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だから僕は男なんですってば!!  作者: あわき尊継
第一章

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02

 親友の一目惚れ宣言から数日、ようやく持ち直して学校へ通うようになった僕を、お祖父様は何も言わず送り出してくれた。あまり言葉を交わさない僕らだけど、心配してくれているのは良く分かったから、今日はお祖父様の好きな鯖の味噌煮にしようと思う。おいしいんだよなぁ、鯖の味噌煮。


 学校ではコースケが心配してくれて嬉しかった。

 風邪だって嘘をついたのは心が痛んだけど、君が一目惚れしたのは女装した僕ですよ、なんて事実を告げる訳にもいかない。いや、何度か伝えようとはしたんだ。けどコースケの恋を語るきらきらした目を見ていると、どうしても言い出すことが出来なかった。情に厚い彼が心底信用して気安く接してくれていることも、僕を躊躇わせる原因だ。


 あー! 僕はなんてひどいやつなんだ!

 親友を騙して友情に甘んじるなんて!


 けどどうしても一歩を踏み出せない。ようやく得た親友を失いたくなくて、僕は卑怯にも彼の相談に乗るフリをした。

 まあ、姿しか見たことないから、ほとんどコースケの妄想話なんだけどね。

 日を追うごとに美化されていく女装した僕の話を聞いているのは、正直胸がざっくざっくとスコップで抉られるような気持ちだった。


「なあツバサ、今から何人かでバッティングセンター行くけど、お前も来ないか?」


 ホームルームも終わり、ケータイで今日のタイムセールを確認していたら、コースケが誘ってくれた。後ろで乙女のように胸を抑えてチラチラと見てくるのは、古風なリーゼントが持ち味の、学校でも一二を争うヤンキーと噂の竹本くんと、去年鬼気迫る戦いぶりでレスリング界のラオウと呼ばれた藤崎くんだ。

 親友の誘いであれば、僕に否やはない。

 すぐに返事をしようとした僕だったけど、その時不意に鼓膜を振動する声があった。


『お久しぶりですツバサ。あれから全く連絡が無かったので心配してました。バイタルに問題はないようですが、大丈夫ですか?』

「ぁ……ちょっとごめん。電話が」

「おう、向こうで待ってるよ」


 すぐにケータイを取り出して耳に当てる。

 窓から少し身を乗り出すと、もう準備を始めている野球部とサッカー部の姿が見えた。


「ごめんなさい、ちゃんと連絡するべきでしたね。体調は問題ありません」

『そうですか。それなら良かった。ところでツバサ、この後時間が取れますか?』

「え? あー、急ぎの話ですか?」


 チラリと後ろを振り返ると、藤崎くんと目があった。そのまま逸らすのもなんだから笑顔で手を振ると、レスリング界のラオウの名に恥じない巨体を仰け反らせて崩れ落ちた。興奮しすぎたのかもしれない。苦笑いする僕に、コースケが任せて電話の続きをしてろと手を払う。


『アナタとの契約は緊急事態だったのもあり、本来ドレスの転送と同時に行う情報の付与が行われておりません。初期設定に組み込むことしか想定していなかったので後付も難しく……これは私のミスですので申し訳ないのですが、そういった諸々を説明したいのです』

「う~ん、そう……ですか。でもなぁ」


 色々とあるのは分かるけど、僕としては親友との時間を優先したい気持ちもある。でも自分の置かれた状況っていうのをもっとちゃんと知っておきたいとも思う。

 そんなことを考えていると、いつの間にか近くへやってきていたコースケが僕の肩に手を置いた。


「俺の誘いだったら気にすんな。親友にこだわり過ぎて他の連中を弾いちまうってのは、なんか違うだろ?」

「コースケ……」

「勘違いだったら悪いな。なんか真面目な話って気がしたからさ。遊びに行くくらいいつでも出来るんだ。しこり残して半端にはしゃぐより、さっぱりしてから弾けるほうが楽しいって」

『いいお友達ですね』


 うん。僕の自慢の親友だ。


『どうしますか? 夜の開いている時間に私が口頭で伝えても構いませんが』

「いえ。行きます」

『……良かった。実は既に迎えがそちらへ向かっていまして――もう到着していますね』


 …………え?


「おいなんか校門前にすげえ車停まってるぜ!?」


 噂話大好きな新聞部の時田くん(クラスメイト)が目を輝かせながら教室へ飛び込んできた。彼のカメラが見つめる先、運動場脇の校門前に停まっていたのは、冗談のように長ーい胴体の真っ黒なリムジン。


「っと危ねえっ。お前ケータイ落としたぞ――御影!?(キュン」

「ごめん、ありがとう」


 時田くんに礼を言ってケータイを受け取る。その際、指先が軽く触れたせいで時田くんが乙女のように顔を赤らめて手を引っ込めたからまた落としそうになった。


「ごめんコースケ、僕別の用事が出来たからまた今度誘って! 竹本くんと藤崎くんもごめんね!」


 クラスメイトに別れを告げて、僕は大急ぎで裏門に回る。

 校門になんて行けるはずがない。


「一つ確認しておきたいんですけど、他の人に僕の性別を言いましたか?」

『ええ。アナタのことは可憐な女の子であると伝えています』

「……ぁ、うん」


 あの日最後にあったことがショック過ぎて口止めを忘れていたけど、心配なかったようだ。これが僕の状況を察しての発言であればいいんだけど。


「その、これからもですね、僕が男ってことは皆に言わないで貰っていいですか?」

『つまり、正真正銘の女であると言えばいいんですね』

「………………う、うんそうですよ?」


 認めるにはあまりに大きな覚悟が必要だった。動揺が尾を引いたせいで声が上擦ってしまう。


『お安いご用です。私としても、後はツバサが女であると認めてさえ貰えればなんの問題もありません』

「せめてもの抵抗で言っておきますけど、僕は男です」

『ふっふっふっふ。実はあれからツバサと同年代の男女の情報を収集したんですが、それらを比較検証した結果、ツバサは八割の確率で女性であると判断されました。一部分、確かに男性の特徴に一致する点はありますが、数字の前には些細なものです』


 それ一番大きいからね。決して脇に置いていいものじゃないからね。


「それでも僕は男だもん」


『それはさて置き、ツバサが自分のことを男性だと言い出さない限り、私はそんな数値的に低い可能性を強調したりはしません』

「んー、そっか」


 とりあえず魔法少女の仲間に女装趣味の変態男と思われる可能性が消えただけで納得しとこう。

 話の前置きが終わった所で、僕は本題に入ることにした。


「それと、迎えに来てくれた所申し訳ないんですけど、場所を移して貰えませんか?」


 僕の言った場所をミュウに中継して貰うと、すぐに快諾が戻ってきた。

 どうやら、あのリムジンを手配した人がもう一人の魔法少女だったらしい。となると少し警戒しなくちゃいけなくなる。その為にも性別を変えて接触するっていうのは僕にとっても都合がいいのかもしれない。名前も、御影ツバサというのは知られても何ら問題がない。


 十数分後、公園のトイレでこっそり変身した僕は、人目を避けて仲間と合流した。


   ※  ※  ※


 「いやぁ、ごめんね。一応止めはしたんだけどさ」


 広々とした車内に招き入れられて、開口一番の言葉がそれだった。

 火野アズサさん。先輩の魔法少女で、僕が初めて経験した戦いで共闘した人だ。数日ぶりに会う彼女は制服を着ていた。登校時に見かける制服だけど、案外学校が近いのかな? スカート姿だと初対面での印象が随分と変わる。


「あはは。こっ恥ずかしいね、こういうの見せるのは。私もツバサみたいに変身しとけば良かったかな」

「あんな大きなモノまで一緒に呼び出されると、車の中に収まらないわ」


 照れ笑いするアズサさんを制して言葉を発した人に、僕は遅れながら頭を下げる。


「御影ツバサといいます。わざわざ校門まで迎えに来てくれたのに、我侭を言ってごめんなさい」

「沙月ミホです。こちらこそ、配慮が足りずごめんなさい」


 頭を下げた彼女の、亜麻色の髪が目に入る。髪色としては明るい色なのに、彼女の落ち着いた口調と雰囲気のせいか、派手な印象はない。


「ミホは友達少ないからさぁ、仲間が出来たって聞いて興奮しちゃって、もう大変だったんだよ」

「もう言わないでアズサ。私なりに歓迎しようとしただけなのに……」

「あはは、仲が良いんですね」


 僕が笑って言うと、ミホさんも嬉しそうに笑った。


「アズサは私の親友だもの。ツバサさんともそうなれたらって思ってるわ。魔法少女としての戦いには困難も多いけど、皆で頑張っていきましょうね」

「はい……と言いたい所なんですけど、僕はまだ詳しい経緯も何も知らないんです」

「そうでしたね。聞いています。アズサを助けるために契約してくれたんでしょう? 遅ればせながら、彼女の友人として礼を言わせて下さい」


 それから彼女は、冷蔵庫に入っていたジュースを各々に配ってから、話し始めた。


「私達が戦っているのは『ラビアンローズ』っていう組織なの。彼女たちは、言ってしまえば海賊みたいなもので、この地球を支配しようとしているの。冗談みたいな話だけど、それが出来るだけの力も、影響力も、もう彼女たちは持ち始めてる」

「ツバサさんも見たでしょう? 私達の使う、ドレスの力を。常人どころじゃない。人間の枠を大きく超えた力を発揮できるドレスなら、この国の軍隊を相手にだって戦える。勿論相性もあるし、どれだけ適合しているかにもよるけど、私と、これから会うもう一人が居れば、本当にそれが可能になる」

「私達が戦ってる『ラビアンローズ』もそう。このまま放置すればとんでもないことになってしまうわ。だから私達は彼女たちを追って、ここへやってきたの」

「私達はドレスを持っているけど、この星をどうこうしようとは思ってない。ありのままであってほしい」


「一つ、いいですか」


 どうぞ、というミホさんを改めて見る。

 少しだけ面影があるのかもしれない。でも、彼女とは面識があった訳じゃないから、前提として意識していないと判断出来ない。


「その『ラビアンローズ』は、地球での影響力を得るのに、どういったことをしているんですか?」

「主には取引きを持ちかけて有力な財閥や企業グループを味方にしています。あまり細かく言うとアズサが唸り始めるから省きますけど」

「いえ、ありがとうございます」

「他に質問はありますか?」

「特にありません」


 あっさり終わったのが意外だったのか、ミホさんは不思議そうな顔をする。

 彼女たちに協力して戦い続ける理由が見付からなかった訳じゃない。ただ、地球の支配を巡ってなんて大きなことを言われてもあまり実感はないし、僕は僕の日常を守れればそれでいいと考える種類の人間だから……。


「気乗りがしませんか?」


 目聡く察したミホさんが残念そうに言う。


「……ごめんなさい」


 前の戦いでアズサさんが出血していたのを思い出す。

 戦うとは、ああいうことだ。常に勝ち続けるなんて出来ないし、いつか負けて死ぬこともある。それだけの覚悟を決める理由が、僕には無かった。


 ようやく勝ち取ったお祖父様との日々を、僕を親友と認めてくれた友達を、置き去りになんて出来ない。


「わかりました――ミュウ、準備にはどれくらい掛かりそう?」

『最低でも一ヶ月は』

「お聞きの通り、貴女が望むなら、それだけ待って貰えれば契約も解除出来るわ。仮に貴女が望まなくても、ドレスを所持している限り、相手は敵とみなして攻撃してくると思うの。戦いが怖いなら、その間は私達が護衛に付く」

「そこまでしてもらうのは……」

「忘れたの? ツバサさんはアズサを救ってくれた。あんな状況説明もなにもなかった状態で、戦う覚悟を決められる人は稀よ。実際に何人も適正者は居たのに、応じてくれたのはツバサさんだけだったの。だからこれは、私達からのお礼。というより義務ね」


『申し訳ありません、発見が遅れました――敵襲です』


 ズン――と車体が大きく跳ねるのを感じた。

 二人は咄嗟の反応が出来ていない。ドレスを着ていないのだから、身体能力も感覚もごく普通の女の子のソレだ。

 だけど僕なら今、ドレスを着ている。

 高速言語を介してミュウへ言葉を送った。


「どう逃げればいい!?」

『敵は正面右側よりエインヘリヤルを展開。逃げるなら後部左扉からでしょう』

「二人共ごめんなさい!」


 姿勢の安定さえ困難な車の中、僕は天井や床を僅かな力で蹴って身体を操り、二人を抱えて飛び出した。


「ありがとツバサっ」

「いえ、僕は運転手を――」


 間に合わなかった。


「ン、もうっ、折角三人纏めてペシャンコにしてぁげょぅと思ったのにぃ」


 上空から降ってきたトラックがリムジンを押し潰し、その上に現れたのは、桃色のドレスを纏った女の子。


「久しぶりだねっ黄色のおねえちゃん。赤のおねえちゃんはこの前殺し損なっちゃったんだっけぇ?」


 甘ったるい声音が耳に粘つく。

 幼い容姿をこの上なく愛らしく歪め、アイドルが着るようなフリルのドレスでポーズを決める。突き出した小ぶりなお尻や、ウインクして見せるくりくりの瞳があざとすぎるのに、異様なほど似合っていた。


 そして、ミホさんやアズサさんへ向けられていたその目が僕を捉えた時、不意に背筋へ悪寒が走った。

 何故? と思い、桃色の魔法少女を見返した時、相手はそれまで通りのハチミツみたいな声と表情で僕を見ているだけだった。


「黒のおねえちゃんははじめましてっ。ゎたし、『ラビアンローズ』の魔法少女、桜井マリナだょ。よろしくねっ!」


 ズン――と足場にしていたトラックの後部扉が歪む。


 彼女が手にしているのは、その愛くるしさとはあまりにも不釣り合いな武器。

 三つの輪っかが連なったようにも見える、巨大なレンチだ。三つの穴はちょうど人の首が入りそうな大きさで、悪趣味な造りに背筋がざわつく。


「あはっ、すっごく可愛い顔。マリナ、おねえちゃんみたいな人、だぁいすきだょ? だって、痛めつけるととっても可愛い声で泣いてくれそうだもんっ。マリナね、おねえちゃんたちが苦しむ姿を見てると胸がキュンキュンしちゃうんだ」

「戯言はそれくらいにして貰えませんか?」


 今までとは違う、硬質な声に僕は驚いた。


「どぉしたの黄色のおねえちゃん? そんな怖い顔されちゃうと、マリナ、もっとぃぢめたくなるんだょ?」

「ツバサさん、いきなり巻き込んでしまってごめんなさい。アズサ」

「うん、どうしたらいい?」


 いつの間にか変身を終えていたアズサさんが僕の隣に並ぶ。あの大きなシールドバンカーで僕を隠すように立ち、桃色の魔法少女を睨みつけている。


「後二人の姿が見えません。まあ一人は高みの見物でしょうけど、あの女がじっとしている筈ありませんわ。シズクと合流して、三人で迎え撃って」

「ミホさんは一人で大丈夫なんですか!?」

「先程も言いましたわよね。私ともう一人が居れば、この国の軍隊とだって戦える。数が頼りの雑魚相手なら、この中で私がもっとも適してるのよ」


「相談ゎ、ぉゎり? じゃーあ、そろそろ潰しちゃってもいいよねえ……!」


 電柱、車、自動販売機。道端にあるようなモノたちがそれぞれの意志を持って飛び上がった。あの水族館での再現だ。生物としての見た目はなくとも、アレが命を持つ化け物だと分かる。


「道を開くわ。一直線に入って!」

「ぃっかせーなぃょ?」

「アズサ!」


「分かってる! 行き掛けの駄賃……ダァッ!」


 殺到する化け物達へ向けて、パイルバンカーの空打ち。

 直接叩き込まずとも、あの強烈な一打は空気を弾いて敵を吹き飛ばす。なまじ衝撃を受ける対象が居ないだけに、音の衝撃波だけでも肌が痛いほどだった。そこから逃れた数体も、走り抜ける僕らの背後から伸びた光条が、次々と撃ち抜いていった。


 風に乗って、ミホさんの怒りの声が聞こえる。


「兎狩りはそこまでにしておきなさい。今の私は、クソガキの粗相を赦してあげられる心境ではないわ」


   ※  ※  ※


 追手が無いまま数分を走り続け、僕たちはある洋館の前で足を止めた。

 周囲は閑静な高級住宅街。駅からも離れていて、正面玄関の他に車用の門が当たり前に設置されている場所だ。その中でも奥まった場所にあり、洋館の裏手には深い森が見えた。


 一度周囲を探るアズサさん。


「入るよ」


 ひょい、と柵を飛び越えた彼女に僕は少し驚いた。

 確かに急がなくちゃいけない状況だけど、こうもあっさり常識を覆されると案外動揺するものだった。


「ツバサも早くこっちに」

「わ、わかりましたっ」


 柵越えそのものは容易だった。だけど僕はつい、誰かに見られてないかとビクついてしまう。


 ようやく地面に降り立った時、激しい振動と一緒に洋館から粉塵が舞い上がった。


「向こうもご到着みたい」

「すみませんっ、もたついてしまって!」

「大丈夫。シズクは防ぐだけなら誰にも負けないから。ただ、撃退も難しいから私達がこっちに来たんだけどね」


 屋敷の扉は開いていた。

 僕はアズサさんを追いかけて横の通路に入り、一際大きな扉を――け、蹴破った!? 豪快なんですねアズサさん。

 驚く僕を置き去りに、陽の差し込むガラス張りのサロンへ飛び込んだ彼女は、目標を見定めると構えを取り、


「シズクから離れろォォオオオ!」


 装填の完了していたパイルバンカーを打ち込んだ。

 あの、後で元通りになるのはわかるんですが、びっくりするくらい躊躇なく屋敷側をぶっとばしましたよねアズサさん。


 立ち込める砂煙の向こう側、僕ともう一人を守るように立ったアズサさんが、敵意も露わに指をさす。


「よくも私達の家をぶっこわしてくれたじゃない!」


 いえ、今屋敷が半壊しているのはアズサさんの仕業です。

 ツッコむのは心の中だけに留めておいて、僕も一応、という感じで黒剣を構えた。


「御影ツバサ。アナタは構えない方がいい」


 音もなくカップを置く女の子。

 襲撃を受けた当人とはとても思えない様子の彼女は、今も優雅なティータイムに身を漂わせていた。ありのまま、という印象のある彼女には、そういう表現が合うのかもしれない。

 粉塵が晴れていく。

 ちょうどこちらを見ていた、ガラス細工のような瞳にドキリとする。


 僕やアズサさんと比べるとずっと小柄で、年齢も半分くらいに見える女の子。なのに幼気な雰囲気はまるでなく、かといって大人びているとも違う。不思議な子……。

 既にドレスを着ている彼女の色は緑。草葉が重なり合うような造りのソレは、彼女が着ていると本物の妖精にも思えた。


「えっと、シズクさん……ですよね?」

「そう」

「助けに来ましたよっ」


 ?という感じに首を傾げられる。


「アナタは戦いを受け入れなかったと聞いたけど」

「そうなんですけど……でも」


 流されてるのかな? でも、助けられなかった運転手さんの事はずっと引っかかってるんだ。どうなったかは分からない。あのトラックは僕らを狙ったものだったから、運転席は潰れていなかった。けど、あれだけ車体が歪んで激しく揺れればどうなっているか。


「一度、助けてって言われて始めたことですから。やっぱり、目の前で大変な目にあっているのなら、僕は助けますよ」


 うん、そうだ。

 バカなんだと思うし、率先して戦い続ける覚悟はまだ出来ない。けど、やっぱり知り合った人が傷付くのは嫌だ。

 そう思えたことは、僕にとって価値がある。


「そう」


 興味なさげに答えて、シズクちゃん(がいいかな?)は紅茶を一口。


「なら一度、この戦いを見てから決めて」


 立ち込める砂煙が渦を巻いて掻き消えた。

 アズサさんの先制で確認できなかった相手の姿がそれでようやく見える。


「水樹スズカのドレスが冠するのは、最高神オーディン。格だけで言うなら、誰も彼女に敵わない」


 青の外套が翻った。


「オーホッホッホ! 遅かったわねアズサ! 我が宿命のライバルが、まさかあのチビガキに潰されて死んでしまったんじゃないかと心配したじゃない!」


 くるくる巻き毛の金髪美女が頬に手の甲を当てて高笑い。

 反対の手が握っているのは、アズサさんのパイルバンカーにも匹敵する大きさの突撃槍、ランスだ。けどランスと聞いて想像する綺麗な円錐とは違い、彼女の槍には凹凸があり、先端はプラスドライバーみたいになっている。


「ライバルとかどうでもいいんだけど……今回は随分と派手にやってくれるじゃない」

「本当は前回でアナタには退場してもらう予定だったのに、ここで新たな戦力投入だなんて看過できない、だそうよ。うっふふ、私としては決着をつける前に死なれなくて良かった、というところかしら」


 相手の視線がアズサさんの武装へ向く。先の発射から時間もあったから、既に二本の鉄杭が収納されている。けど、残る六本が収まるまで必殺の攻撃は放てない。


「激情に流されて大技ばかりなのは相変わらずね。だから本当の勝機を逃すのよアナタは」


 ランスの構えに対し、アズサさんはシールドを前面にやって腰を落とす。相手の攻撃がどういうものかは分からないけど、決め技を失っているアズサさんが取れるのはやはり防御だ。あの巨大なランスでの攻撃は凄まじいものだろうけど、分厚いシールドを一発二発で砕くのは難しいと思う。


「フフ、無駄だと知っている癖に……」


 始めはゆっくりと。

 だから僕もすぐに変化が分からなかった。


「神槍グングニールの力を思い知りなさい――!」


 激突する二人の間に火花が散る。

 二人の位置は接触してから変わっていない。けれど激しく擦過音が鳴り響き、シールドは徐々に削り取られていく。


 回転するランス。

 いや、これはまさしく――


 僕は驚愕と共に青の魔法少女を、そのぐるぐるの巻き毛を見、手にする武装を見、とうとう我慢しきれず言葉を漏らした。


「ドリルさんがドリル持ってる……!」


 僕とドリルさんを除く、その場に居た全員が吹き出した。






 グングニールで有名なオーディンは、黄金の鎧に青の外套を身に付けていたそうです。実際には投擲槍ですが、まあ仕方ありません。

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