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だから僕は男なんですってば!!  作者: あわき尊継
第三章

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34

 炎に燃える夜の街に、ギャラルホルンの角笛が鳴り響いた。

 ラグナロクの到来を告げる音色は、世界へ染み渡るように広がっていく。僕にはその時、この音を聞いたありとあらゆる命が息を止め、拳を握ったように感じられた。


「景気付けだ」


 ぼろぼろになった淡雪さんが再び角笛に口をつけ、吹き鳴らす。

 元々限界を越えて動いていた彼女は、力無く腕を下ろすと、身体を支えきれず座り込んだ。白の光が霧散して制服姿に戻る。


「すまんが……少しキツい」

「ありがとうございます。首飾り、助かりました」

「礼はいらない。勝ってこい」

「はいっ」


 僕は大きく黒翼を広げた。

 不思議な感じがする。折れた剣に不安がない。身体中から漲ってくるこの猛りはなんなんだろう。吐く息が火のように熱い。

 目標を定め、空へ。


「っ――!」


 一瞬で巨人の頭上に到着した。

 なによりもそのことに僕自身が動揺した。


「ミュウ!」

『現在確認中。それと、注意を』


 炎の魔剣を持つ巨人がこちらに気付いた。モノアイが妖しく輝き、僕へ定められる。構えた剣から炎が広がった。


『回避を。右斜め前方、公園の池へ向けて』


 気付けば足元に水場があった。勢いを殺しきれず、派手に水と砂利をまき散らして滑っていく。堪え切れず、僕は直上へ飛んだ。

 燃え上がる町並みを背景に、僕は唾を飲む。


『これは……』


 言い淀むミュウなんて初めて見た気がする。


『ツバサ、アナタは一体……いえ、ですが、これは勝機です』

「どういう意味……?」


 広がっていく炎に焦りが出た。

 スルトはまだ僕を倒していない。なのにコレは……もう世界を滅ぼすつもりなんだ!


 かつて淡雪さんが僕に見せたものとは規模が違い過ぎる。

 黒々とした血のような炎は、この神々の黄昏に幕を引こうと爆発的に広がっていく。あんなの、もうどうしようもない!


『全魔法少女へ。ツバサを守り、時間を稼いで下さい』

「ミュウ!」


『スルトは既に終末の炎を解き放ち始めました。コレに対向する手段として、ミホ、貴女の力の使用を提案します』


 それは……。


 余程余裕がないのか、ミュウは僕に答える様子がない。勝機、と彼女は言った。僕に? こんな剣も折れて、誰よりも決定力を持たない僕が……?


 そう離れていない場所に、こんな時でも華々しく咲き誇る赤い背中を見た。

 彼女は何の迷いもなくその場に現れ、僕へ向けて右腕を掲げた。


「待って、ミホさんっ! それは!」


 巨人とアズサさんを包み込む黄色の光が膨らんでいく。

 四方に突き立てられたイチイの囲みがそれを阻み、外界から遮断された。


 決闘の神が定めた戦場は何人にも犯せない。

 僕らが遠征する時に考えていたミホさんの奥の手で、彼女のドレスが持つ弓神ウルの能力。一説には最高神であるオーディンさえも上回る地位を持つとされるウルは、様々な決闘の見届け人としての顔がある。

 時に天空神とまで言われるその力は、世界を滅ぼす炎ですら止めてみせた。

 だけど……。


 起きた事実を呑み込めない。

 あまりにも状況が転々として、まるで納得できなかった。アズサさんはなんで何も分からない状況で無茶な提案を受け入れたんだ。こんな、たった一人であの巨人と戦うなんて。

 落ちるように降り立った公園の一角にミホさんが居た。

 ひどく辛そうな、歯を噛み締めた表情で。


「……もし、スルトが炎を振りまき始めれば、自分が行くって……アズサが」

 それは、この戦いへ挑む前に彼女たちの間で交わされた言葉なんだろう。

「ミホさん。でも」

「わかってますっ。それでも今は時間が必要なんでしょう……ミュウ! 時間は!」


『三十分で再構成を完了させます!』


 せめてあの炎さえなければ、皆で協力して戦えた。

 けどあの速度で広がっていくなら、倒す頃にはこの街どころか本当に世界が焼き尽くされたかもしれない。スルトの放った炎は瞬く間に世界を焼いた。だからこそあの早さなのか。


 だけど、これはリスクが大きすぎる。

 一度決闘の場を構築すると、勝敗が決するまで絶対に外部からの干渉が出来なくなる。アズサさんはたった一人であの巨人を相手にしなくちゃならないんだ。


 十五分、彼女は戦い抜いた。

 砕け散った光の中で巨人の影だけが佇んでいる。アズサさんが生きているのかどうかも分からない。それより先に、再び巨人が光に包まれる。追うように飛び込んでいったのは、青の魔法少女。


 隣でミホさんが頭を抑えて喘いだ。

 何をしようとしているのかは分かった。

 けどそれはとても危険で。


 六分後、再び光の中から現れたのは巨人だった。


「残り九分。上等です」


 再展開された光の中へ、今度は見届け人である筈のミホさんが飛び込んでいった。

 強引な解釈は心を歪ませるのに。どこまでも真っ直ぐ、迷い無く。


「ミュウ! はやくっ、はやくしないとっ!」


 答えはない。

 以前あったのと同じ、答える余裕もないほど全力でミュウも戦ってる。


 何も出来ないまま九分が過ぎた。

「くそうっ!」

 使えない魔剣を地面へ叩き付け、必死にその場へ自分を押し留めた。


 時間は過ぎた。

 それでも動きがないのは、予想以上に困難だったからだ。だからといってミュウを責めたりは出来ない。皆が僕を守って敗れたのなら、なんとしてでもミュウがやり終えるまで生きなくちゃいけない。

 例えこの公園のあらゆる緑が焼き尽くされ、視界の全てが炎で埋まったとしても。


 やがて光は砕け散った。

 見届け人の消失に合わせてイチイの囲みも消え失せる。


 まだミュウからの言葉はない。

 終末の炎が広がっていく。止める手段はもうない。


 逃げなくちゃ。

 皆の頑張りを無駄にしないよう、僕はなんとしても逃げてこの状況を挽回しなくちゃいけない。未来を切り開くと言ったんだ。だから!


「っ……!」


 動けない。

 まだ皆がどうなったのかわからないんだ。

 制御し切れていないけど、僕の翼で回収していけるかもしれない。まだ、まだ、


「全く……そう情けない顔をするな」


 ぶっきらぼうな声が隣に立った。

 アオイさんとの戦いで既にボロボロだった彼女は、こんな時でも愉しそうに笑って見せる。


「何分か持たせる。不甲斐なかったスズカの分もな」


 手にしているのはギャラルホルンの角笛。

 かつて彼女が戦う手段を得るべく己の心をねじ曲げて獲得した、終末の炎を生み出すソレを、今高らかに吹き鳴らした。


「予想通り、拮抗は出来んが抑えられるな。まあ行ってくる。お前はとっとと逃げる覚悟を決めろ」

「待って! だって、それだと淡雪さんは!」

 抑えるので精一杯な力を使った状態でまともに戦える筈がない。力の全てを角笛に回している筈だ。そんなのただ死ににいくだけじゃないかっ!


「心の黄金か。気に入ったぞ、その考え」

「え……」

「お前の言葉を聞いたのはあの場に居た人間だけじゃない。あの性悪女、ギリギリまで接触せずにお前の声を街中に届けていたからな」

「なっ、それって……?」

「惚れ直したと思ったらその顔だ。止めろ、行きたくなくなるじゃないか」


 不意打ちだった。

 最初、僕へと伸びた手はこちらの頬を張るような動きを見せていた。だから僕は思わず目を瞑り、次の瞬間、首元を引かれて彼女と唇を合わせていた。驚くこちらに、淡雪さんはしてやったりの表情。


「惚れた奴の前だ、格好付けさせろ」


 ギャラルホルンの角笛を吹き鳴らし、白の魔法少女は終末の炎へ歩いて行く。二つの膨大な炎は鬩ぎ合い、だけど徐々にこちらへ押し寄せる。

 炎の奥で巨人が剣を振り上げるのが見えた。

 淡雪さんもそれを見ている。見ていて、もう彼女には何も出来ない。アオイさんの例を考えれば、限界を超えた力の行使に意識を保てているのかさえ分からない。

 振り下ろされる。


『完了。ユーミルの卵を起動――』


 それはかつて、世界を構築する糧となった巨人の名前。

 創造神オーディンによって万物へと化した巨人の卵が、今新たに一つの命を産み落とす。


『――豊穣神フレイのドレス、孵ります』

「いきます!」


 炎の吹き上がる戦場へ。

 停滞を切り裂いて飛び込んだ僕の手には、黄金の剣。

 纏った風が終末の炎を吹き飛ばし、瞬く間に打ち消していく。上空から振り下ろされた巨人の炎剣を、受け止めた。


「ぁ……御影? それは…………」


 白銀と黄金が織り成すドレスが風に靡き、ふわりと広がる。黄金の右翼、白銀の左翼が力強く炎を吹き飛ばした。そうだ。それはまだ放たれていいものじゃない。本来ならばあらゆる神々が力尽き、アスガルドの門前でフレイが倒れたその時に初めて姿を現すモノ。

 かつて神話でフレイは、鹿の角を武器にスルトと戦った。本来彼が持っていた剣をたった一人の愛情を手にするべく手放したことで、ラグナロクの結末が決定したとも言われている。


 そうだ。

 思い出した。

 僕はずっと昔、事故に巻き込まれた母を助けようとして無意識にこの力を使った。けど、未完成で方向性の定められていなかった力はまさしく異形の姿を取ったんだ。そんな僕を見た母が化け物と呼ぶのも当然だった。

 そしてあの水族館で、僕はアオイさんを伴った母と会った。急に呼び出され、大慌てであそこへ駆け付けた。母は、自分の愛情が欲しければ力を手放せと告げて、僕はそれを受け入れた。でもそんなのはただの取引きだ。それは違うと、今なら分かる。

 これから先、僕と母が和解することは無いのかもしれない。

 けど決めたんだ。僕は母を愛し、父を愛する。例え二人に疎まれようと、この気持ちだけは揺るがない。


 黄金の剣が光を放つ。

 銘はなく、ただ勝利の剣とだけ伝えられるコレは、正しき者が使えばひとりでに勝利を齎すと言われている。


 扱えるか?

 不安はある。どれだけ憧れを持っていたとしても、僕の全てが黄金となった訳じゃない。ただ誰よりもその価値を愛していこうと思っただけだ。


「そっか、なら」


 黄金の示す先へ導かれていけばいい。


「っ――ッツァアア!」


 巨剣を弾き飛ばした。巨人がたたらを踏んで後退する。

 あれほどの勢いで広がっていた炎はもうない。それを許さない者がここに居る限り、世界を終らせたりなんてしない。


 初撃は大きく、貫くようなイメージで。


 黄金の剣を振り抜くと、莫大な光の奔流が巨人の左肩を打ち貫いた。そこには、十五分という戦いでアズサさんが付けた傷跡がある。僕にとって、誰よりも前を向いて進んでいける人の軌跡。


 再度振り下ろされた剣を受け止める。

 そこには、削り取られたような傷跡が幾つも出来ていた。


 軽く横へ弾き、側面から回転を加えた突きを放つ。

 剣は容易く砕け散った。僕がそうするよりずっと前から幾度も削り、抉られていたんだ。それがこの一撃で限界を迎えただけ。

 あの状況で、最も危険な炎の魔剣に彼女は向かっていった。ただ時間を稼ぐだけじゃない。先を作り出す為の攻撃を重ねていたんだ。一見すれば無駄にしか思えない攻撃は、確実にレーヴァテインへダメージを与えていた。

 かつてゴミ捨て場だった部室棟裏を花の咲き誇る憩いの場へ変えた、誰よりも進む一歩の重みを知る人の軌跡。


 翔け抜けた上空で、再び巨人と視線を合わせる。

 そこはもうボロボロだった。巨体の各所に仕掛けられていただろう外部を認識する為のカメラは、もうそのモノアイしか残っていない。だからこちらの発見が遅れ、最後の数秒を分ける時間を作った。

 計算高く、徹底してブレの無い攻撃だ。


 打ち払って頭部を切り裂いた。


 ミホさんは、おそらくこの魔法少女の戦いを生み出した張本人だ。ずっと昔、僕がシズクちゃんと出会ったのは、本来ミホさんがお披露目される筈の場だった。どんな経緯があったのか、どんな苦しみがあったのか僕には分からない。けど、どうにもならない世界へ一番最初に叫びを上げた彼女を、僕は絶対に否定しない。


 残った右腕が迫る。

 反応が遅れ、黄金の剣で受け止めるもそのまま大樹へ叩き付けられた。


「――――――――っはは!」


 衝撃はほとんど感じなかった。

 細かく折り重なった木の枝が、僕の叩き付けられた衝撃を全て受け止めてくれたからだ。


 尚も僕を掴もうとする巨人の腕に幾本ものリボンが絡みついていく。それは、浅葱色の魔法少女の、マコトちゃんのグレイプニールだ。片側から固定された右腕を上空から落下してきた翡翠色の魔法少女、藤崎くんが叩き落とす。


「聞かせてもらった」


 彼が言ったのはそれだけだった。


 あぁ…………ありがとう!


 姿勢を立て直そうとするスルトに、正面からぶつかっていく巨大な船が見えた。死者の軍勢を運ぶと言われる船、ナグルファルだ。灰色の魔法少女、灰原さんの操る船は巨人を打ち付け砕けていく。


 立て直されるより早く、僕は金と銀の翼をはためかせて飛び上がった。


 上空から見下ろす町並みは凄惨としていた。

 翼が大気を一打ちする度に炎は消えていくけど、相当な範囲が瓦礫の山となった。これを復興しようと思えばどれだけの時間が掛かるのか。


 今日亡くなった人々の苦しみが胸を裂いた。

 これはきっとフレイヤの力だ。オーディンとエインヘリヤルを分け合う彼女は、時に戦乙女ヴァルキュリアの筆頭としても上げられる。人の心が上げた叫びは張り裂けそうなほど悲痛で、知れず涙が流れていた。


 これからどうしていいのかさえ僕には分からなかった。

 どれだけ子どもと開き直って夢を語っても、現実を変えていくのは大人たちだ。僕らもいずれそうなり、夢を語る僕らのような子どもの前で変えていかなくちゃならない。その時になってやり方が分からないなんて言わないように、今からだって考えていこう。


 最後に、どんな苦境でも果敢に飛び込んでいった彼女のようにまっすぐと。


 黄金の剣を振り抜く。

 光輝の斬撃を受けたスルトは胴体から崩れ落ち、活動を停止させた。


   ※  ※  ※


 ふっ、とドレスが消える。

 戦いの終わりを感じて、もう変身を維持しているのも難しかった。

 二つ折り重なっていた星の心はあまりに負担が大きい。ミュウの援護があってようやく戦えていたけどもう限界だ。

 空中で支えを失った僕は空へ手を伸ばし、


「死ぬ気……?」

 大樹の中から現れたシズクちゃんが、空へと伸ばした僕の手を取る。

「シズクちゃんが助けてくれるって思ったから」


 包み込むように宿り木が広がり、僕らはゆっくりと地上へ降りていった。


「他のも全員助けといた」

 ついでのように言うけど、僕にとってはこの上ないビッグニュースだ。彼女が言うには、既に地上の安全な場所へ送っているらしい。

 死んだと思わせておいて、とんでもないダークホースだ。


「でさ、どういうマジカル科学なの?」

「マジカルは関係ない」

 大きく成長した宿り木は、シズクちゃんが手をのばすと甘える子犬のように枝を絡みつかせた。少しだけ満足そうな飼い主さま。これは、

「……和解、したんだ」

「そう」


 本気で驚いた。

 バルドルが唯一の弱点としていた、契約を交わしていない宿り木との和解だなんて……。そっか、だから一度木に飲み込まれたのに。


「ホントに……凄いよ、シズクちゃん」

「そう」

「ねえ」

「うん」


「好き」


 僕が言うと、シズクちゃんが本気で肩を飛び上がらせて目を丸くした。氷の女王と呼ばれた彼女の白い肌が赤みを帯びて、耳まで真っ赤に染まっていく。何度も目をぱちくりと瞬きさせ、右を向いたり左を向いたり。

 その仕草がとても可愛くて、僕は彼女の手を取るとその甲に口付けた。


「シズクちゃん、大好きだよ」


「………………そう」

「うんっ」


 何度だって言える。

 このまま彼女が返事をくれるまで続けていたかったけど、その前に変化があった。


 見上げた大樹の上。枝の絡んでいた巨大な艦が浮上を始めている。

 鳴ったケータイを取り出し、耳に当てた。

 コースケだ。


『よう。見たぞ聞いたぞ、親友』

「約束は守ったよ、親友」

『アレ、行っちまうのか?』

「うん……まだお互いに交流できる準備が整ってないからって」

『そっか。それならいいんだがよ。お前さ、俺が言った掲示板見たのかなって』


「あぁ……忘れてた」


 素直に言ったら怒られた。

 大変だったんだからしょうがないじゃないか、って言い返すと、喧嘩するみたいな言い合いになった。険悪な雰囲気になりかけた所で、結局お互い我慢できず笑い出す。

 隣でシズクちゃんが不思議そうな顔をして見てる。

 ごめん。こればっかりは男同士じゃないと分からないよね。


『いいからさ。見てみろよ。行っちまう前に』

「うん。わかった。それと、アオイさんは?」

『任せな。今度の俺の彼女ですって紹介するから』

「はは。健闘を期待するよ」


 その時はシズクちゃんをコースケに紹介したいな、なんて思って見てみると、ジト目で僕を見据え、目を逸らした。


「私よりその男がいいの」

「違うよ!? わあごめんなさいシズクちゃん! 告白の途中で電話取るなんてどうかしてたよ! コースケは僕の親友だから、なんだろーってつい取っちゃって!」

「そう」


 わぁ……今までで一番冷たい「そう」だ。

 駄目だ。自業自得なのに泣きたくなってきた。


「シズクちゃん」

 返事はない。

 けど、勇気を振り絞って聞いてみた。

「キスしていい?」


 ぼんっ、て音が二つ聞こえた。僕と彼女のだ。

 お互いが真っ赤になったまま潤目で視線を彷徨わせた。いいとは言われなかったけど、僕はゆっくり顔を寄せていく。至近に来た所で目が合う。また爆撃でもあったんじゃないかと思うほど大きな鼓動が聞こえた。


「…………んっ」

「~~~~っ」


 触れ合うだけのキス。

 それだけでもうどうにかなりそうだった。


『え~ごほんっ』

「っ!?」

「わぁあああっ!?」


 け、ケータイ切り忘れてた!


『まーごちそうさまでした。こっちが一足先にと思ってたのに、お熱いシーン聞かせやがって』

「ご、ごめん……」

 それでもキスが終わるまで発言しなかった辺り、ちゃんとこっちの空気を読んでくれたんだ。恥ずかしいのとありがたいのと、どうすればいいんだか。


『なんかしつこく言うのがアホらしく思えてきたわ』

「掲示板だよね! 大丈夫っ、覚えてる!」

『あー、まー……好きにしたらいいんじゃね?』

「見るよ。絶対見るよ!」

 よぉし早速ページを開こうかな、って通話を終えようとしていた僕のケータイが唐突に弾き落とされた。

「えっ?」

 そのままシズクちゃんはケータイを足蹴にして、開いた宿り木の隙間から蹴り落とした。

「ぇぇぇええええええええええええ!?」


 と、驚いたの束の間、シズクちゃんが僕の胸に飛び込んできた。

 なんだ。なにが起きてるんだ。こんなアグレッシブなシズクちゃん初めて見た!


 ぎゅぅぅぅううう、としがみつかれ、顔を埋めてくる。小柄な彼女がそうしていると、本当に甘えているようで、普段の楚々とした彼女からは想像できない、全く予想外の可愛らしさだった。

 嬉しくて、愛しくて、シズクちゃんの髪を梳いて僕からも抱き締める。


 五分位そうしていた。

 言葉も無く、へたり込んでいた僕の足の間に収まった彼女は、僕の胸板に背を預けて自分のケータイを取り出した。


「はい」

 操作はやれということらしい。

「みえない」

 と言われたのでケータイはシズクちゃんの眼前に回す。片手で操作するのに慣れていない僕は、自然と後ろから抱くような形になる。


 数分ほどぐだぐだとサイトを探しまわった後、コースケの言っていた書き込みを見つけた。


 タイトルは『ハローヒューマン!』





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