しさに涙するのは人間だけです。だというのに、美しい感情を持った者さえ正反対の性質を帯びることがある。

 確定的でない思考。


 なぜ?


 多くの文献を当たり、様々な人の交流を見てきても、中々に答えは出せませんでした。

 そんな中、非常に興味深い性質を持った人と出会いました。


 本人は否定しますが、ここは敢えて彼女と呼びましょう。

 彼女は、私が見てきた誰よりも裏表があり、秘密があり、己の昏さを知っていた。その上で求めていました。人の尊さや清廉さ、明るさ、美しさを。なにより、私の知る誰よりも世界を美しく、醜いものだと感じていました。


 矛盾します。

 とてもとても矛盾です。


 それが一つの解答をくれた。


 何故、単一の物事に対してこれほどの差異が生じるのか。


 クオリア、感覚質と呼ばれる言葉をご存知でしょうか。

 よくSF作品で、人工知能が感情を持つ為に必要とされるものです。一般的な説明には、火に触れた時の熱い『感じ』、陶器なんかに触れた時のつるつるとした『感じ』。この、なんとも曖昧で、人間にしか分からないものを指してクオリアと呼びます。


 機械はこういった感覚を持ちません。

 何故か? それは、人間とは異なり100%の知覚によって全てを判断しているからです。機械の認識はソレ故単純で、曖昧なものを挟み込む余地を持ちません。どれだけパターンを記憶させ、人間そっくりに応答が可能となっても、観測できたものが全てとなる機械がクオリアを獲得することはないでしょう。


 人の知覚というのはもっと複雑です。

 目隠しをした人間に焼きごてを当てると言い、氷の棒を触れさせると火傷するように、そもそも正確な認識などしていない。では何故それが起きるのか?


 何も見えない人間に焼きごてを当てると言えば、人は過去の経験から火や熱した鉄の熱さを想像します。肌に感じる違和感は、焼きごてから放たれた熱であると誤認し、触れた瞬間、イメージの中にあった焼かれる痛みを想起するのです。

 実際にはちょっと冷たい思いをするだけの筈が、そこまでの誤認と触れた皮膚への防衛反応を引き起こす。

 仮に、目隠しをせず氷の棒を当てれば、火傷をした人も視覚から情報を取得し、数多くの経験からこれは火傷をするようなことじゃないと判断した筈。


 クオリアとは、様々な事柄に関して、その人間が想像する何かの『感じ』。

 より明確に言えば、低い認識力の中で生き抜く為に身に付けた、経験則による反応のイメージ予想、世界を補完する為の感覚がクオリアであると私は考えました。


 人は己を愚かと言います。

 不完全で、曖昧で、永遠の空転を続ける種族と言った人もいます。


 ですが、不完全だからこそアナタたちは心を得た。

 クオリアを獲得し、これほどまでに色鮮やかな生を見せてくれる。この宇宙に誕生した一つの奇跡を、私は祝福します。


 この書き込みは、機能不全を起こしている私の余剰機能を使って行っています。

 醜い世界を見せ付けられた二人の子どもが、一人は空を夢見て、一人は地を眺めた。彼女たちの戦いがどうなるのか想像すると、私の中に芽生えかけていた何かが苦しそうに叫びます。


 今回、私はアナタたちをよく知りもせずに接触し、今のような闘争を生んでしまいました。

 ひどく間違えてしまったのだと思います。

 ですがこの経験を集積し、いずれ同じ目線で話せると思えた時、改めてここへ来ます。


 お別れです。

 ごめんなさい。


 これほど大規模化した争いを納めるには、一度距離を取るべきだと判断しました。


 十年、二十年、百年……もしかすると五百年、千年先になるかもしれません。

 ですが、必ず来ます。私達が出会った、この宇宙で最初の友達の居る場所へ。


 かつて彼女が一人の私たちと出会い、その心に輝きを宿したように。

 経験によって人のクオリアが変質するのであれば、私はこの出会いこそを愛し、知らせたいと思いました。


 私たちはイム・アラムール、愛の讃歌を歌うモノ。


 かつて戦いの最中に愛を歌った人が居ました。彼女のように、私たちも歌いましょう。


 私たちは、アナタたちの全てを愛します。

 全ての善性を、全ての悪性を、一片の曇り無く肯定しましょう。


 願わくば、良き再会を祈って』


   ※  ※  ※


 ケータイを閉じ、藤崎ソウタへ放る。

 受け取った彼は不満顔で、自分でまたケータイを開いて掲示板の書き込みを黙読していく。


「全く、ふざけんなよな。こっちがやる気出してるってのにコレだぜ?」


 書き込みの後には、宇宙人であることの証明として、地球上にある未だ理論上にしか存在を確認されていない元素の観測手段、あるいは今後百年は解かれないと言われていた数式の回答に、周知となっていた数式に一節を加え、新たな謎を提示してもいた。

 研究過程で打ち捨てられた新薬の材料、放射性物質の除去技術の提供、過去に消えた論文の再検証を行い、停滞していた学問の革新的進歩の可能性が示されていた。


 最初はお遊びか冗談の類と笑われていたが、付け加えられた情報の正確さがネット経由の協力によって証明されていくに従って、多くの人間がその存在を信じつつあった。

 加えて、元々が魔法少女の撮影画像を掲載していたサイトというのもあって、あの巨大な樹や引っかかった明らかに人類のものではない宇宙船の画像が掲示され、更に加熱を続けていた。街の混乱がニュースで告げられていたのも大きい。


「俺たちは最初からから回っていたんだ。『彼ら』が俺たちに対して持っていたのは好奇心。お互いを知らない為に起きた幾つかの事件が、こちらの目を曇らせていたんだろう」

「俺は最初にそれを主張したさ」

「そんなお前がこうなると、誰が予想しただろうな」

「元々頭の出来がおかしかったんでな。耐え難い屈辱にネジが数本飛んでいった」


 大きな音に目をやれば、あの宇宙船が大樹から離れて浮上していた。


「ホントに行っちまうのか……」

 かつて宇宙人との交流を夢見ていた男が寂しそうに言う。

「お前はまず、自分の子どもに会ってこい」

「はっ! お前にそんなこと言われるとはな!」

「俺はもう話した」

「どうせ言葉足らずで伝わってないさ」

「どうかな」


 二人で空を見上げ、じっと離れていく宇宙船を眺めた。

 突如として現れた戦闘機に眉を寄せたが、飛び去っていく宇宙船へ向けて五機編隊で空へ文字を描いていく。派手に装飾された戦闘機のアクロバティックな飛行は、この夜空でも追いかけていけた。こんな状態なのに街中から歓声が上がる。


 描かれた文字は英語で『Welcome!』(君たちを歓迎する!)。


 ついさっきまでミサイルまで打ち込んでいた癖に、この手のひら返しは流石のものだ。


「情報を流したのはお前か」

「色んなことのついでにな」

 なるほどな。

「いずれまた敵対することにはなるだろうが、まずは行くべき所がある」

「ん、なんだよ」


「病院だ」





ええと、実はですね。

話はまだ続きます。

次は三章のラスト、それから最終章に移ります。まだ回収出来ていない伏線も、この前後にバラ撒いた伏線もそちらで回収していく予定です。

最終章はようやく本当の魔法少女モノらしくなる、筈です。



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