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だから僕は男なんですってば!!  作者: あわき尊継
第三章

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31

 耳が痛くなるほどの静寂が室内を満たしていた。

 電源が落ちた後、あちこちで非常灯が点いて光はあったけど、見慣れつつあった空間が異質な色に染まっているというのはどこか不気味だった。


 父は掘りごたつの座席をひっくり返すと、幾つかの銃や弾倉を身に付けた。


 戦い、というものを僕は経験してきたけど、この武器は今まで見たどんなものよりも現実的な死を感じさせた。手を伸ばそうとして、指先が震える。剣を握ることは出来たのに、どうしてもそれを手に取れなかった。

 その間にも父は埋込み式のテレビに手を掛けると、幾つかの操作の後に隠し通路を呼び出した。


 唐突に、四方の壁が崩れ落ちた。爆発が起きたみたいに大きな音が耳を叩く。

 砂埃の向こうから幾つかの缶が投げ込まれ、それが生み出す煙をなにがなんだか分からず見た。


 すぐ父に口を塞がれ暗がりへ引き込まれた。

 冗談みたいに幾つもの銃声が重なり、スーツ姿の父も応射していた。丸みのある、マシンガン? 閉じていく隙間から最後、黒尽くめの男たちが見えた。双眼鏡みたいなものを頭に取り付けていて、暗闇の中で先端部の光が線を引いていた。

 人の形をしているのに、身に付けた何もかもが人間性を失わせているようで、彼らの姿にぞっとした。


 閉じたこちら側に非常灯はなく、壁を伝って立っていると、不意に父が灯りをつけた。

 ライト機能があったらしい腕時計に照らされて、そのまま僕らは歩いて行った。


 頭の中がまだ混乱してる。

 妙な興奮で思考がパンクしそうだった。

 不規則な呼吸が止まらなくて、整えようとするほど酸欠の症状が強くなる。


 何処か大きな場所に出た時、それは止め様もないくらい激しいものとなった。


「っ……! っは! あ、っ……は!」


 立っていることも出来ずに崩れ落ちる。

 おかしい。なんで僕はこんなにも動揺してるんだ。

 触れた鉄製の手すりと変わらないほど冷たい指先が、ガチガチと震えて痛いほどの力が掛かっていた。


 先を行こうとしていた父が戻ってくる。

 光を向けられた僕に父の顔は分からない。


「っ――!」


 光の奥から伸ばされた手を、僕は思わず弾いていた。

 身体の奥底から何かが凍りついていく。

 今まで見ていた何もかもが壊れてしまったように思えて、それが間違いだと分かっているのに、衝動が抑え切れず暴れ回る。


「僕は……何者なんですか」


 絞り出した声に灯りが揺れた。


「なんで、僕みたいなのを作ったんですか。愛するつもりも無かったのなら、どうして僕を息子だなんて呼んだんですか。お母様は、それを知っていたから僕を……最初から愛情なんて何もなかったのなら……!」


 綺麗なものを探そうと、大切な人と約束した。

 翼が欲しいと本気で願った。


 でも、今目の前にある暗闇はあまりにも大きくて、もうなにも見えなくなりそうだった。


 違うんだ。

 もう皆が戦ってる。

 御門ツカサではなく、御影ツバサを信用してくれた人たちが居る。

 それで十分だ。十分な、筈だ。

 なのに渇いた喉がひきつけを起こしたみたいに震えていた。


 ぴゅん、と小さな音が弾けて、ライトを翳していた身体が崩れる。


「お父様!」


 思わず口にしていた。

 倒れた身体に触れた時、どろりとした血が足元に滴っていたのに気付いた。


 今受けた傷なら、ここまで広がる筈がない。

 通路に入る前からこの人は傷を受けていた……?


 どうして!

 こんな、息子でもない僕なんかを庇って!


 僕は意識の無い父の……手首から腕時計を外し、ライトをつけたまま後ろへ放り投げた。

 相手が足元に転がってきたそれを踏みつけ、視界に映ったのは二秒とない。


 十分だった。


 相手は暗闇を見通す目を持ってる。

 けど、狙ったのは父だけで、光を受けた僕は撃たなかった。

 この身体は希少品だ。傷を付けることそのものを禁じられているのかもしれない。


 その目に映ることを期待して、僕は笑った。

 父の手から銃を取り、自分の頭に向ける。

 心が静かに凍りついていくのを感じた。


「今すぐ失せろ」


 動きがなかった。

 それだけで僕は確信した。


 ただの脅しだと思っただろう。

 狙いを左腕にずらし、引き金を引いた。

 頭の中が焼き切れるほどの熱が腕を引き裂いた。けど、必死に立った姿勢を維持してまた頭に向ける。


「失せろ。検体を死なせたくなければ」


 返答はない。

 ならとまた引き金に指を掛け、別れを告げるように倒れた父を見る。指先に力を掛け、


「そう。それなら」

「待て」


 男の声だ。

 僕は嗤った。小さな物音が聞こえる。


「投降するならこれ以上危害は加えない」

「僕は失せろと言った」

「それは出来ない」

「そうかな。後ろの人はそう思ってないみたいですよ」


「何が言いたい」

「一緒に行動するなら装備くらい揃えた方がいいですよ。違う所属なんだとアピールしているようなものですから」


 指先で彼らの後ろを示す。


「さっき、後ろの方が貴方を狙ってましたよ」

「口が回るようだが、我々はプロだ。求められたことを求められた通りこなす。こんな状況で裏切りなどすると思うか」

「口数が増えましたね。動揺しているんですか? 仲間を疑った? いや、最初から信頼なんてなかったんですよね。狙っていたは言い過ぎでしたけど、後ろの方は、あわよくば貴方の失敗を願ってる。違いますか? なにせ、主導権を握りながら混成部隊にするしかなかった時点で、力関係は微妙な所なんでしょうし、失敗すれば次主導するのは後ろの方です」


 沈黙から読み取れるだけの情報を頭の中で纏める。

 落ち着く余裕も与えない。


 父が懐に収めていた拳銃を取り、しっかりと握って壁へ向けて一発撃つ。

 跳弾と大きな反動に少し驚いた。

 それを床に置いて滑らせる。止められる音は無かったから、拳銃は先頭の人を通り越していっただろう。


「二つなのか三つなのか知りませんが、切り分けるパイは少ない方がいい。ましてや次世代の支配権を左右するほどの科学力です。扱い一つ間違えれば何もかもが壊れてしまうような。今一緒に行動している人たちは、本当に信用が置けますか? 全てが終わった後、手を取り合って進んで行けますか? ……その銃なら容疑を僕へ向けることも出来る」


 沈黙が続く。

 硬い何かがこすれる音が聞こえた。

 それは銃を拾い上げた音だったかもしれないし、ただ装備を壁で擦っただけだったかもしれない。


 でもその瞬間、僕は自分で撃った時に排莢されていた空の薬莢を蹴った。閉じた空間を貫くような音は、僕自身まで緊張させた。


 銃声が幾つも重なって聞こえた。

 咄嗟に僕は父に覆い被さっていたけど、争いの音はすぐに収まった。


 足音が近づいて来る。

 敢えて武器は持たなかった。


「全く……気味の悪いガキだ」


「さっきの方は」

「お前が殺した」

「そう、ですか」

「俺達はこれで引き上げる」


 一度任務を失敗させないと、成果を取られてしまうんだろう。

 けどこの手、次はもう使えないかな。


「ダーインスレイヴ、だったか。人を狂わせ争わせる剣か。それだけはまだお前の中にあった筈だな、フレイヤ」

 別れ際、顔の見えない男は愉しげに嗤った。

「もしお前が関わらなければ、連中はまだ呑気に戦争ごっこをやっていたんじゃないか?」


   ※  ※  ※


 治療に必要な道具は引き上げていく前に貰えた。

 多分、父が死んで身軽になられるより、足枷があった方がいいと思ったんだと思う。あるいは後ろの人たちにとっては父も重要な位置に居たか。


 消毒して、特殊なテープを巻いて傷口を塞ぐ。僕も左腕を負傷していたから中々上手くはいかなかった。

 二人とも弾は貫通していたようだけど、詳しい具合は分からない。

 病院へ届けるべきだ。でもそうなると父の身柄は彼らに抑えられ、どうなるか分からない。


 方針を決められないまま隠し通路を抜けた所で、父の意識が戻った。


「……逃げ切れたのか」

「はい」

「そうか」


 出血が多かったからか、声に張りがない。

 けど父はすぐ自分の脚で立つと、僕から離れてしまった。担いていた肩がやけに冷たく感じる。


 記憶が曖昧なのか、黙りこんで頭に触れる。

 けど結局、この人らしい言葉を僕へ放った。


「ここからは別行動だ。お前は樹を登り、あの艦を目指せ」


「ぉ……貴方はどうするんですか」

「人を待たせてある。元はお前を連れて行く予定だったが、どうなっているか分からない」

「放置は出来ませんか」

「お前たちの行動を認可させる為にも必要だ」

「傷があります」

「それはお前も同じだろう」

「えぇ」


 あるいはもっと時間があれば、何か話せたんだと思う。

 けど僕らが交わした会話はそれだけで、今までどおりの実務的な話題だけだった。遠くから聞こえてきた戦いの音を背に、お互い振り返らず歩き出す。


 表に出ると、そこは見慣れた繁華街だった。

 街のあちこちに被害があって、停電している所も多かったけど、ここはいつも通り灯りと人に溢れてる。むしろ、現実を忘れようと大勢の人がやってきて、お酒を飲んでは騒いでるのかもしれない。


 痛み止めは判断力が弱るらしいから飲んでいない。

 左腕がひどく傷んだ。力を掛けることは出来る。けど強く拳を握ると凄まじく痛む。自分の腕に穴が空いてるなんて、いっそ冗談じみて笑えてくるくらいには。

 こんな格好をしていたら目立つんじゃないかと思った僕の予想は、悪い意味で外れた。


 行き交う人の中に負傷者は多かった。

 出歩いている以上、軽傷の人が多かったけど、中には手足を固定している人たちも居て、正直に言えば見るのも辛かった。

 人目を避けるように移動して、ふと、少し先の飲み屋から聞き慣れた声がした。


「だぁーから、先生早く戻ってきてくれって! 教頭が変に張り切って正直邪魔なんだよ!」

「若い頃の苦労は買ってでもしろって先生いつも言ってるだろぉ。先生も今、お金を払って酔いという試練を受けている所なんだぁ」

「うっぜえ! 言い出しっぺなんだからもう少し張り切ってくれよ!」

「可愛い彼女が出来たら考えるよぉ」


 騒ぐ二人を見つけた僕は、思わず道の端に身を寄せた。

 担任の先生とコースケだ。なんでこんな所に居るのか分からないけど、見て分かるほど怪我だらけな二人に合わせる顔が無かった。


「おっ、ツバサァ!」


 けど、コースケは目敏く僕を見つけて駆け寄ってきた。


「ん~、ツバサだよな? 眼鏡もないし髪も下ろしてっけど」

「……うん」

「無事だったか? っても、怪我してんな。学校来なかったから心配したんだぞ」

「ごめん」

「まあいいや。学校もぶっ壊れちまってるしな。今、知ってる連中で集まって壊れた瓦礫の撤去やってんだ。あのへんはどこも道路がぶっこわれてて、機械が入ってこれなくてよぉ。余裕出来たらお前も来いよ」

「うん」


 と、そこへ同じく見覚えのある顔が幾つか現れた。

 皆クラスメイトか、もしくは同じ学校の人たちだ。ユニフォーム代わりなのか全員が学校のジャージで統一されていた。

 特別、皆と深い関係を築けていた訳じゃない。

 ありきたりなクラスで、イベントにも気分で温度差があったりなかったり。女の子とはあまり関わってなかったから、まだ顔を覚えている程度の関係だった。軽い怪我をしている人も居れば、無傷な人も居る。

 日常から切り離された今、それでも皆と会えて、話せたことが嬉しかった。


「ツバサくん?」「わあホントだ!」「怪我してるじゃん!」「おいおい大丈夫か?」「コースケッ、お前なにツバサ泣かせてるんだよ!」「うわ、サイテー!」「おい待てコレは俺のせいなのか!?」「寺本ぉ、先生不純異性交遊は見逃せないなぁ」「アンタは完全私怨だろうが! 第一ツバサも俺も男だっての!」「じゃなんで泣いてるんだ~?」


 言われて気付いた。

 訳も分からず僕は涙を流してる。

 コースケも、先生も、皆も、慌てた顔をして僕を見る。


「……みんなっ、無事で良かったぁ」


 鼻水を啜りながら言うと、後ろに居た何人かがつられて涙を浮かべた。


 あぁそうだ。

 僕はずっと、あの戦いに皆が巻き込まれたんじゃないかと心配だったんだ。

 そんな気持ちに初めて気付いた。


 なんて自分勝手。

 巻き込んで大怪我をして、あるいは死んでしまった人も居るだろうに、身近な人の無事に涙してるなんて。


 でも、やっぱり安心した。

 嬉しかった。


 気付けば涙が伝染して、行き交う人まで鼻を啜りながら通り過ぎて行く。

 学生の集団が泣き叫んでいれば、刺激されるものがあるんだろう。


「ま――っけるかああああああああ!」


 そんな時、力強い叫びが繁華街のど真ん中へ落下してきた。


 真っ赤なドレスに身を包んだアズサさんがアスファルトを割りながら着地する。大きく姿勢を崩していたけど、強引に跳ね起きて近くにあった郵便ポストを引っこ抜くと、野球のバットみたいに振り抜いて追ってきた翡翠色の巨漢を打ち飛ばした。


 遅れて落下してきた三本の電柱を避けるため、大きく跳んでくる。


「っ――!」


 至近だった。


「え、あれ? ツバサ?」


 迂闊なことにアズサさんは普段着の僕へ話しかけ、周りも見ずに、


「もう皆始めてるよ。さっさと来ないと出番なくなるからねっ!」


 爆弾発言だけ残して去っていった。

 一つ隣の通りでまたド派手な破壊音が鳴り響く。


「……今のって」

「ごめん、僕っ、行く所があるからっ」


 逃げるように走り出した。

 走りながら、僕は動揺を抑えようと必死だった。

 完璧にバレた。コースケはあのサイトで何度も皆の格好を目にしてるんだ。それをあんな至近距離で見て。


 ついさっきまで皆を見て安心していたのに、急に知られるのが怖くなった。

 荒い呼吸を整えながら、公園脇の手すりにより掛かる。


「ツバサ」


 声に身体が強張った。

 コースケだ。


「あー、なんつーかさ……髪、下ろしてんの初めて見た気ぃするわ」


「そう、だっけ」

「そうだよ」

「そっか」


 思えば、コースケと出会ってまだ一年と数ヶ月だ。

 プールの授業は特別に見学の許可を貰ってたし、髪を下ろす機会は確かに無かった。


「ごめんね」

「なんだよ急に」

「親友だからって、いろんな話聞いてもらった。けど、まだまだいっぱい秘密がある。教えてないこと、知られたら……怖いなって思うこととか」

「そんなもん、俺にだってあるよ」

「え?」


「俺、この前アオイさんに告白した」


 思わず振り返ると、今度はコースケが顔を逸した。

 薄暗い路地だったけど、赤くなってるのが分かった。


「結構会ってたんだよ、遊園地行った後も。それで、まあ、気が合うっていうか、楽しいっていうか」


 じっと僕が見ていたからか、慌てた様子のコースケが言葉を重ねる。


「いやなんかすっげえ大人びてるじゃん!? 同い年の筈なんだけど年上相手にしてるみたいでドキドキするし、なのに時々すっげえ無邪気に笑うんだって! それが可愛くて……いや、あのー、めっちゃ惚れました」

「そっか」


 僕の知らないアオイさんをコースケは見たんだ。

 もしかしたらアズサさんでも見ていないような彼女を。


「まーさ。アオイさん、ちっちぇえ頃からめちゃくちゃ苦労したみたいなんだ。弟みたいなのとか、妹みたいなのとか、そいつらとやってく為に頑張ってきたんだ、って。正直、俺じゃあどんだけ大変だったかも想像付かねえ。けどそんな経験してきたから、子どものままじゃ居られなくなったのかも知れねえよな」


 それはなんとなく分かる。

 甘えられる人が居ないと、自然と自立するしかなくなる。

 でも僕には同じ夢を見てくれたシズクちゃんが居て、父と離別してからはお祖父様が居た。寄り添う相手がいつも居てくれた僕とは違って、アオイさんには誰も居なかったんだろうか。


「だからさ、その……俺に甘えていいんだぜ、とか言った」

「どうなったの」

「一回だけ…………内容は別にいいだろ!? なんだよ、エロいことはしてないからな!」

 別にそこは疑ってないけど、

「コースケ、人を甘やかす達人だよね」

 やっぱり下の兄弟が多いとそうなのかな。

 寺本家の大家族っぷりには顔を出す度に目が回る。男の子たちにやたらとべたべたもみくちゃにされて、女の子たちに守られてる僕、結構かっこ悪かったな。

 そんな中、コースケの雑だけど思いやりのある扱いに皆がお兄ちゃん大好き、って感じだった。ほんと、眩しいくらいに。あんまり見てるとのぼせそうで、僕はたまにしかコースケの家には行かない。


「それでかは知らねえけどさ、告白の後、アオイさんが言ってたんだ」

 迷うように間を置いて、

「自分は、ロキなんだって」

 一度言葉にすると、後はどんどん湧き出てきた。


「人を騙して、嘘をついて、見下して、からかって、嘲笑って、苦しませて、悲しませて、そうやって自分が満足するように振る舞う悪人だよ、ってさ。

 俺から見たアオイさんは人に気付かえる優しい人だって、言った。けど、それは仮面の一つなんだって、寂しそうに言ってた。周囲との軋轢を少なくして、好感を持ってもらうのは、時にルールやシステムも越えられるものだからって。

 アイツさ、養母が居るんだ。俺が会ったのは数回だけだったけど、すっげえ綺麗な人なのに、なんかすげぇ怖かった。でさ、無茶苦茶なことばっかり言うんだ。コーヒーを紅茶の味で作れ、みたいな、とにかく出来る訳ないだろってもの。

 それをアオイさんは必死にやろうとするんだよ。知恵絞って、人使って、自分もボロボロにしながらさ。それでまた問題が出ると、お前のせいだからお前でやれって、出来なかったら承知しないって脅される。そうなるともう真っ当な方法だけじゃ足りなくなる。嘘も使う、騙しもする、挑発して誘導したり、自分を囮に使っておびき寄せたり、ほんと……ボロボロだった。

 荒れたこともある。憎いとか、悔しいとか、汚い言葉を使って罵倒もしてた。

 それでも止めなかったんだ。なんとかして願いを叶えようと頑張ってた。それでなんでそこまでするんだって聞いた。

 居場所をくれたからだ、ってさ。

 アオイさんはその人が抱える問題も、どうするべきなのかも分かってたんじゃないかと思う。でも、手放せなくて、自分も間違ってるって思いながら続けていくしかなかった。

 だから俺は言ったんだ。アオイさんは人に気付かえる優しい人なんだってよ」


 コースケは身体の熱を吐き出すようにため息をついて、僕に目を合わせてきた。

 僕ももう逸らさない。コースケが見てきたものがなんだったのか、今分かった。


「ラグナロクの直前、ロキが投獄された時、振りかかる毒を受け止めて彼を救おうとしたシギュンっていうのが居たんだ。俺はそれになろうとした。けど、器がいっぱいになったら毒を捨てに行くしかなくて、その間にあいつはいっぱい苦しんだ。

 苦しすぎて、もう八つ当たりのように世界を壊すしか見えなくなったのかもしれん」


 そうしてロキは、神々に追放されていたヨルムンガンド、ヘルを呼び戻し、グレイプニールに繋がれていたフェンリルを開放、巨人族のスルトまで引き込んで神々の黄昏、ラグナロクを始めた。


 僕は言った。


「それでも、僕はアオイさんと戦うよ。世界を終らせたりもしない」

「あぁ、終わっちまったら返事も聞けないからな。頼むぜ」

「そうだね。親友が告白の返事を聞けるよう、世界を救ってくるよ」


 二人して笑った。


 ホントに、僕は。

 いくらでも迷う。いくらでも揺れる。いくらでも落ち込む。

 絶対的なものなんてまるで持てなかったし、眼前の先を見通す力だってない。


「なんかさっ」

「うんっ」

「ようやくお前と親友になれた気がするよ」

「僕もそう思った」


 秘密が無くなったからとか、損得勘定が無いからとか、許しあえるからとか、そんな理由じゃない。


 なんか、そんな感じなんだ。

 親友だって感じる。

 とても曖昧で、あっという間に消えてしまいそうなのに、しっかりと心の奥に根を張った感覚だ。


「そうだ。忘れねえ内に伝えとくよ。例のサイトの掲示板、一度見てみな。これ伝える為に追ってきたんだがなぁ」

「分かった。でも今はとにかく進むよ」

「おう!」


 僕はかつて、変身中にコースケと出会った公園を背に走りだす。

 あの時とは全く違う気持ちで、


「ツバサ―!」


 背中に声が掛かる。


「お前さっ、ラグナロクの後に何が起こったか、知ってるかー!」


 頷いて、今度こそ振り返らず走る。


 停電で明かりを失った住宅街には、既に死者の軍勢が満ちようとしていた。




 

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