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だから僕は男なんですってば!!  作者: あわき尊継
第三章

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28

 本気で泣き崩れる男の人をどうしようかとか、そんな空気が流れていた。

 同じ境遇に立たされているから僕のダメージはそれほどじゃない。むしろ、酷い言葉を浴びせられてどれほど彼が傷付いたか痛いほどにわかる! 一歩間違えば僕もこうなってたんだね……。

 同性だから男泣きする藤崎くんに引いたりなんてしない。むしろ彼の心を癒やす為、どうすればいいかと本気で思案していた。


「知り合いか?」

 当たり前みたいに真顔の淡雪さんが言う。


「なんで気付かなかったの!?」


 というか、灰原さんといい藤崎くんといい、ずっと同じクラスに居たじゃない!?

 淡雪さんはもういいとして、水樹さん! 貴女最近はすごく頭良さそうに振る舞ってたじゃない! どうして気付いてくれなかったの!?


「いよっし!」


 トールハンマーの装填が終わったらしいアズサさんが気合いを入れる。

 すぐさま灰原さんが船を下げ、敵の無限ともいえる増援が終わった。例え藤崎くんが防げると言っても万が一の可能性はある。そうなれば力そのものが砕かれてしまうだろうから。なにより肝心要の翡翠色の魔法少……うん。それがダウン中だもんね。


「あー…………ごめん」


 崩れ泣く藤崎くんを見て、アズサさんも悪いことを言ったつもりはあるんだろう。ドン引きしてるのは変わらないみたいだけど、バツが悪そうに謝った。


「でも、やっぱり男の女装なんて気持ち悪いよ」

 すみませんアズサさん、その言葉はこっちにも突き刺さります。

「なんで平気な顔して出てこれたのかな」

 ごめんなさい許してあげてください彼にもきっと事情があるんです!


「まあ、やるってんなら泣いてようが女装してようが容赦しないよ」


 振り上げたトールハンマーに、男泣きしていた藤崎くんがゆらりと立ち上がる。

 悲壮な決意を感じさせる出で立ちに、僕は人知れず心で泣いた。


「てぃぅかぁ? 似合ぅとでもぉもってんのぉ? きもぉ~ぃ☆」


 戦乙女さんは容赦がなかった。

 再び崩れかける藤崎くん。けど彼はすぐさま持ち直した。


 腰を落とし、構えを取る。

 語る言葉は無かった。


 多分、その姿はドレスを着てさえいなければ凄くカッコ良かったに違いない。


 二人の衝突が始まった。

 大技を狙わず、パイルバンカーで打撃するアズサさん。それを正面から受け止め、あるいは弾きながらも、間隙へ滑り込むように歩を進める藤崎くんの動きは蛇を思わせる。

 正面からの正拳突きをシールドで防いだアズサさんがたたらを踏んだ。不安定な足元へ切り込むように大きな一歩が滑りこむ。


「気をつけろよ。アイツは強いぞ……!」


 淡雪さんをして強いと言われる藤崎くんは、一見して大きな動きもないまま、なのに着実にアズサさんへ迫っていく。牽制の攻撃もほとんど意味を成さない。むしろ力を抜いた攻撃全てを正面から打ち抜かれて姿勢を崩している。

 アズサさんが距離を取って下がれば下がるほど、後ろにどれほどのスペースがあっても追い詰められていくような印象があった。


「そうか、レスリング」

 藤崎くんは変身せずとも全国大会優勝を果たす程の実力者だ。

 ドレスからの知識を元に戦う僕らとは違い、本物の経験を持つ彼は、だれよりも力を引き出せるに違いない。知識だけでは保管し切れない、経験知というものを彼は持っている。


「淡雪さん、お願い」

 僕の言葉に逡巡する白の魔法少女へ向けて、言葉を重ねた。

「彼を止められるのは淡雪さんだけだ」

 接近戦での駆け引きなら、僕の知る限り彼女が最も優れてる。アズサさんの打撃力に淡雪さんが援護に入れば十分に勝機がある筈だ。

 なのに、淡雪さんは心配そうに僕を見る。


「まだ痛むだろ」

「平気」


 言って、黒翼を広げてみせた。

 かつて僕との戦いでそれの機動力を見た淡雪さんは、ようやく愉しげに笑ってくれた。


「いざとなったら飛んで逃げるよ」

「注意しろ。特にあのロキの女は気に入らない。何を考えているのか分からないタイプだ」


 それも、いつか聞けたらいいなと思う。

 そう言ったら、淡雪さんは呆れた顔をして飛び出していった。


 ふと気になって視線を投じる。

 アオイさんと、目が合った気がした。


   ※  ※  ※


 状況が再び拮抗し始めた頃、突如それは起こった。

 まるでアズサさんが校庭を打ち抜いた時のように、激しい揺れが僕たちを襲う。


 地震、だと最初は思った。

 ドレスを着ていれば多少の揺れに転んだりはしないけど、まだ怪我の治らない僕は階段の手すりを掴んで揺れに耐え、顔を上げた瞬間、言葉を失った。


 それは、巨大な壁のように思えた。

 薄闇の中に浮かび上がる人影。

 そう。

 人影だ。


 突如現れた巨人に僕は何も考える事が出来ず、呆然と振り上げた腕を辿る。握りこまれているのは巨大な剣だ。そう思った途端、剣は灼熱の光を放って夜を照らし出した。


 まるで昼間のような明るさをとりもどした街から、次々と人が顔を出してくるのが分かった。

 これだけの騒ぎに反応しない方がおかしいんだ。

 戦いの秘匿性なんてもう無いに等しい。

 そのことへの焦りを強く感じた時、僕は改めて拳を握った。


 違う。

 そんなことはもう問題じゃない。


 アレを、僕らは倒せるのか?


 輝く剣を携えた巨人は腕を振り上げたままこちらを睥睨している。

 この光の中でようやく全貌がはっきり見えた。冗談みたいな大きさのシルエットは、当然ながら人間のものじゃない。

 巨大なロボット。

 漫画やアニメに出てくるような機械仕掛けの巨人だ。


「み、水樹さん!?」


 ようやく、といった感じで僕はラビアンローズ代表を名乗った青の魔法少女へ呼び掛ける。遠く離れていたけど、ミュウの仲介で聞こえたらしい。彼女は硬い動きでこちらを振り返った。既に彼女の手にはケータイがあり、僕が驚いている間に確認しただろうことが伺える。そこまでの冷静さと相反してドリルさんはもう真っ青になって言った。


「…………拙いですわ」


「やっぱり盗られたんかーーーーい!」


 あの超巨大人型決戦兵器はラビアンローズで製造されていた切り札だ。

 少なくともこちらに対し王手を掛けることを目的に生み出された兵器。それが今、アオイさん達の手に落ちたことが確定した。


『警告』

「御影!」


 ミュウの声に重なって、淡雪さんが焦った様子でこちらに叫ぶ。


「サポートを下がらせろっ! あれは――」


 巨人が空を見上げる。

 翳した輝く剣を更に振りかぶり、


『敵性目標が当艦を捕捉。回避不能。以降、サポートが不能となる可能性があります』


 振り下ろされた瞬間、遥か上空で何かが爆発した。

 その何かは、一度青白い光を表面に走らせ、浮き出た輪郭を追いかけるように爆発面から発生した炎に喰われていく。夜星の景色を表面に帯びていたそれが、瞬く間に全貌を露わにした。


 巨大な構造物だ。

 飛行機が飛んでいるよりも更に上、例えば気象衛星なんかが浮かんでいるその少し下に、ここからでさえ巨大と分かる何かがある。

 ミュウは当艦と言った。

 僕は今までミュウと顔を合わせたことがない。

 彼女の言によればコンピュータに定着してるという話だったけど、これが……?


 墜ちる。


「拙い……!」


 あんなものが墜ちてくればどれだけの被害が出るか分からない。

 未だにあれがミュウなのだと実感の持てない僕は、目の前の理解し易い街の危険に立ち上がった。右足の痛みにふらつく。けど、ここで座っているなんて考えられなかった。


「あれを墜としちゃいけない!」


 僕の叫びに皆が反応する。

 全身を炎に包まれた巨大な艦は、今も物凄い勢いで落下してるんだ。


 そんな中、輝く剣を持った巨人が更に剣を振り上げた。

 この恐ろしい状況で見上げた巨人に、否応なくある名前が浮かぶ。様々な遠因によって起きたとされる終末だけど、直接的に世界を炎で焼きつくしたのはある巨人族だ。

「……スルト」

 輝く剣を持つと言われる巨人を止める手立てが浮かばない。


「さ――っせるかああああああああああああああああああああああああ!」


 大音声が混乱を割く。

 感覚の共有の影響か、居場所はすぐに分かった。

 おそらく、彼女は僕が叫ぶより先に走っていたんだ。


 赤の魔法少女が、学校付近の建物で最も高いモノ、ゴミ焼却場の煙突を駆け上がっていく。頂点で跳び上がった彼女に追従していた人に遅れて気付く。淡雪さんだ。モーニングスターの鉄球に足を乗せたアズサさんを更に上空へと打ち飛ばす。崩れた姿勢をミホさんの浮遊銃がサポートして整えさせる。


 もう声は聞こえなかった。

 けど、彼女の叫びはよく分かった。


 校庭で見せた時よりも更に大きく、空を覆うほどに巨大化したトールハンマーが、それと同じかそれ以上という巨人へ叩き付けられる。

 けど、その時不意に、今までまるで動く様子を見せなかったアオイさんの声が静かに響き渡った。


「アズサ、それはとっくの昔に《ロック》してあるんだ」


 トールハンマーが消失する。

 暗がりが転じて昼間のような明るさを帯びる。


 巨大な力の奔流が校庭へ集まっていくのが分かった。

 その間にも、どこからか放たれたミホさんの光条が巨人スルトを打ち、僅かながらの時間を稼ぐ。


 黒翼を広げた。

 後も先ももう見えない。

 飛んでさえいれば足の怪我なんて関係なく動ける。


 この窮地に皆が戦ってるのに、僕だけがこうしているなんて……!


 音を置き去りにするほどの勢いで僕は飛ぶ。

 通用するかどうかもわからず黒剣を構え、そして、


「分かるかい。冷静さを欠いて感情的になった者ほど、知恵者にとって操りやすいものはないと」


 空中で身を支えていた黒翼が消失した。

 勢いを殺すこともできず、音速を超えたまま僕は宙を舞った。


 失った力の行き先は分かる。


 藤崎アオイ。

 トリックスター、ロキの力を持つ彼女が何かをやった。


『解析―果。あれは、ロ――生―出したとさ――レーヴァ――ンを収め―、レ――ャルンの箱―応用し――――。九つ―鍵に――て封じ――てい―ことから、―――――』


「うるさいよ、宇宙人」


 第二撃が放たれた。

 ミホさんの光条も、淡雪さんの鉄球も、水樹さんのドリルも、巨人スルトを止めるには至らなかった。

 初撃よりも更に大きく聞こえた爆発音をどこかで聞きながら、僕はどことも知れない公園に落下した。いや、落下する前に止められた。


 地面から十数センチというところで静止していた僕は、その視線の先に見慣れた服装の女の子が居ることに気付いた。


「シズク、ちゃん……? ぁ、痛っ!」


 落下の途中、枝に引っ掛けた脇腹から大量の出血があった。

 全身から熱が抜け落ちていくような悪寒はあったけど、痛みはどこか鈍い。


「もう……すぐそうやって怪我をして」


 いつもの淡い笑顔でシズクちゃんは僕の身体へ触れると、力の分け与えによる治癒を施してくれた。こぼれ落ちた血までは補えなかったから、すこし貧血気味だけど。


「だめ」


 立ち去ろうとするシズクちゃんの袖を掴む。


「私、あの子のお姉さんだから」

「それでも、行かないでっ」

「放っておけば全滅する」

「僕がなんとかするからぁっ!」

「無理しない」


 トン――と額を突かれ、ふらついていた僕はみっともなく後ろへ倒れた。

 慌てて起き上がった時、どうやって移動したのか、シズクちゃんはアズサさんが跳び上がったあの煙突上に立っていた。


 さっきは途切れ途切れだったミュウの声が妙にはっきりと聞こえてくる。


『目標を捕捉。申し訳ありません、せめてデカブツくらいはこちらで処理しますのでご安心を』


 そう言って落下する艦が下方に設置した砲で狙いを定めたのはシズクちゃんだった。


「待って、ミュウ! 違う! 打っちゃいけない!」


 放たれた数えきれない砲が全て、シズクちゃんを避けて飛び散っていった。

 それで安心できればどれだけ良かったか。


 両手を空へ翳した緑の魔法少女は、まるで天から授かった赤子を抱きとめるような手つきで力を広げる。


 街の遥か上空で何かが衝突するような激しい火花が飛び散った。

 落下していた艦は今も放火を浴びせ続けるも、そのどれもがシズクちゃんを避けて近隣の建物を、公園の緑を破壊していく。


 そうだ。

 バルドルはこの世のあらゆるものから身体を害されない誓いを受けている。だからどれだけの攻撃を浴びてもそれはシズクちゃんに届かないし、触れた所で傷を受けることがない。

 たった一つの例外を除いて。

 そう。それさえ無ければ……。


「一年前だ」


 動けず事態を見守る僕の隣へ、紫陽花色の魔法少女が現れる。

 気付けば、ここから離れた場所で幾つもの戦いの音が聞こえていた。

 アズサさんも、ミホさんも、淡雪さんも、水樹さんも、桜井マリナも、皆戦ってるんだ。


「私は草香シズクの力の一部を奪ってイムアラムールを離反した」


 それは、


「宿り木。マコトがそうしていたように、彼女も本来は自分を害する力を己のものと解釈させて使っていたんだよ。唯一、芽吹いたばかりでバルドルへの誓いを立てられなかったものだ」

「やめ――」

「さあミュウ、使ってくれ。これで君の敵を倒せるはずだ」

 アオイさんの手から消えていく光を、悪い夢でも見ているかのように僕は眺めていた。

『受諾完了。装填します』


 ミュウは言っていた。

 ロキの欺瞞能力は彼女の観測さえくぐり抜けてくると。

 そして先の戦い、スルトが起動直前にあったというのに、それを彼女は察知出来なかった。


 いやそもそも――初めて僕がミュウと会話したとき、彼女は言っていた。

『現在、第二種緊急事態発生により、新たな戦力の補充が提案されています』

 誰に?

 誰も救援に駆けつけられなかったあの時、ミュウは誰からその提案を受けた?


 頭の中で錠の外れる音を聞いた。


 封印されていた記憶が湧き上がる。

 水族館で騒ぎが起きた時、僕はコースケと一緒に居た筈だ。

 それなのになんで僕は一人で湖付近に居た。いや、一人じゃなかった。呼び出されたんだ。あの時あの場には後二人居た。一人はアオイさん……そしてもう一人は……、その人は、


「お、母……様?」


 心臓が引き絞られたような痛みを伴って軋んだ。


 なんでアオイさんが、お母様と。

 何かを話した筈だ。

 けど何も思い出せない。

 鍵はもう外れた筈なのに、どうしても記憶を探れない。


 考えれば考えるほど痛みを伴う胸を抑え、僕は地面に蹲った。

 違う。今考えるべきはそんなことじゃない。シズクちゃんが、ミュウが、皆が戦ってるのに!


 立ち上がった。

 ふらつきながら、アオイさんへは目もくれず走り出しの一歩を踏む。

 伸ばした手の先にはシズクちゃんが居て、落下するミュウを受け止めている。


『装填完了。射出します』


「駄目だぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!」


 光が落ちる。

 輪郭を持たなかったソレは、煙突上に立つ小柄な少女を打ち抜いたと同時に芽吹いた。宿主を呑み込むような勢いで成長し、広がる巨大な樹。ゴミ焼却場を埋め尽くし、周囲の家屋を飲み込み、やがて天へと伸び始める。拮抗を失い落下しようとしていた艦が樹木に身を受け止められ、遥か天空に掲げられた。

 見上げるほどに伸びた樹は、そのまま空を覆うほどに枝を広げ、止まる。


 何もかもが壊れた音を聞いた。


 キン――、


 黒剣を鞘から引き抜いた。


 世界が一気に汚濁へ堕ちる。

 赤黒い不気味な液体が剣から滴ってきた。


 アオイさんの右腕が宙を舞い、切り口から大量の血が噴き出している。その口元は今、嗤っている。


「させねえッスよ!」


 横合いから突っ込んでくる浅葱色の魔法少女に背を向け走りだす。追ってくる。急制動。隙を狙った足への打撃に対し、こちらは荷重移動によって慣性を操り、回る。側転気味の宙返りだ。眼前を通過していく脚を確認し、左手を地面につき、身体を上に押す。交差した。

 着地と同時、いや、着地よりも早く振り上げた剣が敵の背中を裂いた。悲鳴はうるさい。黙れ。


 振り向けば目の前に死者の軍勢が広がっていた。

 剣を掲げる。

 戦乱を巻き起こし、永遠の殺し合いを演じさせた呪いの魔剣が、心臓のように鼓動を打つ。


 凡百の死霊たちはすぐに殺し合いを始めた。

 灰色の魔法少女は紫陽花色の魔法少女を抱えて逃げていく。逃がさない。捕まえて殺す。首を落として殺す。四肢を斬り裂き耳と鼻を削ぎ落として殺す。腸を、心臓を、肺を引きずり出して殺す。目玉を抉り、脳を串刺しにして殺す。殺す。殺す。殺す。殺す――


「御影……」


 クラスメイトが立ちはだかった。

 大きな身体。丸太みたいな手足。

 友達。


 友達……?


「謝る資格などないのは分かっている。だから、俺は逃げず戦おう」


 一足で間合いを詰め、剣を振り抜いた。

 フェイントもなにもない一撃に辛うじて身を下げた相手の胸元が裂ける。


「ぬぅ……!」


 傷を受けながらも伸びた腕がこちらの肩を掴み、万力のように圧迫しながら一度浮かせ、地面に叩き付けられる。追撃の蹴りを転がって避ける。起き上がった眼前にはもう拳があった。


 跳ね飛ばされ、公園の池へ叩き付けられながらもすぐに立ち上がる。

 飛来する蹴りは回避できた。すれ違いざまに剣を振る。血が飛んだ。掴みかかる手を避けて後ろへ。池の水が邪魔だ。切っ先を真っ直ぐ相手へ向け、ほんの僅かに動きを止めさせる。その間に屈んで池の外へと跳んだ。

 着地地点に居た竜牙兵を砕いて飛ばす。


 その内部に、紐を見た。


「捕らえたッス!」


 剣の動きが鈍る。

 次々と四方から放たれるグレイプニールに身を拘束され、立っていることも出来ず跪かされた。背中から大量の血を流してふらつくフェンリルの力の持ち主は、荒い呼吸でこちらを見る。後ろから、ヘルの力の持ち主に支えられ、藤崎アオイが顔を出した。右腕に無理やり包帯を巻いただけの相手は、真っ青な顔つきのままこちらを見る。


「…………ダーインスレイヴ。一度鞘から抜かれると血を吸うまで戦いを止めないとされる呪いの魔剣か」


「ァ……ァァァァッ」


 口から漏れるのは意味を成さない唸り声。

 暴れ回る激情が目の前の女を殺せと訴えかける。


「ずっとその剣の正体を探っていたけど、分からない訳だ。初期からの武装にはある程度本人の性質が関わってくる。普段の君からじゃとても想像出来ない武器だったよ……」


「ァァァァァ……!」


「君の身は拘束する。ある人に会って貰いたい」


「ァ、ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!」


 セイズ。

 天候操作の呪術で竜巻を発生させる。

 呼び寄せた雷雨が大樹の一部に広がっていた炎を消し止める。

 落雷は二度、敵を狙って落ちた。


 距離を取っていくのが分かる。

 地面に手を付ける。


 平地で地すべりが発生した。

 中心点へ向けて公園の緑が呑み込まれていく。地盤の中でむちゃくちゃに混ぜ込まれた土砂の一部が、地すべりする表面を貫いてあちこちから吹き出した。


 逃走していた一人を発見。


 いやもう一人。

 ソイツだけはじっと正面に佇んでいた。

 クラスメイトの、友達の、


 拘束はとうにない。

 剣を構え、一歩を踏み出し、そこで、何かに抱き留められた。


 そっと柔らかさが身体を包み込む。

 穢れのない純白の光が内から溢れて、ゆっくりとなにかが消えていく。


「もう……ばか」

「っ……シズク、ちゃん」


 彼女が居た。

 ドレスもない、花園で別れたままの制服姿でシズクちゃんが僕を抱いていた。


「一緒に綺麗なものを探していこって約束したのに」

「それ、は」


 それは、ずっと、もっと幼い頃に出会ったお姉さんとした約束だった。

 ミホさんの家の、沙月の家のパーティに出席した僕が、誰もいない庭園で出会った人。


 頭の中でずっと感じていた小さな違和感が繋がっていく。

 一つの可能性を問い掛けた。


「成長、しないの?」

「投薬で調整すれば。けど、痛い」

「そ、そうなの……?」


「御門ツカサ」


 かつての僕の名を彼女は呼んだ。


「二人で見つけた言葉を覚えてる?」

「うん……」


 この世の中にある綺麗なものを探そうとかつての彼女が言った。

 パーティが終わった後もこっそり抜け出して会っていた僕たちは市立の図書館で希望の言葉を発見した。


「『生きとし生けるものすべてに神性を見出すとき、誰もが翼を手に入れる』」


 それがすべての切っ掛けだった。

 両親の何もかもを恨み、敵意を振りまいていた僕が、綺麗なものへ憧れた。そうなりたいと願った。薄汚れてしまった自分の魂にも、いつか翼よ宿れと。

 僕と同じく、いや僕以上に人間というものへ絶望し、無関心でいたお姉さんは、シズクちゃんは、この言葉を見つけたとき宝物を手に入れたように喜んだ。


「つばさ」


 あの時の笑顔を覚えてる。

 この世で最も綺麗なものを、僕は、


「あなたは、私にとって初めての同士で、他人で、希望だった」


 足元に広がっていく紫君子蘭。

 そうだ。僕らが出会ったあの場所には、この花が植えられていたんだ。

 素朴な花が公園を埋め尽くしていく景色に、どうしようもなく胸が軋んだ。


「人間になるのが怖かった。まっ更な自分が、あんな怖いものになってしまうんだって思った。染まってしまえば、もう二度と戻れないんじゃないかって。でもあなたは、自分を満たす怖いものと交じり合いながら、私と同じものを探してくれた。だから、大丈夫なんだって思った」


 けど、そんな僕が怒りに任せて父を裏切り、呪いの言葉を残して消えた。

 会えなくなっていた時間だけ、疑念はどうしようもなく膨らんだだろう。だって彼女は、僕に希望を見出して人間になろうとしていたんだから。


 笑うような吐息。

 それにひび割れるような音が混じっていたのを二人で無視した。


「私は、人間になれたよ。だって――」


 引き寄せられ、そのまま、口付けた。


「愛することを知ったもの」


 やがて、大地に繋がれていた彼女の肉体は潤いを失い、艶やかな木目の皮膚へ染まっていった。

 風に紫君子蘭の花びらが舞い上がり、残った茎が枯れていく。


 終わったんだ。

 ずっと昔から続いていた、僕自身も気付いていなかった初恋が、



 彼女の死によって――





『絶望に満ちた世界にあっても、あえて夢を追わなければならない。

     不信に満ちた世界にあっても、あえて信じなければならない』


 翼を折られた男が遺した、もう一つの言葉。

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